東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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今日から、朝ドラの「あまちゃん」の6週目になります。
明るいドラマで、面白い・・。被災地を、15分間だけでも明るくしてくれます。
僕もですが、朝と昼に2回見て、楽しんでいます。

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このGWには、かなりの人が入ったと思います。
「あまちゃん」のウニ捕りの主なロケ地は、久慈市の小袖地区(ドラマでは、小袖が浜)です。
この前の病院の帰りに、平日なので寄ってきましたが、かなり賑わっていましたね。
2日でしたので、一応GWの合間だったので・・。自家用車でいけたからです。

↓↓久慈市以外のいたるところに、このような看板があります。
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僕が気になっていたのはこの小袖地区の
「3.11の被害」です。
  ここも、僕ら漁師のいう「久慈三崎弁天岬」の陰になっていて、爪あとは残っていましたが、地元の漁師に聴いたら、残った船もあり、海岸の倉庫などは被害はあったようですが、海岸の向きも北を向いていたので、南から来た津波の影響は少なかったようです。やはり地形的な要因が大きいのです。また、家も急峻な山の上に建てられていたので、津波が襲来しなかったと言っていました。

昨年の、夏からロケが行わてれいたのですが、あのオープニングでアキちゃんが走る堤防も壊れていませんでした。だから、撮影出来たんだと納得して来ました。

↓↓3.11の時の久慈湾
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↓↓小袖の海女センターは、流石に崩壊したようです。だから、あのプレハブでやってるんです。
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土日、祝日は完全に交通規制がかかり、自家用車では入れません。

久慈市内から南に入っていくのですが、海岸線を走る道は狭く、右は岩の崖で、左は浅瀬で美しい海岸美の連続です。対向車が来ると、どちらかが待避所までバックしないとすれ違う事が出来ないのです。
今日は、その「袖が浜付近」を写真で伝えたいと思います。

↓↓現在地=船渡り地区で観光看板があります。右下に海女さんのイラストがありますが、ここが「小袖地区」
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↓↓久慈市からはいると、このような道がずっと続いています。海側を見ると、遠浅でずっと岩礁です。だから、ここなら、海藻もいっぱい生えそうで、ここならウニもいるだろうなあ・・。と感じました。
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↓↓ハイ、ここが小じんまりとした、「小袖漁港」です。だいぶ船も復活していました。今は、「シラス漁」が行われています。ここはシラスの本場でもあります。
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↓↓この場面は、ドラマにも何回も登場した、海女さんのウニの漁場です。階段から降りて海に入って行ってましたね。
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↓↓チャントありました、監視小屋。山の頂上に建っています。
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↓↓あのオープニングでアキちゃんが走る堤防も壊れていませんでした。この右上の堤防の上を走ってるんです。
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↓↓そして、灯台。そのシタにドラマでは、春子(小泉今日子)が落書きした場所です。チャント消されていましたが、形跡は残っています。
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↓↓ここの地区の家は、高台にあります。だから、被害もすくなったのです。
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さて、今週はどんな展開になるのか・・?

第6週 5月6日(月)〜5月11日(土)
「おらのじっちゃん、大暴れ」

http://www1.nhk.or.jp/amachan/story/

少しだけ・・。あらすじ。
北鉄の車内でウニ丼を売っていたアキ(能年玲奈)は、意外な人物に出会う。それは亡くなったはずの祖父・天野忠兵衛(蟹江敬三)だった。実は忠兵衛は遠洋漁業の漁師で、1年のうち10日間ほどしか家に帰らない。そのため、夏(宮本信子)が航海に出る夫を送り出す際、万が一のことを覚悟するつもりで仏壇に・・・・・・。ーー以下省略ーーー
後は、実際にドラマを見て楽しみましょう。
イメージ 13GWも今日でおしまいですね。この期間、これかえあも、この地域一体に与えた、「あまちゃん効果」は大きものがあると思います。田野畑村のホテル羅賀荘の風呂でも、お客さんにサウナで聴いたら、「あまちゃんの袖が浜に行って来ました。」っていう方が多かったです。だから、まあ、観光に貢献もしています。でも、効果の大きななのは、1日の始めに「15分間だけでも、辛い想いを忘れさせてくれる・・。」このドラマは、被災地にかぎらず、見てる人を「元気」にしてくれているのではないでしょうか・・?脚本家の官九郎さんのセンスが光りますね〜〜。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師

