東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

四国歩き遍路のこころと魅力

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
娘さん?のお出迎え
 
民宿「久百々」に到着したのは、5時ちょっと前だった。玄関で、「ごめんください!」と叫ぶと、奥から急ぎ足で女性が現れ、はずむような声で「いらっしゃいませ〜」とあいさつした。「今日お世話になるSと申します」と挨拶すると、「お伺いしておりました」と、笑顔で応じた。とっさに、〈この家の娘さんかな? それとも、知り合いの若い人かな?〉と思った。
見た目が若いし、「お伺いしておりました」という言葉から、そう思ったのだ。
「娘さんですか?」と訊くと、
「いいえ女将です」と意外な答えが返ってきた
「あまり若いので、てっきりそう思ったんです」
「あーら、うれしいわ。これでも五十を過ぎてるんですよ」
と、笑顔がますますはちきれそうだった。
笑顔がなんともすばらしいハチキン(土佐弁で明るくしっかり者の女性を言う)の美人女将だ。〈この宿の人気の秘密は、この明るさにもあるな、きっと…〉。
彼女は、朝日新聞「天声人語」の筆筆を長く務めた辰濃和男氏の『四国遍路』に紹介された有名女将、神原ルミ子さんである。私は、てっきり七十歳過ぎの女性が現れると想像していた。まったく、うれしい予想はずれだった。
 
米や野菜は自作で有機栽培しているそうだ。こうしたところもお遍路さんに対する心配りなんだよね。お接待のお弁当もおいしかったよ。
 
その晩は、今なお遍路仲間としてメール交換している東京の金子忠司さんたちと、女将さんを交えて楽しい宴会になった。
金子さんのキハダ焼酎は絶品だよ。遍路中もいつも持ち歩いているんだよね。
 
翌朝の、日の出はすばらしかった。たこの頭のような太陽を始めて見た。女将さんは、「私は、毎日見ていますが。こんなすばらしい日の出はめったに見られないですよ」と言っていた。今まで無事歩いて来られたことを、太陽に心から感謝した。
 
イメージ 1
 
イメージ 2
イメージ 3
 
 
イメージ 4
 
 
にほんブログ村」 に参加しています。
  下の赤文字クリックよろしくお願いいたしますね。m(_ _)m
応援のクリックよろしくお願いいたします。
コメントやナイスも、引き続きよろしくお願いします。
 

開く トラックバック(1)

おいしかった海の幸
 
足摺岬の手前にある「民宿旅路」は、元船長の坂下達雄さんと美穂子さんご夫妻で営む民宿です。ここでもご主人が迎えてくれました。そう言えば、これまでも夫婦で営んでいる民宿では、ほとんどご主人が迎えに出てきたような気がします。
 
到着早々に、女将さんが「洗濯物があったらやりますよ」と声をかけてくれました。パンツを出すのをためらって遅れて出すと、「なに? なに? そんな心配は……」と言って、一瞬受け取るのを渋るしぐさをしました。ビニール袋に入れて出したので、ひょっとして、手土産か何かと思ったのかもしれません。でもパンツとわかると、「遠慮しなくてもいいのよ」と、笑って受け取りました。女将さんはとてもしっかり者で、いろいろなことにこまやかな心遣いをしてくれました。ご主人はとても話好きの人です。船長時代のことをよく話してくれました。とても家族的です。こうしたところが昔ながらの遍路宿の良さだと思います。
 
