東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

1西安とその周辺(遙かなり長安)

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2009年2月20日(金)

[シルクロード紀行]


シルクロード東西交流の遺品を求めて 〜陝西歴史博物館〜 

イメージ 1青龍寺見学を終えて、1キロほどの距離にある陝西歴史博物館に向かいました。
唐代の建築様式を取り入れた宮殿風の立派な建物が迎えてくれました。
ここは中国トップクラスの博物館といわれるだけあって、
以前見学した北京の中国歴史博物館や故宮博物館にもほぼ匹敵するものでした。

展示室は年代別になっています。
第1展示室は先史時代から周、秦代まで
第2展示室は漢から魏晋南北にかけて
第3展示室は、隋、唐から清代まで
となっています

収蔵品が37万点、そのうち6000点が常時展示されているとのことです。
115万年前の藍田猿人の時代から清の時代までの長い歴史を代表する貴重な文化財がここに集められ、
一堂にして中国の歴史を巡る思いでした。
国宝も目白押しでした。

イメージ 8 数ある逸品の中で、私の心をとらえてのは、この漢の金怪獣です。匈奴の将軍の帽子のてっぺんにあった飾りです。漢は西域を支配するために、それまで何度も匈奴と戦を交わしましたが、苦杯をなめ続けました。武帝の時代になってやっと大勝利を収めることが出来たのです。そのときの
記念すべき戦勝品だったのです。つまり、シルクロード貿易がやっと中国の手におさめられたのです。そういう意味でとてつもない記念品なのです。当然国宝です。


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数多い壁画の中では、唐代のものが印象的でした。
いずれも中国最高のレベルに達しているとの評価を受けているものばかりです。
これらの壁画には宮廷生活や楽隊、儀杖隊、狩猟風景などが多彩に描かれており、
中国古代絵画の最も重要な遺産であると言われるだけのことはあります。

唐三彩も見事なものばかりです。
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シルクロードを通って伝えられた芸術品や技術的なこのもたくさん展示されていました。

イメージ 20唐代にアラブ方面から貢ぎ物として贈られたとされるメノウの杯獣首瑪瑙杯の滑らかな輝きと彫刻の素晴らしさに、しばし立ち止まって目を奪われていました。その輝きが写真で表せないのが残念です。

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館内の売店で、この歴史博物館に展示されている文物が書かれた本が売られていました。
280元と180元の本を2冊ほしいと思ったが、あいにく持ち合わせが350元ほどしかありません。
そこで、一応2冊350元で交渉したところ、若い服務員に断られたのであきらめました。

ところが見学を終えた帰り際に、責任者らしい男性を同伴して現われ、350元でよいと言いいます。
だが、すでに他の売店でお金を使ってしまい、300元ほどしかなくなってしまいまた。
さすがに、300元では駄目だった。後で思うとちょっと残念でした。
[コメント]
大雁塔を出発した時には、次の訪問先は約1キロ先の陝西歴史博物館にしようと思っていました。
しかし、すぐに気持が変ってしまいた。
逆戻りしてもいい…。
やっぱり空海に、先に会いたくなりました。
ちょっとルートを変えて、空海の修行の地「青龍寺」へハンドルを向けていました。
これがひとり旅の」気軽さだ。 これがよさですね。
「陝西歴史博物館」 ちょっとごめんなさい。

[シルクロード紀行]

空海へ想いをはせて静龍寺へ   

陝西歴史博物館を横目にしながら、その先の青龍寺へ向かいました。
1989年についで二度目の訪問です。

イメージ 3 イメージ 4 青龍寺は、西安の市の東南部楽遊原にあり、582年に創建されました。
元の名前は霊感寺といいましが、711年に青龍寺と改名されました。
唐の時代にはかなり有名な寺院でした。

