東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

11楼蘭への砂漠の旅

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 久びさにお目にかかったウイグル美人でした。 皆様もお待ちどうさまでした。


263 [http://blogs.yahoo.co.jp/sakurai4391/32558057.html 久びさの舗装道路   杜泉新生シル
 クロード2万キロをゆく263]←クリックしてください。
  
 [本 日 の 記 事] 
 

驚きの別天地  〜オアシスの美〜   

 
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 オアシスにの手前でこわごわ振り返るとカラブランの黒い嵐が後ろから迫っていた。
 
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 だが、オアシスにはいると――そこは別天池だった。
 たくさんの胡楊やポプラに守られて実に平穏だった。
 
 怪我の功し名!
 実にこの言葉がぴったりだ。
 思わぬことで逃げ込んだオアシスには、素敵な出会いや感動的な風景がが待っていた。
 
 人との出会いもない茶一色の砂の世界から、
 人の温もりと豊かな緑のある世界への蘇えりだった。
 久びさに食と美を堪能できた。
 
清真食堂のラグメンと美女
 
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 オアシスの食堂は何事も無いように平常の佇まいを見せている。
 さすが清真(イスラム)食堂だ。羊が何頭もぶら下がっている。
 
 食堂の主人は顔がごついがいたって陽気で気さく。
 手招きして、具を料理するところを見せてくれる。
 先ほどの美人は、こわもての主人の娘さんでした。
 ”とんびが鷹を作った!?…”の典型と言っていいかも?
 

 注文したのは、「ラグメン」「骨付きシシカバブ」、「ナン」、「スープ」、
 そして、「ビール」(これは客の私だけ。スタッフはお気の毒さまでした)

 

 
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 (左)カレーをまぶした羊を軽く乾燥させたもの。 (右)典型的なウイグルの老人

      
心安らいだ緑と水の情景
 
 
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             濃い緑の畑が一面に広がっている。
 
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             緑豊かな草原
 
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             羊が青々と茂る草をゆったりと食んでいた。  
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            オアシスの脇をゆったりと流れるタリム河    
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             見どれが鮮やかな草原と深い緑をたたえた木々

 いままで見続けた茶色の砂の世界とは、まるで別天地だった

[ぜ ひ お 勧 め の 記 事]   敦 煌 莫 高 窟

 ぜひご覧いただきたいので、再度ご案内しています。
 原則撮影禁止のところ特別許していただいたもので、とても貴重な写真だと自負しています。
 また、敦煌研究所より厚意提供いただいた写真もあります。

NO11まであります。 1〜6までを、あと3日間アップします。
見たい題目をクリックしてご覧ください。
 
敦煌莫高窟1  莫高窟の景観←クリック
敦煌莫高窟2  莫高窟の石窟と石仏←クリック
敦煌莫高窟3  莫高窟仏像5選←クリック
敦煌莫高窟4  敦煌の美 その歩み←クリック
敦煌莫高窟5  敦煌莫高窟一千年の至宝をめぐる1
敦煌莫高窟6  五胡十六国から隋の塑像   敦煌莫高窟一千年の至宝をめぐる2←クリック
 コメントやポチ!は、それぞれの記事にお願いします。
 
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                     )
 
 
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[杜泉新生シルクロード2万キロをゆく 前回の記事]

262 小河墓(しょうがぼ)遺跡    杜泉新生シルクロード2万キロをゆく262←クリックしてください。
小河墓(しょうがぼ)遺跡には、無数の墓標がわびしく佇んでいる。
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 [本 日 の 記 事] 
 

久びさ舗装道路   

砂丘を越えて
 小河墓遺跡で一泊のあと、砂漠ルートでミーラン遺跡へ向かう。
 一日の走行距離としては、約160キロという距離は、さほど長くは無い。
 しかし何分にも砂漠の道だ。
 時速10〜20キロだ。
 途中で一泊は覚悟しなければならない。
 それでもうまくいけば、途中泊せずにすむかもしれない、とリーダー-は言う。
 そうなってほしいのはやまやまだが、そうならないのが普通なのだ。
 
 とにかく出発。
 スタッフにとっても初めてのルートなのである。
 前方には車の走った跡などはまったく見えない。
 高い砂丘が、来るなら着てみろというようにそび陵ている。
 かなりの難敵だ。

