東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

1西安とその周辺(遙かなり長安)

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杜泉新生シルクロード2万キロをゆく3

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きらびやかな衣装で魅了した南門(永寧門)の入城式。こんな幸運にめぐり合うときもある。

2009年4月8日(水)
[コメント]
私が巡ったシルクロード2万キロの旅を、まず写真とコメントで足早に紹介します。
これが終了してから,今までのように、人びとや自然との出会い、歴史も交えて、それぞれを詳しく紹介します。
既に西安の部分は、35回に渡って紹介していますので、総集編の感覚でご覧ください。
初めての訪問の人や久しぶりの人は、「はるかなり長安」や「麗しき ペルシア」もご覧ください。

東西文化が花ひらいた大唐の都・長安(2) 城郭都市西安

  西安は、1989年以来2度目である。以前は3日、今回は6日、あわせて9日間滞在した。
前回同様、市内は自転車観光である。私は京都や奈良も自転車で巡るが、西安も規模的にさほど大きくないので、ひとり旅の人にはお勧めである。ただし、うっかりしたところに停めると盗まれるし、警察に取り締まられるので要注意。
 ご存知のように、昔の中国では、皇帝や王の住む宮城ばかりでなく、庶民の生活区域なども含めた街全体が、城壁で囲まれて守られていた。これが「城郭」と言われるゆえんである。 ほとんどの都市では、現在は城壁が取り払われているが,古都西安では、ほぼ完全に残っている。
現在の城壁は明代に作られたものである。
高さは12メートルあり、遠くから見ればさほど圧迫感がないが、近づいてみると見上げるような高さで、圧倒されてしまう。東西南北4箇所の門から上ることが出来る。城壁上部の幅は12〜14メートルもあり、かなり広い。最初に上ったときにはおどろいてしまった。前方の壁は遥かかなた…、といった感じである。
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 現在西安に残る「城壁」は、大きさは南北約2.5km、東西約4.2km、一周約14キロある。貸し自転車、三輪タクシー、カートもある。毎年マラソン大会も開かれている。
私は一周サイクリングした後、4キロ弱ジョギングも体験した。でこぼこのレンガ道なので走りづらかった。
 一方、西安が都として栄華を誇った随、唐代の城壁は、現在の城壁と比較にならないほど大きい。なんと南北約8.7km、東西約9.7kmもあったといわれている。地図の中の赤で囲まれた部分が明代の城壁であるが、規模のちがいが歴然である。イメージ 8

イメージ 9明代の城壁も周囲には幅20mの水壕が巡らされていたが、現在は都市化や交通事情のため、かなり埋められてしまった。

 城壁には、北側には「安遠(あんえん)門」、東側には「長楽(ちょうらく)門」、南側には「永寧(えいねい)門」そして西側には「安定(あんてい)門」が造られている。外観は三層構造だが、内部は二層構造である。敵を欺くためだろうか? 門は外と内に二重にある。敵が外門を破って入ってきても内門で防ぎ、中庭のような狭い場所に入り込んだ敵をやぐらの上から攻撃したのだろう。
各門には、物見櫓(やぐら)である城楼や、矢を射る窓を持つ箭楼などが設けられている。
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北門(安遠門) 唐代には国賓を迎え入れた。

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東門(長楽門)
 
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南門(永寧門)
イメージ 15城壁へ上ると、武者たちが「熱烈歓迎」してくれる。
 
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西門(安定門) シルクロードの出発点として西域へ旅立つ人や帰って来た人は必ずここを通ったのであろう。

イメージ 10イメージ 11 また城壁の四隅には外敵の見張りや攻撃をするための角楼(かくろう)がある。
その名のとおり四角い造りの楼でだが、ただ一つ南西角にある角楼は名前とは裏腹に円形をしている。風水学的見地からとのことだ。

