東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

エッセイなど

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井上ひさし作品との初めての出会い

 井上さんの作品と初めて出会ったのは、『ひょっこりひょうたん島』だった。
 
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 誰にも思いつけそうもない奇想天外な展開、
 腹を抱えるほど愉快で、風刺のきいた深いセリフ回しの数々、
 いろ〜んな人がいて、いろ〜んな生き方をしてるんだ。それでいいんだよ〜 。
 と語りかけてくれるようなキャラクターたち……
 どれも、わたしに楽しい時間を与えてくれた。
 
 そればかりではなく、そこから、生きる力さえ引き出すことができた。
 自分らしく生きることや「共生」についても『ひょうたん島』から教わった。
 苦しいことや悲しいことがあっても、「泣くのはイヤだ笑っちゃおう」とばかりに、
 「ひょうたん島スピリット」で切り抜けてきた。
 抱腹絶倒のストーリーの中にさらりと悲哀が秘められていて、心がくすぐられたものだった。
 

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 井上文学作品を初めて読んだのは、『青葉繁れる』だ。
 この小説は、仙台一高在学中の思い出を半自伝的に描いたものだ。
 井上さんは在学中新聞部に属していて、一学年上級生には俳優の菅原文太さんがいた。
 文太さんは強面(こわもて)の部長として小説に登場する。                                                         井上さんと同級だったH先生が、私が通う小学校へ新任としてやって来て、たまたま私の家に下宿した。
 そして、小説のヒロインのモデルになっている若尾文子さんの話をよくしていた。
 彼女は二次大戦中に仙台の叔母さん宅へ疎開し、宮城二女高の生徒だった。
 休み時間には一高性が競ってアイスキャンディーを買いに行ったそうだ。
 主人公のモデル井上さんは、もちろんその一人だった。
 彼女は中退して大映で映画デビューした。
 実際とダブらせてにんまりしながら読んだことを思い出す。

 最後になるが、井上さんにお会いしたとき、拙著『諸君! お遍路はいいぞ』の話をしたところ、
 読んでみたいとおっしゃるので、次にお会いするときに差し上げる約束をしたが、
 それが果たせぬうちに井上さんは黄泉の国へ旅立たれた。
 とても心残りである。   合掌

 
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     弔問者名簿に記帳する仙台文の會のメンバーたち(仙台文学館にて)
 
 
 

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自分にしか書けないことを自分の言葉で

 「自分にしかかけないことを自分の言葉で、ていねいに書く」―― 。

 この言葉は、井上ひさしさんに教わった言葉の中で最も心に残る言葉である。
 現在は、文章を書く際の座右の銘にしている。

 私のライフワークは、旅や四国遍路や自分の人生を題材にして、紀行文、エッセイ、小説を書き続けることである。
 現役中は文学とは程遠い報告者や実用的な文が主だったので、第二の人生ではできるだけ文学的で綺麗な表現を心がけようと思った。
 ところが、二年ほど書き続けているうちに、自分の思うことをすなおに表現できていない、魂がこもっていない、そして文章に勢いがないと感じるようになった。

 そんな折、仙台文学館で井上ひさしさんの文章講座が開かれたので、勇んで参加した。
 その時きいた'''「自分の言葉でていねいに」というひと言が、胸にぐっと入り込んできた。
 思わず「これだ!」と、口に出して叫びたいほどであった。
 それ以来、自分の持ち味である「簡潔で読みやすい文章」を、自然体で書くようにした。
 道を開いてくれた今は亡き井上さんに心から感謝いたします。  合掌

 
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      「仙台文学館開館10周年記念特別展井上ひさし展吉里吉里国再発見」で記念講演する井上ひさしさん
 
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         井上さんから仙台文の會へ送られた「座右の銘が書かれた色紙」.

仙台文の會の生みの親 井上ひさしさん

 
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        仙台文の會のメンバーと懇談する井上さん

私が所属する「仙台文の會(せんだいぶんのかい)は、
 作家の故井上ひさし氏が仙台文学館官の館長時代に行った文章教室に参加した受講生に、
 井上さん自らが提案して発足した会です。
 井上さんが存命中は、先生からいただいた共通テーマで会員全員が作品を書きあげ、
 毎年文集を発行していました。 
 今年は井上ひさしさんを偲んで「井上ひさしと私」が共通題となりました。
 
 
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40年前のエピソードを訪ねて 

 
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                         40数年ぶりに訪れた思い出の地・土肥
 
