東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

東日本大震災関係転載記事

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 これまで大津波に襲われた南三陸町の市街地を中心に見てきましたが、今回は志津川湾の海岸線の漁港の現状も見てきましたので紹介します。海岸線に建設が計画されている8m70cmの防潮堤の工事は語り部の佐藤さんが言うように全く手が付いていない状態でした。
 
 
 
写真は全て拡大可です。
 
 
昨日紹介した高台のベイサイドアリーナから下ったところにある志津川漁港
今は平穏な景色ですが、大津波時は岬を波が越えて押し寄せて来たようです。
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大森崎の前の島
大津波の時、この島はほとんど津波に飲み込まれていたそうです。
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海岸の消波ブロックの対岸は宿泊したホテル観洋
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旭ヶ浦付近の浚渫船(しゅんせつせん)?
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旭ヶ浦付近の魚市場
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主がいなくなった漁船?
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大森町付近の水門
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修復できていない新志津川漁港の防潮堤
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修復できていない新志津川漁港の防潮堤
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八幡川の水門と志津川湾越しのホテル観洋(白い建物)
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国道45号線から見た新志津川漁港
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ホテル観洋からの南三陸町と新志津川漁港の遠望(朝の景色)
真ん中あたりに南三陸町防災対策庁舎の鉄骨がうっすら見えます。その右側の水色部分は
八幡川の水門、左の白い建物は病院
                            ↓        ↓
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ホテル観洋からの志津川湾の海岸線(朝の景色)
このホテルは2階の露天風呂まで津波が来たそうですが、
被害は少なくすぐに営業開始できたそうです。
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次回に続きます。
 
 
写真撮影:2013年月7月16、17日
 (最後の2枚以外の写真はコピーライトを有す。無断転用・転載・複製を禁ず。)
 
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転載元転載元: 牡羊座の独り言 Part2

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 3.11の大津波で被災した南三陸町には被災後、11ヶ月経ってから町内の皆さんのご努力で志津地区に仮設30店舗の「南三陸さんさん商店街」が「サンサンと輝く太陽のように、笑顔とパワーに満ちた南サン(三)陸の商店街にしたい」という思いからオープンしていましたが、それから1年5ヶ月が経ちました。ツアーバスの上からの見学になりましたが、時間が許せば商店街に立ち寄って買い物なり、飲食をしてみたいところでした。平日の夕方ということもあって人影はまばらでしたが、週末には様々なステージイベントも開催されているようです。
 
 
南三陸町の地図
航空写真に切り替えるとまだ3.11以前の状態になっていて正常な町の姿が見れます。
 
 詳しい地図で見る ← 「南三陸さんさん商店街」の位置が分かります。
 
 
写真は全て拡大可です。
 
 
オープンして1年5ヶ月の「南三陸さんさん商店街」(30店舗)
2012/2/25オープン
南三陸町観光協会HP : http://www.sansan-minamisanriku.com/
小売店19店舗、飲食店5店舗、暮らしの店6店舗
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南三陸さんさん商店街
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南三陸さんさん商店街
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国道45号線の津波到達点の標識
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大津波の被害を免れた高台の
スポーツ交流村・総合体育館「ベイサイドアリーナ」
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ベイサイドアリーナの奥に災害ボランティアセンターがありました。
 
南三陸町災害ボランティアセンターのテント
ちょうどボランティアの方々が、この日の作業を終え、宿泊所に戻るところでした。御苦労様
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南三陸町災害ボランティアセンターのテント
テントの中には「絆」の地が見えます。
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 南三陸町の現状色々 
 
 
川の護岸がまだ土嚢のままになっています。
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津波で倒壊した建物の残骸の山
コンクリートの破片が大部分でした。
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津波で流されなかった一戸建て住宅
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階まで津波が浸水した結婚式場の建物
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工事中の復興道路(三陸沿岸道路)・志津川IC
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次回に続きます。
 
 
写真撮影:2013年月7月16日
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転載元転載元: 牡羊座の独り言 Part2

 南三陸町に入って宿泊予定のホテルへ直行し、ホテルのガイドさん(元・南三陸町役場の職員)がバスに同乗して南三陸町の3.11を振り返って赤裸々に語ってもらいました。特に骨組だけが残った南三陸町防災対策庁舎前で語ってくれた部分を動画に収めましたので是非、話を聴いてみてください。(13分位かかり、ちょっと長いですが)
 
