東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

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イランの真珠イスファハーン
 
 イスファハーンは、イラン中部に位置する都市で、「イランの真珠」といわれるだけあって、落ちついた伝統とセンスの街です。
 すばらしい見どころは他にもありましたが、今日は、昔、「世界の半分」といわれて称えられたほどみごとな、イマーム広場を紹介します。
 
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 イスファハーンイマーム広場の子どもたち
 

イマーム広場

 古都イスファハーン――私は旅行中「イスファハーンはもう見ましたか?」と何人かのイラン人から訊かれました。それは日本を旅する外国人が、「京都に行きましたか?」と問われるのと同じなのでしょうね。イスファハーンは「イランの真珠」とたたえられるほどなのです。

   
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  十六世紀末、サファヴィー朝のアッバース一世が、コーランの語る天上の世界を地上に再現しようと、自らの基本計画のもとに、宮殿や寺院、神学校、バザール、橋など、壮大な町並みを作り出していきました。

 ゲイサリエ・バザールで楽しんだ後、細い小道を辿って南西方面へ歩を勧めると、前方に華麗な青いドームが見えて来ました。実に見事で圧倒されてしまいました。「ここが有名な世界遺産イマーム広場か!」と声に出したいくらいでした。
 
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             遠くにイマーム広場の華やか雰囲気が目に飛び込んでくる
 
 南北512m、東西163mという広大な空間を、きらびやかなタイルで埋め尽くされたイマーム・モスク、黄色を基調としたドームが美しいシェイフ・ロトゥフォッラー・モスク、彩色豊なイラン初の高層建築アーリー・ガーブ宮殿、回廊を利用したバザールなど、きれいな外観が調和を保って囲んでいます。実に煌びやかで壮麗です。
 中央には大きな池を配し、池を囲んで芝生が広がっています。

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広場の南に位置するイマームモスク 広場は回廊で囲まれている  

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左 青とベージュのコントラストが鮮やかなシェイフ・ロトシェラ
右アーリー・カーブ宮殿のバルコニー 
 
 この広場でひときわ目を引くのが、南に位置するイマーム・モスクです。
 七色の彩色タイルで覆われた大ドームの美しさはは息を呑むほどです。幾何学的な直線が美しい建物に、曲線が美しいアラベスク文様が細かくビッシリと描かれているのです。ペルシャン・ブルーを基調にし、サフラン・ライスのような黄色、ピスタチオのグリーン、濃いブルーを配したタイルでできあがったモスクは、“すばらしい”の一語に尽きます。
 
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 それにもまして、感嘆させられるのは、広場に面した入口(イーワン)のアーチ部分に施されている鍾乳石飾りです。見上げれば、誰もが言葉を失うことでしょう。今なお目に浮かんできます。

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イメージ 19 圧倒されながらしばし上をながめていると、若い女性がやってきて私の隣でビデオ撮影を始めました。鮮やかな黄緑色のスカーフとコート、ピンクがかったズボン、赤いサンダル、――私がイラン女性の服装の厳格さ・信仰心深さをABCDで、分類した中の、最も開けたタイプDタイプに属するイラン美人です。まさに貴重な被写体なのです。ちょっとドキドキしました。
 写真を撮らせてもらおうと、お願いしようと思った瞬間、その若い女性がビデオを撮影しながら、「オー、ビューティフル!」と思わず叫びましだ。実に自然でみごとな英語の発音です。直感的にヨーロッパ人かも…、という失望感に変りました。
しかし、どう見ても顔立ちはイラン人なのです。半信半疑で「どちらからいらっしゃいましたか?」と、英語で訊くと、「アイ アム イラニアン(イラン人です)」と流暢な英語が返ってきました。
「やっぱりそうか。ああよかった」と、妙に安心して写真をお願いしました。

 彼女は、――高校生の時から6年間イギリスに留学していて、現在は大学生。夏休みで久しぶりに帰国したが、イギリスの友人たちに、イランの様子をビデオで見せようと思って撮影している。父親は石油を扱っている。イランには戻らずにイギリスで働きたい、と言っていました。これだけ把握するのには悪戦苦闘でしたが、彼女はていねいに私のおそまつなジャパニーズイングリッシュに付き合くれたのです。最後に「大変ありがとうございました。ご親切に感謝します!」と礼を言うと、「よい旅を!」と返してくれた。〈もっと英語が話せたらなあ…〉と、いつも後悔するが、同じ後悔を毎度繰り返しています。
 その後も、テヘランでは足の爪にマニキュアを塗り、サンダル履きで街を歩く女性の姿を、わずかながら見掛けました。次第に増えていくことでしょう。政府の厳しい服装規制も女性のおしゃれ心を抑えることはできないようですね。


