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川平湾での海中遊覧を終えて、次は、島内一周へ出発
石垣島(その3) 島内めぐり
この案内地図を参考にして車で回りました。
②底地(すくじ)ビーチ
どこまでも続く美しい白い砂浜と、遠浅で波の穏やかな海……太陽の光で輝くビーチは目にまぶしいくらいだ。海水浴やマリンレジャーにも最適だろう。
③御願崎(おがんざき) 白い灯台と断崖と奇岩のコントラストがきれいだった。
④名倉アンパル
名蔵湾の河口に広がる広大な干潟で、マングローブが大規模に形成されている。近年世界の湿原の保護を目的とするラムサール条約にも登録され、自然観察の宝庫としても知られている。
⑥真栄里(まえさと)ビーチ
何人かの若者がウインドサーフィンを楽しんでいた。ここは市内で一番近いビーチなのでシーズンオフにもかかわらず多くの人がビーチでくつろいでいた。
⑦宮良川(みやらがわ)はマングローブの林で覆われている。この林は国の天然記念物に指定されている。川ではカヌーをこぐ若者たちの元気な姿があった。その時、ベトナムのメコン川のデルタ地帯でのジャングルクルーズが頭をよぎった。ベトナムの笠と石垣島の笠は同じようだし、樹木が茂っている川の雰囲気がどこか似ていたのだ。
メコンデルタ ジャングルクルーズ(ベトナム)
⑧玉取崎展望台
左に伊原間湾、正面に平久保崎、右にさんご礁が見えるすばらしい景観だった。雄大だが穏やかな太平洋がそこには広がっている。
展望台の周囲にはハイビスカスが生い茂っている。 空の青、木々の緑、そして屋根とハイビスカスの赤――これら3つの鮮明なコントラストにしばし見とれた。これがまさに南の海の景色だ! いつまだ見ていても飽きない景色だ。こんなところに別荘を構えたら……、無理かもしれないが…、執筆も進むだろう。
⑨石垣島の最北端にあたる岬。広々とした丘陵に牧場が広がり、牛がのんびり歩く牧歌的な風景に心ガ癒された。白い灯台と青い海のコントラストがすばらしかった。
⑩サンセットビーチの名に恥じずすばらしい夕日だ。ゆったりとした日の入りだった。
⑬米原ビーチ
白い波とさんご礁が美しい。砂浜にはさんごがたくさん散らばっている。さんごを拾ったりするならココです。遊泳危険区域になっているのがもったいないくらいだ。
⑮宮良殿内(みやらどぅんち)
まず、門構えからその立派さに驚かされた。赤瓦の重厚な家である。家国の重要文化財に指定されている。現在も宮良家の住居なので、家の中に入ることはでなかったが、素敵な庭を見学させてもらった。1816年に八重山の行政官、宮良親雲上當演が琉球王朝の貴族屋敷をも模して作らせた沖縄県内唯一の士族屋敷とのことである。
⑯桃林寺
1609年、薩摩藩が琉球を侵攻。その支配下置かれた石垣島では、薩摩藩の検地によって寺院がないことを指摘され、これをうけて1614年に新たに建立された石垣島最初の寺院である。仁王像もあった。
⑯権現堂 隣の桃林寺と一緒に建てられた朱色の表門が特徴の寺。
⑱唐人墓
1852年、中国からアメリカに送られる労働者たちを乗せた船が石垣島沖で座礁。王府と島民によって一部が救助され保護された。そのときの犠牲者を祀るために建立されたお墓。
琉球風の家は、近年は鉄筋コンクリート建てに立て替えられて、めっきり減ったしまった。地元の老人が、八重山らしさだんだんがなくなってさびしいと語る。
民家の周辺には高い石垣が詰まれ、台風から家を守っている。
瓦葺やコンクリート建の屋根、門柱の上にはたいていのシーサーが据置かれている。長い間の習慣から、屋敷の道に突き当る側の屋根の上にシーサーを据え置き降魔除災の守護神(魔除け)とし、艮(ウシトラ・東北)の方に向ければ暴風の災難を除き、午(ウマ・南)の法に向ければ火難の火伏せとなるとされている。
船着場には離島行きの船や観光船が多数係留されている。
西表島や竹富島などへはここからわたる。
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