東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

四国歩き遍路のこころと魅力

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 ふと気づくと、遍路の先人を偲びながら歩いている時があります。
 
眞念しるべ石
 
 60歳での3回目の遍路では、安楽寺から十楽寺へ向けて県道を200メートルほど歩いて、斜め右手に曲ってへんろ道(旧道)へ入りました。昔ながらの風情を残す家並みが見えてきました。35年前の2回目の遍路の時にはあちこちで見られたかやぶきの家は、大分少なくなりました。今年の春の4回目には孫と二人で歩きましたが、孫は帰りたい一心でこの道を泣きながら歩きました。  とても思い出深い道です。
 
 
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 3回目のことに戻ります。
 少し歩くと見事な門構えの旧家があります。その前を通り過ぎて少し行くと、古い「石の道しるべ」らしいものがひっそりと立っています。おばあちゃんが隣に花を飾ってしゃがんで、手を合わせていました。
 よく見ると「遍ん路みち 眞念」と書いてあるのが読み取れました。〈これが、「眞念しるべ石」か!〉と、思わず胸の高鳴りを覚えました。「眞念しるべ石」との最初の出会いです。中務茂平のしるべ石とは、一番霊山寺付近で既に面会しました。 実はこの前を通るのは3度目なのですが、若いころには遍路の歴史や謂れにはあまり関心がなかったので素通りしていたのです。
 40歳前から遍路の本を読み漁っていましたので、遍路に出かける前から、お遍路の貢献者である眞念には興味をいだいていました。3度目では、所在を地図に記入していました。
 
 
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見事な門構えの旧家
             
 
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感動を覚えた眞念しるべ石
 
 
眞念は、江戸初期の真言宗の僧で、八十八ヶ寺巡拝の旅のシステムが、今日のようなかたちになる基礎を作った人と言われています。
彼は、遍路の最初のガイドブックともいわれる『四国遍路 ( みち )指南 ( しるべ )』を著し、遍路のために宿泊用の庵などをつくり、各所に道しるべを200余りも立てました。おそらく、眞念自身、分かれ道で途方にくれ、自分は正しい道を歩いているのかと大きな不安に駆られ、実際何度も道を間違えて難渋したに違いありません。だからこそ、しるべ石を立て、ガイドブックを著して、後に続く遍路たちを導いてくれたのでしょう。しるべ石は現在も30残っているそうです。信念しるべ石は、十七番井戸寺近くにもあり、合わせて34度、目に留まりました。
 
また、高野山の僧である寂本が、札所の所在を中心に書き表した『四国 ( へん ) ( ろ )霊場記』、その縁起を述べた『四国 ( へん ) ( ろ )功徳 ( くどく ) ( き )』を著作する際に、寂本自身が四国巡礼の経験がないので、全面協力しました。この3つの本が、当時の人びとが遍路に出るための基になったに違いありません。情報の少ない江戸時代に、四国各地の状況をまとめるのは、さぞ苦労が多かったことでしょう
 
3回目の歩き遍路の19日目、新伊豆田トンネル(遍路道で最長の1620メートル)を通り抜けてすぐのところにある眞念庵」に立ち寄りました。
 
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ここは、眞念がお遍路のために建てた庵です。トンネルなどない時代には、伊豆田峠は遍路にとって難所のひとつでした。おまけに、この辺には人家はまったくなかったに違いありません。ここに泊るところがあるということは、お遍路にとってどれだけ助かったか計り知れません。お遍路はこの宿に一泊してから、荷物を置いて三十八番金剛福寺に巡拝したあと、帰路に再びここへ立ち寄って三十九番延光寺向かったそうです。今は、草庵がひとつだけ残っていて、昔をしのばせます。その前には、八十八ヶ所の本尊を刻んだ石仏が積み石の上に並んでいました。
 
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信念が人びとに遍路を勧めて以来、その名が全国に広まり、江戸中期には、ほぼ今日のかたちが出来上がり、江戸後期にはもっとも盛んになったといわれています
 
 
たくさんのしるべ石を立てた中務茂兵衛
 
イメージ 14遍路道のあちこちで「中務茂兵衛のしるべ石」をたくさん目にしました。「茂兵衛のしるべ石のことは、テレビや本で知っていました。
茂兵衛は江戸時代の終わりごろ、今の山口県に生まれ、十九歳のとき四国遍路に旅立ち、大正十一年七十八歳でなくなるまでに、八十八ヶ所を二百八十回も巡ったといわれています。
 