 イーワンをくぐり、短い回廊を抜けて中庭に出ると、45度斜め奥にイマームモスクのイーワンがドンと構えています。さらにその奥には中央礼拝堂がみえます。モスクの中に入ると感嘆はさらに増していきます。立ち止まってはため息をつき、目を皿のようにして見つめ続けました。
 実に、ペルシャ芸術は素晴らしいと、改めて感じました。

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 礼拝堂のドーム天井の装飾がこれまたみごとです。
 イラン人のガイドが「ここでは孔雀が見えますから、上を見ていてください」と言います。確かに天井の模様は、孔雀の羽に似ています。しかし、どう見ても孔雀には見えない。首が疲れたので壁を見はじめるると、周囲から歓声が上がったのです。見上げるとそこには確かに1羽の孔雀がいたのです。
 ドームに差し込む日の光がひと筋の模様になり、孔雀の首に見えるのです。
その天井に向かって手を打つと共鳴が響き渡りました。
 
 タイルで出来上がった外壁や内装の紋様の細密度には舌をまきますが、それ以上に対称性には圧倒されてしまいますね。日本の建造物の非対称の美とは、まるでちがう「精密に計算された美」がそこにはある。
 イラン人は見かけはおっとりして大雑把に見えますが、実はとても繊細なところがあるということが、芸術を見てもわかりました。

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               タイルのアラベスク模様
 
 イランに入る前まで、中国の西域から中央アジアとたくさんのイスラム教のモスクを見てきましたが、いずれも建築物の建て方、内部の壁や天井を飾る幾何学模様で壁一面に配置されたアラベスク模様などなど非常に緻密なのです。これには非常に感心させられました。イスラムの人々は理詰めで、昔から複雑な計算能力の高い人々であったことが容易に想像がつきました。モスクの美はそれを反映した文化であり芸術なのでありましょう。

 幾何学的直線が美しい建物に、アラベスク文様の曲線美が細かくみごとに描かれています。周囲のコーランの文字も美しいdす。建物全体がイランや中央アジアのイスラム建築特有の青で統一されており、オアシスのように清涼感を与えているのです。
 
 わたしは興奮冷めやらぬといった感じでイマームモスクから再び広場へ出ました。
 改めて全体を眺めると、きらびやかな装飾タイルに埋め尽くされたモスク、極彩色壁画が目を奪う王宮、美の世界を誕生させた工芸の極地――「イスファハーンは世界の半分」とい言われたことばはこの広場ためにある、ということが実感としてよくわかりました。
 
 広場そのものが巨大な美術品であり、オープン・ミュージアムの感がしました。広場を囲むイスラム様式の建築、青のドームを見ると、10日ほど前に見たサマルカンドのレギスタン広場と雰囲気が似ているのですが、まさに“似て非なるものでした”。
 広場の規模、青のドームに描かれたアラベスク模様(アラビア文字、植物を図案化した幾何学模様)の繊細さ…、どれをとっても、大きな差を感じます。
 
 サマルカンドのメドレッセ・モスクが宗教的な対象ではなく、ただの観光地になっているのと違い、イスファハーンは今でも礼拝に使用されている生きたイスラム建造物です。その違いは大きく、建物のかもし出す息づかいからして雲泥の違いを感じました。
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イランは5000年以上の歴史を持つ国なので、たくさんの遺跡があります。
その中でも特筆すべきは、なんと言ってもペルセポリスとイスファハーンだと断言してよいでしょう。
とりあえずはこの二つに絞って紹介したいと思います。
そのほかの文化遺跡は、シルクロードの旅が進んでイランに入ってから、旅の様子とともに紹介する予定です。
今日はまず、ペルセポリスです。私が今まで訪れた遺跡の中では最大規模です。
ペルシア帝国の繁栄を誇る壮麗なペルセポリス