城壁や城楼も、他の名所同様、ライトアップされる。16年前の夜、自転車で道に迷った時、9時頃には街中が真っ暗になり、不安な思いでペダルを踏んだことがよみがえり、隔世の感をおぼえた。
ビルや商店街の明かりが消えた後は、城壁や城楼がはっきりと浮き上がってくる。幻想的な雰囲気が漂ってきて、「いにしえの長安」の気分を味わった。
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ライトアップのお陰で、夜の楽しみが増した。だが一方では、以前より「長安の雰囲気」が薄れてしまったなあ、という思いもある。人間とは(私は?)身勝手なものだ。

杜泉新生シルクロード2万キロをゆく2

東西文化が花ひらいた大唐の都・長安(1) 西安にも近代化の波


イメージ 1 イメージ 2飛行機はまもなく西安へ到着。麦畑がはるか水平線まで続き、ところどころに集落も見える。そこには農産物の取り扱いや販売の施設けでなく、学校や病院などと思われる様な公共施設も見受けられる。 

イメージ 3 イメージ 4 イメージ 5以前西安市内にあった空港は霧が多くて発着に支障があるので、2003年に咸陽に、西安・咸陽国際空港として新設された。

イメージ 8 イメージ 6 空港から西安までの道の両側には、一面とうもろこしや麦畑が広っている。やがて渭水近づいてくる。昔は満々と水をたたえて流れていたとのことだがが、今は、めっきり少なくなった。
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古来、西に旅する人は、長安城を出て、渭水にかかる咸陽橋を渡り、渭城(現在の咸陽)で別れの宴を張ったという。 写真は現在の咸陽橋

バスはやがて西安に入る。16年前と比べると、すっかり都会化して、ビルが立ち並び、交通量が極端に増えた。街の中心にある鐘楼前でバスを降り、楼上に登って街の様子を眺めた。
ここからは城内がほとんど見渡せるが、バスから見た以上にすっかり様変わりしていた。
いにしえの長安はどこへ行ってしまったのだろうか?
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鐘楼は、高さ36mある。

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ホテルへ到着する前に、西安の最大のシンボル大雁塔へ。イメージ 11
この塔は、玄奘三蔵がインドから持ち帰った経典を保管するために建てられたもので、彼はここでそれらの経典を翻訳した。仏教もシルクロードをと通して伝来したのです。


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大雁塔の前の公園には玄奘三蔵の像が立っている。

大雁塔の夕景は幻想的ですばらしい。
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ライトアップされた夜景もきれいでしたが、古都長安の雰囲気とはかけ離れている、と言う思いも持った。
 2009年4月4日(土)

[本日のシルクロード]

外語学院の女子大生との会話を楽しんだ後、一歩一歩階段を踏みしめながら城楼の最上階まで登る。これから「夢のシルクロード」への出発か、という浮き立つ気持と、出発前にいにしえの長安をもう一度偲んでみたいという感傷的な思いが複雑に交錯していた。西安初日に登った時とはまったく思い入れが違っていた。

イメージ 5 城楼から改めて市街を眺めると、昔の長安を偲ぶよすがのないほどに、現代の西安は近代化が進んでいる。だが想いを巡らしさえすれば、古き長安が目に浮かんでくるはずだ。
 ここ西の城門は、昔の長安城の西の端にあたる。東側に回れば長安を偲ぶよすがに出会えるに違いない。現代の風景からいにしえの情景をイメージすることは、けっこうわくわくする楽しい業(わざ)だ。
やはり最初に想ったのは、宮城であり、そこからまっすぐに伸びる朱雀大街であった。
 
 華麗なる国際都市長安に最もふさわしいのは何といっても宮城であり、そこでは毎夜のよう華麗なる国際交流の宴が繰り広げられていたにちがいない。
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 盛唐期、とりわけ楊貴妃とのロマンでも有名な第6代皇帝玄宗が君臨した時代の長安は、シルクロード色、ことさらイランモードにあふれていた。「樂は胡曲を尚(たっと)び、貴人の食事はことごとく胡食を供し、士女はみな胡服を衣(き)る」ようになったいう。
 ここにみられる胡曲、胡食、胡服の「胡」は、当時はソグドやイランを指した。
有名な李白の詩「少年行」に、
五陵の年少 金市の東
銀鞍白馬 春風をわたる
落花踏み尽くしていずれの処(ところ)にか遊ぶ
胡姫酒肆(しゅし)の中