 
そして二百三十余基のしるべ石を立てているそうです。
それらの道標を丹念に見ると、どれからも右側に○○度目為供養 周防國大島郡椋野村 願主 中務茂兵衛建之」という文字がどうにか判読できました。また、新しく手直しされたものも、何基かあります。
 
 
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 徳島工業短大付近 正面            右面
 
 
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  阿波市市場町    正面            右面
 新しく再建された中務茂平しるべ石
 
 
 
このほか、茂兵衛よりも古いものとして、前述の眞念のしるべ石の他、十九世紀に武田徳衛門や照連という人が立てたものもあるのだが、残念ながら確認できませんでした。
 
 
丁 石
「丁石」といって、○○番札所まで○○丁と表示されているものが、数多く残されています。たいていお地蔵さんの形体をしています。
山道で昔の道しるべを見かけるたびに、〈このような細道を、こんな重い石を運び上げるのはさぞ大変だったろうな〉と、いつも当時の苦労を偲んでいました。
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岩屋寺まであと11町(約1.2km)を示す丁石
 
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            81番白峯寺
 
 
ありがたやお大師様の水
 
満濃池
弘法大師の[水にまつわる伝説]が八十八ヵ所の札所や四国各地にたくさん残っている。満濃池を初めとする灌漑用水池や用水路の土木工事にもかかわったことが知られている。
 
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弘法大師が工事の無事を祈って護摩を焚いたといわれる護摩壇岩
 
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別格第十七番札所 神野寺(かんのじ)
大師像が本堂の少し上方に満濃池を見下ろすように立っている
 
 
弘法大師の霊水
 お大師様が、水不足で悩む土地の人のために井戸を掘ったところ、,霊水が湧き出てきたといわれる三番金泉寺の「黄金の井戸」、錫杖で地面を突いたところ霊水が湧き出たといわれる一七番井戸寺の「面影の井戸」や三十九番延光寺にある「眼洗いの井戸」などが、寺の境内に今なお残っていた。
 
「黄金の井戸」「面影の井戸」は、井戸の底を覗いて、自分の顔が映っていれば無病息災だが,映らなければ三年以内に死ぬという言い伝えがあるそうだ。自分の顔が映った時には、思わずほっとした。
 
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三番金泉寺の「黄金の井戸」
 
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一七番井戸寺の「面影の井戸
 
 「眼洗いの井戸」の霊水は「宝医水」と呼ばれ、眼病治癒煮にご利益があるといわれている。石仏が安置されていて、その前には、「目を洗う井戸なので、お金をおかないように」という注意書きの札が立っていた。お参りを終えた、団体の遍路さんが群がるようにして、杓子で水をすくって、目を洗っていた。私も、〈老眼が進みませんように〉と願いながら、かけてみると冷たくてとても気持がよかった。
 
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お加持の水
遍路道のある途中にもある、「お加持の水」で何度か、乾いたのどを潤させてもらった。
私にとっても「ありがたい水」だった。特に、五十八番仙遊寺の厳しい石段の途中にある、お加持の水を飲んだときは生き返るようだった。
 
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こころ安らいだ大師像
十番常楽寺の本堂脇には、イチイの大木があり、分かれた幹の間には50センチほどの大師像が祀られています。人々に向かってかすかにほほえみかけているようです。いつ見ても、とてもやさしそうで親しみを感じます。この大師像は「あららぎ大師」と呼ばれています。弘法大師が糖尿病に苦しむ老人にこのイチイの木を煎じて飲ませたと伝えられています。
 
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           十四番常楽寺 あららぎ大師
 
焼山寺の遍路ころがしも半分以上過ぎたところにある「一本杉庵」の、急な階段を上りきった正面に、大きな大師像が立っています。下から見ると前に立ちはだかって、怖い顔で自分を見据えているように感じました。まるで、心の中をまで見通されているようでした。
 
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ところが近づいていてみると、いかにもやさしく話しかけてくれそうな、柔和な雰囲気に変わったのです。疲れた体がその瞬間、ほっと癒されたように感じました。ゆるぎない信頼感も与えてくれたのです。思わず、「これからの道中をお守りください」と、つぶやきながら合掌しました。
 
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五十八番仙遊寺の大師像の周りには八十八ヶ所のすべての札所の本尊の石仏がありました。一体ずつ心を込めて拝むと、八十八ヵ所すべてを巡ったと同じご利益が得られると言われています。
 
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五十九番国分寺には、「握手修業大師」と呼ばれ、錫杖を持たずに巡拝者と握手できる像もあります。笠を被らない表情がとても穏やかで、とても慈悲深い表情でした。
 