 ペルセポリスに降り立った時、澄みわたった空からあっけらかんとした夏の日差しが照りつけていた。黒いチャドルで身体を覆った女性たちも、ここではイスラムのしがらみから開放されて、ピクニック気分で笑顔が満面にこぼれていた。

イメージ 1 ペルセポリスの建物は石を積み上げた大基盤の上に築かれている。入口は111段もの大階段である。岩盤をそのまま切り出したという階段は、段差が10センチほどと低く、王侯貴族たちはここを輿や馬に乗ったまま上り下りしたという。
 階段を上って行くと、目の前に現れたのが「万国の門」(クセルクセス門)である。


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 この門は高さ15メートルほどある。門柱に控える二頭の牡牛像は上半身が崩落して見る影もない。門をくぐった東側の出入り口に立つ有翼人面獣身像は、かろうじてその雄姿をとどめている。しかし、顔は傷つけられている。偶像崇拝を嫌ったイスラム教徒によって、像やレリーフの多くが顔や頭部が失われている。

だが、無事に残されたものは実にみごとだ。ダレイオス1世の謁見の間は、アパダーナ宮殿とも呼ばれているが、この宮殿に上るための東階段の側壁面には見事なレリーフが刻まれている。建築から2500年経っているというのに、精緻を極めた往時ののみ捌きをそのまま残している。
 各国の外交使節や属国の朝貢使節が描かれており、それぞれの国の衣装や献上物が特徴的に描かれ興味深い。

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 そしてその壁面の左右(階段スロープの壁面)には、牡牛を襲うライオン像が刻まれている。ライオンはペルシャ王を、牡牛は敵を表している。

 
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 [百柱の間]は、往時には100本の柱を有したペルセポリス最大の広間イメージ 8であったという。入口には、23の属州の臣民に担がれている王を描いた「玉座の王像」や、対峙した牡牛に探検を突きつけている「悪魔と王の闘争像」が彫られている。絶頂期にあったアケメネス朝の権勢を誇示するものだ。
 
 緻密なレリーフなどから、ペルシャは征服地の宗教を許容し、文化的な多様性を尊重したことがうかがえる。そうすることで、西はエジプト、東はインドまでの大帝国を築き上げることができたのである。
このペルセポリスも200年後アレキサンダー大王に敗れて灰燼に帰した。

イメージ 6 アパダーナで、大の字に寝そべって空を仰ぎ見た。かつてそこにあったであろう極色彩の梁や天井に代わって、抜けるような青い空が広がっている。仰ぎ見る列柱は、次第に空と一体になり、一瞬、天から神々しい何かが降り立つような幻想にとらわれた。

 丘の上にあるダイオス3世墓からペルセポリス全体を見下ろした。一瞬、いにしえの夢の世界に引きずり込まれた感覚になっていた……想像の都がそこにあった。
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 眼前に広がる壮麗な宮殿や広間は華やかな歴史劇の舞台となっていたに違いない。ペルセポリスは古代アケメネス朝ペルシャの最盛期(前6世紀)に築かれた都市である。
 自分がペルシャ大王になって自分の都を眺めている――そんな気分に襲われた。宮殿や建造物をそれぞれ一つひとつ部分的に見るとバラバラに感じたが、こうして眺めると、柱やレリーフが整然とバランスよく並んでいる。当時のペルセポリスの都を連想し、アケメネス朝の繁栄をゆっくりとしのびながら、楽しい、貴重な時をすごさせてもらった。

[写真紹介コーナー] 紀行文に登場しなかった写真

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                    人間と見比べてください。大きさがお分かりだと思います。

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元気な子どもたち 好奇心旺盛な若者たち
 
 あちらこちら、どこへ行っても、大学生から小学生まで英語で話し掛けて来ます。私がイランを訪れたのはちょうど夏休みの時期で、イランの京都イスファハーンは、各地からやってきた修学旅行の小中高生や大学生たちでいっぱいでした。その学生たちといったら、好奇心旺盛で、まったくものおじしません。特に女の子たちは、驚くほどです。
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目が合うや否や、ほんの少しだけ恥じらいながらも近づいてきます。
「どこからきたのですか?」。
「日本」と、にこにこ笑って答えると、
とたんに恥じらいは消えて大胆になります。
「お話してもいいですか?」
「写真撮ってもいいですか?
」と来ます。
「いいよ」なんて言おうものなら、とたんにどっと囲まれて、さながらファンに囲まれたスターのようになってしまいます。 
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                                         モスクへ修学旅行に来た生徒たち 
 