(訳)豪華な銀の鞍をつけた白馬にまたがって、貴公子が春風の中を颯爽と走っていく。花びらを踏み散らしながらどこへ行くのか見ていると、やがて胡姫のいる酒場へと入っていった。


イメージ 10 この詩に出てくる胡姫も、長安に流れてきたイラン系の女子と考えられる――確かに、旅が進んでイランを訪れると、女性たちは美人ぞろいだった――。それにしてもこの詩は、胡風・胡俗に華やぎ浮かれる長安の雰囲気を、とてもよく伝えている。夜光の杯にぶどうの美酒を盛り、ラピズラリのアオイアイシャドウもなまめかしく、厚化粧の胡姫は千金の貴公子を悩殺したのであろう。
これからその原点となった西へ西へと旅して行くのである。


イメージ 6イメージ 7また、朱雀通りを往来して皇城(現在の官庁)の門・朱雀門をくぐった人びとの姿が目に浮かんでくる。そして、阿倍仲麻呂、空海、吉備真備といった、遣唐使の人びともここを通ったのか……、と思うと何か胸に熱いものがこみ上げてくる。

――昔の長安は、京城・皇城・宮城の三部から成り立たっていた。宮城の正南門の承天門から、皇城の正南門の朱雀門を経て、京城の正南門の明徳門に至るまで、南北を一貫せる大通りがあった。この通りが「朱雀大街」である。「その廣さ一百歩」といわれていて、幅150メートルあった。
 この朱雀大街によって長安は左街(東)と右街(西)とに二分されていた。左街は左京で、右街は右京にあたる。平安京の朱雀大路、左京、右京はこの名をまねたものだ。

イメージ 1 唐の長安城平面図

 西側へ移り、西方を見ると道が西へまっすぐ延びている。――ああ、これがシルクロードなのだ。はるかローマまで続く交易路だったのだ……。
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 唐代の人びとは、ここへ上ってはるか先まで延びるシルクロードを眺めてなにを思ったのだろうか。
西域に夢をかけるもの、商売を考えるもの、軍事的征服の野望に燃えるもの、逆に辺境まで兵士として駆りだされてわが身を憂えるもの……この城門は、遠い昔から多くの人びとの心の叫びや呟きを聞き続けて、それをしまいこんで来たに違いない。
 玄奘もここから国禁を犯してインドに向かったのか…、すさまじい決意と信仰でインドを目指したのだろうな……、そう思いながら、4日前に玄奘三蔵院で見た玄奘の旅姿を自分の遍路姿にダブらせ、――もちろんその艱難辛苦は比較するのもおこがましいが――唐代のイメージの世界に入り込んでいた。そしてしばし現実を忘れていた。

 すると、背後から肩をぽんとたたく人がいる。驚いて振り返ると。潘おじいさんの笑顔があった。
「Sさん、なにを考えているのですか? やっぱりシルクロードのことですか。こちらが西へのびるシルクロードの方向です。 ここから、あなたは河西回廊、敦煌、西域 へと向かうのですね。あなたののシルクロードの旅は、この西安から蘭州、トルファン、敦煌、ウルムチを通って、ゴビ砂漠、タクマラカン砂漠を越えて、西の国境であるカシュガルまでの旅です。そこから、中央アジア、イランを越えてトルコまでの長い旅なんですね。いい旅を楽しんでください」と微笑んだ。そしてすかさず、「今度はローマが見えましたか?」と、得意のジョークを飛ばした。
 その後すぐに真剣な顔で、「昔の人はどんな思いで、この門を旅立ったのでしょうね?」と、いつもの彼らしくないしんみりした調子で言った。やはり、この城門に立つとみな同じような思いに駆られるのだろうか。

