東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

東日本大震災に遭遇して

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震源地に最も近い金華山での被災体験 前2回の記事

 
 まだ、ご覧になっていない人は、題目をクリックしてください。
1.大地震 恐怖の戦慄
2.崖崩れの中のを命がけの避難

[本日の記事]

巨大津波の激突 〜震源地に最も近い金華山での被災体験3

 高台に到着してほっとして海を見ると、
 先ほど桟橋付近にはまったく姿を見せなかったうみねこたちが、
 何か落ち着かないように上空でざわめいていた。
 やはり本能的に津波の襲来を感じているのであろう。 

  15:15   高台の上空をせわしく飛び回るうみねこたち
 
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?H5>第一波襲来  第一波が襲来したのは、15時17分だった。
 
   15:17   第一波襲来
 
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                     第一波で大きなうねりを見せる海面

 
 防波堤が隠れ、海面から7メートルほどある待合所の屋根、
 さらには10メートルほどあるお土産の二階の屋根も次々に水面下に消えていった。
 海面では、桟橋付近に停車していた自動車や売店内部からの流出物が波にもみくちゃにされていた。
 
   15:18   防波堤水没 
 
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   15:19   待合所や周囲の建物水没 
 
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再び激しい引き潮 〜巨大津波を予感
 約10分後の15時29分、今度は水が激しく南北両方向に引き始め、
 1分もたたないうちに建物、堤防、桟橋が完全にもとの姿を現し、海底も見え始めた。
 
   15:29   水が引き始める。建物や桟橋が再び姿を現す。
 
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   15:30   激しい引き潮で見る見るうちに海底を表した金華山海峡 
 
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?H5>川のようになった金華山の海峡  そして、33分には金華山と牡鹿半島との間の金華山瀬戸からはほとんど水が引き、
 私がシルクロードの砂漠で時々目にした、幅数百メートルの枯れ河のごとくになった。
  
  15:33  まるで砂漠の河のようになった金華山と牡鹿半島の間の海峡  
 
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?H3>南北から第二波襲来  水はさらに引き、海峡にはほとんど水がなくなった。
 第一波発生前の引き潮では、まだ海底の一部しか見えなかったが、
 今度の引き潮は、比較にならないほど大規模で、
 巨大津波の襲来を予感させるに十分だ。

 そう思ったのも束の間、1分後の15時35分には、
 30メートル近くある津波第二波が、南北両方向から怒涛のように押し寄せてきた。
 

  
 15:35   ほぼ砂浜と化した海峡に、まず南側(牡鹿半島の先端・鮎川側)から津波が押し寄せる。       
 
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   15:36   呼応するように北側(女川方面)からは、鋭角状の津波が突進して来る。    
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   15:36   海峡の中央で、北側から来た津波が南側の津波に食い込むように突進してくる。
 
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巨大津波の激突

 二つの津波が我々の眼前で中央から大激突した。
  その瞬間50メートルくらいの波になり、我々のいる高台を目掛けて押し寄せて来た。
 
  
   15:36   激突はまず中央付近で起こり急激に伝播してゆく。
 
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   15:36   激突したとたん50メートルほどの高さになった。
 
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   15:37   さらに巨大化した波が高台のほうに迫ってきた。
 
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 我々は予想外の事態に多少動揺しながらも、さらに高いところまで駆け上がった。
 せっかく地震やがけ崩れから逃げおおせてきて、ここまで来て津波にやられたのでは元も子もない。
 しかし、この時点では、ここで見ている津波が、
 他の場所で2万4千人ほどの生命を奪うことになろうとは… 、そこまでは予想していなかった。

 *この項目の6枚の写真は、行動をともにした写真家の東野良氏の提供によるものです。
  写真を提供してくれ、使用を了解してくれたことに感謝いたします。

?H5>津波の記念碑
我々が避難した高台からさらに5〜6メートルほど高いところに、
 大震嘯災記念碑」と書かれた石碑がある。
 
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 これは昭和8年3月3日の昭和三陸沖地震の被災記憶を残すために建立されたもので、
 碑文には、次のように書かれていた。
 「地震があったら津浪の用心」
「 それや来た逃げよう五本松」
 五本松というのは、現在ではこの呼び名はあまり言われないようだが、
 5本の松があった高台を指すのだろう。

