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楽しさいっぱいのバザール
私がシルクロード諸国を旅していて、いきいきとした時間を過ごせるのはバザール(市場)の存在がとても大きいのです。どこのバザールも、大勢の地元の人たちの中に外国人観光客も入り混じって、いつも賑わっています。
「バザール」という言葉はアジア各地で使われていますが、本来ペルシャ語なのです。 イランのバザールの歴史は古いです。
伝統的なバザールは、レンガを組んで造られた「ドーム状」になっていて、このドームが一列にいくつも連なっています。このドーム状の屋根が、夏の暑さや熱砂、そして冬の雨風を防いでくれます。
バザールの入口と外観
ウルミエのバザール
バザールのドーム状の屋根
バザールの内部
窓がないので、どこのバザールも薄暗く、細い通路が網の目のように張り巡らされていて、まるで迷路のようです。気をつけないと迷い子になってしまいますよ。ドーム状のアーケードのところどころに、中庭のような広い空間が現れます。この空間の天井の先端には穴があいていて、明かり採りの役目をはたしています。そこから光が射すので明るさを感じ、ふと気分がよみがえってきます。なんだかオアシスのようです
バザール内のキャラバンサライ(隊商宿)
その間をぬうようにして、店員たちがたくさんの商品を、キャリアーに積んで押したり、積み重ねて持ったりして、せわしく店へ運んでゆきます。
通路の両側には、奥行きも狭い小さな店がぎっしりと並んでいて、店からは活気のある呼び込みの声が聞こえてくてきます。思わず雰囲気に溶け込んでわくわくしてしまいます。店員たちの目は輝いています。すごく生き生きした気分になってしまいます。これがバザールのよいところですね〜
バザールへ来るといつも生気をもらいます。
バザール内は区画整理されていて、同じ商品を扱う店が同じ区画に集められているのです。買う側にとっては商品の比較が出来て便利です。大体の店では壁から天井までぎっしりと商品が置かれています。狭いスペースになるべく多くの品物をならべることがバザールでの商品陳列方法らしいです。食品、衣料、食器などの家庭的なものから、宝石、時計、手織りのペルシャ絨毯などの高級品まで取り扱われていて、庶民感覚と上流感覚が交じり合った面白さがあるのです。
洗練された日本のアウトレットやスーパーではとても味わえない「生の味」をとことん味あわせてもらえます。 では、続きをお楽しみに ( ´∀`)/~~
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シルクロードの情景
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高校生のお宅を訪問
水タバコを吸い終わると、高校生のジャベリ君は「僕の家に来ませんか?」と誘った。イラン人の家庭をぜひ見てみたいと思っていたので、すぐさま誘いに乗った。ジャベリ君宅へ着いたのは夜11時20分だった。日本では考えられない時間だ。夜遅いにもかかわらず、家族5人で歓迎してくれた。けっこう高級そうなマンションだった。
父は技術者で、イギリスでの仕事の経験があるとのことだった。お母さんは真っ赤なブラウスを着ていて、もちろん被り物はつけていない。家の中ではイラン女性は変身するという現実に始めて出くわした。 チャドルやマグナエは一種の外出用の制服のようなものなのだ。兄は大学生、妹は中学生だった。部屋に入った瞬間、ジャベリ君の家庭は中流以上の家庭だとすぐわかった。イラン家庭には珍しくソファーの生活で、パナソニックのテレビが置いてあった。ジャベリ君は誇らしげにそれを指差した。日本製は韓国製より高級品として扱われている。 1時間くらいお邪魔して「帰ります」というと、全員が握手を求めてきた。ジャビル君は「送って行きます」と言ったが、「大丈夫!」と断って、独りで戻った。見送ってくれたジャベリ君は、たった数時間のお付き合いなのに、とても名残惜しそうだった。メールアドレスを教えてくれたが、私が当時メールをやっていなかったので、メールを開始してから送信したが、先方のアドレスが変ったらしくてつながらなかった。まことに残念!
