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昨日の続きです。
鹽竈神社の東参道の東神門を潜ると左手に「舞殿」、その先に「祭務所」、右手には天然記念物の「鹽竈ザクラ」、「なで牛」が見えてきます。更に真っすぐ進んで行くと表参道の「随身門」が左に、本殿への「唐門」が右に見えてきます。
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舞殿
毎年4月の桜の花咲く時期の祭り(しおがまさま 神々の花灯り)で
舞が披露されるようです。
祭務所
右側が随身門の屋根、その右の高い木がご神木の杉の木
国の天然記念物「鹽竈桜」
堀河天皇が歌に詠まれているように平安時代からこの境内に生育していたようです。
昭和15年に国の天然記念物に指定されましたが、枯渇したので一旦指定解除になりました。
その後、挿し木で後継木を育てることに成功し、昭和62年に再指定されています。
「あけくれに さそな愛て見む鹽竈の 桜の本に 海人のかくれや」 堀河天皇御製
天然記念物「鹽竈ザクラ」の石碑
花弁は35〜50枚で縦じわがあり、先端が2〜5の微凹の鋸歯状になっていて
5月初旬に開花すると記載されています。
開運、商売繁盛の「なで牛」
諺に「商売は牛の涎」(商売が牛の涎のように細く長く続くようにの意)とあるように
牛は撫でるとよく涎を出すところから祈願奉納されたと記載されていました。
境内を颯爽と歩く白装束の巫女さん
左から御影石製長命燈籠(一対)、随身門、手水舎、唐門前の阿吽の狛犬
長命燈籠は仙台藩御用米商人の大阪升屋の山片重芳の寄進されたもので、番頭の山片蟠桃が
米の検査の折のサシ米を使って利益を上げて藩の財政危機を救ったと言われています。
3.11の大震災で左右とも最上部の丸いギボシが落下したとのこと。
表参道の随身門内側
随身門の鹿座像
本殿への唐門
次回は唐門の中へ入ります。
写真撮影:2013年月7月16日
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東日本大震災関係転載記事
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東北復興支援の旅の順路は前後しますが、南三陸町の被災地に行く前に最初に立ち寄ったのが 仙台市の東北約16km、塩竈市一森山(海抜50m)に位置する鹽竈(塩釜)神社でした。元々ここには鹽竈神社のみが鎮座していましたが、明治時代に志波彦神社が境内に遷座し、現在は正式名称を「志波彦神社鹽竈神社」とし1つの法人になっています。鹽竈神社の別宮に主祭神の鹽土老翁神(航海安全・交通安全、安産祈願の神)、左宮に武甕槌神、右宮に武甕槌神が祀られています。先ずは緑に囲まれた東参道を進んでいきます。
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「志波神社鹽竃神社」の配置図
東参道の東屋付近
緩やかな石畳、石段を上って行きます。上の配置図の鹽竈神社博物館の上の薄いグレイの道
東参道の鳥居前
東参道の鹽竈神社鳥居
一番上の配置図の現在地のところ
東参道の手水舎前の阿吽の狛犬
東参道の手水舎前の石段 東参道の手水舎
東参道の東神門
東参道の東神門
次回へ続きます。
写真撮影:2013年月7月16日
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昨日の続きです。
登米みやぎの明治村の国重文・旧登米高等尋常小学校の教室に入って疑似授業体験をしてきました。授業の後は懐かしい教科書や教材等が展示されている校舎内を見学してまわり、暫し、明治の小学校にタイムスリップして小学生気分を味わうことができました。
【登米(とよま)の地名の謂れ】
アイヌ語のトイオマイ(遠山の里)が語源と言われています。明治時代は登米(トメ)
トイオマイ→止与米(トヨマ)→止米(トヨマ)→登米(トヨマ、トメ)→登米(トヨマ)
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先生役の登米町教育資料館の女性
臨時に決められた級長が号令をかけ「起立、礼、着席」をしました。
大正初期〜昭和初期の教科書のコピー
国語の教科書を読まされ、疑似小学生体験です。
「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」
再現教室の明治時代の授業風景
教室のこのオルガンの伴奏に合わせ「故郷」を3番まで皆で歌いました。
「兎追いしかの山 小鮒釣りし かの川・・・・」と
教室の教材の日本地図
教室にあった昔のアルミの給食用食器
福沢諭吉の書(実物) 小学校のうつりかわり
当時の教材:尺貫法で記載された日本の山の高さ
「アルプス一万尺小槍の上で・・・」という歌がありましたね。
1m=3.3尺ですから 3,776mの富士山は12,4621尺くらいです。
2階の展示室の足踏みミシンとオルガンなど
2階の展示室の炭火アイロン