イメージ 5空海は、私にとっては、三度歩き通した四国遍路のシンボルなのです。
その空海の修行の地として思い入れが深い寺です。
空海はここで恵果法師に真言密教について教えを請い、
また、苦労して中国仏教密宗文化を学び、漢学についても研鑚を積みました。
彼は博学で、造詣も深く、仏教、詩、詞、サンスクリット、書などについても成果をあげました。
806年、多数の仏教経典や書籍を携えて帰国。
奈良の東大寺で日本密宗真言宗を開きました。
道場を開いて、密教を広め、日本留学僧の中でも数少ない仏学大師となり、「東密」の開祖とりました。

イメージ 11981年、日本仏教界は青龍寺の境内に、空海記念堂と空海記念塔を建立しました。
引き続いて、1986年には日本から桜の木1000株が送られました。
私が訪れたのは、2度とも8月だったので、残念ながら西安の桜は見ることは出来ませんでした。

イメージ 6イメージ 2
         恵果と空海                          空海のレリーフ

師の恵果と空海との出会いについては、「空海の風景」(司馬遼太郎)など何冊かの本で読んだことがありますが、そのときの様子を空海自身が書いた「御請来目録」で次のように伝えています。
「和尚は自分を見て微笑み、歓喜しておっしゃいました。「私は前もってあなたが来るこを知っていて、長いこと待っていました。今日やっと会うことが出来ました。とても良いことです。とても良いことです」
このレリーフはそのときの様子のように思えて、想いを込めていつまでも見入ってしまいました。

イメージ 7空海は日本に帰ったらこのお寺と同じ名前のお寺を立てようと決心したとのことで、
四国88ヶ所の三十六番青龍寺(こちらは「しょうりゅうじ」と読みます)がその寺です。


次は、陝西歴史博物館へ向かいます。
[コメント]
知り合いになったおじいさんとの縁がその後も続きます。

大雁塔からの眺め  〜玄奘三蔵と大雁塔2〜  
イメージ 1ここで、先ほどのおじいさん再登板。
ブログでは再登場だが、ずっと話ながらついて来た。
実はこのおじいさんは、若い頃、旧満州地区にいたので、日本語が話せたのだ。
案内してやると言う。
「忙しいでしょう? それに申し訳ないから…」
「いやいや、暇だから太極拳をやっていたんだよ」
ひとりのほうがよかったが、せっかく仲良くなったので、むげにも断れない。
同行することに…

入場券売り場へ行って料金を見る。
慈恩寺すべて見学55元、大雁塔のみ15元だ。
「案内してもらうお礼に、私に払わせてください」と申し出ると、
おじいさんは「悪いね。高いから…わしは大雁塔だけでいいよ」と言う。
私はすべて見たいので、55元なり。
イメージ 3
塔を指差しながら、おじいさんは説明を始めた――
慈恩寺は、唐の3代皇帝高宗が母の追善のために建立しました。
寺は消失し、現在は塔だけが残っています。
玄奘三蔵がインドから持ち帰ったサンスクリット語の経典を保存するために建立されたものです。
建立当初5層だった大雁塔は、8世紀、則天武后の頃には10層にまで積み上げられました。
その後8層以上の階が倒壊したため、現在は7層の構造となっています。
四角七層で高さ64mです。
この塔は、中国独特の「黄土煉瓦」を積み上げたものですが、その内部構造は柱が使われていません。
――どうやってこの高い棟を柱なしで支えているのですか?
それか謎に包まれるのです。
黄土を餅米で突き固め、外側をレンガの壁で覆った分厚い構造になっているのですが、
詳しいことはわかっていません。
その構造自体が非常に特殊な建築技術によるものだそうですので、このあたりもじっくり味わってください。

「おじいさんはなかなかの博学ですね」と言うと、
「実は、私はここのガイドをしていたことがあるんだよ」
「どうりで詳しいと思いましたよ」
「あんたが自転車で来たとき、色は白いし、腰のバッグを見てすぐに日本人だとわかったよ。西安にはあんたのような色の白い人はいないからね」
「15元のガイド料じゃ安かったですね」と冗談ぽく言うと、
「そんなことないよ。時々、奉仕でガイドをやっているんだよ」
「私はSといいます」と名乗ると、
「私は潘(パン)といいます」
と言って、ノートに書いてくれた。