イメージ 8孫の偉華さんは、今日は真っ赤なチャイナ服を着てきた。このごろは中国でもめったにチャイナ服を着ているのを見かけない。門出を祝ってくれる心遣いなのだろう。その気持がなんともいとおしい。
 楽しい会話の後で、3人で城門の上で記念撮影をして、ささやかな出発式を行ってくれた。
西安の人たちは、長期で外国へ行く人がいると、わざわざ西門で出発式をやって前途の無事を祈念することがあるとのこただ。少しではあるが、昔の名残が残っているのだそうだ。
潘さんが持ってきてくれた蘭州の名酒「シルクロードの春」で乾杯した後、王維の詩を三人で朗読した。
私の提案で、初めは中国語で、次は日本語で読み上げた。

送元二使安西   元二の安西に使するを送る  王維

イメージ 9渭城朝雨浥軽塵    渭城の朝雨 軽塵を浥す
客舎青青柳色新    客舎 青青 柳色新たなり
勧君更盡一杯酒    君に勧む更に盡せ一杯の酒
西出陽関無故人    西のかた陽関を出ずれば 故人無からん


 唐代の哀調を帯びた漢詩を読みながら、一時はしんみりとした気持にさそわれた。
 だが私の旅は希望に満ちた楽しみの旅なので、すぐに雰囲気は元の華やぎに戻った。

 潘さんと偉華さんは、「唐代のシルクロードの出発点『開遠門』までご一緒しましょう」と言ってくれたが、「ありがたいのですが、名残が尽きなくなりますので、明代の城門で出発式をやっていただいたのですから、ここでお別れしましょう」と言って、気持を振り切るようにして自転車を漕ぎはじめた。
信号を右折しながら、気になって後ろを振り返ると、二人は懸命に手を振っている。手を振り返して気持を吹っ切った。
 いよいよ、西へ向けて出発だ。

*その3年後残念ながら、潘おじいさんの訃報を偉華さんからの手紙で知った。心からご冥福を祈りたい。

 
 
2009年4月3日(金)

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[本日のシルクロード]

シルクロードの出発点・西の城門

 潘さんたちとの待ち合わせまで、まだ30分ほどある。ふたりが到着するま前に、西門(安定門)をひとりでゆっくりと眺めたいと思った。これでなんと三回目だが、その都度新しい発見と出会いがあるものだ。
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 西門(安定門)の城楼

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 西門(安定門)の通行用アーチ状の3つの門

イメージ 6 イメージ 7敵をこの中庭のような空間におびき寄せて上から弓矢などで攻撃する。右は矢を射掛ける箭楼

イメージ 4イメージ 5 西門の城門(安定門)と城壁の夜景
 
 ここで、まず西安の城壁や西門について紹介しよう。
 中国の城が日本と大きく違うのは、皇帝が住む宮殿はもとより、市民が住む都市全体を城壁で擁護しているという構造にある。
 これが、中国の都が「城都」と呼ばれる所以であり、ここ西安は、城壁が完全に残っている中国でも数少ない都市の一つである。
 さて、現在西安に残る「城壁」は、以前の記事にも書いたように、明代の初期に築城されたもので、大きさは南北約2.5km、東西約4.2kmある。
 西安が都として栄華を誇った随、唐代の城壁は、なんと南北約8.7km、東西約9.7kmもあったといわれている。地図の中の赤で囲まれた部分が明代の城壁であるが、規模のちがいが歴然であろう。
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 明代の城壁も周囲には幅20mの水壕が巡らされていたが、現在は都市化や交通事情のため、かなり埋められてしまった。

 城壁には、北側には「安遠(あんえん)門」、東側には「長楽(ちょうらく)門」、南側には「永寧(えいねい)門」そして西側には「安定(あんてい)門」が造られている。
 また城壁の四隅には外敵の見張りや攻撃をするための角楼(かくろう)がある。
その名のとおり四角い造りの楼だが、ただひとつ南西角にある角楼は名前とは裏腹に円形をしている。
なぜ一つだけ形が違うのかについては、風水などによるのでは、と言われている。
(詳しく知っている人がいたら、コメントで教えてください)
ただ警備や攻撃を考えると、こちらの形(円形)の方が合理的だとも思うのだが……。

