東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

シルクロード2万キロ一人旅

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歓迎会の前に遊牧民の村を馬でひと回り

 みんなが集まって歓迎会をしてくれるとのことだ。
 見知らぬ私のためにこんなに親切にしてくれるなんて!
 感謝感激!
 昔からシルクロードでは、旅人を大切にするよき伝統があるが、
 この慣習が今なお残っていることをあちこちで実感しました。
 それにしてもうれしいな〜、
 準備が整うまで時間があるので、二人の青年が村内を馬で案内してくれることになった。
 集落の人口は千人程度だが面積は広大です。
 とても徒歩で回りきれる距離ではありません。
 草原では、馬が重要な足なのです。
 私には希望の白馬を貸してくれました。
 
 
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  正装に着替えた青年たちが村を案内
 
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  白馬に乗って村を見て回る。
  記念なんだからもう少し大きく撮ってほしかったな… 
 
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                 まず小高い丘へ上って村を一望

 

テント式住居パオ

 日干しレンガの家も少しあるが、たいていの家はテント(パオ)だった。
 
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        レンガの家は少ない。
 
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                     テント(パオ)が多い。
 
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                   村役場的なテント  
     ここにはワゴン車があり、やはり赤地の中国国旗がたなびいていた。

 
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        チベット系住民のパオ              裕固族系住民のパオ

 
  この草原は草が豊富なので遠くまでの移動の必要はないが、
  「長年住み慣れているのでパオのほうが落ち着く」と語る。
 
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           Tさんの家もパオだ。


 
 
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        見学中に雨が降って急遽近くのパオで雨宿り。  
        雨宿りしたパオの子供たち。
 
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        雨上がりの空にはきれいな虹がかかった。

 

働く女性たち

馬に乗って放牧
 
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 女性も馬に乗って羊の放牧を行っている。
 遊牧民では、女の子でも小さい時から馬に乗る訓練を受ける。
 何せこの広い草原では馬に乗れなくては行動範囲が著しく制限されてしまう。
 こうして馬で回っているとそれを強く感じる。
 これからさらに西に向かって草原や砂漠地帯の旅を続ける私にとっては、
 馬はラクダやロバとともに貴重なパートナーである。

 
羊毛の運搬
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  男たちが刈り取った羊の毛を集積所まで運ぶのは女や子供たちの役目
                   
敷物つくり
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 羊毛で敷物を作っているところ。彼女は民族衣装に着替えて歓迎会へやってきた

 
調理や乳製品作り
 
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     調理をしているハザフ系の女性             バター作り
          

祁連草原の美人たち

   
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 名前を訊いてカタカナとひらがなで書いてあげると、「宝物」と言って喜んでくれた。
     こんな景色がよくて人情のある土地にしばらく滞在したくなった。
     しかしいざ長く住むのは大変なのだろうな〜。 
 
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民族衣装を着たTさんの子供たち。 はにかんだ表情がとても可愛いい。

祁連草原遊牧民の人びと1

Tさん一家

 Tさん宅に着くと、奥さんが祐固族の民族衣装で出迎えてくれた。
 なかなかの理知的な美人だ。
 「この村に日本人が来るのは5年ぶりなのでみなさん大歓迎ですよ」と、笑顔で握手に応じた。
 西部ユグル語を使うのかなと思っていたが、Tさんと同じく中国語だったので、すぐに会話になった。
  
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         Tさんの奥さん(実物は写真よりもっと美人でした)                    
 
 Tさんと奥さんは二人とも山丹軍馬場に勤めていて知り合って結婚した。
 いわゆる職場結婚なのである。
 Tさん自身は漢民族だが、奥さんは裕固族で、彼は婿養子に入ったとのことだ。
 こんな美人じゃ仕方ないか(笑)
 そのため「一人っ子政策」は厳密には適用されない。彼には男女一人ずつ子どもがいる。
 家庭では、基本的には中国語で会話しているので、
 Tさん一家は中国語も裕固族の言葉(西ユグル語)も話せる。

 Tさんの小さい息子はなんともかわいいな〜。
 
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                          長男
 
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                          長女
 
 Tさんの奥さんの母は、家の近くの草原で近所のおばあさんとのんびりと話をしていた。
 
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 私が近づくとポットからヤクのバター茶を出して勧めてくれた。
 バター茶は、水の中で茶葉をつぶしてよく煮詰めた後、バターと塩と牛乳を入れて混ぜ合わせて作る。
 チベットで初めて飲んだときには、ミルクティー感覚で、砂糖のほうがいいなあと思ったが、何度も飲んでいるうちに、塩味にすっかり慣れてしまった。
 