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今、ミゾレが降っています。寒いですね。
温度計を見ると、2℃です。偏西風の南下蛇行でまたもや、真冬並みの寒気が入って来ています。
今年は昨年12月から偏西風が断続的に南へ蛇行していたため、寒気が一緒に南下しやすい状況となっていて、それが今も続いている感じです。

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今朝の9時の上空の予想寒気をみると・・。

なんと、3月並の寒気です。異常ですね。

        850hPa   (上空1500m付近)               500hPa (上空5000m付近)

http://www1.ystenki.jp/image/850hPa_03.pnghttp://www1.ystenki.jp/image/500hPa_03.png





   





                                              これに、天気図を重ねると・・。                                                                  

風向きも北風ですから・。
寒気も南下しそうです。

季節が逆戻りしてる感じがします。
昨日、帯広では、雪がかなり積もっていました。このところ、「史上最高記録を更新」っていう気象台のニュースが流れます。

またこれで、山の樹の緑は止まります。
今朝から、沖に行こうと思っていました。天気図を見て無理かなとは思っていましたが・。
3時頃、船まで行って来ましたが、北風が強く今日もまた止めて戻ってきました。

おそらく、海の季節も遅れて行きそうな感じがします。
例年だと、もう小魚やタコも顔を出す頃なんですが、季節で始まる漁期が遅く始まっていいことはありません。
終わるのは同じ頃なので、漁期が短くなるからなんです。

イサダ(ツノナシオキアミ)、シラス、なども不漁で終わっています。
サクラマス、ママスなども普通なら盛漁期なんですが、やはり不漁。
なんだか、いい情報はないにもないですね。

親父は、昭和8年の津波を経験していますが・・。
「津波があると、5〜10年は海がダメになる」と言った言葉が頭をよぎります。
しかも、3.11は昭和8年の津波とは比較にならないくらい、大きな地震と津波でした。

更に、今は「地球温暖化」もあり、異常気象が続いています。
そして、悪いことに「原発事故の風評」などもありますし、フクイチでは、また放射能漏れの事故が起きるか不安定な状況です・・・。


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昭和8年の津波とは、あまりにも条件が違い、今は人的な要因があります。

海洋自然が地球の営みで変化するのは、仕方がありません。


しかし、今現在、起きてるのは「温暖化」や「原発事故」これが、これは人的な事です。
「何が一番の不安要素ですか・?」と問われれば・・。
自分の中では、躊躇なく「最も、頭を悩ませてるは、原発事故の不安です」と答えると思います。
こらから、先が長すぎる。ホントに憂鬱になってしまします。
ずっとこんな状況が続いてはたまったものではありません。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師

昨日は、FB友が4人田野畑にいらっしゃいました。
ホテル羅賀荘のロビーで、中身の濃い話ができました。

Facebookにアカウントをお持ちの方はこちらです。
http://www.facebook.com/kinya.sasaki

あっという間の時間でした
千葉の歯科医の森永夫妻と神戸の「スマイルプロジェクトの」山本さん。そして、千葉の必殺ヒッチハイカーの太朗さんとお会いしてきました。ホテル羅賀荘のロビーに陣取ってです。
FBで友達であっても、それはネットの世界ですが・・。実際にあって、初めてリアル友になります。
 だから、昨日、森永夫妻と神戸の山本さん。被災地をくまなく歩くヒッチハイカーの太朗さんは、いきなり、森永夫妻とリアル友になったわけです。これほど、僕にとっても嬉しい事はありません。

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タロウ♪もホテルまで連れて行って、みんなに直ぐになれて友達に・・。
アイツは、ホントに人気者です。

↓↓森永先生の奥さんと一緒に走って、ホテルの周りを1周していました。若い、僕には真似ができません。
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↓↓ 「タロウ 待て!」いつOKが出るのか・・。待ってるのです。
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昨日もまだ、寒くて・・・。
ロビーで話しました
3.11関連に感すること、今の日本の問題などを話して来ました。
とても、意義深い話ができました。
皆さんが、被災地を思ってくださっていることに感動しました。
結論を言えば、「マスメディアの歪んだ報道など信じてはいけない、とにかく一度、被災地を肌で感じて!」っていうことです。

このようにして3.11以降
この2年間で、ブログやTwitter、Facebookで実際に被災地を訪れた方々はもう、軽く100人以上は超えています。頂いたその名刺も分厚くなっています。