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六十一番香園寺の「子安大師像」が、最も印象に残っています。背中にゴザを背負い、右手に錫杖を持ち、左手にはしっかりと赤ん坊を抱いた大師の顔は、自愛に満ち、自信にあふれた顔です。この顔は、安産や子育てに自信の持てない若い母親たちにとっては、とても心強く、ありがたい表情に見えるのではないしょうか。像の脇には、たくさんの願い石が積んでありました。その一つ一つに、「子どもがさずかりますように」とか、「元気で丈夫な赤ちゃんができますように」などの、親の願いが書かれていて、子宝を願う想いがいじらしいほどに伝わってきました。この大師像には、何か ( いにしえ )からの人の心のようなものが込められているようでした。
本堂の壁には多くの赤ちゃんの写真が収められていました。無事に安産ができた母親はお礼を兼ねて、生まれてきた赤ちゃんの写真を奉納するそうです。
その赤ちゃんの笑顔はどの子もとっても素敵で愛らしく思いました。
 
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いろいろなお顔のお大師さん
 
八十八ヶ所の札所にはすべて、大師堂の中には弘法大師像が安置されているし、大師堂の前や境内には必ず大師像が立っている。あちこちの弘法大師所縁の地でも大師の像を見かけた。
 
大師堂中に安置されている像は、坐像で、丸顔で肩も丸みを帯びて、体全体が丸っこい印象を受ける。見るからに慈愛に満ちていて、すがれば優しく助けてくれそうな安心感を与えてくれる。どの像も、寛大で、親しみを覚える表情をしていた。
 
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                                              五番地蔵寺の弘法大師坐像
             
    
境内や所縁の地に立てられているのは、旅姿で、右手には錫杖、左手には数珠を掛け、托鉢を捧げ持っている。修業中のお大師様を映しているので、顔には厳しさと強い意志を感じさせるもが多かった。それでいて、やさしい表情で遍路たちを見守っているような安堵感を与えてくれる。
 
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三十七番岩本寺の弘法大師像
 
時には、心の中が見透かされて、心の中の邪悪を叱責されている様に見えて、どきっとするときもあった。
 
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四国遍路の魅力とこころ 記事一覧
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雲辺寺からの眺め
14.ドイツ館と撮影モデル               
15.般若心経のふとん     
16.子供たちから元気をもらう             
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 28.相通じる歩き遍路と山登りの心         
 
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                    焼山寺の遍路ころがし
 
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          霧が立ち込めて幻想的な風情を醸し出している雲辺寺の参道
  41.境内の仏さまに想いをこめて            
  43.人びとの願いがこもる奉納品            
  45.納経所あれこれ                   
 
  55自由に歩き、そして想う                
  59お遍路さんへのこまやかな心遣い          
 
    
                    \¤\᡼\¸ 4
  
  66ありがたや道しるべ               

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厳しくも寛大なお導き〜油断と過信に懲戒
 
私は3度目の遍路の途中まで、体調不良やけがを全く経験したことがなかったし、多くの人々が苦しめられる足のマメもほとんど出たことがなかった。これが油断と過信につながってしまった。愛知県から来た遍路仲間が自分はウォーキングクラブで鍛えているので歩くのが早いと時々自慢していた。45番岩谷寺へ向かう上り下りのきつい山道でもその自慢がでた。
 
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私は競争心がむらむら出て、飛び跳ねるような無茶な上り下りをして足のすねを痛めてしまった。たぶん疲労骨折みたいなものだったのではないだろうか。かろうじて岩屋寺へ到着した。
 
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どうにか岩屋寺で礼拝を済ませて山を下ったが、痛みがひどい。
その日は松山まで行く予定だったのだが、それ以上先へ進むことはやめて、前日お世話になった民宿「一里木」に頼んでもう一泊させてもらった。床に就くまでは、足を突くのもやっとだった。これで途中リタイアも覚悟した。ところが、翌日になると、びっこを引きながらもどうにか歩けるようになっていた。まさに奇跡的だった。〈これはきっとお大師様のお蔭にちがいない〉と、心から思った。お大師様を強く意識したのはこの時が初めてだった。その後、2週間ほど痛みを押して歩き続けた。〈お大師様は、私の慢心を諌めるために怪我を与え、どうにか歩ける状態で苦しみながら歩かせたのに違ない〉。「厳しくも寛大なお導き」だったと今なお信じている。
たまには、すべてわが身をお大師様にゆだねた気分で歩いていることもある。だから安心してどんなところでも歩けるのだろう。
 
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moriizumi arao
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