2009年4月4日(土)
[本日のシルクロード]
外語学院の女子大生との会話を楽しんだ後、一歩一歩階段を踏みしめながら城楼の最上階まで登る。これから「夢のシルクロード」への出発か、という浮き立つ気持と、出発前にいにしえの長安をもう一度偲んでみたいという感傷的な思いが複雑に交錯していた。西安初日に登った時とはまったく思い入れが違っていた。
城楼から改めて市街を眺めると、昔の長安を偲ぶよすがのないほどに、現代の西安は近代化が進んでいる。だが想いを巡らしさえすれば、古き長安が目に浮かんでくるはずだ。
ここ西の城門は、昔の長安城の西の端にあたる。東側に回れば長安を偲ぶよすがに出会えるに違いない。現代の風景からいにしえの情景をイメージすることは、けっこうわくわくする楽しい業(わざ)だ。
やはり最初に想ったのは、宮城であり、そこからまっすぐに伸びる朱雀大街であった。
華麗なる国際都市長安に最もふさわしいのは何といっても宮城であり、そこでは毎夜のよう華麗なる国際交流の宴が繰り広げられていたにちがいない。
盛唐期、とりわけ楊貴妃とのロマンでも有名な第6代皇帝玄宗が君臨した時代の長安は、シルクロード色、ことさらイランモードにあふれていた。「樂は胡曲を尚(たっと)び、貴人の食事はことごとく胡食を供し、士女はみな胡服を衣(き)る」ようになったいう。
ここにみられる胡曲、胡食、胡服の「胡」は、当時はソグドやイランを指した。
有名な李白の詩「少年行」に、
五陵の年少 金市の東
銀鞍白馬 春風をわたる
落花踏み尽くしていずれの処(ところ)にか遊ぶ
胡姫酒肆(しゅし)の中
(訳)豪華な銀の鞍をつけた白馬にまたがって、貴公子が春風の中を颯爽と走っていく。花びらを踏み散らしながらどこへ行くのか見ていると、やがて胡姫のいる酒場へと入っていった。
この詩に出てくる胡姫も、長安に流れてきたイラン系の女子と考えられる――確かに、旅が進んでイランを訪れると、女性たちは美人ぞろいだった――。それにしてもこの詩は、胡風・胡俗に華やぎ浮かれる長安の雰囲気を、とてもよく伝えている。夜光の杯にぶどうの美酒を盛り、ラピズラリのアオイアイシャドウもなまめかしく、厚化粧の胡姫は千金の貴公子を悩殺したのであろう。
これからその原点となった西へ西へと旅して行くのである。
また、朱雀通りを往来して皇城(現在の官庁)の門・朱雀門をくぐった人びとの姿が目に浮かんでくる。そして、阿倍仲麻呂、空海、吉備真備といった、遣唐使の人びともここを通ったのか……、と思うと何か胸に熱いものがこみ上げてくる。
――昔の長安は、京城・皇城・宮城の三部から成り立たっていた。宮城の正南門の承天門から、皇城の正南門の朱雀門を経て、京城の正南門の明徳門に至るまで、南北を一貫せる大通りがあった。この通りが「朱雀大街」である。「その廣さ一百歩」といわれていて、幅150メートルあった。
この朱雀大街によって長安は左街(東)と右街(西)とに二分されていた。左街は左京で、右街は右京にあたる。平安京の朱雀大路、左京、右京はこの名をまねたものだ。
唐の長安城平面図
西側へ移り、西方を見ると道が西へまっすぐ延びている。――ああ、これがシルクロードなのだ。はるかローマまで続く交易路だったのだ……。
唐代の人びとは、ここへ上ってはるか先まで延びるシルクロードを眺めてなにを思ったのだろうか。
西域に夢をかけるもの、商売を考えるもの、軍事的征服の野望に燃えるもの、逆に辺境まで兵士として駆りだされてわが身を憂えるもの……この城門は、遠い昔から多くの人びとの心の叫びや呟きを聞き続けて、それをしまいこんで来たに違いない。
玄奘もここから国禁を犯してインドに向かったのか…、すさまじい決意と信仰でインドを目指したのだろうな……、そう思いながら、4日前に玄奘三蔵院で見た玄奘の旅姿を自分の遍路姿にダブらせ、――もちろんその艱難辛苦は比較するのもおこがましいが――唐代のイメージの世界に入り込んでいた。そしてしばし現実を忘れていた。
すると、背後から肩をぽんとたたく人がいる。驚いて振り返ると。潘おじいさんの笑顔があった。
「Sさん、なにを考えているのですか? やっぱりシルクロードのことですか。こちらが西へのびるシルクロードの方向です。 ここから、あなたは河西回廊、敦煌、西域 へと向かうのですね。あなたののシルクロードの旅は、この西安から蘭州、トルファン、敦煌、ウルムチを通って、ゴビ砂漠、タクマラカン砂漠を越えて、西の国境であるカシュガルまでの旅です。そこから、中央アジア、イランを越えてトルコまでの長い旅なんですね。いい旅を楽しんでください」と微笑んだ。そしてすかさず、「今度はローマが見えましたか?」と、得意のジョークを飛ばした。
その後すぐに真剣な顔で、「昔の人はどんな思いで、この門を旅立ったのでしょうね?」と、いつもの彼らしくないしんみりした調子で言った。やはり、この城門に立つとみな同じような思いに駆られるのだろうか。
孫の偉華さんは、今日は真っ赤なチャイナ服を着てきた。このごろは中国でもめったにチャイナ服を着ているのを見かけない。門出を祝ってくれる心遣いなのだろう。その気持がなんともいとおしい。
楽しい会話の後で、3人で城門の上で記念撮影をして、ささやかな出発式を行ってくれた。
西安の人たちは、長期で外国へ行く人がいると、わざわざ西門で出発式をやって前途の無事を祈念することがあるとのこただ。少しではあるが、昔の名残が残っているのだそうだ。
潘さんが持ってきてくれた蘭州の名酒「シルクロードの春」で乾杯した後、王維の詩を三人で朗読した。
私の提案で、初めは中国語で、次は日本語で読み上げた。
送元二使安西 元二の安西に使するを送る 王維
渭城朝雨浥軽塵 渭城の朝雨 軽塵を浥す
客舎青青柳色新 客舎 青青 柳色新たなり
勧君更盡一杯酒 君に勧む更に盡せ一杯の酒
西出陽関無故人 西のかた陽関を出ずれば 故人無からん
唐代の哀調を帯びた漢詩を読みながら、一時はしんみりとした気持にさそわれた。
だが私の旅は希望に満ちた楽しみの旅なので、すぐに雰囲気は元の華やぎに戻った。
潘さんと偉華さんは、「唐代のシルクロードの出発点『開遠門』までご一緒しましょう」と言ってくれたが、「ありがたいのですが、名残が尽きなくなりますので、明代の城門で出発式をやっていただいたのですから、ここでお別れしましょう」と言って、気持を振り切るようにして自転車を漕ぎはじめた。
信号を右折しながら、気になって後ろを振り返ると、二人は懸命に手を振っている。手を振り返して気持を吹っ切った。
いよいよ、西へ向けて出発だ。
*その3年後残念ながら、潘おじいさんの訃報を偉華さんからの手紙で知った。心からご冥福を祈りたい。
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