東日本大震災に遭遇して
[ リスト | 詳細 ]
|
東日本大震災を後世まで伝えることがわれわれの義務でもあります。 その主旨からいろいろな場で、自らの体験やそれによって得られた教訓をより多くの皆さんにお伝えしようと思い、講演や講話活動を続けております。 そのレジュメの一例をを紹介します。 金華山で大地震と巨大津波に遭遇私は震源地に最も近い島・金華山で東日本大震災に遭遇しました。3月11日、山歩きの会13名で金華山への山登りをした後、 午後3時発の鮎川行きの船を待合室で待っていたところ、 2時46分に歴史に残る大地震に襲われました。 我々が帰る船は、仲間2人だけを乗せて、津波を避けて沖へ出てしまいました。 残された11人は、がけ崩れが続く山道を命からがら黄金山神社に向けて避難しました。 避難した高台から海を見ると、 南北両方向から押し寄せた津波が金華山瀬戸で激突して50メートルもあろうかという巨大津波になり、高台めがけて押し寄せました。 我々はさらに高いところへ駆け上がり、命拾いしました。 その日は、黄金山神社にお世話になりました。 鮎川での避難所生活幸運にも翌12日に救出されて鮎川に渡りましたが、牡鹿半島はほとんど孤立無援の状態でした。避難所でボンティアをしながら、救援を待ちました。 午前中に地元のショベルカーが道を覆っていたがれきを撤去しました。 石巻から東松島へ石巻到着後、市内が見渡せる日和山へ登り、姉が住んでいる湊町を確認しましたが、予想通り姉の家は流出していました。 市内で最も津波被害が大きかったひばり野海岸方面の状況も確認したあと、 実家の被害状況を見るため、徒歩で東松島市矢本へ向かいました。 幸いに床下浸水で済んだ弟宅に一泊しました。 東松島から仙台の自宅まで歩く17日早朝、東松島を出発して野蒜と東名を経由して仙台の自宅まで歩きました。3月17日中にかろうじて帰宅出来ました。 私は6月28日まで、行方不明者
6月28日、宮城県警より安否確認の問い合わせがありました。
それまでは、行方不明者リストに乗っていたということになります。 「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧記事は題目をクリックしてご覧ください。1.金華山で命がけの避難 2.金華山 地震と津波の爪跡 3.予期せぬ救出 4.鯨の町鮎川・凄惨な津波の傷跡 5.避難所生活1 震災翌日 孤立無援の鮎川 6.避難所生活2 鮎川では早くも復興への動き 7.鮎川での避難所生活3 再び津波警報発令 8.さようなら鮎川 お世話さまでした。 がんばってください! 9.凄惨な被災地を通り 徒歩で石巻から東松島へ向かう 〜自然の前に謙虚であれ 10.仙台への帰還への道1 〜仙石線の被害を目の当たりにしながら野蒜・東名へ向かって歩く 11.仙台への帰還の道2 〜野蒜・東名地区の津波被害と消防隊員の強い使命感 12.元気をくれる言葉たち 13.被災地三陸漁師〜「自粛をしないで欲しいです」 14.我が家の地震被害 15.震災ごみ仮置き場が満杯 「ルール守って」 16.津波に水没して生還した1本の奇跡の桜〜ついに満開に〜「岩手・田野畑村被災地からの報告」 17.命尽きるまで避難を呼びかけた南三陸町女性職員・遠藤未来さんの死を悼んで 18.2ヶ月の3月11日に振り返る。14時46分に犠牲者、行方不明者に黙祷。 19.東日本大震災チャリティーイベント 「井上ひさしさんに捧ぐ&学ぶ街づくり」 ご案内 20.金華山の復興に向けた検討に入る 21.漁師復帰に向けて・・。 新しい光が照らされたような事がありました。 22.【3.11大震災 証言・焦点】:証言/気仙沼・大島の津波/伝説の「島三分断」寸前 23鹿やうみねこはは地震を予知する? 〜金華山と鮎川での体験を通して 24.大地震 恐怖の戦慄 〜震源地に最も近い金華山での被災体験1 25.崖崩れの中のを命がけの避難 〜震源地に最も近い金華山での被災体験2 26.金華山 巨大津波の激突〜震源地に最も近い金華山での被災体験3 27.生かされた命 28.東日本大震災の教訓 津波の前に引き潮があるとは限らない1 私のチリ地震津波体験 |
【東日本大震災】「津波の前必ず引き潮」 誤信が悲劇招く 岩手・大槌
2011年05月01日日曜日付け 河北新報より