 城壁は高さ12m、幅とも12m〜14mほどあり上ることもできる。
前の記事で書いたように、城壁の上は自転車などで走ることもできる。
東西南北、四つの門がある場所は城壁が囲いを造るような構造となり、門は二重になっている。
一旦敵が侵入してももうひとつの門を閉じて、敵を中庭のような空間に閉じ込め周囲から攻撃を加えることが出来る。
内側の門の上には「城楼(じょうろう)」、外側の門の上には「閘楼(こうろう)」と呼ばれる建物が建っている。
外観は3階建てだが、内部は2階建てになっている。

さて、ここであらためて西門「安定門」をご紹介したのは、この西門こそ「シルクロード」の起点だからである。

到着してからまず楼の一階部分に入ってみた。一階と言っても城壁自体12mあるので相当な高さだ。
ここにはシルクロードや歴史的な展示物がある。このなかには天皇皇后両陛下がお出でになったとき、子どもたちから歓迎を受ける場面を撮影した写真が展示されていた。
ここにはお土産屋もあり、以前と比べて、展示物よりも土産品が多くなった。

お茶を飲んで店内を見ていると、店員の女性が日本語で商品を薦めにくる。わたしが絵を見ていると、
「あなたは絵に興味があるのですか?」
 と日本語で話ながら寄ってきた。けっこうスムーズな日本語だった。それに対して私は、
「どこで日本語を習いましたか?」と中国語で尋ねると、
「えっえっ、あなた中国人なの?」と、日本語で驚いてみせる。
 日本語で言ったところをみると、既に私が日本人だということはお見通しだったのだ。
今までも中国人ぶっても、話す前から化けの皮がはがれていた。雰囲気でわかるのだろう。
彼女はまるで私を試すかのように、
「我在西安外語学院学日文(西安外語学院(外国語大学)で習いました)」と、今度は中国語で答えた。
「現在幾年級?(今、何年生?)」 と聞くと、
「一年級 (一年よ)」とすまして答えた。
もうひとりは3年生だった。

 なんと一年で日本語の会話ができるのだと感心して、よく聞いてみると、高校生の時に日本語を学び始めたという。
 考えてみれば潘さんの孫娘の、偉華さんは高校生でもけっこう日本語を話していたのだから、外語大静なら1年生でこれだけ話せても不思議はないと思った。

 1年生の小姐は男の人と中国語で話をしている。
 その人は学生ではないが、現在日本語を学んでいて、日本人留学生と互いに教え合っているという。
小姐の知り合いであった。

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[本日のシルクロード]

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西安城壁一周  〜城壁からの眺め〜


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ペダルを漕ぎ始めるとすぐに、見張りの衛兵が駐屯する楼(物見櫓)が見えてくる。これはところどころに建っている。見張り怠りなしといったところだ。

イメージ 23 イメージ 24城壁の壁は6メートルもある。低いところでもけっこう高い。これでは侵入する敵も壁を越すまでに突き落とされてしまうだろう。

イメージ 3 イメージ 2 はて これはナンでしょう?
実は、ゴミ箱です。至る所に設置されています。西安ではゴミ箱にまで配慮している…さすが。世界一のおしゃれな国際都市長安の血が脈々とながれているのを感じる。


イメージ 4城壁の外に向かって一基だけ大砲が据えられていた。戦の時の武器も並んでいた。この城壁が作られた明代以後、この城壁から大砲を撃ったことはあるのだろうか?恐らくないだろう。 
ところで日本では、唐代の長安の街を倣って平城京や平安京が作られているが、城壁は築かれていない。騎馬民族が攻めてくる心配はもちろんないし、朝廷の権力が安定していたためだろう。

城内側には、筆や書を売っている古文化街の入口の書院門や建物がが見える。
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実際に訪れたときの写真も交えて紹介する。イメージ 6 