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          歓迎の集いのときおめかして現れた奥さんのお母さん、
             。
 
裕固族語を教わる
 この集落の人たちは、たいてい漢語と裕固族語を話す。
 裕固族には、文字はないが、独自の言葉は残っている。
 奥さんのお母さんは「このごろは家でみんな中国語しか話さないのでさびいしいよ」と言いながら、裕固族語を教えてくれた。
 
 「こんにちは」は『チセンシ』  
 「美味しい」は『ホラル
 「1はネグ、2はグル、3はグルワン、4はタルベン、5はタベウン……」
 
 お母さんによると、この村には、Tさんのような漢族のほか、
 裕固族(ユイグー族)、チベット族、回族、ハザフ族など10ほどの少数民族が住んでいる。
 昔はたいてい仏教徒だったが、今は逆に大多数が回教徒とのことだ。

 
 次第に漢族の比率が高くなってきているそうだ
 この傾向は、チベット自治区、新疆ウイグル自治区、寧夏回族自治区、内モンゴル自治区などの、どの自治区にも言えることである。
 着実に漢人支配が進んでいることが肌で感じられる。
 中国の場合には、民族融和というよりも“支配”という言葉が当てはまるような気がする。

 
 長い年数を経て、結婚などで区別があいまいになり、少数民族同士では民族を意識することはあまりないとのことだ。
 わずか千人足らずの人口で、しかも比較的閉ざされた村に、
 これだけ多くの民族が住みついているのは珍しいケースではあるまいか。
 恐らく、近くにある山丹軍馬場で働く人が多いためであろう。

裕固族村の美人たち
今日も最後は、村の美人たちをどうぞ
 
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祁連草原の朝

 [24日目]
 
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 早朝、焉支山のご来光を仰いでから、その足で山を下った。
 登山口に停めておいたトラックに乗って、祁連草原をひた走りってTさんの村へ向かう。
 海抜2000メートルの草原のすがすがしい風をいっぱいに浴びて、心も体も爽快だ。
 
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 草原の沼の周りにでは牛がのんびりと草を食み、その周りを水鳥が舞い遊ぶ。おそらく白鷺であろう。
 牛と白鷺がのどかに共生している光景を
八重山諸島の黒島でも眼にした。だがこの光景とは、スケールと雰囲気がまるでちがう。
 
 あちこちで羊の放牧が行われている。
 羊飼いが馬に乗って上手に羊をコントロールしている。
 その近くで裕固族の娘さんが花咲く草むらに座って羊をのんびり見張っていた。
 何とものどかで、せせこましい日本を永久に離れて、ここで暮らしてみたいとさえ思えてくる。
 
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         草むらに座って牛を監視する娘さん こんな生活もありだな〜
 
    
 前日見学した山丹軍馬場の脇を通って少し下ると、
 彼の指差す遠方の眼下に、Tさんの村が見えてきた。
 村は山肌を背負うようにして家が集まっている。
 
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遊牧民流熱烈歓迎

 さらに下ると大勢の人々が馬に乗ってやってくる。
 何だろうと思っていると、Tさんはすぐさまそれ察知して、
 「あなたを迎えに来たのですよ」と、ちょっと得意げに微笑んだ。
 いつの間にか、連絡していてくれたのだ。
 全く想像すらしていなかったので、思わず胸が熱くなった。
  
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 大勢の男たちが馬で出迎えるのが、遊牧民の最大級の歓迎だと聞いたことがある。
 日本ではとても考えられないことだ。
 いや、近代化が進んでいる中国でも考えられないことだ。
 客を大切にするシルクロード民族のよき伝統がまだ遺されていることに感激した。
  ――この後の旅の中でも、天山北路や中央アジアでもこのような歓迎を体験した。
 
 以前、NHKテレビ「シルクロード」で――
 大勢のカザフスタンの遊牧民族がまるで攻めかかってくるような猛スピードで馬を走らせて、
 NHKと中国の共同取材班を大草原の中で迎え入れるシーンを見たことがあった。
 迫力の点ではちょっと違うが…、これを地で行くシーンだ。
 近づいた若者たちが何か話しながら近づいてくるが、ほとんど分からない。
 いわゆる地元言葉だ。ただ表情を見れば歓迎振りはすごく伝わってくる。 
 
 
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 彼らは、我々の車を取り囲み、ガードするようにようにして馬を走らせる。
 遙か昔も、賓客やキャラバン隊をこのように盛大に出迎えたにちがいない。

 村の入口へ着くと今度は女性たちの歓迎だ。たくさんの女性たちが民族衣装で出迎えてくれた。
 これにはますます感激!
 