東北復興のために作られた
映画「エクレール お菓子放浪記」のポスター
この小学校もロケ地になっています。現在、全国順次公開中
主な出演者:吉井一筆(新人)、早織、遠藤憲一、高橋惠子、林隆三、いしだあゆみ
こちらで予告編が見れます。 → http://www.eclair-okashi.com/index.html
教室に展示してあった
明治21年落成当時の登米高等尋常小学校校舎の写真
昭和48年(1888)まで実際に学校として使用され、
平成元年(1989)より登米町教育資料館として一般に公開されています。
写真撮影:2013年月7月17日
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南三陸の被災地を見学した翌日、登米(とよま)みやぎの明治村の国重文・旧登米高等尋常小学校校舎(登米町教育資料館)に向かいました。登米みやぎの明治村には、この校舎以外に明治時代に建築された県庁、警察署などの洋風・擬洋風の建物が大切に保存されていて、映画の撮影にも使われるなど、明治時代の雰囲気を楽しめる情緒ある町並みになっているようです。残念ながら時間がなく、国重文・旧登米高等尋常小学校校舎だけの見学になりました。実際に校舎の教室の中に入って観光客が生徒になって先生の指示で教科書を読んだり、オルガンの伴奏に合わせて唱歌を歌ったりして昔の授業を疑似体験してきました。暫し懐かしい気分に浸れました。
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登米みやぎの明治村の
国指定重要文化財・旧登米高等尋常小学校校舎(登米町教育資料館)
明治時代の洋風学校建築を 代表する建築物。
明治21 年10月に、宮城県建築技師 山添喜三郎氏の設計・監督で建築。
すべて木造2階建で、正面に向ってコの字型に造られています。 国重文・旧登米高等尋常小学校
屋根は寄棟造りで瓦葺、左端は生徒の登・下校に使用された出入口で昇降口(六方)
上から見ると六角形を半分に切った形になっています。
建物全体のシンボル的役割を果たしている2階バルコニー
右側の昇降口(六方)
廊下から校庭に出る階段が付いています。
2階バルコニー
白いペンキで何度も塗り替えられて着ていますが、明治の雰囲気が漂っています。
当時としては超ハイカラな建物だったのではないでしょうか。
2階から見た校舎右側と正門
廊下は開放された片廊下式になっています。
3.11の大震災で校舎が傾いたり損傷を受けたそうですが、修復されていました。
レンガ造りの正門
ここは校舎を背景にした記念撮影場所になっています。
廊下に吊り下げられた時鐘
実際に大正5年12月から昭和14年3月頃までここで授業の始・終業の合図として鳴らされた
半鐘です。戦時中、登米警察署の火の見櫓の半鐘が強制供出された代替として
この半鐘が使われ、戦後も暫く消防用として使われたそうです。(説明板より)
廊下のガラス窓
一部、明治時代のガラスが残っているそうです。
教室には可愛い机や椅子がありました。
平成元年に保存修復が行われ、教育資料館として明治以後の教育史、各時代の教科書、懐かしい再現教室等が展示されています。次回は教室内の展示物について紹介します。
写真撮影:2013年月7月17日
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今回の東北復興支援の旅の宿は「南三陸ホテル観洋」でした。3.11の大津波では2階の露天風呂が波をかぶった程度で被害は軽度であったため、すぐに住民の避難所として営業を再開し、現在でもボランティアの皆さんの宿泊施設となっているところです。全部で144室あり、収容人員は1300名の陸中海岸最大級の規模のリゾートホテルです。大浴場、露天風呂、コンベンションホール、多目的ホール、小会議室、宴会場、レストラン、カラオケBOX、野外プール等の施設が整っています。今回のツアーは既に定年退職したOB(80歳を超える最長老を含む)と一部家族を含む18名の一行でした。宴会では三陸海岸で水揚げされた新鮮な海の幸を使った料理の数々に舌鼓を打ちました。(一泊二食付で9500円でした。)
写真は全て拡大可です。
宿泊した「南三陸ホテル観洋」
18人の宴会がスタートしました。
宴会の料理一式
真鯛の煮つけ
カレイの唐揚げの野菜餡かけ
刺身4点盛り合わせ
柚子味噌添えサンマ&イカ
白身魚の焼物
海鮮釜飯
魚の蒸し物
野菜、シイタケの卵とじ
このホテルの名物の「アワビの踊り焼」と「ふかひれの姿煮」は残念ながら安いツアーでは出てきませんでした。
こちらで確認できます。→ http://www.mkanyo.jp/ryori/mikaku.html
2Fの露天風呂「かもめ遊」
生憎、曇っていて旭日は拝めませんでした。この写真だけiPhoneで撮影しました。
3.11の時、津波がここまで来たそうです。
次回に続きます。
写真撮影:2013年月7月16、17日
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