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 小河墓遺跡を訪れる人はほとんどいないし、
 訪れる場合は場合は、たいていコルラかトルファンから往復するので、
 私のように小河墓遺跡から砂漠を通ってミーランへ向かう人はきわめて稀であろう。
 いままでこの地を走った車は、皆無ではないかとさえ思えるくらいだ。
 
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 高低差の大きい砂丘の尾根の縦走だ。
 ますます砂が細かくなり、急な上りに差し掛かるとスリップ状態が続くようになった。
 そのたびに、猛烈な砂煙が上がって、視界がほとんど利かない状態だ。
 スリップして急斜面から転落しかねない。
 こうした走行が2時間近く続いた。

砂漠縦走断念
 ついにリーダーの判断が下った。
 「砂漠での運転技術と知識を充分持っている我々スタッフでも、これ以上進むのは危険危険で不可能  です」――。
 私も即座に納得した。、
 そして、西へ20数キロ進んで国道218号へ入ることにした。
  
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 西へ進むにしたがい、次第に砂丘の高低差が少なくなって車は少し走りやすくなった。、
 ところどころに胡楊も見られるようになって来た。
 「舗装道路が近づいてきました。もう少しの辛抱です」
 と言うガイドの顔には、いくらかアンドの表情が浮かんでいた。 
 
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砂漠公路?が見える 
 少し大きな砂丘を越えると、風景が開けた。
 するとやや遠方に、何本かの緑のベルト状のものとと茶色い縞模様が見えた。
 その間にはまさしく舗装道路が見える。 
  私が思わず私が拍手をすると、ガイドも釣られて手を叩いた。
 彼も安心したのだろう。
 やっと人間社会、現代社会に戻ってきたという感じだ。
 思えば、敦煌を出てから15日間砂漠やヤルダンの道なき道を走ってきた。
 人工的な建造物を見るのは久々なのだ。

 
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 緑のものは防砂のタマの植林された胡楊やタマリスクであり、
 茶色のものは、アシを編んだ筵のようなものを砂に埋め込んだものである。

 舗装道路は砂漠の中をどこまでもまっすぐに延びている。
 その道を南へ向けて快調に走り出した。
   
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 運転手は、まるでたまっていた鬱憤を晴らすかのように、
 90キロあまりのスピードで飛ばしに飛ばした。
 久々の快感である。




[ぜ ひ お 勧 め の 記 事]   敦 煌 莫 高 窟

 ぜひご覧いただきたいので、再度ご案内しています。
 原則撮影禁止のところ特別許していただいたもので、とても貴重な写真だと自負しています。
 また、敦煌研究所より厚意提供いただいた写真もアップしてあります。

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敦煌莫高窟5  敦煌莫高窟一千年の至宝をめぐる1
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         小河墓遺跡  楼蘭の西のはずれ、砂漠の中の丘に無数の墓標が立つ。

[杜泉新生シルクロード2万キロをゆく 前回の記事]

259 小河墓遺跡1 〜タクラマカン砂漠を西へ  杜泉新生シルクロード2万キロをゆく261←クリックしてください。
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 [本 日 の 記 事] 
 

小河墓(しょうがぼ)遺跡   

小河墓遺跡ってどんな遺跡?
 
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 楼蘭といえば。「楼蘭の美女」のミイラは有名だ。
 だが、いま目指している「小河墓遺跡」は、
 そんな美しいミイラたちが、ぞくぞくと出土した遺跡である。
 
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  (左)「尊い衣装、中央から左右に分けた黒き長い髪
  (右)身分の高い老婦人の墓。死体はよく保存され、痩せた面持ちが分かる。

 小河墓遺跡は「千の棺が眠る墓」と呼ばれ、小高い砂山に、無数の木の墓標が立っている。
 長く砂に埋もれていたのか、
 1934年に発見されて以来、ずっとその位置が分からないまま、21世紀を迎えたのだった。
 私が訪れた2007年より3年前、2004年になって再発掘されたのだ。
 
 棺に埋葬されていたミイラの保存状態は、他の楼蘭遺跡と同様、驚くほどよかったと報告されている。
 副葬品の状態、これが3千年前のものとは思えないほどよい状態だったとのことである。
 多くの女性のミイラが小麦の種を持っていたことから、
 3千年前にすでに小麦が栽培されていたと考えられ、注目された。

