今回からいよいよ「シルクロード・西安からイスタンブールまでの旅開始]です。
「イランの素顔」は紹介したいことが一杯ありますし、希望の声もしたくさんありますので、
引き続いて、3回置き位のペースでお伝えします。
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[シルクロード紀行]
西域への送別の橋 〜空港から西安へ
2005年8月25日、西安行きのJL便で10時40分成田を出発。中国上空は雲の中を飛行しているので、ほとんど下界は見えない。機体が時々ぐらぐらと大きくゆれる。西安近くになり、ついに下界が見え始めた。大きな田と、ぽつぽつと住宅が見えるだけだ。
このような広大な土地で4千年以上の悠久の歴史が展開されて来たと思うと、感慨深い。これからこの広い大地を西へ西へと1万4000キロ以上も進んでいくのかと思うと、武者震いがした。
予定よりも20分遅れて西安咸陽国際空港に到着。外観は、1990年に三古都(北京、洛陽、西安)めぐりに来た時とあまり変わらないように感じた。だが建物の内部はすっかり様変りしていた。
2003年9月25日にできた新ターミナルである。従来からあった西安空港は、霧のため発着に著しく支障をきたすので、新たに咸陽に移転したとのことだった。
テロ警戒中なので荷物検査は厳しいというふれこみだったが、チェックはまったくなかった。空港ターミナルを出るとやや雨模様だ。空港の駐車場には、以前にはほとんど見られなかった乗用車がかなり見られるようになった。15時04分バスにて西安方面に向けて出発。ガイドは閔翔凱さん、運転手は趙さんである。そのまま観光に入るため両替時間がないので、閔さんが両替をしてくれた。5000円が360元で、1元が約14円である。
小雨の中、高速道路(2003年1月完成)を通って西安へ向かう。咸陽を通過すると、道の両側は、とうもろこし畑が小雨にけむって広がっている。
渭水に架かる咸陽橋がみえてきた。やはり、胸の高鳴りを覚えた。実は、この橋には高校時代から思い入れがある。
漢文の授業で習った漢詩――私の好きな、王維の「送元二使安西」(元二の安西に使いするを送る)と、杜甫の 『兵車行』の舞台になっているからだ。
咸陽橋は、中国の歴史上、文学上、いろいろな別れの場面で登場する。
――古来西域に旅する人は、長安城の開遠門を出て、渭水にかかるこの橋を渡って渭城(咸陽)で別れの宴を張った。東の送別の地、壩橋(はきょう)での別れはその日のうちに行われるのに対して、この渭城での別れは、一晩中飲み明かして別れを惜しんだといわれる。最果ての地へと旅立つ人との名残が尽きなかったためであろう。
川面を眺めながら王維の詩を口ずんだ。自ずとセンチメンタルな気分が湧いてきた。
渭城朝雨浥軽塵 渭城の朝雨 軽塵を浥(うる)おす
客舎青青柳色新 客舎 青青 柳色新たなり
勧君更尽一杯酒 君に勧む 更に尽くせ一杯の酒
西出陽関無故人 西のかた陽関を出ずれば 故人無からん
渭の町に降る朝の雨で、塵や埃も立たず空気がすっきりとしている。
旅館の前の柳も雨に洗われて、新緑のように美しい。
昨夜からもう十分に酒を飲んだが、さあ、もう一杯のみ尽くしてくれ。
西方の陽関を出て行ったならば、このように気安く酒の飲める友人などいないのだから…。
名残が尽きず友を思う気持が、切々と出ているではないか…。胸に迫ってっ来る。
杜甫の「兵車行」は、次のようなな出だしで始まっている。
車轔轔。馬蕭蕭 車轔轔たり 馬蕭蕭たり
行人弓箭各在腰 行人の弓箭 各々腰に在り
耶嬢妻子走相送 耶嬢 妻子 走って相い送る
塵埃不見咸陽橋 塵埃は見えず 咸陽の橋
牽衣頓足攔道哭 衣を牽き足を頓し 道を攔えぎりて哭す
哭声直上干雲霄 哭声 直ちに上りて 雲霄を干す
以下略
「車はリンリンと響き、馬は蕭蕭と嘶く」
『兵車行』は、辺地に赴く出征兵士の一群と、
それを見送る家族の騒然とした,咸陽橋の光景から始まる。
今自分が渡っている咸陽橋は、無数の悲しみで満たされていたに違いない。見送る人びとは、生還の望みの薄い我が夫、あるいは息子、父、兄弟の無事をひたすらいのりながら、必死に見送ったに違いない。
第二次世界大戦の折、敗戦間近になってから、勝利の期待の持てない戦地へ、ひたすら「万歳、万歳!」と叫んで送り出した家族の心情と、そっくりだったのではあるまいか。
杜甫の『兵車行』は悲哀に満ちている。
唐代に引き換え、現代はまったく恵まれている。バスや――たまには、わざわざチャーターするラクダや馬に乗って、命の心配などすることなく、シルクロードの旅を楽しむことができる。
兵車行(杜甫故居与杜墓より)
そんな詩が昔から詠い継がれて来たことなど知ってか知らずか、黒っぽい牛がのんびりと土手の上を歩いてくる。いかにも平和そうだ。これでいいのだ。
河の水量が非常に少ないが、昔は、満々と水をたたえていたのであろう。
ガイドの説明では、西安は年間30ミリしか、雨が降らない。できるだけ植林をして雨量を増やす努力をしているが、地下水のくみ上げ過ぎで、大雁塔も近年やや傾いてきているとのことだ。
車同士は、やたらクラクションを鳴らす。この点は15年前と変わっていない。高速道路を降りて一般道路へ入った。
雨の中、足踏みの三輪車をこぐ農夫。後ろには妻らしき女性が乗って、一本の傘を夫に半分差しかけながら乗っている。何か、夫婦の温かさ、絆の強さのようなものを感じたシーンだった。今日の日本では、失いかけているものを早速見せ付けられたようで、愕然とした気持にさせられた。
60年近く前、日本でも、近所の農家のおじさんが、自転車で牽くリアカーにおばさんを乗せて、大雨の中をひたすらペダルを踏んで、遠くの畑から帰る姿を思い出した。その時も、子供心に夫婦の絆の深さのようなものを感じていた――きっとそうにに違いない。
今の日本では、便利さの陰に、人としての大切な心が失われてきている――と強く感じさせられた場面だった。その後も、シルクロード各地で家族の温かさをたくさん目にすることになる。
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