イランの子供たちは、他のシルクロード諸国の子供たちと同じように、豊な感情を持っていると感じた。 ハージュ橋の通行も昼並みに多い。
橋の上で「サラーム」と声をかけると、たくさんの人が集まってきた。そこでまたまた夜中の交流が開始された。昼間には写真の撮影を断る、黒いチャドルのおばさんも夜は大胆になり、自ら撮影の環に入ってきた。
一般社団法人「みちのく巡礼」ホームページ (クリック)
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古都イスファハーンでいろいろなことを体験します。いったんホテルへ戻って、食事を済ませると、イスファハーンの街へと繰り出しました。
何せイランの京都ですから、バッチリと夜のイスファハーンも堪能しなくちゃ…損ですからね。
まず、ホテル近くのハージュへ。
この夜のことは詳しく書くと3日分以上かかるので、大幅にまとめました。 華麗なハーjunジュさんはし イランの古都イスファハーンのザーヤンド川に架かるハージュ橋は二層構造の橋で、現在一般の人びとの通路になっている2階のテラス部分は、昔は王と家族のための、夏の《避暑の宴場》として使われました。
夜に訪れてみると、ライトアップされて幻想的な雰囲気を醸し出している。橋の一階は、チャイハネ(喫茶店)になっていて、そこで多くの人びとがチャイ(紅茶)を飲んだり、水タバコを吸ったりしながら会話を楽しんでいた。
ゆっくりと川の眺めていると、少年が「写真を撮ってくれませんか?」と、英語で話しかけてきました。ジャベリ君という高校1年生でした。塾の帰りだそうです。イランにも塾はあるのか、と驚きました。
上流階級は、かなり教育熱心なそうです。
少し話した後で、私がチャイハネを指差して「水タバコを吸いたいのですが…」と言うと、「案内しましょう」と言って、橋の下のステージにあるチャイハネ(喫茶店)連れて行ってくれまし4た。
煙はマイルドでやや甘みがあり、フレーバーティーのような口当たりです。これなら女性も子供も吸えますよ。香りを楽しむ一つの道具として捉えると、水タバコというのは優雅でなかなかいいものです。 一つのフレーバーで大体30分くらい楽しむことができます。水タバコを吸いながら、わいわいとさわいで異国情緒を十分味わいました。 一般社団法人「みちのく巡礼」ホームページ (クリック)
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イスファハーン3日目です。今日はたくさんの人たちとの生々しい交流をお伝えします。
イマーム広場だけでなくチャヘル・ソトゥーン宮殿やマスジェデ・ジャーメもよかったので後日紹介します。
[本日のシルクロード]修学旅行の生徒たち
あちらこちら集まってきて、大学生から小学生まで英語で話し掛けて来ます。
イラン08-3で交流振りを書いたので、ここでは詳しく述べませんが、日本の子どもたちにもこれほどの目の輝き、元気、人懐こさガあったら…と、うらやましかったです。 ひとりになって、ゆっくりとあたりをみまわします。 子どもたちが楽しそうに魚とりや水遊びをしているのです。思わず〈えー! ここは世界遺産だよ〉と思いながら近くへ寄ってみると,取れた魚を誇らしげに見せてくれるのです。
なんともイランらしいおおらかさですね。微笑ましささえ感じてしまいました。こんな光景を見ていると、〈何が大切なんだろう?〉と考えさせられてしまいます。
楽しい交流で夢中になっているうちに、少し太陽が傾いて赤みを帯びてきました。それがブルーの大ドームに照り映えて渋い光彩を放っています。 アリカプ宮殿のバルコニーも夕日で赤く染まっています。今日はホテルを確保してあるので、この雰囲気にゆったりと浸っていました。
夕暮れのピクニック
夕暮れが近づくにつれ、観光客でにぎわう広場に、市民が三々五々集まってくるではありませんか。芝生に敷物を敷き、みんなで弁当や菓子を広げておしゃべりに興じています。さながら遠足のよですだ。もしかしたら、遊牧民の遺伝子が、彼らを草上へと誘い出しているのかもしれません。