夕食の「海の幸」は豪華でした。海岸育ちの私も初めて味わえるものもありました。ご主人が家の裏手の海岸で取ってきたばかりの小エビのてんぷら、豪華なえび、アジの姿寿司、あわび、さざえ、手のような形をした小さな貝、3種類のさしみ、焼き鳥、こころづくしの巻き寿司、昆布の巻物、トマトなど…。海鮮好きの私は、こうしたお接待の心に感謝と感激で、時々手を合わせながら食べていました。お陰でビールもはかどって2本空けてしまいました。
 翌朝、女将さんとツーショットで写真を撮ろうとしたましたが、朝の仕事で手が空かないので、「金剛福寺を巡拝して戻ったら撮りましょう」と頼んで、出発しました。途中まで、ご主人がバイクで道案内をしてくれました。
感激のメモ
金剛福寺から2時半ごろ戻りましたが、残念ながら女将さんは不在でした。預かってもらった荷物を取りに部屋へ入ると、テーブルの上にお茶とお菓子が用意してありました。そして、「お疲れ様でした。すみませんが、急に用事ができて出かけなければならなくなりました。召し上がってください。お気をつけて旅してください。結願をお祈りします」という、心のこもったメモまで添えてありました。ちょっとうるっとしましたね。おまけに、その夜、次の宿の民宿「久百々」まで、わざわざ謝りの電話をくれたのです。すっかり感激しました。
 
 
イメージ 1
イメージ 2
           豪華な海の幸の夕食
 
 
イメージ 3
民宿「旅路」のご主人  このバイクで道案内してくれた
 
イメージ 4
        民宿旅路から足摺岬へ向かう遍路道
 
 
 
 「にほんブログ村」 に参加しています。
  クリックよろしくお願いいたします。
                 
応援のクリックよろしくお願いいたします。
コメントやナイス☆も、引き続きよろしくお願いします。
 
 
大病からの奇跡の回復
 
3回目の遍路17日目の宿、「民宿あわ」へ到着すると、典型的な「土佐のいごっそう」といった感じのごついおやじさんが出迎えてくれた。一見すると、どうみても民宿のおやじさんという感じではない。ところが、ちょっと話してみると、いたって純朴で、心根がやさしい。話し方や態度は朴訥としているが、接しているうちに、だんだん内に秘めた人柄がにじみ出てきた。       
奥さんは、左足が不自由でヨチヨチ歩きだ。話によると、平成11年に脳内出血を患い、引き続き平成14年には甲状腺も患って現在リハビリ中とのことだった。一時は、生命も危ぶまれたそうで、医者に言わせると「奇跡的な回復」だそうだ。根が明るい人で、病後でも変わらぬ快活さを保っている。けなげな働き振りが印象的だった。ご主人は船乗りで、奥さんが病気して以来、手伝っているのだそうだ。
翌日、「次に来るときには、元気なお姿にお目にかかれるといいですね」と言って、その日の難関「焼坂峠」へ向けて出発した。
 
 
イメージ 1
 
 
イメージ 3
 
 
イメージ 2
焼坂峠  現在は焼坂トンネルを通る人が多くなった。
 
 
 
「にほんブログ村」旅行ブログÊ¡ßϩ¡¦½äÎé\֥���\é\󥭥󥰻²²ÃÍѥê\󥯰ìÍ¡àに参加しています。
下の赤文字をクリックしていただくとうれしいです。
             ↓  ↓  ↓
にほんブログ村 遍路・巡礼(クリック)
いつも応援のクリックありがとうございます。

  
 

開く トラックバック(1)

伊達博物館での心温まる歓迎
 
宇和島の街に入ったのは4時過ぎでした。小高いところに宇和島城が見えます。この城の藩祖は、伊達政宗の長男秀宗です。従って、私が住む仙台とは親戚筋のような市なのです。2度目の遍路では訪れた経験があるので、今回は立ち寄らず、一目散に博物館へ向いました。
 
イメージ 1
イメージ 2
      2度目の遍路のときに訪れた宇和島城
 
 
当地の伊達博物館をぜひ見たいと思って、今日は朝五時半に愛南町の宿を出発してきたました。すでに40キロ近くも歩いています。街に入ってから、高校生に何度か場所を聞いたのですが、意外にわかりませんでした。やっと探し当てて到着したのは4時20分ごろでした。どうにか入場時間に間に合いました。
 
