東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

東日本大震災に遭遇して

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                     金華山の千畳敷(2009年)

金華山の復興に向けた検討に入る

 5月26日午後1時のNHKテレビのニュースによれば、
 金華山の復興に向けた検討に入ったとのことだ。  まずは、桟橋から修復に入ることになった。
 年間7万人ほどのひとがが訪れる島なので、
 東北の観光の復旧の意味からも喜ばしいことだ。
 私にとっては3月11日以来、特別な思いをいだいている島なので、このニュースは感慨深い。
 お世話になった宮司さんの顔が映し出されたときには、目頭が熱くなった。
 
地震前の桟橋付近
 まず、地震前の桟橋を振り返ってみましょう。
 
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               1号桟橋(2009年)       
        地震当日(4月11日)も、1号桟橋へ10:45分到着

 
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      黄金山神社への上り口の鳥居  これをくぐって、神社裏の登山道から、金華山へ登りました。
       よもやこの道が、大津波の避難経路になるとは誰が予想したでしょうか。←クリック

 
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      黄金山神社へ向かう途中から眺めた桟橋。 手前が2号桟橋。前方が防波堤。 
       向かい側に見えるのがが牡鹿半島

 
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     地震の25分前の1号桟橋付近。 手前の赤い屋根が船の待合室。 ここで地震に遭遇。 
                                       
 
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                    地震の20分前の2号桟橋

地震後の桟橋付近
 地震後は地盤沈下や海底に沈んだり浮遊しているがれきのために、目下使用不能となっている。


 
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                       地震直後の鳥居付近   
          津波を避けてここから黄金山神社付近の高台へ向けて命がけの避難開始。

 
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水が南北両側にに分かれてどんどん引いてゆく。まるで映画「十戎」のシーンを見ているようだった。金華山瀬戸はもともと浅いので、ほとんど海底が見えている。 向こうに見えるのが防波堤。 対岸は牡鹿半島。

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       水没した桟橋   桟橋は2つとも水没し、赤い屋根の待合室もやがて見えなくなった。


津波の翌朝 3月12日
 
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       3月12日(地震の翌日)午前10時頃
       桟橋は水に浸り、先端の方は地盤沈下のため破壊されて沈んでいた。

 
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       3月12日午後2時過ぎ、鮎川から迎の船が着たが、
       接岸が不可能なため、観光船まで小型のモーターボートで、3人ずつピストン輸送となった。

       ここ第二桟橋付近の水深は、本来2,5mしかなく、津波でがれきや自動車などが
       沈んでいて船が地被けないのである。
 
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金華山港についての資料

宮城県石巻港湾事務所総務班より
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       金華山港の航空写真  平静18年度
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、主要港湾施設一覧 名称 延長(m) 水深(m)
金華山(水深2.5)物揚場 77 2.5
金華山(水深2.0)物揚場 40 2.0
金華山(水深1.5)物揚場 37 1.5
金華山2号 物揚場 70 2.5
金華山3号 物揚場 65 3.0
金華山船揚場 5

これを見て驚いたのは、金華山港の水深 はかなり小さいことである。
深いところで3.5m、浅いところではなんと1,5mしかない。
このために、津波の前の引き潮ですぐに海底が見えてしまったはずだ。

早くもとの金華山へ復活してほしい

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       金華山といえばウミネコと鹿です。
       観光船から餌をやるとたくさんのウミネコが群がってきます。
       上陸するとたくさんの鹿が集まってきます。
       早く復興してたくさんの観光客が訪れ、このような光景が戻ってくれることを願っています。

 
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          「青葉繁れる」――井上ひさしさんの小説にもありますよね――定禅寺通り。 
          杜の都仙台を象徴するような、私の好きな光景です。 

東日本大震災チャリティーイベント 「井上ひさしさんに捧ぐ&学ぶ街づくり」(仙台文の會主催)のご案内【改訂】

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仙台文の會の生みの親 井上ひさしさん

イメージ 2 私が所属する「仙台文の會(せんだいぶんのかい)は、
 作家の故井上ひさし氏が仙台文学館官の館長時代に行った文章教室に参加した受講生に、
 井上さん自らが提案して発足した会です。
 井上さんが存命中は、先生からいただいた共通テーマで会員全員が作品を書きあげ、
 毎年文集を発行していました。 
 今年は井上ひさしさんを偲んで「井上ひさしとわたし」が共通題となりました。                                                                                                                                            

