東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

四国歩き遍路のこころと魅力

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お大師様に会い、お大師様と語る
うそのような本当の話である。
出発してから18日目、高知県須崎市の民宿「あわ」を早朝出発して、すぐに山の遍路道に入った。焼坂峠の上り口にさしかかると、次第に坂が急になり、遍路ころがしに見られる訓えの札が、ところどころに下がっている。
 
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その一つに、弘法は、はるかにあらず、心中にして近しと書いてあった。なるほどと思いながらも、あまり深く考えなかった。
 
峠を越すと、ゆるやかな上り下りの木立の道になった。
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薄暗い細い道を物思いにふけりながら歩いていると、数十メートル前方に人の姿が見えた。墨染めの衣をまとい、大きな丸い網代笠を被り、錫杖を持った、僧らしき人が歩いている。追いつこうと思って少しいそぎ足になった瞬間、その人物は前方を向いたまま、すうーっと影のように飛んできて、私の中に入り込んでしまった。まるで合体したようだった。一瞬の出来事だった。その瞬間「お大師様ではないか」と思った。そして、「自分自身がお大師様」になってしまったような感覚になった。その状態で何も考えずに歩いていたと思う。どれくらいの時間だったのかはわからない。ふと我に返ると、相変わらず同じような道を歩いていた。なにも変わった様子はなかった。そして瞬間的に、〈これがお大師様に会うというのだろうか〉と思った。だが、後ろ向きなので、お大師様の顔を見ていない。これでも出会いというのだろうか…?。それに通常お大師様が背負っているゴザを背負っていなかった。色々なことが、私の意識の中を駆けめぐった。 
歩きながら、ゆっくりと考えた。
〈先ほど見た「弘法は、はるかにあらず、心中にして近し」という言葉が、私の潜在意識の中に入り込んでいたので、あのような幻想的な状態になったのではないか。十八日間歩いている内に、知らず知らずに弘法大師を受け入れる気持ちが芽生えき始めていたのではないか……
信仰や神はその人の心の中に、存在する」と言う人もいる。私もその通りだと思う。
 
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自問自答しながら歩いていると、弘法大師に語り掛け、それに対して弘法大師が答えてくれるような気持ちになることが何度もあった。 そういう時、ふと〈お大師様が自分のそばにいらっしゃる〉というような感じを持つ。 私は、「同行二人」をいつも意識していたわけではないが、時々結び付けて考えている自分を発見する時があった。
遍路前には気づかなかったが、〈宗教心は本来自分自身の心の中に存在する〉ものだということが、遍路の色々な体験や思いを通じて確信するようになった。
「日々の影迎(ゆいごう)を欠かさず所々の遺跡(ゆいせき)を検地する」というのが千二百年前に入寂した弘法大師の遺言なので、大師は今も四国八十八ヶ所の札所(霊場)を人知れず巡っているはずである。
 いつかはどこかで不滅の大師にめぐりあえるあえるだろうという信仰が四国歩き遍路のこころの支えになっている。心からそれを信じている人は少ないと思うが、心のどこかに潜在的にしまわれているのではないだろうか。
 
このとき以後にも、山道を歩いている時、幻想の世界に引き込まれるように感じたときが何度かあった。――自分はどこを歩いているのかわからない。前方の薄暗い木立の中を、「コツ、コツ」という杖の音を響かせながら、弘法大師が歩いている。顔は見えない。だが、〈間違いなくそこにお大師様がいらっしゃる〉と、幻想の中の自分は、そう確信して歩いている。自分がお大師様になりきって歩いているときもあった。どれくらい歩いたのか、どれくらいの時間なのか….ふと、われに返る。完全にわれに返ってから、〈俺も少しは弘法大師らしくなったのかな…〉などと、恐れ多いことを口ずさんで、ひとり悦に入っているときもある。そしてその後で、誰に誤るともなく、「すみませんでした」と口ずさんで、苦笑いしている―― それだけのことである。
こういう体験は、決して悪いことではないのだろう。むしろ貴重なことかもしれないがが、自分としては少し気味が悪い。
 