聞いた話を、帰国後に一応本で調べてみたら全部正しかった。
もちろん本に書いていないことも教えてくれた。
イメージ 2 
まず、大慈恩寺入口の山門をくぐり、
大雄宝殿の脇を進んでいくと大雁塔の登り口があった。
イメージ 4切符を切ってもらって、中に入る。
最上階まで螺旋階段が続いていて、全部で248段ある。
かなりの急階段だ。
周囲の人たちは必死の表情で上っている。
階段は幅が狭く先がつかえてなかなか前に進めない。
幸い、私は四国歩き遍路で歩きなれているので、さほどの疲れはなかった。
潘さんもなかなか達者だ。

イメージ 5最上階に登り詰め、小さな窓から西安の町並みを眺めると、
何ともいえない達成感があった。
玄奘三蔵も、経典の翻訳の合間にこの塔からに賑わいを見せる国際都市長安の街を眺めたのであろう。
シルクロードも一望できる。
潘さんは、「ここからはローマが見えますよ」と言う。
どういう意味かはわからなかったが……、
たぶん、ここからローマに想いをはせると、想像のローマがありありと浮かんでくるのだろう。
そんな気がした。

潘さんの説明再開――
イメージ 6玄奘が漢訳した教典の数たるや、20年間で1200巻を超えたと言われています。
この玄奘のインドへの遙かなる旅をモデルにした小説が「西遊記」なのです。
ただし「西遊記」が書かれたのは後の時代、明代のことです。
大雁塔の南側入口に玄奘三蔵の偉業を讃えた唐の高宗碑文があります。
ここは牡丹の名所としても有名です。
「科挙」(昔の役人である官史の採用試験)に合格すると「進士題名」といって、
塔に登り漢詩を刻む栄誉が与えられます。
入口や壁に往事を偲ぶ新進気鋭の進士詩文も刻まれています。

塔を下りて潘さんと別れた。
ところが潘さんとは、思わぬことで縁がつながるのである。
イメージ 7
ひとりで大雄宝堂と2003年新たにオープンした玄奘三蔵院を見学した。
玄奘三蔵院には、ほぼ等身大の玄奘の旅姿のレリーフがあった。
自分も、しばらくは玄奘三蔵の歩んだ道を辿るのか…。
そう思いながら感慨深くしげしげと眺めるのだった。
[コメント]
長安に縁の深い人物の中で、心惹かれる人を三人上げろといわれれば、迷わずに、
玄奘三蔵、阿倍仲麻呂、空海を挙げるでしょう。
今回の西安訪問では、この三人に心を置いて巡ります。
今日と明日はまず玄奘三蔵と、
彼がインドから持ち帰った経典の保管場所であり、
自らも翻訳にエネルギーを注いだ大雁塔についてです。


[シルクロード紀行]

命を懸けて天竺へ  〜玄奘三蔵と大雁塔1〜

イメージ 2興慶宮から南下すると、大雁塔が見えてきた。
なにせ、63mあるので、建物を見ながら自転車を漕げば、迷うことはない。
大雁塔の付近まで来て、周辺は以前来たときとすっかり変わってしまったのには驚いた。
〈それはそうだよ。もう16年経ったんだよ〉と自分に言い聞かせたほどだ。

イメージ 3大雁塔の前には玄奘三蔵が立てられた。
わかってはいたが、太極拳をしている老人に「あれは玄奘三蔵ですか?」とわざわざ訊いてみた。
 ――地元の人と仲良くするにはこちらから積極的に話しかけるに限る。
   ものをたずねると相手の自尊心が満足されてよけい親切にしてくれる。
   このことは私の旅のひとつの知恵にもなっている。
「あんた よく知っているね」と感心したように言う。