ガイドさんの話の要点
  ・大地震で町全体が1m20cm地盤沈下した。
  ・津波を被った土地には一般の住宅を建てることができない規制がある。
  ・一般の住民(3300戸)は集団で高台に分散移転することになって
   いるが、まだ何一つ進んでいない。
  ・津波を被った土地は2m50cm以上嵩上げしてから、道路、公園などに
   するので一般の住民はここには戻ってこれない。
  ・8m70cmの堤防を造る計画がある。
  ・南三陸町防災対策庁舎では、緊急避難のアナウンスをしていた女性も
   含め一緒に仕事をしていた42名が亡くなっているのにマスコミは他の
   女性・男性職員らについては一切報道していない。偏った報道に遺族
   の不満の声がある。
 
 
【動画】南三陸町の語り部が話す3.11
 
上の動画が見られない時はこちらをクリックして見てください。
 
 
写真は全て拡大可です。
 
 
3.11の大津波で被災した南三陸町の現状
左の鉄骨だけの建物が南三陸町防災対策庁舎
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川の護岸の修理がまだできておらず土のうが置かれています。
高台に見える白い建物は津波で被災しなかった小学校と中学校
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南三陸町の語り部・佐藤氏
南三陸町役場に42年間勤務して2ケ月早く、2011/1/31に定年退職し、3.11には
南三陸町防災対策庁舎にいなかったため、危機一髪で高台に避難し運よく助かった方です。
フリーアナウンサー、タレントの生島ヒロシ氏(気仙沼市出身)が同級生
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南三陸町防災対策庁舎前の供養所
42名の職員が亡くなっています。 合掌
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南三陸町防災対策庁舎前の供養所  合掌
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斜め左から見た南三陸町防災対策庁舎の鉄骨
1F:防災専門の会議室(2部屋)、2F:防災無線室、危機管理室
3F:コンピューター室、機械室、職員の防災服・ヘルメット保管室
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左側面から
この2Fが緊急避難のアナウンスをしていた場所
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左後方から
高台に見える白い建物は小学校と中学校
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左側面3F
コンピューターの残骸みたいのがまだ残っているのが見えます。
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斜め右から
この鉄骨を撤去するか残すかはまだ決まっていないようです。
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ガイドの佐藤氏が見せてくれた3.11の写真集
左のページの写真では南三陸町防災対策庁舎の屋上にまだ沢山の人がいますが、
右のページの写真では既に津波に飲み込まれています。
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上の左のページの写真をトリミングしました。
今も残っている南三陸町防災対策庁舎の外側の白い階段が見えます。
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次回へ続きます。
 
 
写真撮影:2013年月7月16日
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 東北復興支援の旅、順路的には、松島、瑞巌寺を先に回りましたが、津波からの復旧、復興が遅れている南三陸町の方からレポートしていきます。松島からは三陸自動車道に乗り、桃生津山ICで降りて北上川下流の柳津大橋を渡って東浜街道(国道45号線)で南三陸へ向かいました。被災地南三陸町の現状を数回に分けて紹介します。
 

 
松島〜南三陸町周辺の地図       

 
 
写真は全て拡大可です。
 
 
三陸自動車道桃生津山ICを出てすぐの東浜街道の付近の稲
この辺りは津波の被害はなかったようです。
イメージ 1
 
 
南三陸町に行く手前の北上川にかかる柳津大橋
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柳津大橋からの北上川
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津波で被災した杉林(陸前横山付近)
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復旧が遅れているJR東日本気仙沼線の陸前戸倉付近の工事現場
線路も枕木も土台も全て津波で流されてしまいました。
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南三陸町の川の水門のそばの建物は傾いたままになっています。
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津波が上流まで上った南三陸町の川
この川に架かっていた気仙沼線の鉄橋はまだ復旧していません。
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復旧が遅れているJR東日本気仙沼線の南三陸町の工事現場
現在、不通区間を代替交通機関のバスが運行しています。トンネルの向こうは清水浜です。
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南三陸町津波被災現場
右の茶色の鉄骨が被災した南三陸町防災対策庁舎、写真の奥が海
津波で被災した土地には住宅の建築ができないため、未だに荒地のままになっています。
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被災した南三陸町防災対策庁舎の鉄骨(右斜め後ろから)
3.11の日、職員の女性がこの2Fで最後まで避難のアナウンスをしていた建物です。
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次回に続きます。
 
 
写真撮影:2013年月7月16日
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転載元転載元: 牡羊座の独り言 Part2