 
                         
――イランは好きか、どこが好きか、
   食べ物では何が気に入ったか、
   おみやげは何を買ったか…などなど訊き、
 
  次ぎに、日本はどういう国か
  イラン以外に旅行した国でどこがよかったか、と矢継ぎ早。
  そしてサインを求められ、写真を撮られれます。
   こういった具合なのです。
 
覚えたてのペルシャ語「エス・メ・ショー・マチエ?(あなたの名前は?)」と訊いて、ノートに彼女らの名前をカタカナで書いてあげると、キャーキャー言いながら大興奮です。
 そして蝶のアクセサリーやバラの花をくれました。
 そんな様子をうらやましそうに見ていた男子高校生の集団が走り寄って来て、
 「2千リアルあげるから、一緒に写真を撮らせてくれ」と取り囲みました。
 「お金はいらない。一緒に写真を撮ろう」と言うと、
  しっかり肩に手を回してきました:

 
  こんな交流を交わしていると、すぐに女子大1年生2人組に話しかけられました。外国語大学で英語を専攻していて、将来は通訳になりたいと言いました。
 
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 彼女たちは自分の英語が通じるかどうか、外国人観光客と会話して確かめようというのです。
 私の英語ではちょっと心細いのですが、喜んでお相手を務めました。
 2人とも黒いチャドルに身を包んだ敬虔な?イスラム教徒ですが、見た目よりずっと積極的で、明るく、すごく好奇心旺盛なのです。
 彼女たちの必需品は、携帯電話です。
 当時でも大学生の6割以上は持ち、メールやインターネットもするという(現在はもっと進んでいるでしょう)。
 日本の女子大生とほとんど変りません。
 女子学生の方が男子学生よりも元気がいい点も日本と似ていますね。

 
 テヘラン大学やイスファハーン大学などの男子学生に、
どこの国へイメージ 7行きたいか、
アメリカについてどう思っているか、
男女交際はどうするのかなどなど…質問しました。
 
「実は、イラン人はアメリカやヨーロッパが好きなんです。僕たち若者にはカナダとアメリカが人気あります。お金があったらぜひ行きたいですね」
と、周りを気にしながら話しました。予想通りでした。
「なぜ?」
と質問すると、たいていは、
「欧米には、イランより自由があるはずだから……」と答えるのです。
「次に行きたい国は日本です」と付け加えます。リップサービスなかなかですね〜
 
 中にはアメリカが嫌いと言う学生もやはりいました。
理由を聞くと、イスラエルの問題の様で、かなり根深いものを感じました。

 
 話しているうちに気づいたのが、特に男性は日本のサッカーについてもいろいろ知っていたということです。
 当時「ホンダン」は認知度が高かったです。
 若者たちが英語で話しかけてくるのは、習っている英語で外の文化に触れたいとういのが目的のようです。
 
 異邦人に対する飽くなき好奇心と愛想のよさ、片言だろうが、堂々と話しかけてくるものおじのなさ。日本の若者よりずっと活力を感じます。
ランはこの子たちが大きくなるころには大きく変わるに違いありません。
 
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 親日的でフレンドリーなイランの人々  
 
 小学生に「イランのお話」という題目で、子供向けに話しましたところ、予想以上に関心を示しました。国際理解にいくらかでも役立ったのではないかと多少の満足感があります。
 
 とにかく、イランの人たちは愛想がいいのです。
 日本人に興味津々で、誰もが話をしたがっているようです。
 ほぼ親日派で、日本人だと分かると「ベリーグッド!」といいながら満面の笑顔で近寄って来ます。
 
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イラン、ノー グッド。ジャポン、ベリーグッド。 日本人大好き」と言いながら会話が始まります。
 子どもにも大人にもしょっちゅう話しかけられ、写真を撮られ、いろいろなものを頂きました。
 