 
 
 
 

 
喜多郎の「飛天」を聴きながらご覧ください。
 
「空海」の起源と向き合った御蔵洞
 
辛い修行の道だった室戸海岸
室戸岬のあたりは、弘法大師の荒磯修行の場といわれています。
 
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室戸海岸はがらりと姿を変えます。晴天の時には青々としたうねりが広がって、心をゆったりと大きくしてくれます。だがいったん雨になると、どす黒い波が岩を襲い、恐ろしいほど不気味です。心も沈みます。
 
 
二十四番最御岬寺の少し手前に「御蔵洞」があります。ここは、弘法大師が「虚空蔵求聞持法」という荒行を百日間行った修業の場だといわれています。
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二十三番薬王寺からここまでは延々七十四キロもあり、わたしにとっても実につらい修行の道でした。
はじめて遍路を経験した20歳のときは、喉の渇きとの戦いでした。何分にも50年近く前のことです。店はもとより、人家さえもほとんどない有様でした。たまに有る人家で頂いた水はあっという間になくなります。真夏の炎天下の中を、半ば朦朧としながら歩きました。車もほとんど通らず、ここで倒れたら誰からも発見されずに死ぬんだろうな、と思ったことが何度かありました。
 
2度目の33歳の時も真夏でした。将来への道に迷い、心に重いものを抱えながら、あえて孤独を選び、この時もじりじりと焼かれるような道を歩き通しました。当時の性能の悪い靴の底はうっすらと溶けかかっていました。今思えば、なんでここまでストイックだったのでしょうね。意識的に自分を苛め抜いて光明を見出そうとしたのだろうと思いますね。きっと…。
この2度の遍路では、弘法大師の修業を想う心のゆとりはなかったと思います
 
3度目の60歳のときには、ほとんど2日半、雨の中を黙々と歩きましたが、決して苦痛なものではありませんでした。それは人生リセットの旅であったからかもしれません。
雨の遍路もいいものだ〉などと、気障とも言える思いで自分の世界に浸りながら歩き続けていました。
あの時は、弘法大師の修行漂浪の俳人山頭火にも思いをはせる心の余裕が持てるようになっていました。
 
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道のない昔、空海は岩場や断崖の小道を命がけで歩いていたのでしょう。
 
 
4度目は小学校4年生の孫との二人遍路でしたが、孫に自分と向き合わせるために、ここ室戸海岸の長丁場では二人の間にできるだけ長い距離を置きました。へとへとになって御蔵洞に着いて食べたおにぎりの味は、孫にとって忘れられないものになるでしょう。少しはたくましくなったようです。
 
空海修行の地「御蔵洞」 
3度目のときが最も印象深いので、その時の遍路日記の内容を書きます。
 
朝暗いうちに宿を出て、14キロ先の御蔵洞」へ向かった。
御蔵洞の入り口の手前には、「弘法大師修行之処」と刻まれた大きな石が立っている。
 
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空海の時代には洞窟のすぐ手前まで海が迫っていたという
 
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中に入ると、誰もいない。中は真っ暗で、何本か灯されているろうそくが、わずかに周辺にほのかな光を与えている。少し慣れてきた目で見ると、小さな ( やしろ )が設けられている。霊気が肌を刺す感じがする強い風が吹き込んでくる。風の来る方に耳を傾けると、岩に砕け散る荒々しい波の音だけが聞こえてくる不気味な感じさえする。
〈青年空海は、ろうそくのない真っ暗の中で修業したにちがいない〉。〈さすが空海だ、こんなところで修業をなさったのか〉。幸い人が来ない。しばらく座禅を組んでみた。
目の前に広がるのは、抜けるような青い空と洋々とした海ばかりである。 若き修業僧が眺めた「空」と「海」もこれと同じだったにちがいない。
ともに雄大。感動的な眺めだ。心まで大きくなって行くようだ。
弘法大師の心境を味わえた気がした。
だれもいない独りの洞窟だからこそ味わえた心境だ。
早起きは100億円の得―― 。
 