宮城から岩手の被災地と入って来て見て、
               そこで、皆さんが同じ事を口にします。
震災から1年目は「この甚大な災害。テレビの画像や新聞とは全く、迫力が違う」と・・。
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そして、今は・・。「この2年。全く復興していないのには驚きます。」と・。
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何度も、被災地を訪れている方は、「人が少なくなったと感じると・・。」
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おそらく、被災地を訪れ、この記事を読んでる方は、「ウンウン」とうなづいていると思います。

最近、僕が感じてるのは
大きく2つにわかれていると思います。
「全く関心のない人」「関心を深めている人」とに・・。
どうして、そういう事になるのか・・。
それは、やはり「被災地を自分の目で見たか」って事に外ならないと思います。

昨日も話になったのは、現代のマスメディアの話です。
現場を歩いて取材する記者がいても、上層部でつぶされてる事が多いのではないか? ということです。
これまで、何度も当ブログでも歪んだ報道について、「おかしい」と訴えて来ました。
今の日本の歪んだ社会を作ったのは、マスメディアにより報道によるモノが実に多いと、僕は強く感じています。
「真実を伝えない報道はないほうがいい」ということです。
実は、このGWあけに、2社からのテレビ取材の依頼が入りましたが、「真実を伝えそうにない感じでした」=(自分たちの描いた企画内容で取材します)だったので、僕は断りました。

今の日本に必要なのは
「原発事故や被災地の実態の真実」を包み隠さず報道して多くの人に真実を知ってもらう事にあると思います。多くの人が、東電や国家に対して、何度もごまかそうとして来たのがバレて、国民は「不信感」だらけになっています。
「誠実に現場に足を運び、人々の暮らしの中から社会の課題ニュースをすくい取ること。
誰もがあたりまえに見過ごしていたことを、新しい視点でとりあげ大きな議論を起こす事」それこそが、マスメディアの指名だと僕は思います。これは、
被災地情報に限りません。
 そして、それこそが今の報道に求められています。真実を伝え、国民に考える事をさせない頬道は無意味です。
 それが、意図的に政治家や国家や行政など、既得権益を守ろとしてる権力によって、捻じ曲げられていると僕は感じます。ここに、この今の日本の病巣があると僕は思っています。権力で封じ込められるなんて。全く、論外です。僕も、「ちくしょう」って言いたいです。

僕はFacebookにおいて今2666人の友がいます。
でも、僕の親しい友人は極かぎらてきます。そして、その中には17年前の「1.17阪神・淡路大震災の経験者」が多くいらっしゃいます。
昨日、いらした山本さんもその被災者です。
1.17の貴重な経験者言葉です。
「今でも、あの傷跡は街に沢山、残っています。ましてや人の心の傷は癒えていないし、自分もそうであり、人生の一部として抱えながら生きている」という、とても災害被災者の心の真髄をついた事を示唆していました。僕は罹災後、まだ2年目ですが、なんとなく分かるような気がしました。

森永夫妻さんも太朗さんも、千葉です。だから、地盤沈下や液状化などの傷跡が残る、被災地のひとなんです。でも、福島、宮城、岩手が心配だと出来る事を支援して頂いています。
昨日も、「やはり、被災地を多くの人が見てほしい」という事を強く話していました。

僕は、初めて被災地を訪ねて来た人に決まっていう言葉があります。
「シッカリ見てください 出来るなら被災者の話を聴いてください 必ず何かを気づくはずですから自分で感じてください。」 そして、「感じた事をありのままを多くの人に伝えて欲しいのです。」と・・。
まあ、言わなくても、感じると思います。
そして、その延長線上には・・・。国家、政府、政治、官僚、マスメディアなどなどの問題点が必ず見えて来ると思うのです。

昨晩は、まあかいつまんで言えば、このような話をしてきました。

僕も言いたい事を吐き出して・・。なんだか、頭がスッキリしました。
みんなで、握手した手が暖かく感じました。そして、固く握って頂きました。
それは、とても心強く感じました。
田野畑のような交通の不便なところまで、遠路はるばる来て頂き、とてもありがたいことです。

そして、「絆という言葉」は決して、死語ではないと感じたのです。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師

ここ、三陸/田野畑も桜が満開になりました。
津波流させれて、または塩害で自分の周りを見ても桜が皆無です。

震災直後の2ヶ月過ぎの今頃、1本だけ、家の近くに残った桜がありました。
そこは、震災前は、タロウの散歩コースにあった、桜並木だったのです。
しかし、運良くこの桜は、魚センターの鉄骨の陰になっていて、残っていたのです。