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 見ず知らずの私にどうしてこんなに親切にしてくれるのだろう!?――
 嬉しさいっぱいだった。
 
 それにひきかえ 中国政府は、
 どうして、このような親切で純朴な遊牧民にひどい対応を取るのだろうか!?
 
 この記事を書きながら、尖閣列島問題に対する中国政府の傍若無人な対応や、陰で反日感情をあやつっているやり方に憤りを感じている。
 こんなことを書くとちょっとまずそうだな…

 

まあ 最後は裕固族の美人で締めくくりましょう。\(^o^)/

 
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                    ちょっと日本人的ですね〜
 
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                    美人姉妹でした。

 
 この後の2回の記事にもさらに美人が登場しますので、おたのしみに〜(^o^)。
 
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風光明媚 焉支山森林公園
 
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 あのきれいな焉支山に登って景色を眺めたらさぞかしきれいでしょうねと言うと、
  Tさんは「きっとそう言うと思いました」と笑顔をむけた。
 さすがに読まれていたなと、心の中でほくそ笑んだ。
 「焉支山は今は森林公園になっていて、登山道も整備されているのですよ。登ってみましょうか?」と先回りして提案してくれた。中国人はいったん信頼関係を結ぶと、信義に厚い。
 「もちろんぜひ登りたいです」と答えると…、
 今日はTさん宅の宿泊だったが、予定を変更して明日宿泊する旨を自宅へ連絡してくれた。
 
 

焉支山登山

焉支山登山口へ到着 
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 登山というよりも石段上りだ。
  
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黄山の急な石段を思い出した
 思わず思い出したのが、18年前に足を棒のようにして苦しみながら登った、「黄山」の石段だった。
 黄山は急な石段が全部あわせるとで6万段ほどあり、まだ若くて健脚を自認するわたしにとっても予想以上に厳しかった。
 
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                  黄山は急な石段が延々と続く。 
 
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                絶景かな! 黄山
 
 
 黄山と比べれば、焉支山は段数、傾斜ともに格段に楽だった。

焉支山森林公園の美景

 ここは焉支山森林公園と名づけられるだけあって、
 道の周りの森の木々や間から垣間見える風景がすばらしい。

 道端の色とりどりの花々、渓流や滝、ときどき木々の間から見える山々も美しい。
 
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                       焉支峡

 
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                       お花畑
 
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中国人観光客とカメラマン
 「中国人の観光客も来るようになりました。数年前まではほとんど人の姿は見かけなかったのですが… 」と、Tさんはいう。
 プロのカメラマンも何人か来ていたし、アマチュアの人たちも熱心に撮影して
いた。
 
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      横顔もかわいいが… 斜め顔のほうがもっとよかったかな〜

 

焉支山頂上と钟山寺

 3時間ほど上ると、お花畑の向こうに 頂上にある钟山寺が見えてきた。
 
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 境内に入ると、たくさんの人びとが踊りの練習をしている。
 数日後に、このお寺のお祭りが行われるという。
 
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 その日は、钟山寺の宿坊で泊めてもらいました。
 裕固族の娘さんが民族舞踊を披露してくれました。

 
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         華麗な舞を披露してくれた裕固族の女性


 
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      暮れ行く夕日に照らされた钟山寺は神々しい佇まいを見せていた 
 
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  山頂からのご来光を合掌して迎えた。 どこか宇宙の神秘を感じさせた

 
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べにばなのふるさと焉支山(えんしざん) 
 ここには匈奴の哀歌が残る。
  漢と匈奴との風雲急を告げるような激しい戦いが繰り広げられた丘陵には、
  今も菜の花に混じってべにばなが丘陵を赤く染めて咲いていた。往時を偲ばせてくれる光景である。

べにばなのふるさと焉支山

 [23日目]
 私には山丹軍馬場のほかもうひとつ、訪ねたい場所があった。
 それは焉支山(えんしざん)だ。
 23日目は、軍馬場からそのまま焉支山に向かった。

 
匈奴の哀歌を偲ぶ
 紀元前、回廊を支配していた匈奴は、焉支山一帯に陣を構えていた。
 
「あれが焉支山です」とTさんが指さす方向には、山というよりも、小高い丘が連なっていた。
 焉支山は口紅(こうこう)山とも言われている。
 
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     べにばなが平原や焉支山の裾野をほのかなオレンジ色に染める。
 