                                           仙台文の會のメンバーと懇談する井上さん
 
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]              井上さんからいただいた「お題」で書き上げた仙台文の會文集

井上ひさし展 「吉里吉里国再発見」

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       仙台文学館で開催された井上ひさし展 「吉里吉里国再発見」の看板

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       聴衆と気さくに会話を交わしながら記念講演を行う井上さん

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           記念講演の受付をする文学館友の会、仙台文の会の皆さん
              左から2番目が、仙台文の會会長の有地さん

[仙台文の會の展示物]
仙台文の會の展示コーナーでは、井上ひさしさん縁のものを展示しました。
 
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             井上さんから仙台文の會へ送られた「座右の銘が書かれた色紙」


東日本大震災支援チャリティーイベント

 この度の東日本大震災に際しましては、会からの義捐金を始め、
 個人的なボランティアや義捐金などで協力させていただいておりますが、
 このたびはさらにチャりティー行事を企画しました。

仙台文の會会長からのメッセージ

 
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参加申し込みは、「はがき」あるいは                              「拙ブログ」へのコメントにてお願いいたします。 moriizumi arao


 [はがき]の場合
 
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 郵送先:
  980−0811 仙台市青葉区一番町4―1―3   
  仙台市市民活動サポートセンター レターケース 23 仙台文の會

 [ブログの場合]
  この記事のコメント欄、あるいはゲストブックへ「内緒」にてお願いいたします。


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復興支援兼ねた「しのぶ会」へ意欲 井上ひさしさん指導の「仙台文の會」

イメージ 9  故・井上ひさしさんから文章の指導を受けた「仙台文の會(かい)」は一周忌の9日に「しのぶ会」を予定していたが、東日本大震災の影響で延期を余儀なくされた。会長の有地和子さん(63)は「井上先生は『奇跡は信じている所に起きる』と話していた。奇跡の復興を信じて被災地の方々を応援したい」と話し、5月にも復興支援を兼ねたしのぶ会を開こうと、意欲を見せている。
 仙台文の會は1995年に発足した。メンバーは井上さんが講師を務めた文章講座の参加者。井上さんが講座の最後に「このまま解散するのはもったいない。会でもやりませんか。もちろん僕がお手伝いします」と呼び掛け、約100人の会員が集まった。
                
                                「奇跡の復興を信じて、被災した人々を応援したい」と話す有地和子さん=仙台市⇒
 
 毎月のように「文の會通信」を出しているほか、井上さんが出題したテーマで会員が執筆した文集を毎年発行。井上さんの芝居を一緒に観賞したり、出身地の川西町を訪ね「遅筆堂文庫生活者大学校」に欠かさず参加するなど活発な活動を続けてきた。
 一周忌の4月9日には「井上ひさしと私」をテーマにした第16文集を発行するとともに、井上さんが好きだったハーモニカ演奏、カレーライスを食べるイベントなどを予定していた。しかし、3月11日に東日本大震災が発生、印刷が進まず会場確保も困難になり、延期を余儀なくされた。

 「『ひょっこりひょうたん島』のモデルとされる島があり、小説『吉里吉里人』と同じ『吉里吉里』の地名がある岩手県大槌町も被災し、心を痛めていた」と有地さん。3月26日には震災後初めて文の會通信を発行した。表紙は井上さんの色紙「得意泰然 失意平然」。それぞれの年齢、立場、おかれた条件の許す限りで、英知を傾け努力し「さあ、前を向こう」というメッセージを載せた。

 しのぶ会では、井上さんがイタリア・ボローニャを旅した時の映像を上映し、復興に向けた街づくりなどについて考える。「『未来が見えなくなったら過去から学び生かしましょう』『涙を蒔(ま)いて喜びを刈る』『思案が尽きたら寝るのが一番』など、いまこそ先生に学ぶことがいっぱいある」と有地さん。「ひょっこりひょうたん島の歌のように、苦しいことや悲しいことにも、くじけずに、笑って前に進みたい。奇跡を信じてエールを送り続けたい」と意気込んでいた。