城内側にはまだ昔ながらの家並みが残っていて、古いたたずまいを残してい イメージ 8る。イメージ 7 自転車では表通りしか走らなかったので、裏手の家は見えなかったようだ。


イメージ 9南角の第一コーナーを回るとやや下り坂になっている。ペダルをこがなくても勝手に進んでいく。やがて右手に長楽閣の建物とその下にアーチ状の長楽門が見えてくる。城壁から城門が見えるというのは、その部分だけ門が二重になっているからだ。
 

第二コーナーを回り、右手に西安駅の駅舎が見えてくる。駅前は相変わらず多くの人で賑わっている
イメージ 10



イメージ 12イメージ 11西安駅の先には、「古城第一門」と書かれた北門(安遠門)がある。ここでも歓迎のセレモニーが行われている。もともと外国の賓客を出迎えたのはこの門なので、ここで入城式が行われているのは当然といえば当然なのである。
ここまで来てようやく中間地点である。走り始めから50分ほどかかった。
写真を撮りながらなのでやむをえない。追加料金は覚悟の上だ。
それよりせっかくの写真の方がずっと貴重だ。

イメージ 16 イメージ 17西安門と、古い家並み。故障したバスをみんなで押している姿がほほえましい。


イメージ 13 第三コーナーを曲がって南下すると西門(安定門)が見えてくる。
この門がまさにシルクロードへの出発点であり、到達点である。
西方からのキャラバンも必ずここをくぐって入城して来たはずだ。なんとここでは、三輪タクシーやカートもあった。 イメージ 22
イメージ 21


イメージ 14イメージ 15最後後のコーナー・西南の角を曲がると、ゴールは近い。城壁の4つの角(かど)には角楼(かくろうと呼ばれる見張り所がある。名前の通り四角のだ楼が、ここ西南の料理か苦労角楼だけは四角ではなく円形になっている。なぜでしょう?(解答は次回しますので、考えてみましょう。)
私見であるが、実用的に見て、円形ならば365度見通せて、敵の発見には好都合ではないだろうか?

イメージ 18 イメージ 19南門近くで、唐風のホテルを見つけて1枚。城郭が見えてきた。まもなく南門へ到着だ。そこからまっしぐらに南門へ向かう。10分オーバーで到着。時計を見せて、「すみません。いいですか?」というと、警察官のようないかめしい格好をしたおばさんが、なんか拍子抜けするほど簡単に「もちろんいいですよ!」と言って、追加料金は取らなかった。
90分で回るというのはかなり厳しい。2時間くらいかけてのんびり城壁内外の風景を楽しみながら走るのが適当だろう。

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南門の城楼に登って見下ろすと、城壁は日本の城の石垣と同じように堀で囲まれている。ただ、交通事情や町の発展のため、堀はほとんど埋められ、道路や商店街に変ってしまった。

イメージ 28イメージ 29南を見渡すと、やや遠方に小雁塔が、そのさらに遠方には大雁塔が見える。
城壁を一周しながら、東西南北の城楼に登って景色を眺めるのは、なかなか壮観だった。西安市街のほとんどを見渡すことが出来た。

さて、潘さんたちと待ち合わせた時間までは50分弱だ。ここから待ち合わせ場所南門(永寧門)まで約3.5キロほどだ。急げば歩いても間に合う時間だ。

ところで、この城壁で毎年11月第一日曜日に西安国際マラソン大会が行われている。日本からもツアーを組んで大勢の人が参加している。自分も一度は参加してみたいと思い、パンフレットを取り寄せたことがあった。それがいまだに果たせていないので、せめてその気分を味わおうとで西門まで走ってみることにした。広い走行路で、アップダウンもほとんど無い。ゆっくり走っても20分ほどで到着した。
約束の時間はまだ30分ほどあるので、まだふたりは到着していなかったので安心した。
イメージ 25 イメージ 26 イメージ 27  大会セレモニーとスタート風景 (写真は潘さんより提供されたもの)  

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