 地震が来たら津波を用心せよ、津波が来たら、五本松の高台を目指して逃げよ……
 という教えを書いたものだ。
 我々もこの教えを守ったので、命が助かったのだ。
 こうした碑は、三陸各地にあるが、大きな津波がここ
 まで登ってきた…という津波の恐ろしさを知らせる警報の役割を果たしている。


「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧

 記事は題目をクリックしてご覧ください。
1.金華山で命がけの避難
2.金華山 地震と津波の爪跡
3.予期せぬ救出
4.鯨の町鮎川・凄惨な津波の傷跡
5.避難所生活1 震災翌日 孤立無援の鮎川
6.避難所生活2 鮎川では早くも復興への動き
7.鮎川での避難所生活3 再び津波警報発令
8.さようなら鮎川 お世話さまでした。 がんばってください!
9.凄惨な被災地を通り 徒歩で石巻から東松島へ向かう 〜自然の前に謙虚であれ
10.仙台への帰還への道1 〜仙石線の被害を目の当たりにしながら野蒜・東名へ向かって歩く
11.仙台への帰還の道2 〜野蒜・東名地区の津波被害と消防隊員の強い使命感
12.元気をくれる言葉たち
13.被災地三陸漁師〜「自粛をしないで欲しいです」
14.我が家の地震被害 
15.震災ごみ仮置き場が満杯 「ルール守って」
16.津波に水没して生還した1本の奇跡の桜〜ついに満開に〜「岩手・田野畑村被災地からの報告」
17.命尽きるまで避難を呼びかけた南三陸町女性職員・遠藤未来さんの死を悼んで
18.2ヶ月の3月11日に振り返る。14時46分に犠牲者、行方不明者に黙祷。
19.東日本大震災チャリティーイベント 「井上ひさしさんに捧ぐ&学ぶ街づくり」 ご案内
20.金華山の復興に向けた検討に入る
21.漁師復帰に向けて・・。 新しい光が照らされたような事がありました。
22.【3.11大震災 証言・焦点】:証言/気仙沼・大島の津波/伝説の「島三分断」寸前
23鹿やうみねこはは地震を予知する?  〜金華山と鮎川での体験を通して  
24.大地震 恐怖の戦慄 〜震源地に最も近い金華山での被災体験1
25.崖崩れの中のを命がけの避難  〜震源地に最も近い金華山での被災体験2 
今日も我が家の復旧工事が続いている。
もう、20日近く…になる。
今月一杯で完了の予定だったが、
大工さんと職人さん不足で思うようにはかどらない。
大工さんは、津波被害の大きかった南三陸町からはるばる来ている。
2時間半もかけて我が家にたどり着く。
二人とも六十歳をちょっと過ぎている。
大変な、労力だと思う。
南三陸方面ではもちろん大工さん不足で、一週間ほどそちらの仕事をするため、我が家の方は中断した。

大工さんたちが帰ってから、ちょっと一杯、ほんの一杯飲んで、
NHKテレビのチャンネルをひねった。
そのとたん映し出されたのが「御用聞きバイク隊」の映像だった。
この人たちは、被災地をあちこち駆け回りながら、被災者の皆さんが何が必要なのか聞きまわっている。
そして、どこかでそれを手に入れてきて、被災者に届ける。

私もときどきボランティアに行くが、被災地で必要なものが把握されていない現状に直面する。
この人たちのような活動はとても貴重だと思う。

この放送の前に、岩手県山田町の農家の奥さんが映し出されていた。
津波で夫を亡くし、すっかり壊されたビニールハウスを見て、
女手ひとつで何からてをつけてよいか途方にくれたという。
それがボランティアの皆さんのお陰で徐々に建て直りつつある。
奥さんはインタビューで、涙ながらに、ひたすら働いてくれるボランティアの皆さんに感謝していた。