過去に津波を経験した三陸沿岸の住民の多くは、そう信じていた。 岩手県大槌町では、東日本大震災で、引き潮がなかったように見えたため、 潮が引いてから逃げようとした住民を急襲した津波がのみ込んだという。 津波の前兆を信じていたことが、1600人を超える死者・行方不明者を出した惨劇の一因にもなっ た。 3月11日午後3時すぎ、大槌町中心部の高台に逃げた住民は、不可解な海の様子に首をかしげた。 大津波警報は出されていたが、海面は港の岸壁と同じ高さのまま。 潮が動く気配がなかった。 「潮が引かない。本当に津波が来るのか」。そんな声が出始めた。 大槌町中心部は、大槌川と小鎚川に挟まれた平地に広がる。 津波の通り道となる二つの川の間に開けた町の海抜は10メートル以下。 津波には弱い一方で、山が近くに迫り、すぐ避難できる高台は多い。 高台にいた住民らの話では、海面に変化が見えない状態は20分前後、続いたという。 JR山田線の高架橋に避難した勝山敏広さん(50)は 「避難先の高台から声が届く範囲に住む住民が 『潮が引いたら叫んでくれ。すぐに逃げてくるから』 と言い、自宅に戻った。貴重品を取るためだった」と証言する。 複数の住民によると、高台を下る住民が目立ち始めたころ、 港のすぐ沖の海面が大きく盛り上がった。 勝山さんは信じられない現象に一瞬、言葉を失った。 「津波だ」と叫んだ時には、 既に濁流が町中心部に入り、自らの足元に迫った。 「なぜ潮が引かないのに津波が来たのかと、海を恨んだ。 自宅に戻った人を呼び戻す機会がなかった。 引き潮があれば、多くの人が助かった」と勝山さんは嘆く。 住民によると、津波は大槌川と小鎚川を上って川からあふれ、濁流が町中心部を覆った。 少し遅れて、港中央部の海側から入った津波が防潮堤を破壊し、なだれ込んだ。 町中心部の銀行の屋上から目撃した鈴木正人さん(73)は、 「2本の川と海の3方向から入った津波が鉄砲水のようにな、って住民と家屋をのみ込んだ。やがて合 流し、巨大な渦を巻いた」と振り返る。 「引き潮がない津波もある。津波の前に必ず潮が引くという認識は正確ではない。親から聞いたり、自 らが体験したりして誤信が定着していた」と指摘。 近隣の山田湾などで潮が大きく引いたことから、 大槌湾でも実際は潮が引いていた可能性が高いと分析し、 「湾の水深や形状から潮の引きが小さくなったことに加え、港の地盤が地震で沈下し、潮が引いたよう には見えにくかったのではないか」と推測している。 (中村洋介、遠藤正秀) 「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧記事は題目をクリックしてご覧ください。1.金華山で命がけの避難 2.金華山 地震と津波の爪跡 3.予期せぬ救出 4.鯨の町鮎川・凄惨な津波の傷跡 5.避難所生活1 震災翌日 孤立無援の鮎川 6.避難所生活2 鮎川では早くも復興への動き 7.鮎川での避難所生活3 再び津波警報発令 8.さようなら鮎川 お世話さまでした。 がんばってください! 9.凄惨な被災地を通り 徒歩で石巻から東松島へ向かう 〜自然の前に謙虚であれ 10.仙台への帰還への道1 〜仙石線の被害を目の当たりにしながら野蒜・東名へ向かって歩く 11.仙台への帰還の道2 〜野蒜・東名地区の津波被害と消防隊員の強い使命感 12.元気をくれる言葉たち 13.被災地三陸漁師〜「自粛をしないで欲しいです」 14.我が家の地震被害 15.震災ごみ仮置き場が満杯 「ルール守って」 16.津波に水没して生還した1本の奇跡の桜〜ついに満開に〜「岩手・田野畑村被災地からの報告」 17.命尽きるまで避難を呼びかけた南三陸町女性職員・遠藤未来さんの死を悼んで 18.2ヶ月の3月11日に振り返る。14時46分に犠牲者、行方不明者に黙祷。 19.東日本大震災チャリティーイベント 「井上ひさしさんに捧ぐ&学ぶ街づくり」 ご案内 20.金華山の復興に向けた検討に入る 21.漁師復帰に向けて・・。 新しい光が照らされたような事がありました。 22.【3.11大震災 証言・焦点】:証言/気仙沼・大島の津波/伝説の「島三分断」寸前 23鹿やうみねこはは地震を予知する? 〜金華山と鮎川での体験を通して 24.大地震 恐怖の戦慄 〜震源地に最も近い金華山での被災体験1 25.崖崩れの中のを命がけの避難 〜震源地に最も近い金華山での被災体験2 26.金華山 巨大津波の激突〜震源地に最も近い金華山での被災体験3 27.生かされた命 28.東日本大震災の教訓 津波の前に引き潮があるとは限らない1 私のチリ地震津波体験 |