三人の子どもと姪の親子を引き連れたソマイエ・ハシャミアンさん(42歳)の家族です。近づくと、何のためらいもなくごく当たり前のようにおやつの甘いお菓子を差し出すのです。
「暑い家の中で食事するよりもいいでしょ…」。
週に一、二度は家族で必ずここに来るのだそうです。 長男のラフマン君(22歳)はイスファハーン大学の二年生で、兵役を済ませてから入学したと言います。将来はエンジニアをめざしてます。
サッカーが大好きで、ワールドカップ予選の日本対イラン戦の話をすると目を輝かせていました。
次男のマスード君(18歳)は、車の整備士。昨年から働いています。 夢は自分の車を買うことです。車種はベンツか、ルノーがいいといいます。
日本車のマキシマもいいが、高くて手が出ないとのことです。
国産車は? とたずねると、首を横に振りました。予想された答えでした。 何せ、40年近くにわたって生産していた国産車「ペイカン」生産中止となったばかりなのです。今(08年当時)、イランでは、プジョーやルノーをはじめ、外資系とのライセンス契約による自動車生産計画が拡大しているとのことでした。
イランの若者はバイクと車に関心が高いのですがが、まだまだ所有している人は少ないという現状でした。 長女のラージェさん(16歳)は高校一年生。
夢は医者になること。
心臓外科の医者になって多くの人びとを救いたいと、目下猛勉強とのことでした。 女性の志望で多いのは、医者とエンジニア、通訳などのようです。
そしてソマイエさんの姪、マザヘリさん(21歳)とその長男アリちゃん(4歳)。やんちゃ盛りのアリちゃんを、マザヘリさんがしっかり抱えていました。
ソマイエさんにご主人のことを聞いてみた。
ご主人は、偶然にも、午前中にゲイサリエ・バザールで出会った細密画の職人、エファト・ハシャミアンさん(四八歳)だっでした。マザヘリさんのご主人も同じ工房で働いていた人だった。 もう午後8時だが、彼らはまだ仕事中なのだそうです。こちらに来るのは何時ころかと訊きますとと、いつも九9時を過ぎてからだとのことでした。
そういえば、周囲の他の家族を見ても、父親らしき男性は見当たりません。イランでは、公務員やサラリーマンであっても、夕方から別の仕事を掛け持ちしている人が多いということを、テヘランなどでも聞来ました。給料に比較して家賃が高いからだとのことでした。 最後に、「日本に帰ってから、あなたたちやご主人のことを本に書きます」と言うと、両手を挙げて満面の笑顔だっでした。約束を果たすことが出来ました。現地語で話せればなあ…と、またまた悔しい思いでした。
話しこんでいるうちにすっかり暗くなって、イマーム広場がライトアップされました。闇の中から浮かび上がってくるようなモスクや宮殿、折からの満月とマッチしてすばらしいです。幻想的の世界に入り込んだようでした。 明日は、イスファハーンの夜をお伝えします。夜の街でいろいろな人に出会い、初めて水タバコを吸ったり、イラン人の家庭を訪問したり…と、なかなか盛りだくさんの体験です。
どうぞお楽しみに! では、また明日お会いしましょう。 一般社団法人「みちのく巡礼」ホームページ (クリック)
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イスファハーンは1回だけのつもりでしたが、3回にわたってアップします。
「イランの素顔」は1週間程度のつもりでしたが、ちょっと乗ってきましたので、とことんお伝えしたいと思います。
イマームモスクを出た後、またまた、感動的な出会いが待っていました。 「おしん」いまなお人気 本日も引き続き2008年のお話です。 相手の話すペルシア語はわかりませんでしたが、敢て英語だけでなくでなく、身振り手振りでペルシャ語で話してみると、かなり以前に大ヒットしたNHK連続テレビ小説「おしん」だということがわかりました。日本では、若い人々の中には、知らない人が多くなったのではないでしょうか?