「奇跡の桜」と自分では、感じ。塩害から守ろうと、川から水を何度も運んで根本に掛けた・・。
そして、咲いた桜でした。

当時の記事から、紹介します。

津波に負けず、残った一本の桜。復興のシンボルに・。
                    2011/4/30(土) 午前 5:50


その時、1本の桜の樹が残ってる事に気がついた。
それは、倒れかかった、鉄骨造り建物の陰に隠れていたのだ・・。
近づいて見ると・・・・。
なんと桜ではないか。

津波でその鉄骨は曲がって、大破しているが、一枚の壁だけが横に曲がり、ようやく残っていた建物の陰で、津波から流されずにいたのだろう。
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その、鉄骨の建物が解体されて、初めて姿を現したのだ・・。
一本の桜に樹を見て、涙が出るほど、嬉しかった。
津波前は、10本ぐらいの桜並木だったのだが・。
この樹は運よく、枝を落としてはたが、ちゃんと空に幹を向けて、凛として立っていた。                                                                             
イメージ 2                                    イメージ 4                          花芽を見るとまだ、蕾だが大丈夫。花が咲きそうな感じだ。 
                             
 例年だと、咲き始めてる時期だが、今年は津波の影響を受けない山の樹の芽吹きも遅い。4月が寒かったせいだろう。
でも、最近は例年並みの気温になった。
きっと、一気に山の樹も芽吹き新緑になり、この桜も花も一気に咲いてくると思う。

塩害でやられるかも知れない、川から何度も水を運んで、根本に水をやった。
これから、観察して咲いたらまたアップしようと思う。



そして・・・。

奇跡の1本の桜。ついに満開に・・。
その後、暖かい日が連日続き。昨日、ついに満開に・・。
元々は、10本ぐらいの桜並木でしたが・・。
僕の家と海の間にある、たった1本の桜に樹となりました。
浜の大きな黒松の防風林は、全て根から剥くれたり、折れて流れてなくなりました。
そんな中、この桜は空に向かって幹を立てています。

この桜の樹は全部、津波の中に一旦は水没したのです。

今は瓦礫に中でたった、1本で凛として華やかに咲いています。

だから、まさに「奇跡の桜」と言えると、思います。
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ーーーーーーーーーーーーー
あの、津波の時に人も、
チョコットした運と不運で助かった人もいれば、亡くなったり、行方不明になった人が沢山います。
例えば、
山に逃げ上がる途中に、ホンの何秒かのところで流されてしまった人。
その時、たまたま、樹の枝に掴まり助かった人。
避難した場所や、時間よって・・。などなど、生死を分けたのは、本当に運としか言いようがありません。
ーーーーーーーーーー
この桜は、場所が良かったのでしょう。
ものすごい勢いの水圧の中、あの鉄骨が壊れなかった、その影にあったから、生き残った桜です。
しかし、海水に完全に浸った桜の樹なのです。
この、奇跡の桜を見つけた時は、嬉しくて、本当に涙がでてきました。
そして、ついに満開になったのです。
この桜の樹は自分の心の中では、復興(福幸)のシンボルです。
この生命力に勇気と希望のエネルギーをもらいながら・・・・。生きて行こうと思っています。
そして、これからもなんとか枯れないように、見守って行こうと思っています。
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しかし・・・・・・。
この「奇跡の桜」も復旧工事の邪魔になると、程なく伐採されてしまいまた。

せっかく、生き延びた樹なのに・・・。
あの時は、とても、とても、辛く、悔しかった。

桜にの季節になると、今は必ず、この桜の事を思い出します。
でも、この桜。僕の心中では生きています。
これから、きっと死ぬまでこの季節が来るたびにに、この「奇跡の桜」は忘れる事はないでしょう。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師

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 あれから二年以上がたつのに、被災地全体では時が止まったような風景が広ったままです。

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順調に進まない高台移転や復興計画。30万人近い仮設暮らしの人々。でも、つぶさに街を見つめれば、復興の芽は顔を出している。再開した商店、漁師の戻った港、潮水につかった畑での野菜作り。
でも、東北人は粘り強く、それぞれの歩みを続けています。
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  図に示すと問題山積みです。
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復興に向けた重要課題が、被災者の住宅再建。再び津波を受けないようにする方法は主に
(1)山などを切り開いて造成した高台に集団移転する
(2)現地で土地をかさ上げして再建する
(3)自力再建できない被災者向けに賃貸の災害公営住宅をつくる