 「あの山には、古代の女性たちがつけた紅が取れる植物あったそうです。ほら、唐代の美人画に見られる口紅、あれです。このあたりは牧草地に恵まれ、遊牧民族の匈奴にとっては、格好の生活の場であったはずです。焉支山と匈奴の深い結びつきを物語るエピソードは中国文学にもいくつか描かれています」
 とTさんは言う。
 
 「王昭君の逸話は私も知っていますよ」と応えると、
 「あなたは日本人なのに詳しいんですね」と感心したような顔を向けた。
 
\¤\᡼\¸ 11   王昭君の逸話を簡単に紹介すると――、 
紀元前の漢の時代、時の権力者が匈奴との融和政策をとった時代があった。
 宮廷に王昭君という19歳のうら若き女性がいて、政略結婚で匈奴に嫁いでいった。
  その時、王昭君とともに付いて行ったお目付け役は彼女にこうささやいた。
  「あなたはあくまでも漢民族です。嫁いでも焉支山の紅でほほを染めてはいけません」
 
  この言葉は、焉支山で採れる紅で化粧することがいかに匈奴独特の風習であったかを物語っている。
  王昭君はどう答えたと思いますか?
  「匈奴に嫁げば私は匈奴の人間です。紅を塗ることをどうして拒否することが出来ましょうか」
   これは現代の中国の作家曹禺氏の作品の一説である。
                           王昭君の故郷・西陵峡の入口「香渓(こうけい)」に立つ王昭君の像              

 
  そして彼はこう書いている。
  ――そして、この山から匈奴を追い出したのが霍去病なのです。
  この地から去るときに、匈奴はひとつの歌を残していきました。
  それを読めば、匈奴がいかにこの地に深い愛情をよせていたかがわかります。

 
  亡我祁連山  使我六畜不蕃息   我レ祁連山ヲ亡クシ、我ガ六畜ヲ蕃息セザラシム
  失我焉支山  使我嫁婦無顔色   我レ焉支山ヲ無クシ、我レ婦女ノ顔色無カラシム
 
  「祁連山を奪われて、牛や羊とともにする生活を失った。また焉支山を失い、娘たちが化粧する紅も もうない」

  この詩は、とても意味の分かりやすい哀しみの歌である。
  失った二つの山――「燕支」は娘たちが化粧に使った赤い紅を、
  そして「祁連」は天を意味する匈奴語であったという。
  匈奴は文字を持たない。この歌は、口から口へと歌い継がれていったのだという。
   
  私は、この歌を若いときからなんどもかみ締めてきた……
  まさに先住民が新しい勢力に追われる姿そのものである。
  しかしながら、匈奴とてさらに先住民の月氏を遠く西方に追いやったのである。
  歴史は繰り返される。 
  興亡の歴史は新しい勢力によって語られ、追われた先住民が悪人として描かれ、追い払ったり、滅ぼした勢力が善として語られる。わが国の大和朝廷による蝦夷や熊襲の征伐、アメリカにおける白人とインディアンたちとの関係にもその姿を見ることが出来よう。しかしながら、それを道理として割り切るべきではないと思う。
――それが摂理と思って割り切ればなんということはないが、そこには常に憐憫の情が働いてもいいのではないだろうか。それが人間の人間たる所以のような気がする。
 

べにばなのふるさと焉支山

 焉支山の丘陵には、風に揺れる菜の花畑に混じって、べにばな畑が丘をオレンジ色や赤苦染めている。
 
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                 べにばなが山肌を淡いオレンジ色に染めている。
 
 
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そのべにばなを摘む若い娘たちに匈奴の娘たちを見た。
     
\¤\᡼\¸ 5   \¤\᡼\¸ 6
 匈奴の娘たちはこんな感じだったのではないだろうか……、
 なんとなくそんな気がした。


 
[コラム]焉支山(えんしざん)
 山丹県の県城.東南50㎞にある。臙脂山ともいう。臙脂とはほお紅のこと。
 漢の武帝の時代、この辺りは、霍去病と匈奴との死闘の舞台であった。
 『史記』に言う――
 「漢は霍去病に一万の騎兵を統率させ、
  隴西から進発し焉支山を過ぎて一千里あまりの地点で匈奴を攻撃させた。
  首級と捕虜の騎兵あわせてを一万八千余を得た」。

 
  匈奴はこの敗戦で、祁連山と焉支山を失い、遠く北へ追われたが、
  この戦いについて匈奴側は痛切な悲しみの歌を残している。
  祁連山は水豊かにして緑濃い理想の放牧地であった。
  さらに焉支山はほお紅を作るベニバナの生えている場でもあった。
 

 
  
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本日のシルクロード美人
 
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                                      映画「王昭君」のパンフレットより
 
 
 
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