 

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     遠藤未希さん  あなたは、今年の桜を見ることなくお亡くなりになりました。
     四国遍路の一番寺で私を迎えてくれた桜を、心を込めて捧げます。

東日本大震災 〜最近思うこと

 全国の皆さま 東日本大震災で被災された方々へのご援助に心から感謝申し上げます。 
 
私は、被災現場に住んでいて、津波や放射線によって大きな被害をこうむった方々の奮闘振りを目の当たりにしているだけに、
 今、何が必要なのかということに強い関心を寄せています。、
 立ち上がるために必要としていることが日々変化していることが、身近に見えて来ます。
 
 被災された方々は、再起しようと前向きにがんばっていますが、 
 これまで予想できなかった困難な点や問題点も次第に出てきております。
 それだけに、これからも継続的にご援助いただくことの必要性を、強く感じております。
 引き続き息の長いご支援をよろしくお願いいたします。

命尽きるまで避難を呼びかけた南三陸町女性職員・遠藤未希さんの死を悼んで

 東日本大震災の大津波が襲った宮城県南三陸町で、最後まで住民に防災無線で避難を呼び掛けた町職員遠藤未希さん(24)の遺体が発見されました。
 心からご冥福をお祈り申し上げます。  合掌
 
 彼女が最後まで職務を全うして行方不明になって以来、
 せめて遺体だけでも一時も早く発見されてくれればよいが…と、心から願っていました。
 そうでなくては彼女は報われません。
 遺体発見の報を聞いて、私は悲しみの中にも少しは心が救われる思いでした。
 テレビ放送を見た後すぐに、般若心経を読経させていただきました。
 
 遠藤未希さん!
 私が現在命あるのは、地震に遭遇した金華山で、
 「6メートルの津波が来ます。全員高台に避難してください」という放送でした。
 それは鮎川からの放送に違いありません。
 その放送がなければ、待合室の屋根か、待合室の裏の旅館の二階に上がっていたかもしれないのです。
 そうすれば、間違いなくあの世行きでした。
 私たちが逃げていた時、あなたは必死にみんなに叫んでいたのですね。
 テレビ放送であなたの声を聞くたび、金華山で必死に聞いた放送とダブってしまいました。
 思わず「ありがとう!」とつぶやいて、ぐっと涙ガこみ上げてしまい、声を出して泣いてしまいます。
 あなたがが命の恩人のように思えてならないのです。
 
 この記事があなたへの供養になれば幸いです。
 
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「6メートルの津波が来ます」 最後まで放送の南三陸町職員の死を悼む

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 津波に襲われ鉄筋の骨組みだけが残った防災対策庁舎。遠藤未希さんは2階から放送で避難を呼び掛けていた=3月26日、宮城県南三陸町
 
 「早く高台に避難してください」−。
 津波到達の直前まで防災無線で町民に避難を呼びかけ続けた後、行方不明になっていた女性の遺体が発見された。
 津波で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町職員、遠藤未希さん(24)。
 命を救われた町民や避難住民は、最後まで職務を全うした未希さんの死を悼んだ。

 未希さんは3月11日、町内の防災対策庁舎で津波到達の直前まで防災無線で、
 「6メートルの津波が来ます。早く高台に避難してください」と呼び掛け、
 自らは津波にのみ込まれて行方不明となっていた。

 母親の美恵子さん(53)によると、未希さんとみられる遺体は4月23日、捜索隊が志津川湾で発見した。
 昨年7月に結婚した夫(24)がプレゼントしたミサンガが左足首に巻かれ、右肩にあざがあったことなどを夫が遺体の写真で確認。
 警察が2日、DNA鑑定で最終的に未希さんと断定した。

 美恵子さんは津波で被災した自宅を片づけながら、
 「元気な姿で家に帰ってくることはあきらめていました。せめて遺骨をきれいな自宅に迎えたいと思って…」と、涙をこらえながら話した。
 遺体は町内に安置され、家族が遺体を引き取って火葬する予定。

 未希さんは、昨年4月に危機管理課に配属。
 夫と石巻市内に住み、南三陸町役場まで通っていた。
                                  [MSN産経ニュース]より                       