イメージ 3
 
係の女性に、「宮城県から来た者です。ぜひ伊達家の親戚の博物館を見たいと思って、やってきました」と言うと、わざわざ館長さんはじめ多くの館員の方が出迎えてくれました。荷物も預かり、冷たい飲み物もお接待してくれました。わざわざいらっしゃったのだからと言って、見学時間も配慮してくれたのです感謝!感謝! お陰でゆっくり見学できました。
 
イメージ 4
 
 
帰りは、全員が玄関で見送ってくれました。
 
イメージ 5
 
イメージ 6
 
ここから宿に向かうころには、やや薄暗くなってきました。
その時なのです。
 
 
 「にほんブログ村」に参加しています。
応援のクリックよろしくお願いいたします。
にほんブログ村 遍路・巡礼(クリック)
ありがとうございました。
 
   

開く トラックバック(2)

大正の女性遍路 高群逸枝を偲ぶ
 
宇和島の夕方、伊達博物館を出て、その日の宿の在り場所を探していると、薄暗くなってきた。だいぶ疲れているし、白衣も汗で汚れている。そんな時、以前読んだ高群逸枝の『娘巡礼記』の宇和島での場面が思い浮かんだ。「つかれはてて宇和島に入る。・・・」という部分だけは記憶していた。彼女の姿を見て哀れに思ったのか、呼び止めて一夜の宿を貸してくれた、という内容が書かれていた。自分には今夜泊まる宿はあるが、疲れ果てていたことは似通っている、と共通性をこじつけていた。
 
もっとも、彼女の旅は私と違い、お接待の善根宿なしでは続けることができなかったであろう。大多分が野宿で、道端の小屋、古い寺の境内、あげくのはてには小川のほとりでも寝たという。ずいぶん虫に刺されながら寝たという記述も多い。こういう遍路こそ、本物の遍路だ。
道なき道を歩き、日数の半分は親切な方のお宅に泊めていただいた20歳の時の遍路は少しこれに似ているかもしれない。
それにひきかえ、すべて宿に泊まろうとしている今の自分は恵まれている。そう思う反面、今回の遍路は、自分に対するご褒美の旅だし、目的も違うのだから・・・・・・、と妙に開き直っている自分がおかしかった。
 
 高群逸枝は、大正7年、二十四歳の若さで四国遍路へ旅立った。恋を捨て、職を捨て、家を捨て、自己の再生を図るために、あえて苦しみの旅へ踏み込んだ。だが、苦しさの中で彼女が見たのは、四国の伸びやかな風物だった。そして、四国の人々の人情だった。
 
 四国遍路を始めてから、『娘巡礼記』を知った。タイトルからしてお涙頂戴的であり、以前であったら本屋でも手に取ることはなかっただろう。そんな本をインターネット古書店で手に入れた。戦前の遍路の雰囲気が感じられること以上に、「普通の娘」が巡礼に出ることが、当時の一般社会やマスコミにとって、きわめて興味本位な対象であったことがわかった。
 高群自身はむしろそれを利用して台風の目のように進み、その巻き起こす嵐の中心で戸惑いながらも、精神的な超越した境地に達する。その心の叫びが、わたしに不思議な感動をもたらした。
            
    イメージ 1    イメージ 2  
堀場清子校訂
朝日選書128

1979年1月第1刷  
    

「にほんブログ村」旅行ブログに参加しています。
下の赤文字をクリックしていただくとうれしいです。
                 
にほんブログ村 遍路・巡礼(クリック)
いつも応援のクリックありがとうございます。
コメントやナイスも、引き続きよろしくお願いします。
 
 
 
 
 
 

.
moriizumi arao
moriizumi arao
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(76)
  • -
  • michiko
  • hiro555
  • TOMI-旅子
  • KAN
  • SOYLATTE
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

知人

おなじみ

おなじみ2

おなじみ3

四国遍路

東日本大震災

登録されていません

絵画

仙台関係

仏教

意見

癒し系

旅と趣味

旅 シルクロード関係

旅 中国旅行と情報

イスラム諸国

登録されていません

旅 世界一周・世界各地

旅 (アジア・アフリカ)

歴史

文学・研究

趣味

標準グループ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事