私が宮城県名取市へ行った時にも、農家のおじさんがなみだをながして、ボランティアに感謝していた。
こういう涙を見ると、自分の復旧をさておいてもお手伝いしたくなるんだよね。

津波からの命がけの逃避行

桟橋付近の海面を見ると、水がぐんぐん引いてゆき、数分のうちに海底の砂が見えてきた。
 
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 誰からともなく、「津波が来る。とにかく逃げなくちゃ」という声があがった。
 黄金山神社へ上るのが一番よいが、そこまでの道は未だに崖崩れが続いていた。
 避難場所として、待合室の屋根か、すぐそばにあるお土産屋の2階が候補に挙がった。
 
 ところがその直後防災無線のスピーカーから
 「6メートル以上の津波が来ます。全員高台に非難してください!」という放送が鳴り響いた。
 これとほぼ同じ時間に、南三陸町の亡くなった遠藤未希さんも同じ台詞を絶叫していたにちがいない。
 全員が、――こりゃー 大きいぞ。大変なことになったぞ、と驚いた。
 これで我々の行動意思は決定した。
 リーダーの「黄金山神社に逃げるぞ」の指示で、11名は上り口を目指して走り出した。
 時計を見ると、14時58分だった。

 上り口に立つ鳥居付近は、すでに大岩や木で埋まっており、道はところどころ半分ほど海側に崩れ落ちていた。
 
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 そんな中をときどき落ちてくる岩や木を避けながらひたすら上った。
 
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 13分ほど上ったところで、船が再び桟橋方向へ向かって戻りはじめ、
 スピーカーで「乗る人は急いでくださーい!」と叫んでいる。
 
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 我々もいったん坂を下り始めたが、せっかく高台に向かっているのだから、
 このまま上り続けようということになった。
 それを見た船は再び沖へ方向を変えて猛スピードで逃げ去った。
 後から聞くと、その船には、地震前から桟橋に出ていた二人の仲間が乗っていた。
  
 完全に退路が立たれた状態でひたすら上る。
 右手の崖に注意を払い、左手の崩れた道から海へ落ちないようにしながら、
 倒れた木や岩の上を乗り越えなければならない。
 途中で小さな余震が何度も起こり、そのたびごとに岩や石が落ちてくる。
 
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 再び大きな地震が起これば、まちがいなく岩の下敷きになるか海へ転落するだろう――。
 そう思うと、生きた心地がしない。
 神に祈る気持で上り続けた。まさに命からがらの逃避行だ。

 ただ、この状況を記録に残しておかなければならない、
 これが現場
 に遭遇した者の使命だ――という意識が働き、危険を冒しながらときどきシャッターを押した。
 
 撮影のお陰で命を救われた瞬間があった。
 立ち止まって後方を撮影して、再び進行方向に向きを戻した瞬間、
 ドーンドン、ドドドドーッという音を立てながら大きな岩が、
 前方数メートルにわたって7つ落下してきた。
 私の2メートル前方に落ちた岩は2メートル近くある大物だった。
 ぎくりとして思わず後ずさりした。
 体は硬直し、目が見開いた状態になった。
 撮影せずに歩いていたら確実に直撃されていたにちがいない。
 
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       私の直前に落ちてきた石は2メートル以上の大岩だった。

 そこを過ぎると崖崩れが少ない道になった。 
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 それから数分後に広い高台にたどり着いた。  
 この瞬間、“助かった”と、体から力が抜けた。
 まさに「命からがらの逃避行」とは、このことだ。15時15分だった。
 
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 ほっとして海を見ると、先ほど桟橋付近にはまったく姿を見せなかったうみねこたちが、
 何か落ち着かないように上空でざわめいていた。
 やはり本能的に津波の襲来を感じているのであろう。 