恐怖と孤独を感じたはてしない砂漠走行〜
 
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 砂漠は走っても走っても尽きることがない――
 タクラマカン砂漠(ロブ砂漠)へ入ってから、
 これでもか、これでもかというほど砂丘が襲って来る。
 まるで波越えのようだ。
 細かい砂の上は車もいっそう走りにくい。
 上りはそろりそろりとまるで歩くようなスピードで、
 下りでも油断してスピードを出してハンドルを切ると、横滑りしてしまう。
 4時間走ってもわずか30キロくらしかしか進めない。
 
  
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イメージ 7 一人で砂漠に降り立って歩いてみた。
 もしも、ここでいくばくかの水と食糧を持たされて放り出されたら……
 《間違いなく死ぬだろう》
 そう実感した時、首から背中にかけてゴチゴチに硬くなった。
 カラブラン(砂漠の暴風・砂嵐)に襲われた時以上の恐怖を感じた。
 孤独の底に突き落とされたようないたたまれない感じにさいなまれた。
 まるでどこにも陸地の見えない大海に、一人漂ってでいるようだった。
 
 
苦闘のはての小河墓遺跡到着
 3日目の午後3時ころ、砂漠の真っ只中の小さな丘の上に、
 無数の墓標が見えてきた。
 あれを見るために、そして3千年前に想いを寄せるために……
 3日もかけたのか……
 決して失望感ではない。
 だが、何か気が抜けていくのを感じた。
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 ようやくたどり着いた小河墓。
 実際に目にする小河墓は、想像以上にうら寂しが漂ってくる。
 空には、早くも星がまばらに輝き始めていた。
 
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 小麦といい胡楊の墓標といい、当時この周辺に「緑」があったことは明らかだ。
 今はわずかに残るかれた胡楊が往時の面影をかろうじて遺すのみである。
 その胡楊が、わびしさをいっそう強く感じさせるのである。
 
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 墓地の砂山からほど近い場所にテントを張った。
 さすがに墓地の近くでのテントの一人寝は、少々気味悪い。
 
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 だが、疲れがここちよい眠りを提供してくれた。
 

[お 勧 め の 記 事]

シルクロードの花たち 5(西安〜蘭州)  杜泉新生シルクロード2万キロをゆく22 ←クリック
 
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杜泉新生シルクロード2万キロをゆく 〜旅の始めのほうから見たいときはこちら〜

6.[ http://blogs.yahoo.co.jp/sakurai4391/25800937.html 長安名所・旧跡巡り ワンポイント写真集(西安周辺1)  ―杜泉新生シルクロード2万キロをゆく6 ]  ←クリックしてください。

 
 
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   楼蘭故城を出発してから、はてしなく続く砂漠を走る。砂漠は砂の海のような単調な光景ばかりではない。 時々見とれるような砂丘の稜線や風紋に出会うこもあって思わず車を止めるときもある。
     

[杜泉新生シルクロード2万キロをゆく 前回の記事]

259 故城の夕暮れにいにしえの楼蘭を想う  楼蘭故城6←クリックしてください。
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 [本 日 の 記 事] 
 

小河墓遺跡へ向かってタクラマカン砂漠を西へ   

さらば楼蘭故城 ロブ砂漠を西へ向かう
 楼蘭からさらに小河墓遺跡へ向かう。
 「楼蘭故城を訪れる人たちでも、さらに小河墓遺跡へむかう霊はめったにいませんよ」
 と、リーダーは茶目っ気たっぷりという。
 小河墓遺跡は、楼蘭故城から170キロほど西にある。
 裁くの道なき道を3日ほど走らないとたどりつけない。
 たいていはまっすぐにミーランへ向かうのである。
 
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 われわれ一行7名は、楼蘭故城に別れを告げた。 
 
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 楼蘭故城が次第に視界から遠ざかってゆく。 
〈もう二度と来るチャンスはないだろう〉
 ――そう思ったとたん、急に目頭が熱くなるのを覚えた。
  
 「楼蘭」こそが、私のシルクロードへの憧れの原点なのである。
 私がシルクロードや西域に本格的に関心を持つきっかけになったのは、
 中学生のころNHKラジオ・日曜名作座で、井上靖作『楼蘭』←クリックを聞いたときなのだ。
 そのときのの胸の高鳴りをはっきりと覚えている。
 それだけに思い入れが強いのだ。 