女性職員の死悼む=「残したもの大きい」−津波避難、最後まで呼び掛け・宮城

 東日本大震災の大津波が襲った宮城県南三陸町で、最後まで住民に防災無線で避難を呼び掛けた町職員遠藤未希さん(24)の葬儀が4日、同町で営まれた。親族や幼なじみが参列し、遠藤さんの死を悼んだ。
 遺体は午後、町営火葬場に運ばれ、荼毘(だび)に付された。同級生の1人は、遠藤さんが中学生の頃に将来の自分へ宛てた手紙を入れたカプセルを掘り起こし、母美恵子さん(53)に渡したという。
 遠藤さんの遺体は4月23日、南三陸町沖で発見され、県警がDNA型鑑定をした結果、今月2日に本人と確認された。美恵子さんは「ようやくうちの娘と分かった。(火葬後も)しばらくはうちに置いてあげたい」と泣きはらした目をハンカチで拭った。
 遠藤さんは昨年結婚し、今年9月に披露宴を開く予定だった。夫の友人で会社経営者の尾形長治さん(28)は「披露宴に呼ばれるのを楽しみにしていたのに。大勢の人の命を救った未希さんが残したものは大きい」と話した。(2011/05/04-21:34)  (時事通信の記事より)


未希さんへ

最後になりましたが、お父様が 「未希は私たち夫婦にはすぎた娘でした」 と言っていましたよ!   安らかにお眠りください。

 この記事をお読みになった全国の皆さまも、遠藤未希さんのために手を合わせていただければ、
 天国の彼女も喜ぶに違いありません。


 

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全国の皆さま 東北への暖かく力強いご支援ありがとうございます。 被災者の皆さんは復興に向けてがんばっております。これからも息の長いご支援お願い申し上げます。

「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧

 写真を4枚紹介します。記事は題目をクリックしてご覧ください。
1.金華山で命がけの避難
 
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           津波を避けるため、がけ崩れが起こる中を黄金山神社へ向けて10数分逃げ上がりました。
2.金華山 地震と津波の爪跡
3.予期せぬ救出
4.鯨の町鮎川・凄惨な津波の傷跡
 
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     鮎川の町はがれきの原に変わり果てていました。
5.避難所生活1 震災翌日 孤立無援の鮎川
6.避難所生活2 鮎川では早くも復興への動き
7.鮎川での避難所生活3 再び津波警報発令
8.さようなら鮎川 お世話さまでした。 がんばってください!
9.凄惨な被災地を通り 徒歩で石巻から東松島へ向かう 〜自然の前に謙虚であれ
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10.仙台への帰還への道1 〜仙石線の被害を目の当たりにしながら野蒜・東名へ向かって歩く
 
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                   津波に襲われて脱線した仙石線の列車
11.仙台への帰還の道2 〜野蒜・東名地区の津波被害と消防隊員の強い使命感   12.元気をくれる言葉たち   13.被災地三陸漁師〜「自粛をしないで欲しいです」    14.我が家の地震被害

震災ごみ仮置き場が満杯 「ルール守って」

我が家もたくさんの震災ごみ

 
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   なんと言っても一番大量だったのは、屋根から落ちた瓦と崩れ落ちたモルタルの壁でした。
   このような山が二つできました。

 
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   ガラス戸や本棚などのガラス、陶器、食器類 
   思い出のある品物も多く、感傷に浸りながら袋につめました。
 
 
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   購入して間もないテレビも、電気復旧後電源を入れてみるとやっぱり映りませんでした。 
   木彫りの大型鏡と気に入っていた掛け時計も…。
   
 
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   愛用していたエレクトーンも本棚に直撃されて音が出なくなりました。
   エレクトーンはたくさんの素材で出来ているので、一体で廃棄するわけにはいきません。、
   やむなく分解しました。  半日もかかってしまいました。

 
 パソコンは外カバーがへこみましたが機能は助かりました。
 しかし、デスプレー、プリンター、無線ランは本棚の下敷きになって、敢え無い最後でした。
 いつも役立ってくれている本箱と本ですが、地震ではは凶器に変貌してしまいました。
 