 大学の同級会の帰りに、40年ぶりに一人で土肥に立ち寄ってみた。
 夕暮れの景色は学生時代のもと変わりないものだったが、
 街の様子はすっかりと変貌を遂げていた。
 
 
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 この公衆浴場の前に立った時、40年前の思い出が噴き出すように湧き上がった。
 建物は新築されて変身していたが、思い出の中身はいささかもうすれていなかった。

笑えない笑い 素っ裸の男芸者(エッセイ)

 大学三年の夏休み、俺が所属する柔道部の合宿が西伊豆海岸の土肥温泉で行われた。
 
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             柔道の練習は土肥中学校の道場で行われた。
 
 俺たちは練習後毎日、街中(まちなか)にある公衆温泉浴場へ繰り出していた。
 まだ午後四時過ぎということもあって、いつもは俺たちだけで独占状態だった。
  だがその日は珍しく、隣の女湯からにぎやかな話し声や笑い声が聞こえてくる。
 こちら男湯の連中は気になる様子だ。
 卑しげな笑いを浮かべてひそひそささやき合うやつ、
 素知らぬ顔をしてひたすら体を洗うやつ、
 湯船に浸かって天井を眺めて飄々としているやつなどいろいろだが、
 時折、ある一点にちらっと視線が向きがちだ。

 実は一枚板で出来た男湯と女湯の通用扉には、節穴が二つあった。
 そのことは、かねてから俺たちの話題になっていた。
 一人がにやにやしながら扉を指さすと、待ってましたとばかりに、視線が一斉にそちらを向く。
 ほかのやつが真っ先に近づいて、節穴を覗き始めた。
 たちまち他の連中も群がって、扉に寄り掛かって押し合いへし合い競って覗く。

 ところが突然、その扉が女湯側からパッと開けられたからたまらない。
 不意を食らった三人が、弾みでとんとんとんと女湯に駆け込んで行った。
 とたんに扉がバタンと閉まった。
 間髪を入れず女湯からは、
 「あんたたち、そんなに見たけりゃたっぷりみな見な!」
 「こっちも久しぶりに若い元気なものを拝ませてもらったよ」という、からかい声が甲高く響いた。
 呼応して「ワハハハハー…」というけたたましい笑い声。
 それにかき消されるような「すみません」という蚊の鳴くような声。
 
 タオルも持たずに飛び込んで、大事なところをひたすら手で隠し、
 おばさんたちに取り囲まれながら身を小さくしている大男たちを、容易に想像できた。
 何のことはない、見ていたはずの連中が逆に「素っ裸の男芸者」を演じさせられる羽目になったのだ。 柔道の猛者連も浜のおばさんたちには完全な一本負けだ。
 
 飛び込まずにすんだ俺たち四人は、扉の前で安堵の笑いを交し合った。
 だが誰からともなく、いかにもさりげなく目をそらした。
 
 少し躊躇したばかりに覗けなかっただけだという同罪意識、
 チャンスを逃した残念さ、
 はたまた、
 やつらはめったに出来ない男芸者のような役まで演じおって、という少々やっかんだ気持などが、
 笑いの中に複雑に入り混じっていたと思う。
 それを、互いに感じ取ったにちがいない。
 笑えない笑いとはこのことをいうのだろうか。


40年ぶりに思い出の土肥をめぐりました。

 
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       この浜を使って、ランニングやダッシュが行われた。
 
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       海岸からは富士山がきれいに見える。
 
 
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       海辺の公園には世界一と称する 花時計が作られていました。
  
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       足湯があります。ゆっくりと浸かりました。
 
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       足湯って疲れが取れていいですね〜
 
 
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  土肥温泉は、吟遊歌人・若山牧水ゆかりの温泉地でもある。
  彼は対岸の沼津の自然を愛し、そこに住居を構えたが、
  ここ土肥に延べ100泊し、150を越える詩歌を詠った。
  ・白鳥は 哀しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ
  ・幾山河 越えさり行かば 寂しさの 終てなむ国ぞ 今日も旅ゆく
  松原大橋の袂には、駿河湾に向かって彼の銅像が置かれていた。
  この像も40年前にはなかった。

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       街から少し離れた「無雙庵 枇杷(むそうあん びわ)」に宿を取りました。
        落ち着いた大人の雰囲気の宿でした。
 
 
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       「無雙庵 枇杷(むそうあん びわ)」の貸し切り浴場 

 
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        露天風呂からの眺めはすばらしい。 
 
 
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        土肥港を出発する遊覧船
 
 
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  お湯に浸かって夕暮れを眺めながら、やんちゃな時代を懐かしみました。
  浴場には、時に近所のかわいい娘さんが手伝いに来て、番台に座っていました。
  みんな興味深々でした。
  お風呂での失敗以来、軽蔑されたかな〜と、みんな心配したものでした。

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