                      次回は、「大津波の激突」をアップします。

「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧

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1.金華山で命がけの避難
2.金華山 地震と津波の爪跡
3.予期せぬ救出
4.鯨の町鮎川・凄惨な津波の傷跡
5.避難所生活1 震災翌日 孤立無援の鮎川
6.避難所生活2 鮎川では早くも復興への動き
7.鮎川での避難所生活3 再び津波警報発令
8.さようなら鮎川 お世話さまでした。 がんばってください!
9.凄惨な被災地を通り 徒歩で石巻から東松島へ向かう 〜自然の前に謙虚であれ
10.仙台への帰還への道1 〜仙石線の被害を目の当たりにしながら野蒜・東名へ向かって歩く
11.仙台への帰還の道2 〜野蒜・東名地区の津波被害と消防隊員の強い使命感
12.元気をくれる言葉たち
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14.我が家の地震被害 
15.震災ごみ仮置き場が満杯 「ルール守って」
16.津波に水没して生還した1本の奇跡の桜〜ついに満開に〜「岩手・田野畑村被災地からの報告」
17.命尽きるまで避難を呼びかけた南三陸町女性職員・遠藤未来さんの死を悼んで
18.2ヶ月の3月11日に振り返る。14時46分に犠牲者、行方不明者に黙祷。
19.東日本大震災チャリティーイベント 「井上ひさしさんに捧ぐ&学ぶ街づくり」 ご案内
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23鹿やうみねこはは地震を予知する?  〜金華山と鮎川での体験を通して  
24.大地震 恐怖の戦慄 〜震源地に最も近い金華山での被災体験iを語る1

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            牡鹿半島より金華山を望む    最も高いのが金華山               

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  船が金華山へ近づくとうみねこが出迎えてくれた。  しかし、下山して戻ったときにはまったく姿がなかった。

大地震 恐怖の戦慄

 3月11日、私が所属する山歩きの会13名は445mの金華山へ山登りに出かけた。
 午後2時過ぎに船の待合所に到着した。
 午前中には群れていた鹿もうみねこも姿がなかった。
 これがあの大地震の前兆だとは夢にも思わなかった。
 
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       桟橋付近には鹿の姿もウミネコの姿もなかった。

 地震は待合室で午後三時発鮎川行きの船を待っていたときに起こった。
 2時46分、船が桟橋に接岸しているのがガラス戸越しに見えた。
 そろそろ桟橋へ向かおうとリュックに手をかけた瞬間、突然テーブルが左右に揺れた。
 出口付近にいたメンバーは瞬間的に、開いているガラス戸から外へ飛び出たが、
 奥のほうにいた私はとっさに食堂のテーブルの下にもぐりこみリュックで頭を守った。
 本能的行動だった。
 このとき揺れる床下から
 「ゴゴゴゴ…」「ゴォー」「ゴォーン」という低い調子の不気味な音が聞こえて来る。
 まるで地獄から湧き上がって来るように感じた。

 その数秒後、金属製の屋根の震える音や、周囲の壁と太い鉄骨とが激しくぶつかり合うガタガタガタ…、ガガガガガーという大きな金属音が絶え間なく建物全体から響き渡った。
 それが互いに反響しあって私の鼓膜を襲ってくる。
 まるで、MRIの中に閉じ込められた時に聞こえるあの音を10倍にも増幅したようなすさまじさだ。 お土産の陳列台が次々に倒れ、ガラスが割れるガチャガチャーンという音があちこちから鳴り響く。
 蛍光灯が天井から次々と、容赦なく落ちてくる。
 もぐりこんだテーブルが前後左右に大きく移動する。
 その動きに連動しながら自分も動かざるを得ない。
 揺れは一向に収まらない。こんなに長い地震は生まれて初めてだ。
 