どうやらイランでは繰り返し放映されているらしいのです。
それにしても、超超ロングランですね。
やっと話が通じると、とても甘いお菓子をおごってくれました。話の終わりに、サービスの気持をこめて、「おしん」と平仮名でサインしてあげると、「これは宝物」と言いながら、満面の笑みを浮かべて喜んでくれました。
この時だけでなく、あちこちで「『おしん』を観ている」と、話題になりました。イラン人が日本人に愛想がいいのは、もちろん親近感を抱いているからだと思いますが、それだけでなく、「おしん」が日本文化を伝える文化大使の役割をしているのかも知れませんね。
そしてエネルギッシュなイラン人が、「おしん」に見る日本人像に、どこか共鳴しているのではあるまいか?――とも思えました。
日本のアニメがイランのテレビで放映されていて、子供たちに大人気とのとのことだ。イランの大人も子供もテレビを通して日本のことをけっこう知っているようです。
テヘラン市街のオーディオショップでは『もののけ姫』[ شاهزاده مونونوکه ]or[ پرنسس مونونوکه ]『天空の城ラピタ』[ قلعه ای در آسمان ]のVCDも販売されていました。 ペルシアペルシャ文字はからっきしわかりませんが、絵でわかりました。日本人がイランについて知っていることよりも、イラン人が日本について知っていることの方がはるかに多いように思います。 イスファハーンの職人たち
広場を取り巻く回廊は大きなバザールになっています。
このバザールには工芸品を作っている店がたくさんあ理ます。時間さえあれば何時間いても飽きません。
NHKシルクロード出演の「ガラムカール」職人
その一角で、「ガラムカール」と呼ばれるテーブルクロス(ペルシャ更紗)を作っているハッサン・セルゲイさん。
セルゲイさんはイスファーハンで1,2を争う職人で、48歳の時、NHK特集「シルクロード」の取材を受けました。私もそれを見ていたのでぜひお会いしたいと思っていました。
「9歳になる息子が跡を継いでくれない」と悩んでいたセルゲイさんも、もう60歳を越えていました。息子さんはお医者さんになられたそうです。 セルゲイさんはNHKから貰った写真集を、10年以上も大切に保管していたとのことで、「私の宝物」だと言って誇らしげに見せてくれました。その道半世紀以上のキャリア。黄色・赤・黒・青の木型をプリントして更紗をみごとに仕上げていく。その手さばきはさすがに一級品でした。
「ミーナ」職人
ある店の店頭で、職人が銅製の大きな容器に模様を付けていましたた。店内にある作品を見てすっかり気に入ってしまいました。
これは「ミーナ」と言って、金属製の皿や容器や花瓶をエナメルで絵付けしたものです。青系や緑系があり、模様はモスクのタイル張りやペルシャ絨毯のようにターコイズ(トルコ石とも著バレル)である。皿や花瓶をのこぎりなどで整形し、全体を青や緑で塗ってから、細い筆で白や茶色の模様を描いてい来ます。
店で品物を見ただけだったなら、大きさの割に値段が高いと思ったでしょうが、細かい作業を見ていると、実に大変な仕事です。
店内にいる店番の人も、手造り職人もすべて男性でした。私たち客は、職人の仕草をじっと見つめました。
nミーナについてちょっと質問してみましたが、彼はむっつり黙って作業するだけで、返事もしません。愛想がないといえばそれませすが、日本でも職人気質の人は黙って作業していたことを思い出して、静かに見るだけにしました。
余談ですが、この日の夕方に再びイマーム広場を訪れた時偶然にもこの職人の家族と出会ったのですがなんとも奇遇でした。
ミーナ職人
銅器職人
1枚の銅版を丹念に叩きながら、昔のペルシャ童話にできた水差しや花瓶などを作り上げていく銅器職人のワザにもしばし見とれていました。
銅器職人
その他にもペルシャの伝統芸術や工芸品を作る職人の店が軒を連ねていました。 |