震災ごみ仮置き場への廃棄

 仙台市では震災で壊れた家具、家電など家庭ごみの仮置きを区ごとに5箇所設けている。
 我が家の片付けも大方終了した4月20日から仮置き場への運搬を開始した。

第一回目は待つこと3時間半
 私が住む泉区では、津波被害はなかったにもかかわらず、
 すでに車が数珠繋ぎで、1キロ以上も並んでいた。
 ガソリンを購入するために並んだ4月上旬までのことを思い出した。

 
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   担当の人が「最後尾」というプラカードを持って車を誘導している。
   なかなか進まないので、時々降車して撮影。
   前方に被災ごみとは無縁そうなトラックの姿が見える。
 
 
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   各曲がり角でも誘導

 
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   3時間ほどで仮置き場付近へ到着。金網越しに撮影。
 
  3時間半ほどでやっと入場。
  翌日からは、一度目は9時の開門を待って8時過ぎから並び、2度目は比較的空いている昼時にやって来た。
  それにしても、2度の搬入に半日以上の時間がとられる。

仮置き場の様子
 入場すると、まずごみの内容を尋ねられ、捨て場所を案内される。
 
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分類されたごみの山の前で車を止め、係員の指示で廃棄物を下ろす。
 
 
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   コンクリートや瓦の廃棄場所。
 
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  いっぱいになった瓦などをショベルカーがダンプに積み込んで最終処分場へ運搬してゆく。

 ごみの内容を見ると、「便乗廃棄」と思われる粗大ごみもかなりある。
  
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   どうして、古タイヤが震災ごみごみなのだ?   大型のマットが山積みにされている。

 何度か、仮置き場に足を運んでいるうちに、気付いたのだが、
 持ち込み禁止になっているタイヤや消火器などが廃棄されていたり、
 分類に従わない捨て方がなされている。
 これには、正直言って腹が立った。
 他県の自治体から応援に来ている職員の人たちに申し訳ない。
 あたりまえのことだが、自分はエレクトーンを分解した時6種類に分別して運んできた。

 
 そう思っていた矢先、4月22日の「河北新報」に、次のような記事が掲載された。

震災ごみ仮置き場が満杯 「ルール守って」

 東日本大震災で仙台市が開設した震災ごみの仮置き場が、相次いで飽和状態になっている。震災とは無関係とみられるごみを持ち込んだり、分別に従わずに置いていったりする人が後を絶たないという。市は「震災ごみ以外は持ち込まないで」と呼び掛けている。

 震災で壊れた家具、家電など家庭ごみの仮置き場は22日現在、市内5カ所。西花苑公園野球場(青葉区)、西中田公園(太白区)、日の出町公園野球場(宮城野区)、今泉野球場(若林区)、将監公園(泉区)と区ごとに分かれている。
 
 このうち、青葉、宮城野両区の仮置き場は22日で満杯となるため、23日に第2中山吉成公園予定地(青葉区)、鶴ケ谷中央公園(宮城野区)にそれぞれ変更する。
 日の出町公園野球場には、ごみを持ち込むトラックや乗用車がひっきりなしに出入りする。仮置き場は可燃、不燃、家電リサイクル法の対象品目、がれきなど置き場所を分けているが、従わずにごみを捨てていく人が目に付くという。
 
 現場で車を誘導する作業員の男性(34)は「7日の大きな余震の後、ごみの量が再び増えた。分別に従わないほか、禁止されている消火器やタイヤなどを持ち込む人もいる」と話す。
 市廃棄物指導課は「仮置き場は受け入れの量に限界がある。ルールを守り、産業廃棄物などは持ち込まないでほしい」と呼び掛けている。

                             2011年04月22日金曜日 「河北新報」


?H5>困っている人が使えなくならないように、ぜひ、ルールを守ってほしい!!