 その一端を簡単に紹介します。詳しいことは、徐々に紹介します。
 
カシュガイ族 お世話になった家族 
 カシュガイ族は、イラン南西部のザクロス山脈方面で遊牧を営んでいる人々です。
 テ ントの周りは見渡す限り果てしなく砂漠裁くが広がっています。
 この中で生活するこの人々は大変だと思いますが、それでも明るくたくましく生きていく姿は、遊牧面本来の生活が垣間見ることが出来ました。

 
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イスファハーンで水タバコを吸う
 
 こわもてですが至って親切でフレンドリー。話が弾みました。
 
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イラン西部トルコ国境近くで遠足の小学生と
 
 遺跡に遠足に来た小学生たち。
 とにかくカメラが珍しいらしくて、わーっと寄り集まってきます。
 我先にと前に出てくるので制止するのが大変でした。先生は遠慮していましたが、さそうと後ろに入りました。
 
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 イメージ 4「どうして見も知らぬ私にそこまでしてくれるの?」というくらい、とにかくみんな親切なのです。
 ある日、5キロのかご盛りで桃を売っている果物屋さんで、「2個売ってくださいと」と頼んでみたが通じません。すると、どこからともなくイラン人が近づいて来て、「どうしたの?」と英語で訊いてきました。事情を話すと、「いいじゃないか。彼は日本から来ているんだぞ。ひとかごも買えないだろ? 半キログラムで売ってあげなよ!」というようなことを言いながら、果物屋とかけ合ってくれました。おまけにお金まで払ってくれたのです。本当に親切ですね。

 
  テヘラン 指絵で私の顔を描いてプレゼントしてくれた画家もいました。

 
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 この画家に、「イラン人はみんな親切ですね」と感謝すると、「日本人もいい人です」と返ってきた。 この会わたしはどこでも同じでした。

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 あちこちで、「おしん」を観ている、と話題になりました。
 イラン人が日本人に愛想がいいのは、親近感を抱いているからだと思うが、それだけでなく、「おしん」が日本文化を伝える文化大使の役割をしているのかも知れませんね。エネルギッシュなイラン人が、「おしん」に見る日本人像に、どこか共鳴しているように思えました。また、鉄腕アトムなど日本のアニメがテレビで放映されていて、子供たちに大人気とのとのことでした。イランの大人も子供もテレビを通して日本のことをけっこう知っているようでした。
 それにしても、「おしん」は、超ロングセラーですね。                                               
       
以前日本で働いていた人々
以前に日本で働いていた人が、日本語で話してかけてくることもあるほぼ全員昔、日本に○○年間住んでいました。日本はとってもよい国です」と言って懐かしがります
。南部の街ヤズドのタクシー運転手ボダバルシュさんは、私と久々に日本語で会話できたことをとても喜んで、「お金は要りません。あなたと話せて、嬉しかったから…」と言って、断固としてお金を受け取りませんでした。そして仕事を中断して自宅へ連れて行ってくれた。おまけに、泊めてくれました。2度にわたるイラン滞在38日中に15度もとめてもらいました。
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ヤズド  ボダバルシュさん一家
 
 
イメージ 10 テヘランの朝の公園で、大勢で体操しているのを見ていると、その中に日本で働いていた人が2名いて、皆に私を紹介して仲間に入れてくれました。
 
 
 

 
 在日経験イラン人が、親切にしてくれた日本人に対して感謝して、好印象持っていることが非常にうれしかったです。
 逆に、多くの日本人がイランにあまりよいイメージを抱いていないので、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
 
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わたしが初めてイランを訪れたのは、2005年でした。
その印象がすごく強いのです。少し古いことになりますが、その時の印象をまずお伝えします。
 
 わたしは2005年、中国・西安からトルコ・イスタンブールまで2万キロ、63日間――その後を入れると百数日間の旅をしました。そのとき初めてイランを訪れました。
 
 訪問前はあまりよいイメージは持っていませんでした。しかし一歩足を踏み入れたとたん、あっと驚きました。なんと明るくて、フレンドリーで、バイタリテイーに溢れる人びとだろう…と。

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治安も他のアジア諸国と比べてかなり安定していました。長い歴史を持つ文化遺産、民族と文明の十字路ともいえるバザールなどなど――すっかり魅了され、好奇心もすごく満足させられました。