3,11大震災 あえて後ろ向き・・・。

僕は、戦争は知りません。
だけど、
きっと、悲惨な戦争の空襲の時、こんなだったのだろうな・・。
そう思いました。

↓↓広島市。1945年8月6日、8時15分。ただ一発の原子爆弾は、広島を一瞬のうちに焼け野原に変えてしまった。

2011.3,11 
東日本大震災、戦後最大の未曾有の災害が襲った。

















                                                                                                      「もっと生きる筈だった…。
生きたかった筈だった・・・・・・・・。今を…。」

地獄のような光景。

現実ではないウソだと思いつづけた

国道45号が通行できるようになった事を聴いて
安否確認できない友人がいた
友の安否確認のために山田町にクルマを走らせた
道の脇には高くつまれた、瓦礫の山。ずっとつづいていた

自衛隊が次から次へと遺体を運んでいた


























ついたらウソのような地獄のような光景を見た
遺体安置所ではおびただしい遺体が無造作に並んでいた
線香の匂いも異様に感じた




























・・・・・・・・トラックの荷台に
10も20も重ねあげられた
ブルーシートに包まれ冷たくなった魂

すれ違う泥だらけの1BOX
全国からきてくれた葬儀社の方のものだった
遺体安置場へと永遠に続くピストン送

60センチに満たないブルーシート包み
顔だけのもの。身体の一部だけのもの

生後数ヶ月かな・・・。赤ちゃんの亡骸
ホントは沢山幸せになる筈で、沢山笑うはずだった

一瞬にして、全部消えた。


葬儀、火葬が間に合わず県外で火葬した
それでも間に合わず土葬もした

紛れもなく地獄をみた
フル回転する地元の火葬場

知り合いや親戚の多い俺は
何度も何度も
永久の別れを告げに行った

学生だったらしい女の子
寒い、遺体安置所で棺の側で彼女の頬をなで続ける
母が父が居た











隣の焼炉からは彼女と
同時刻に入る筈だった
やはり同じ亡骸がお骨になり
すすり泣く家族に抱かれ帰っていった

順番がくるおうが
静かに優しく愛娘に話かける
母親に俺も含めた参列者
ただの誰一人もが何も言えなかった

そんな事
昨日の事の様に蘇ってくる。


全て津波の黒い波に奪われた。

良く聴いた会話。
「ウチは○月の○日に見つかったから…」
「良かったねぇ…。」
これは亡骸になっても家族の元へ帰ってこれた

そんな会話の一部
不思議な会話だった

そのぐらい
家族の元へ帰れる事すらが
マレな事だった

感覚までもがおかしくなっていた

一歩踏み出すと言う事と
都合よく忘れ、『無かった事』にして
歩くは全く別の事.

あの日を忘れちゃならねぇ。














多くの笑顔が
一瞬で消えたあの日。

多くの思い出が消えた
あの日を
忘れちゃならねぇんだ。。

俺達はもっと先まで背負って行き、
少しでも伝え続けなきゃいけねぇんだ。

あのばぁちゃんが伝えたかった分を

あのおじさんが孫の誕生を楽しみにしてた分を

あの祭好きが
二度と楽しめない分を…

あの赤ちゃんがその先にあった
無限の人生の分を…

もっと生きる筈だった…

生きたかった筈だった
今日を…。














もっと俺達は大切に
生きなきゃいけない。

絶対に…
『無かった事に』
無駄にしては、絶対にいけねぇ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


                                                                                                                                                        そこで、まさに地獄絵を見ました。

三陸大津波ー安否確認できなかった。『その1日目』
2011/3/27(日) 午前 7:09

http://blogs.yahoo.co.jp/sasaootako/60450555.html

つづき、三陸大津波。安否確認できなかった。『その2』 
2011/3/27(日) 午前 8:58


避難所を探しても見つからず、仕方なく遺体安置所に行くことになった。

ブルーシートに包まれ冷たくなった遺体ががおびただしく並んでいた。

棺桶が間に合わず、まともに葬儀した遺族はいない。


戦争ってのを、僕は知らない・・・。

想像で戦争での時、こんなだったのだろうか・・?そう思った。


いまだに、不明者は多くいる。

月命日には捜査が行われているが・・。

もう、骨の欠片が見つかればいいほうです。

DNA鑑定に出しても、身元が分かるのは稀な事です。


そうなんです。

あの亡くなった方の死を無駄にしてはいけません。

僕は今でも
あの寒い体育館での遺体安置所で・・。

遺族のすすリ泣く声、での線香の香りが蘇ってきます。

生き残った僕らは、懸命にそれを伝え、懸命に生きなけばなりません。

転載元転載元: 山と土と樹を好きな漁師


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moriizumi arao
moriizumi arao
男性 / 非公開
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