 孔雀河の北側を川に沿って走ると、やがて本格的な砂漠になった来た。
 ここは、ロブ砂漠といわれるが、タクラマカン砂漠の一部(東端)なのである。
 硬い粘土状の土が、次第にさらさらの砂にかわってゆく。
 始めは時速20キロ程度だった車の速度が、10キロ以下に落ちた。
 
 
 砂丘また砂丘である。
 ひとつ越してもまた砂丘だ。
 
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 遍路で室戸岬を歩いていた時のことだ。
 ――いくら歩いても、歩いても次から次と岬が現れて来る。
 目的地まではなかなか到着しなかった。
 その時のことが思い浮かんだ。

 私は、写真撮影のため、車高が高くて視界のよいトラックに乗り移らせてもらった。
 
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 たまに平坦な見晴らしのよい場所に来ると、湖や街の姿を映す蜃気楼が現れる。
 昔の旅人は、それに惑わされてがっかりしたにちがいない。
 惑わされたあげく、方向を見失い命を落とすものも多かったという。
 
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 まるで本物の水面のように輝いている。今まで何度も蜃気楼を見てきたが、これほど見事なのは初めてだった。
 
 
 砂漠といえば単調な砂の海と思ったら大間違いだ。
 実に変化に富んでいる。
 砂質によってもまるで色が違う。
 日光の具合で色合いも千変万化に変化する。
 陰もも雰囲気を作り出してくれる。
 風紋も見事なものだ。
 2日目の夕方、遠方にラクダの列が歩いて行くのが見えた。
 まるでいにしえのキャラバンを思わせるものだった。
 ヤルダン魔鬼城でチラッと観光客の姿を見て以来、
 塩田で作業員のおじさんと話した意外は、
 人の姿をまったく見ていない。
 まるで世界中に存在するのは、自分たち7人だけだと思ったことが何度もある。
 たった三人、しかも遠方で動く人の姿を見たときは、
 孤独から開放された気分になれた。
 夕陽を浴びた砂漠は神々しさえも感じさせてくれる。
 
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 このように砂の芸術と触れ合い、砂漠の厳しさと折り合いつけながらの砂漠の旅は続いた。、
 
 トラブルがなかったわけではない。
 小さな、トラブルなんかはさておき、
 ランドクルーザーの空冷用のファンが粉々に壊れてしまったことだ。
 思わぬトラブルにどきっとしたが、
 有能なスタッフが2時間ほどで修理してしまった。
 その見事さは、さすがだった。

 
 河墓遺跡に到着したのは、楼蘭故城を出発してから実に3日後だった。


[お 勧 め の 記 事]

シルクロードの花たち4(西安〜蘭州)  杜泉新生シルクロード2万キロをゆく21 ←クリック
 
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                 大雁塔が立っている大慈恩寺には牡丹の銘酒でもある。

杜泉新生シルクロード2万キロをゆく 〜旅の始めのほうから見たいときはこちら〜

4.西文化が花ひらいた大唐の都・長安(3) 仏教の伝来 〜鳩摩羅什と玄奘三蔵のゆかりの寺〜  ―杜泉新生シルクロード2万キロをゆく4  ←クリックしてください。

 
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                           大雁塔
                    
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          夜になって、焚き火を囲み、羊の丸焼きをかじりながら楼蘭最後の夜を楽しんだ。

[杜泉新生シルクロード2万キロをゆく 前回の記事]

259 故城の夕暮れにいにしえの楼蘭を想う  楼蘭故城6←クリックしてください。
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 [本 日 の 記 事] 
 

楼蘭故城の晩餐   

砂と粘土の都
 憧れの楼蘭にも足を踏み入れたし、
 2000年前の雰囲気も味わったし 
 こんばんは祝杯だ!
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 私は酒泉で買った厚手の夜光杯を「マイカップ」として、常に持ち歩いている。
 それでビールや水を飲んでいる。もっともビールにはちょっと小型だが…
 文化や芸術とはちょっと無縁な砂漠で、ちょっと高級感を味わうのもおつな気分ですよ♪♪…
 