イメージ 4私の中国語が堪能だと思って、いろいろと説明してくれたが、半分くらいしかわからない。
老人は北向きになっている玄奘像を指差して、
「西向きに立てるべきでした。失敗でした」と残念がっていた。
確かに西に向かって壮大な旅へ旅立った玄奘三蔵をシンボル化するには、西向きのほうがよいかもしれない。
だが、観光客の方を向いて、正面から迎え入れるスタイルほうが実際的、いや観光的ではないかと思った。
しかし、老人の意見には異議をとなえず、
「太謝謝了!(たいへんありがとうございました)」と丁重にお礼を言った。
イメージ 1
     (参考) 世界史年表・地図(吉川弘文館)

有名な「西遊記」に登場する、三蔵法師のモデルは、ご存知のように玄奘三蔵である。
ここでどうしても、玄奘三蔵について述べておきたいたい。
文章がやや小説っぽくなるが、
――中国本土の西の外れ敦煌を通り過ぎ、
西域への2つの関門、陽関と玉門関(表示画像は玉門関にて撮影)を越え、
伊吾(現在のハミ)方面へ歩みを進めると、
そこは莫賀延磧(ばくがえんせき)と呼ばれる広大な砂漠が広がっている。
莫賀延磧は八百余里(ここでいう一里は約4キロ)、
優に3000キロを超える長さに渡っており、
古くは沙河(さか)と呼ばれ、
「空には飛ぶ鳥もなく、地上には走る獣もなく、また水草もない」
といわれた荒涼たるところである。

伊吾は、この時代、次第に衰退して行った鄯全(楼蘭)に代わって、
東西交流の重要なオアシスとなっていた。
西域へと向かう旅人にとっては、伊吾こそは、西域の入口に他ならないのであった。

時は唐の太宗の治世、629年の秋。
一人の男が馬にまたがり、悄然とこの砂漠を進んでいた。
辺境警備のため100里ごとに設置された5つの烽火台を越え
あとは伊吾まで本当に何もない荒野が続く。
食べ物もなければ、水もないのである。

――私はタクラマカン砂漠をラクダに乗って、
  高々4泊5日ではあったが、砂漠の旅を経験した。そのとき、
  〈もしも独りでここに放置されたら、1日ももたないだろう〉と恐ろしくなったほどだ。

男は、それまでの旅の過酷さを表すかのように、疲労の色濃い様子であった。
無理もない。
ひそかに唐の国を抜け出し、人目につかぬように日中休み、
夜間に移動するという旅を続けてきたのである。
当時、建国間もない唐では、国外への移動を禁じられていた。

男は当時まだ少なかった仏教の経典を求めるため、
天竺(インド)へ行きたいと熱望し、
許可を求めたもののかなわない。
やむなく国禁を破って旅に出たのである。

ただでさえ困難な 旅の行程が、
そういう理由からいっそう厳しいものになったのである。

国禁を犯してまでたった一人で西域の道を急ぐ旅人、
この男こそ、玄奘三蔵その人であった。
玄奘は、天竺まで行って中国では得られない仏教の真髄を学び、
さらに仏教哲学の最高峰『十七地論』を得て持ち帰り、
正しい仏の教えを中国に伝えようとしていたのである。

玄奘は大砂漠の中を苦心の末進み、
パミールの難所も越えて、北インドからマガタ国のナーランダ寺院へ到着した。
長安を出て3年後のことだった。
その後、ナーランダ寺院での5年間の修行を経て、
インド聖地巡礼の旅に出た。

645年、玄奘は長安に帰り、太宗の盛大な歓迎を受けた。
大慈恩寺の住持となって、持ち帰った膨大な経典の翻訳に専念した。
大雁塔は経典の保管場所であり、翻訳に従事する場であった。