 建物が崩壊するかもしれないという恐怖が身体中に走った。
 そう思ったとたん、巨大なものが私が身を守っているテーブルの端にドーン、ガシャーンという音を立てて落ちた。
 そのとたんテーブルの足が斜めに曲がって、テーブル自体がは私の後方にのけぞるように立ち上がり、
 その巨大なものはテーブルのすぐわきに叩きつけられるように落ちた。
 とっさに〈天井が落ちて来た〉と思った。
 2年前の岩手・宮城地震の時、私の住む仙台市のプールの天井が落ちて26人が怪我したからだ。
 振り返って見ると、高い梁に掲げられていた黄金山神社の由緒や訓えが書かれた畳3畳ほどの額縁だった。
 身を隠すものがなくなってしまった。
 あわてて他のテーブルにもぐりこんだが、はなはだ心もとない。
 周囲の腰板や板壁は大きく波打ち、建物の太い鉄柱が、隠れているテーブルに襲い掛かってくるように思えた。
 そうなったら、か弱いテーブルはひとたまりもないだろう。
 自分に〈落ち着け、落ち着け〉と言い聞かせた。
 周囲にばかり気をとられていたが、
 コンクリートの下から相変わらず地獄の叫びのような不気味な音がする。
 とっさに「死」の予感が襲った。
 “もう限界だ”と直感した。
 
 無意識のうちに体が動いた。
 3台のテーブルの下を這いずるようにして出口に向かい、頭にリュックを載せてダッシュして外へ飛び出した。
 
 建物から10メートル以上離れたとき、一瞬だが死の恐怖から開放された。
 そのとき目に入ったのは、我々が乗るはずの船が沖を目指して猛スピードで去ってゆく姿だった。
 
 山の急斜面側を見ると、崖から岩や松の木が次々と倒れて落ちてくる。
 山の中腹にいた鹿たちは、さらに上へ上へと駆け上ってゆく。
 彼らは安全な「けもの道」を知っているのであろう。
 やがてゆれは大分ゆるやかになった。
 報道関係の情報によると、最も激しい揺れは約2分ほどで、本震全体の長さが、6分ほどだという。
 だが、私には無限の長さに感じた。
 
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                             次回に続く
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       地震の翌日になっても、金華山港の桟橋付近には、鹿もうみねこも姿を現さなかった。
       余震が続くせいなのだろうか?

?H3>はたして動物は地震を予知するのだろうか?――  私は、この問題に以前から関心を持っていました。
 いろいろな動物が地震前に異常な行動を取るという話を、
 今までたくさん読んだり聞いたりしたことがあります。
 しかし、まだ特別に調べたことはありません。
 
 5月30日付けの朝日新聞の「天声人語」に次のような内容が掲載されていました。

 
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 動物の地震予知に関して、私が金華山や鮎川で体験したことを書いてみます。

東日本大震災における私の金華山と鮎川での体験

 鮎川港を出発する時にはたくさんのうみねこが、乗船客がまく“かっぱえびせん”を求めて、
 金華山へ渡る船を取り巻くようにしてして付いて来ました。
 
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金華山へ近づくと今度は金華山のうみねこが迎えてくれました。
 上陸すると、今度は10頭ほどの鹿が集まって来て、かっぱえびせんやせんべいををねだりました。
 
 
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 ところが、我々が下山してきた14時過ぎ、桟橋には、
 鹿もうみねこも姿がありませんでした。
 写真を見てもやっぱり姿がありません。
 
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 鹿は、背後の山に固まっていました。
 
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                     この写真を見ると心なしか不安気ですね。  
 
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       地震が起きると、中腹にいた鹿は、急いでさらに駆け上がって行きました。


翌日も姿を見せない鹿とうみねこ
 
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       朝の薄暗い中、神社境内の林の中で不安そうに身を寄せ合っている鹿たち。
  
 地震の翌日にも、金華山の桟橋付近には、鹿もうみねこもやはり姿がありませんでした。
[[attached(,center)]]
 鮎川に到着した時にも、あんなにいたうみねこがいませんでした。
 どこに姿を隠してしまったのだろうと、すごく不思議でした。

 今後、動物の地震予知について調べてみようと思います。

 興味のある方は、
 『動物は地震を予知する』トリブッチ著(朝日選書)
 を読んでみてください。

皆さん  何か地震予知のことでご存知のことがあったら、コメントお願いします。

「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧

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1.金華山で命がけの避難
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10.仙台への帰還への道1 〜仙石線の被害を目の当たりにしながら野蒜・東名へ向かって歩く
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