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太龍寺で修行して十分得られなかった虚空蔵求聞持法を、弘法大師は太平洋を前にしたこの場所で完成したという。若き修業僧だった大師はこの「空」と「海」に感動して、それまで名のっていた教海という名を、ここでの修行の後、「空海」という名前に改めたといわれている。つまり、ここは「空海」の起源の舞台になった伝説の場所なのである。
 
 いずれまた一人で訪れてみたい場所です。

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お大師さんの伝説2
 
三十六番青龍寺は、遍路出発前から訪れることを楽しみにしていた札所でした。
 
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三十六番青龍寺 山門
 
 初めて西安の「青龍寺」を訪れた時、遠い唐の時代にこの地に留学していた空海に想いをはせて、深い感慨を持ちました。そして、この寺で恵果阿闍 ( けいかあじゃり )から密教のすべてを伝授されたのだな~思うと、感慨がさらに深まりました。
 
 
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             恵果と空海
 
空海は帰国の前、恵果和尚の恩に報いるために、日本にも青龍寺を建立することを思い立ったのです。寺を建立する場所を探すために、「霊地にとどまりたまえ」と念じて、唐から日本に向けて、独鈷(密教の護身・供養の法具)を投げました。独鈷はこの地の松の枝に引っかかりました。帰国後、四国を巡錫していた弘法大師は、ここにきてその独鈷を見つけ、中国の青龍寺を模した寺を建てたと言われています。
 
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      三十六番清龍寺の本堂と波切不動(右)
 
弘法大師が起こし寺には、必ず大師にまつわる由来や伝説があります。
 
弘法大師が彫ったといわれるご本尊
弘法大師が彫ったといわれる本尊がいくつあるかを調べると、三十数ヶ寺もありました。
一番霊山寺 釈迦如来坐像、    二番極楽寺 阿弥陀如来、
四番大日寺 大日如来、      六番安楽寺 薬師如来、
八番熊谷寺 千手観世音菩薩、   九番法輪寺 釈迦如来涅槃像、
二十五番 延命地蔵菩薩、     
三十二番禅師峰寺 十一面観世音菩薩
など、種類の違うものだけでも十種類ほどありました。
 
 三十七番岩本寺には、「弘法大師の七不思議」の伝説があります。
 大師の使い古した筆を植えたところに生えた筆そっくりの「筆草」、「桜貝」、「口なし蛭」、「子安桜」、「三度栗」、「戸たてずの庄屋」などです。
 3度目には、岩本寺の宿坊泊まりだったので見て回りました。
中には現存するものもありました。
 お寺の近くで、名菓「三度栗」なるものも売られていました。
 なかなかの商魂ですな〜 はたしてお大師さんのご利益のほどは?
 
 
 
 次の、三十八番金剛福寺付近にも「足摺七不思議」があって、けっこう楽しめました。七不思議の七は、多いという意味で、実際には21箇所あるとのことです。
 
 「ゆるぎ石」は、この大きな石に乗って揺らすことができる人は親孝行なのだそうです。私は、孝行心が足りないらしくて、動きませんでした。
〈まあ、年のせいにしておきましょう〉……そう思っていると、ほかのお遍路さんがやってきてチャレンジ。一人ではだめで二人掛かり…やっぱりダメ。
 親孝行とはそんなにたやすいなものじゃないよ、教えているのかな? とわたしは思いました。どうなのでしょうか?
 皆さんはどう思いますか?  よかったらコメントください!
 