大体この三通りが、現代階での復興のイメージです。

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 岩手、宮城、福島の3県24市町村で、高台移転用に計約1万8千戸分を造成する計画。だが、造成などの段階に入ったのは、まだ15%だ。現地再建も19市町村で約2千2百ヘクタールのうち、着工認可されたのは13%。災害公営住宅は31市町村で約2万2千7百戸を計画し一部で入居が始まったが、全体では着工段階でも6%にすぎないのです。

進まない理由はこれまでも、具体例を揚げて述べて来ました。
被災自治体もやっと、工事発注にこぎつけていますが・・。下の河北の報道のように、慢性的な建設業の人手不足や資材単価の高騰で受注できない業者が増えているのが現状です。
岩手の場合、指名されても、入札事態に来ない。

震災の年から入札不調は続いています

イメージ 9理由は、「これ以上、受注しても物理的に、もう限界で出来ない」・・。つまり、業社事態の不足があるのです。

 宮城・岩手は11年度から、設計単価の見直しや技術者の配置基準を緩和するなど、制度の見直しに継続的に取り組んできてはいますが、不調入札は減っていなのです。









そして、これからアベノミクスの3本の矢の[公共事業費投入]で、全国の公共工事が一斉に始まれば、被災地は益々、業社不足になるのは必死です。

安倍政権が掲げる経済政策「アベノミクス」

東日本大震災の復興の足を引っ張る−。そうした指摘が、現実になりつつある。被災地では今月以降、集落移転を伴う住宅再建の工事が集中的に始まる。だが、政府が全国の公共事業費を積み増すことで、被災地以外の土木工事が大幅に増える。慢性化している建設作業員の不足がさらに悪化し、被災者の生活再建を遅らせるのは必然的に起きてきます。

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 津波で自宅と夫を失った岩手県宮古市の無職田沢利重さん(68)は仮設住宅で独り暮らし。室内は四畳半と台所だけ。高台移転を希望するが、家を建てられるのは二年後という。「早くしないと消費税も上がる。ここで死にたくない…」。避難生活で体調を崩し亡くなる「震災関連死」は増え続けています。

仙台市などを除き、沿岸市町村は軒並み人口減少が続いています。
岩手県大槌町と宮城県女川町は二年間で20〜22%も減少。

復興を軌道に乗せるため、三県の2013年度予算はいずれも過去最大級で、半分が震災関連を占めていますが。入札不調で執行できなと、また予算が不用額と位置づけられてしまいます。

被災地の産業全体では、復興には程遠いまだ厳しい状況が続いています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【宮城県工事入札不調29% 12年度 人手、資材不足影響】
河北新報  2013年4月26日

イメージ 2宮城県が発注した建設工事の一般競争入札で、2012年度に落札者が決まらず不調となった割合は前年度比6ポイント増の29%に上ることが25日、県のまとめで分かった。東日本大震災後、建設業の人手不足や資材単価の高騰で受注できない業者が増えたのが原因。県は本年度、入札方法を一部見直し、業者の応札を促す。
 12年度に県が実施した一般競争入札の件数と不調の割合の推移はグラフの通り。不調の割合が
30%を超えた月は7カ月に上り、11年度の2カ月より大幅に増加。入札不調が深刻さを増した。年度末期に震災が起きた10年度の割合は3%だった。
12年度に不調となった入札工事を発注額別に見ると、1000万〜1億円が33%を占め、比較的小規模な工事で目立った。1億〜3億円は29%、3億円以上は19%だった。県内7地区別では、気仙沼が38%で最高。登米が36%、大河原が33%、石巻が32%で続いた。
入札1件当たりの参加業者数も減っている。10年度は平均5.8社だったが、11年度は3.1社、12年度(昨年4〜11月)は2.9社となった。応札が1社のみの入札の割合は10年度が10%だったのに対し、11年度は37%、12年度(同)は43%に急増した。
県は本年度、一部の指名競争入札を除く1億円未満の工事で、従来必要だった下請け企業や下請け金額の事前申告を不要とした。入札前に下請け企業が決まらない例が増えているためで、条件を緩和して応札を促す。
県は11年度から、技術者の配置基準を緩和するなど、制度の見直しに継続的に取り組んできたが不調入札は減っていない。契約課は「復興事業を円滑に進めるためにも、できる対策は取っていきたい」と話している。

http://www.kahoku.co.jp/news/2013/04/20130426t11031.htm

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