さらば山丹 長城再び
濃密な別れ
翼朝、村の人々の盛大な見送りを受けて、Tさんのトラックに乗って村を後にした。
旅には別れがつきものとは言いながらも、いざ別れる段になると、感謝やうれしさよりも、つらい思いが先に立ってしまう。
この村には、日本ではすでに失いかけている濃密な人情がまだ残されていた。
昨日一緒に村を案内してくれた、親しくなった若者3人が10キロほど馬でついて来てくれた。こんな見送りは日本ではもう経験することができない。心残りであるが舗装道路に入るところでお別れとなった。
お互いに車と馬から下りて、堅い握手を交わした。ごつくてがさついた手から温かさが確実に伝わってきた。テレビの旅行番組的な別れだった。
この濃密な感情をもった青年たちをすっかり好きになった。
精一杯感謝の気持を伝えたが、今の私にしてあげられることは、せいぜい旅の貴重品として持参してきた、3色ボールペンを進呈することぐらいしかない。物で気持を表すことは私流ではないが…。若者たちがとても喜んでくれたことが、せめて心の救いになった。
こんなに心の交流を大切にする集団ならば、昨今の日本で悩みの種になっている「いじめ」などで頭を抱えることは絶対にないだろうな〜と確信した。
発展途上国を旅していると、日本ではすでに失われてしまった感情や人間関係と出会うことが多い。そんな時にいつも思うのは――大切なのはこころの豊かさだ、ということだった。
祁連草原から再び回廊へ戻った。河西四郡第二の都市、張掖まではまだ2時間かかる。
回廊に入ってまもなく、万里の長城がぼんやりと姿を現し始めた。
最初に見えてきたのが漢代の長城だ。次第に輪郭がはっきりしてくると、崩壊が進み、しかも砂に埋もれかかっているのがよくわかる。何せ2000年の風雪にさらされてきたのである。自分の目の前に存在しているだけでも不思議なくらいである。偉大さを感じ、尊敬の念が湧き上がってくる。この長城は、長い年月の間にどれだけの人間や歴史を見続けてきたことだろう。ぜひ、語ってほしいものだ。
痛みがかなり激しいが今なお歴史の悠久さを見せてくれる漢の長城
やがて、漢代の長城の背後に明代の長城が見えて来た。、まだ形がしっかりとしている。漢の長城を目の当たりにしてしまうと、明の長城はあまり歴史を感じなくなってしまう。昨日バスで同席になった武威の中学教師が「あれは明代のものです。歴史的な価値はありません」と言った言葉が浮かんだ。
手前の崩れているのが漢の長城、後方が明の長城
兵士の駐屯所跡
切れ切れに姿を見せる長城に目を凝らし、シャッターを切りながら、西へと向かう。 長城沿いに羊の放牧風景が目立って多くなってきた。長城側に目を奪われていたが、ふと左手の祁連山脈側の草原を見ると、みごとな緑の草原に、白い点が無数にちりばめられている。
道路を横切る羊の群れに車を止められたことが何度もあった。羊はいつも悠々として道路を横切ってゆく。しかし、ラクダはまだ姿を現さない。
本日のシルクロード美人
美人村で出会った女性たちの中でどことなく心に残ったのは、この女性でした。
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