 その店の美人を紹介しましょう。
 
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 夜光杯店のビップルームにいた美人販売促進員。店に併設されたクラブのホステスさんでもある。
 美人のお誘いでついつい財布の紐がゆるんで予想外の出費をしてしまった。
 以前から拙ブログを見ていらっしゃる人はすでにご覧になったことがありますよ!
 他の美人も見たい人はぜひクリックしてください。

 
 ヤルダン魔鬼城で1頭めの羊を餃子にしていただいたが、
 今晩は2頭目を丸焼きにして食べさせてもらうことになった。

 毎日行動をともにしてきてなじんできた羊だ。
 殺される前に、頭をなでてやり、合掌。
 <ありがとう 羊さん あなたの命をいただきます>
 
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 ウイグル人のスタッフは、羊に祈りを捧げて、処分する。
 とにかくウイグル人は――いったいにして遊牧民族は――羊をとても大切に扱う。
 そして、殺した羊は捨てることなくすべて利用する。
「命をいただきます」という感謝の精神が身についている。
 
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 処分した羊を先の尖った鉄房に刺し、塩と香辛料を軽く振りかけ、炉の上でゆっくりと回転しながら焼き上げる。
  羊の丸焼きは以前食べたことはあるが、焼くのをを見るのは初めての経験である。
 
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                羊君は回転式の鉄串に指されて炉にセットされた。
 
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  2時間以上掛けて丸焼きにされた。 肉と香辛料の香ばしい香が臭覚も食欲も刺激する。つばが知らずにたまっている。こうなるともはや羊君に対する憐れみが消えてしまって、人間の本能が優先してしまう――反省!
  
 
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 また、一部の肉は、胡楊の枯れ木を削った串にに1個50グラムくらいはある羊の肉を5個指してもらって焚き火で焼いた。
 
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                 焚き火で焼いたシシカバブとナン

 久しぶりにありついた生暖かいビールを飲みながらかじりついた味は忘れられない。

?H5>焚き火のだんらん  楼蘭故城に二日目の日没がやってきた。
 日没を迎えると急に冷え込んでくる。
 仏塔の見える場所で火を焚いた。
 明りといえば月と星だけだ。
 
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 明りを兼ねての暖房である。
 トラックに薪は積んできているが、その辺から枯れた胡楊やタマリスクを集めてきた。
 楼蘭故城の傍なのだがら文化財の指定区域にはなっていないのだろうか?
 
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 焚き火を囲みながらのだんらんは実に心和んだ。

陽気なウイグル人
  
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 メンバーは、リーダーが漢人、ガイドはウイグル人に育てられた漢人、
 あとの4人はウイグル人だ。
 全員が普通語(北京語)を話すので、私もほとんど理解できる。
 だが、興に乗りすぎるとウイグル語が連発される。
 そんな時にはちんぷんかんぷんになることもあったが…
 とにかく実に楽しかった。
 
 新疆ウイグル自治区へ入って20日ほどになるが、
 ウイグルの人たちはは実に陽気で穏やか、フレンドリーなのである。
 このような気質の人たちが、この半年後にウルムチで動乱←クリックが起こるとは予想していなかった。

 わがガイドはウイグル家庭で育てられた漢民族なので、ウイグルに対する理解が深い。
 だからリーダーとウイグル人スタッフの間を上手に取り持つことができるようだ。
 お陰でチームは和気あいあいとやっている。

 ウイグルの人たちは自分の民族にとてもプライドを持っているので、
 漢民族の人たちはその点を理解してあげないと軋轢のもとになるのでは……と、
 新疆ウイグル自治区を旅していて強く感じた。
 
  楽しい語らいを終わり、テントにもだって明日の小河墓遺跡に思いをめぐらせているうちに、
 楼蘭の最後の眠りに深々と落ちていった。
 

[お 勧 め の 記 事]

=== シルクロードの花たち3(西安〜蘭州)  杜泉新生シルクロード2万キロをゆく20 === ←クリック
 
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 杏は中国の原産で、奈良時代に梅とともに日本伝えられました。伝えたのは遣隋使や遣唐使らしい。
 

杜泉新生シルクロード2万キロをゆく 〜旅の始めのほうから見たいときはこちら〜

3.東西文化が花ひらいた大唐の都・長安(2)  城郭都市西安  ―杜泉新生シルクロード2万キロをゆく3―   ←クリックしてください。
 
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