| シルクロードの曲を聴きながら記事をお楽しみください。 |
フレンドリーで陽気で親切人びと
初めてのイラン訪問の第2日目は、田園地帯のホテルに宿泊しました。
何せあまり良いイメージを持っていませんでしたので、他の国とは違ってかなり警戒していました。
翌朝、ちょっと様子を見ようと思い、恐る恐るホテルを出てみました。
何せ“イランは不気味な国”というイメージがあるからです。
ホテルの周辺は一面、綿花や豆の畑が広がり、朝陽がさんさんと注いでいました。これで、いくらかは気持ちがやわらいだのですが、それでもちょっと構えていました。
ところが、ホテルを出たとたん、明るい色の民族衣装のようなチャドルで身を包んだおばさんが
「サラーム(こんにちは)」と、ニコニコして声をかけてきたのです。
予想外のことにびっくりしました。むしろ衝撃的だった―― と言ったほうがよいでしょう。
ちなみにイランでは、「サラーム」と挨拶すれば、どの時間帯でも通じることが後でわかりました。
なにせ、初日の聖地マシュアドでの、「物言わぬ黒いチャドルの女性たち」の印象が、あまりにも強かったからです。
ガイドブックで覚えたての「サラーム」と応ずると、
「アズ コジャー?(どこから来たの?)」と訊いててきます。
「アズ ジャーポン(日本からです)」と答えると、
「ジャポニ! ジャポニ!(日本人よ! 日本人よ!)」と言って、近くにいる人を手招きするではありませんか。すると その辺で井戸端会議をしていたおばさんたちや子供たちがもの珍しそうにどっと駆け寄ってきたのです。その瞬間、シルクロードの人々はどこでも陽気だな〜と、警戒心が一挙に吹き飛んでしまいました。
おばさんたちは、私がペルシャ語(イランの公用語はペルシャ語)が分かると思ったのか、
どんどん話しかけてきます。しかし、こちらは、ちんぷんかんぷん。
何せ、必要最小限度の会話や単語だけ手帳に写しての会話なのですから……、分かるはずがありません。
「ネミファ マム(わかりません)」とあわてて手振りをしましたが、お構いなしにお話続行です。 これにはまいりましたね〜。うれしい悲鳴です。
オバサンたちときたら、まことにたくましいのです。
子供たちは、デジタルカメラが珍しいらしくて、
指差して「イーン チェ(これなに?)」「イーン チェ」と盛んに訊きます。
日本語とも英語ともつかない発音で「カメラ」と答えると、わかったらしくて、
わいわい言いながらポーズを取って並びましだ。本当にかわいい子供たちです。
別れるときに「ホダー・ハーフェズ(さようなら)」と言ってにこやかに手を振ると、
おばさんたちも子供たちも盛んに手を振って「ホダー・ハーフェズ」と何度も叫びました。
何だかテレビの旅番組での別れのシーンのようでしたた。
これが、イランの人たちとの楽しい交流の皮切りでした。
これで、イランの人々に対する警戒心が大分薄れました。
フレンドリーで親切な人々
朝の散歩をしていたら、迷子になっていると勘違いしてホテルまで無理やり送ってくれました。
朝の散歩の時、中年男性が「食事はしましたか」と訊いてきました。「まだです」と答えると、お金がないと思ったらしく、家族のために買って来た大きなナン(パンの一種)を全部渡そうとしました。丁重に断ると「私はあなたを助けたいのです」と言って、私の額にキスをして、今度はお金を手に握らせてくれました。財布の中のドル紙幣を見せると、安心したようににっこり笑いました。
とにかく親切な人が多いですね。50〜60年前の日本の良さがまだまだ存在していてうれしくなりました。
ある日、かご盛りで梨を売っている果物屋さんで、「2個売ってくださいと」と頼んでみたが通じません。すると、どこからともなくイラン人が近づいて来て、「どうしたの?」と英語で訊いてきました。事情を話すと、「いいじゃないか。彼は日本から来ているんだぞ。ひとかごも買えないだろ? 半キログラムで売ってあげなよ!」というようなことを言いながら、果物屋とかけ合ってくれました。
おまけに「イランと日本の親善だよ」と、豪快に笑ってお金まで払ってくれました。
テヘランの朝の公園で、大勢で体操しているのを見ていると、その中に日本で働いていた人が2名いて、皆に私を紹介して仲間に入れてくれました。
わたしに号令の順番が回ってきたので、「イチ、ニー、サン、…」と日本語で発声すると、ドッと好意的な笑いが起こりました。
とても和みました。
夜に、イスファハーンの有名なハージュ橋を渡っていると、4人連れの家族と出会いました。男性が懐かしそうに「日本の人ですか?」と流暢な日本語で話しかけてきたのです。おもわずびっくりしました。
彼は日本で7年間働いた経験があり、その時にコロンビアから来ていた奥さんと知り合ったとのことです。
「久しぶりに日本の人とお話がしたいので、自宅へ来ませんか?」と誘われましたが、先に誘われていた高校生のジャビル君の家に向かう途中だったので、やむなくお断りしました。「では明日は?」と、訊ねましたが、スケジュールが詰まっているので、とても残念でした。
彼は「また日本に行きたいです。でもビザが取れない。あなた達は日本に帰れていいですねー」と悲しい目をしていました。その目がとてもが心に残っています。
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