17年ぶりの西安自転車めぐり

  
イメージ 1
今回も自転車で回ってみようと,来る前から計画していた。
京都と同じように、西安市内の取材には自転車ガもってこいだ。
さすがに2005年ともなると、貸し自転車ががあった。
ホテルのフロントで訊いてみると、幸いにホテルにもレンタサイクルがあった。
値段を訊くと、1日200元だという。
――昨日自転車屋で見たら、安い自転車は100元代で売っていた。
  2日間で400元ならば、買った方が安くつく。
  城壁では中国人の人が、100分20元で借りていた。
などなど、日本語で話をしながら、値段交渉した。
幸いに日本語の話せる服務員だったので、助かった。
結局、2日間100元にしてもらった。
中国では、この「値段交渉」というやつで、いつも疲れさせられる。

イメージ 48時頃ホテルを出発して、すごい車の料だ。やや渋滞気味だ。
19890年代と比べて猛烈な増加だ。
以前はほとんど見かけなかったバイクも急に増えた。
自動車の増加と対照的に、自転車の数が3分の1くらいに減った。
それでも、まだまだ多い。
通勤者の自転車がたくさん走っている。
赤い色をしたタクシーが無数に走っている。
だが、一般の乗用車の割合は日本に比べると大分少ない。 

イメージ 3  イメージ 2 

イメージ 5中国語を少しかじっている自分にとっては、街中にある看板の文字の意味に興味があった。
マクドナルドなどは絵ですぐわかるが、
わなかないものは、その都度自転車を止めてガイド電子辞書で調べる。
たとえば「水泥」はセメント、大肉」は豚肉、「馬」は回教徒などの意味だった

イメージ 6
交通大学の前を通過する。
前国家主席の江沢民氏の出身大学である。
彼が来日した際に、魯迅の学んだ東北大学を訪れるために、私の住む仙台市にやってきた。
当時。私が中国人留学生に中国語を教わっていたので、彼といっしょに前主席を歓迎する列に加わってた経験がある。
そのため、なんとなくこの大学にはなじみのような感じを持っていた。
立ち寄って写真を撮った。
「交通」は特に交通関係の専門を指しているわけではない。
西安交通大学は、理、工、文の各学科がそろった総合大学で国家教育省直属の全国重点大学である。
1984年、国務院が国家“211”工程計画を批准し、世界の一流大学になることを目標に建設された大学の1つである。
交通大学は中国の最も古い大学の1つで、100年を越える歴史があり、
その前身は1896年上海に創立された南洋公学である。
1956年、国務院の決定によって、交通大学の主体は西安に移り、
1959正式に命名して西安交通大学になった。

この大学の向かいのあたりには、玄宗皇帝の宮殿(興慶宮)がある。
ここには、遣唐使・安倍仲麻呂の記念碑がある。
1989年には昼間訪れたので、今回は「天の原…」の歌にあやかって長安の月を眺めたいので、
夜訪れることにした。
一端素通りして大雁塔に向かった。

イメージ 8大通りの中央分離帯は花壇になっているところが多い。
歩道側には、西安の市樹「えんじゅ(槐)が数多く植えられていている。
以前はたくさん見られた赤レンガや日干し煉瓦の平屋の家が大分姿を消した。
特に大通りに面したところでは、大多分高層建築物に姿を変えている。大厦」(ビルの意味)の文字がやたら目立つようになった。30階建てくらいの高層アパート群も目立つ。
派手なけばけばしい看板がいっそう増えた。

イメージ 7「道路は、自動車専用、荷車や馬車、自転車に分かれている。
バスは自転車ゾーンを走ることが多い。
信号のないところでの人の横断が相変わらず多い。信号無視も多い。
相変わらずのマナーの悪さが目に付く。
ホテルの人人は、守っているのは、日本人ぐらいなものだが、
ただ、いったん守らないとなると日本人のほうがすさまじい、と言う。
おなじことが、撮影禁止の場所についてもいえるそうだ。

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