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全国の皆さま 東北への暖かく力強いご支援ありがとうございます。 被災者の皆さんは復興に向けてがんばっております。これからも息の長いご支援お願い申し上げます。

「東日本大震災に遭遇して」 記事一覧

 写真を3枚紹介します。記事は題目をクリックしてご覧ください。
1.金華山で命がけの避難
 
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           津波を避けるため、がけ崩れが起こる中を黄金山神社へ向けて10数分逃げ上がりました。
2.金華山 地震と津波の爪跡
3.予期せぬ救出
4.鯨の町鮎川・凄惨な津波の傷跡
 
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     鮎川の町はがれきの原に変わり果てていました。
5.避難所生活1 震災翌日 孤立無援の鮎川
6.避難所生活2 鮎川では早くも復興への動き
7.鮎川での避難所生活3 再び津波警報発令
8.さようなら鮎川 お世話さまでした。 がんばってください!
9.凄惨な被災地を通り 徒歩で石巻から東松島へ向かう 〜自然の前に謙虚であれ
10.仙台への帰還への道1 〜仙石線の被害を目の当たりにしながら野蒜・東名へ向かって歩く
 
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                   津波の爪跡が生々しい仙石線東名駅
11.仙台への帰還の道2 〜野蒜・東名地区の津波被害と消防隊員の強い使命感   12.元気をくれる言葉たち   13.被災地三陸漁師〜「自粛をしないで欲しいです」

我が家の地震被害

 8日ぶりに戻った我が家は、坂道から見おろすと、屋根一面に青いビニールシートがかぶせてあり、
 心なしか幾分傾いているように見えた。
 瞬間的に、<住めるのかな?>と思った。
 
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 とにかく急いで我が家へたどり着いてみると、家族は曲がりなりにも住んでいた。
 やっぱり大きな被害を受けていたが、
 津波被害の惨状を見ていただけに、平静に受け止めることが出来た。 

地震直後の状況

 地震直後の状況を、家族が写真に収めていました。

外壁は大きく亀裂が入り崩壊

 
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   戸が外れ、テラスの上に落ちた瓦が散乱しています。
 
 外壁はいたるところで大きくkiretuが入り、かなりの箇所で壁が落ちています。
 
 
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         壁のほとんどのコーナーには、大きな亀裂が生じ、崩れ落ちている箇所がいくつもある。

 
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         サッシが外側に傾き、ガラス戸や網戸が外に放り出されている。障子はびりびりに破れている。

 
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         アルミサッシのガラス戸はあちこち開かない。その脇の壁は大きく崩れ落ちている。


室内は大散乱 壁は崩落
 
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             台所   収納から飛び出て散乱した食器や台所用品                                    換気扇のフードが情けない格好でぶら下がっている。

 
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                   大型テレビや掛け時計は落ちて破損

 
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                   壁全体が倒れてテレビやエレクトーンを直撃

 
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                         和室の床の間
 
 
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             クロークの開き戸が壊れ、中からスキーや運動用品などが飛び出た。
 
 
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           壁際に置いてあるピアノは部屋の中央まで移動し、物入れの戸は壊れて中から出たもので部屋は足の踏み場もありませんでした。

 
 私がいつも書斎に使っている部屋は、2つの5段の本棚からあふれた本などで戸が開かなくなって入ることが出来なかったそうです。

 私が帰宅後、やむなく戸を壊して入室しました。
 残念ながらパソコンや周辺機器は、本棚や本に押しつぶされていました。

余震の度に大きくなる家の損傷

 帰宅後さっそく外回りを見回ると、
 壁の崩落やひび割れが百数十箇所見つかりました。
 
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    土台もあちこちやられていました。 これはまずいな〜

 
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   サッシゆがんだため、周辺の壁が落ち、ガラスの引き戸が開いたまま動かなくなっているところが5〜6箇所ある。
 
 
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   落ちた瓦の山が2つにもなりました。
   瓦屋に見てもらったところ150枚以上のかわらが落ちたり割れたりしているとのことでした。

 業者に耐震審査を頼んだところ、家の傾きは0.5度程度で、「かなり危険」という判定でした。
 0.6度以上になると、体ですぐわかり、健康にも影響がある範囲に入ります。 
 
 地震直後に大きくひび割れていた外壁や土台のひび割れが次第に大きくなり、
 あちこちが崩れ落ちました。
 震度3程度の地震や、風でゆらゆらゆれるのでちょっと不安です。

 命が助かり、形だけでも家が残ったのですから、幸運だと思っています。 
 後は、無理せずあせらず、着実に復旧に努めて行きます。

 












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