             ゆるぎ石
 
 
 大師が南無阿弥陀仏と爪で彫ったといわれる「大師爪書き岩l「「一夜建立石鳥居」「亀石」「潮の満干岩」「竜の駒」なども見ることができました。                                   
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これ以外の有名な伝説は、他の項目に書いてあるのでごらんください。
 
 
 

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興味引かれるお大師さんの伝説1
 
 遍路をしていると、さまざまな空海伝説に出会います。
 ガイドブックやお寺の案内板などですでに読んだものを、実物に触れることが私の遍路旅の楽しみの一つでもあります。
 あくまでも伝説だと思っていても、物語としてもとても面白いですよ。ついつい〈なるほど〉と、うなずかせられてしまいますよ。きっと!
 
 二番極楽寺の長命杉と仏足跡
二番極楽寺で、本堂の方へ向かっていくと、思わず「おっと」声を上げたくなるような、杉の大木が立っています。初めて見た時には「みごとだ!」と、思わずつぶやいてしまいました。
 
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第2番極楽寺の長命杉
 
この老樹は周囲5~6メートルはありそうで、しめ縄が巻かれてあります。樹の脇に、「弘法大師御手植長命杉」と彫られた石碑が立っていました。
案内板には、
 「長命杉」と命名されているこの巨大な杉は、弘法大師がこの地で修業した時に、この寺を末永く守護せよとの祈りを込め、大師自ら植えたといわれ、樹齢約千二百年で、この樹の皮に触ると長寿が授かるという内容も書いてありました。
 
60歳で3度目に来たときには、90歳まで生きたいと思っている私は、長寿の言い伝えを信じてみたくなりました。まあどう信じようが、「信じる者は救われる」ですよね。「1回触れば10年寿命が延びる」なんて勝手にこじつけて、祈りながらゆっくりと3回なでました。
弘法大師にまつわる伝説が、札所にはたくさんあると聞いていましたが、その時には、〈早くもお目にかかったな〉と思いました。
 
 私は、以前から弘法大師空海にはけっこう関心を寄せていたので、すでにその時まで、空海や密教に関する本を10冊以上は読んでいました。これをきっかけに、八十八ヶ所の弘法大師伝説にも関心を寄せながら、遍路をしてみようと思い立ったのです。けっこう欲ばりですね~
 
「これで、四国遍路の魅力を探すこと以外に、もうひとつのテーマが出来たな」と、私は思いました。「お大師伝説」を調べることも、大きく見れば、四国遍路の魅力のひとつには違いない、と思ったのです。
 
仏足跡
長命杉のそばに、表面が磨かれた平らな黒い御影石に大きな足型が彫ってあります。これは「仏足石」と呼ばれているもので、釈迦の足跡を石に刻んで、信仰の対象としたものです。これは弘法大師伝説からちょっと外れましたね。
 
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今なお四国の人々の心に生きている「お大師さん」
 
イメージ 2――弘法大師空海は生きている。
千二百年前に入定した空海は今でも高野山で修業中だと云われています。
数多くの業績と伝説を残した空海。
今もなお四国ではいぶきが感じられます。それをひしひしと実感しながら歩いていました。
 
遍路たちが、何らかの形で、空海の姿を求めて巡るところ――それが四国八十八ヶ所と言えるのではないでしょうか。
「四国遍路」は空海の道をたどる心の旅とも言えるでしょう。
 
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七十五番善通寺の弘法大師像
 
四国遍路」は、人の心に根ざしたよいシステムだと思います。
何時行っても、弘法大師の人柄がなんだかうかがえるような旅でした。
 お大師様の息吹が四国中に張り巡らされているのが、実感できます。
 1200年以上も、人びとの心の中に生きているなどということは、とても信じられないことですが、それが現実なのだから、つくづく空海のすごさを感じます。
 
 
 
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 空海修行の場所・舎心ヶ岳は、 21番太龍寺から700mのところです。
 
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       弘法大師が悟りを開いたと言われる御厨人窟
      ここが「空海」の起源になった場所と言われています。

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