 最初の訪問で知り合った人のお世話で、今度は28日間の一人旅で再び訪れました。現地の日本大使館の方にも協力していただき、自分なりに徹底的に取材してきました。

 「百聞は一見にしかず」――写真をふんだんに取り入れて、人びとのふれあい、家庭や社会生活、習慣や考え方、宗教や教育、社会情勢、街の様子、歴史遺産、自然、それに加えてアフガン難民キャンプの様子など、「イランの素顔」をお伝えます。 
 きっと、予想外の驚きを感じると思います。「目からうろこ」を味わっていただけるのではないでしょうか。
 

美しい国イラン

 「美しい国」という言葉は、どこかで聞いたことのある言葉ですよね。
 そうです。安倍総理が最初の首相のときにキャッチフレーズとして使った言葉です。
 本当にイランは美しい国です。
 長い歴史に培われた芸術性の高い建築・文化遺産が目を楽しませてくれます。
 自然も決して砂漠ばかりではありりませんない。
 変化のある豊かな自然でした。
 人々は、陽気で、気さくで、実に明るいのです。
 美人が多のも楽しみの一つでした。

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 数ある歴史遺産の中で、ペルセポリスとイスファハーンのエマール広場が特に強く印象に残っています。
 ペルセポリスは史上初の世界帝国を築いたアケメネス朝ペルシアの、広壮さときらびやかさのシンボルです。
広大な丘に広がる宮殿廃墟には数多くの巨大な石柱が天高くそびえ、残された壁は美しいレリーフで埋めつくされています。

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 イマーム広場に点在するモスクや宮殿の壮大華麗さは「世界の半分」と称えられたくらいなのです。
ドームや壁面に描かれた文様とペルシアンブルーのタイルが色鮮やかに浮かび上がり、溜息が出るほどの美しさです。
 イランのイスラム建築は、中央アジアのイスラム建築がやはり田舎のものだったかと思ってしまうほど、規模も大きく内容も優れています。イスラム以前の古い遺跡も様々な文化の融合を見せて興味深いものでした。

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それから、バザール――迷路のような狭い通路とその両側にびっしり並んだ店、そこでは、いろいろな民族間の交流や生活ぶりが目の当たりにでき、文化や芸術までも見ることが出来ます。

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 ペルセポリス、イスファハーン、バザール――この3ヶ所でイランの全体像が見えると言っても過言ではないでしょう。

 イランの人たちは親日家が多く、友好的で、とても親切です。わたしが訪問した当時、イランはアメリカのブッシュ大統領から悪の枢軸といわれましったが、国民を見ている限りでは全くありませんでした。
 私も行く前は悪いイメージが先行していましたが、実際のイランを見ないで先入観だけでイランの人びとを見ていたことを、心から申し訳ないと思いました。訪問後は、彼らを大分近しい存在に思えるようになっていました。お互いを知って距離が短くなりました。

イスラム教・シーア派が大半をしめるイラン――7歳以上の女性は全員スカーフを着用、酒類は一切禁止など…、服装、音楽、文化まで、相変わらず規制は強いのですが、国民は萎縮した様子を見せることなく、陽気に屈託なく生きています。
 
 日々の暮らしが日本のそれとさほど異なるわけでもありません。子供たちは元気で目が輝ます。
 
 女性が外出時の服装規定に多少窮屈を感じているようですが、それさえも生活の一部として自然に受け止めているようです。
 イランの女性は他のイスラム圏の女性よりも、開放的というか、強い感じがしました。革命前の欧米的な気質が底流に残っているのでしょうか…。   

 最近では、私的な空間にまで踏みこんで取り締まられることは、ほぼなくなったとのことです。いわば「お目こぼし」的な自由度が、ゆっくりと着実に広がりつつあるようです。イスラム原理主義の大統領から、改革派の大統領に変わったことでもその影響があるのでしょう。
 
 ストレスの多い社会で抑圧を感じながら生きている日本人よりも、ずっと大らかに生活しています。我々外国人旅行者も、特に気を遣わなければならないことはありませんでした。
 治安も他のアジア諸国と比べてかなり安定していているといえるでしょう。

 イランの国民の大多数は、イスラム革命後は「言わざる」で通してきたようですが、「見る」と「聞く」は決して疎かにしていなかったようです。しっかりと自分たちの置かれている立場を理解して対応しています。
 実にしなやかに、したたかに生きぬいているという印象を受けました。
 
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