|
イランの真珠イスファハーン
イスファハーンは、イラン中部に位置する都市で、「イランの真珠」といわれるだけあって、落ちついた伝統とセンスの街です。
すばらしい見どころは他にもありましたが、今日は、昔、「世界の半分」といわれて称えられたほどみごとな、イマーム広場を紹介します。
一般社団法人「みちのく巡礼」ホームページ (クリック)
|
シルクロードの情景
[ リスト | 詳細 ]
|
元気な子どもたち 好奇心旺盛な若者たち
あちらこちら、どこへ行っても、大学生から小学生まで英語で話し掛けて来ます。私がイランを訪れたのはちょうど夏休みの時期で、イランの京都イスファハーンは、各地からやってきた修学旅行の小中高生や大学生たちでいっぱいでした。その学生たちといったら、好奇心旺盛で、まったくものおじしません。特に女の子たちは、驚くほどです。
目が合うや否や、ほんの少しだけ恥じらいながらも近づいてきます。 「どこからきたのですか?」。
「日本」と、にこにこ笑って答えると、
とたんに恥じらいは消えて大胆になります。
「お話してもいいですか?」
「写真撮ってもいいですか?
」と来ます。
「いいよ」なんて言おうものなら、とたんにどっと囲まれて、さながらファンに囲まれたスターのようになってしまいます。
モスクへ修学旅行に来た生徒たち
――イランは好きか、どこが好きか、 食べ物では何が気に入ったか、
おみやげは何を買ったか…などなど訊き、
次ぎに、日本はどういう国か
イラン以外に旅行した国でどこがよかったか、と矢継ぎ早。
そしてサインを求められ、写真を撮られれます。
こういった具合なのです。
覚えたてのペルシャ語「エス・メ・ショー・マチエ?(あなたの名前は?)」と訊いて、ノートに彼女らの名前をカタカナで書いてあげると、キャーキャー言いながら大興奮です。
そして蝶のアクセサリーやバラの花をくれました。
そんな様子をうらやましそうに見ていた男子高校生の集団が走り寄って来て、
「2千リアルあげるから、一緒に写真を撮らせてくれ」と取り囲みました。
「お金はいらない。一緒に写真を撮ろう」と言うと、
しっかり肩に手を回してきました:
こんな交流を交わしていると、すぐに女子大1年生2人組に話しかけられました。外国語大学で英語を専攻していて、将来は通訳になりたいと言いました。
彼女たちは自分の英語が通じるかどうか、外国人観光客と会話して確かめようというのです。
私の英語ではちょっと心細いのですが、喜んでお相手を務めました。
2人とも黒いチャドルに身を包んだ敬虔な?イスラム教徒ですが、見た目よりずっと積極的で、明るく、すごく好奇心旺盛なのです。
彼女たちの必需品は、携帯電話です。
当時でも大学生の6割以上は持ち、メールやインターネットもするという(現在はもっと進んでいるでしょう)。
日本の女子大生とほとんど変りません。
女子学生の方が男子学生よりも元気がいい点も日本と似ていますね。
テヘラン大学やイスファハーン大学などの男子学生に、 アメリカについてどう思っているか、
男女交際はどうするのかなどなど…質問しました。
「実は、イラン人はアメリカやヨーロッパが好きなんです。僕たち若者にはカナダとアメリカが人気あります。お金があったらぜひ行きたいですね」
と、周りを気にしながら話しました。予想通りでした。
「なぜ?」
と質問すると、たいていは、
「欧米には、イランより自由があるはずだから……」と答えるのです。
「次に行きたい国は日本です」と付け加えます。リップサービスなかなかですね〜
中にはアメリカが嫌いと言う学生もやはりいました。
理由を聞くと、イスラエルの問題の様で、かなり根深いものを感じました。
話しているうちに気づいたのが、特に男性は日本のサッカーについてもいろいろ知っていたということです。
当時「ホンダン」は認知度が高かったです。
若者たちが英語で話しかけてくるのは、習っている英語で外の文化に触れたいとういのが目的のようです。
異邦人に対する飽くなき好奇心と愛想のよさ、片言だろうが、堂々と話しかけてくるものおじのなさ。日本の若者よりずっと活力を感じます。 イランはこの子たちが大きくなるころには大きく変わるに違いありません。
|
|
親日的でフレンドリーなイランの人々
小学生に「イランのお話」という題目で、子供向けに話しましたところ、予想以上に関心を示しました。国際理解にいくらかでも役立ったのではないかと多少の満足感があります。
とにかく、イランの人たちは愛想がいいのです。
日本人に興味津々で、誰もが話をしたがっているようです。
ほぼ親日派で、日本人だと分かると「ベリーグッド!」といいながら満面の笑顔で近寄って来ます。
「イラン、ノー グッド。ジャポン、ベリーグッド。 日本人大好き」と言いながら会話が始まります。
子どもにも大人にもしょっちゅう話しかけられ、写真を撮られ、いろいろなものを頂きました。
その一端を簡単に紹介します。詳しいことは、徐々に紹介します。
カシュガイ族 お世話になった家族
カシュガイ族は、イラン南西部のザクロス山脈方面で遊牧を営んでいる人々です。
テ ントの周りは見渡す限り果てしなく砂漠裁くが広がっています。
この中で生活するこの人々は大変だと思いますが、それでも明るくたくましく生きていく姿は、遊牧面本来の生活が垣間見ることが出来ました。
イスファハーンで水タバコを吸う
こわもてですが至って親切でフレンドリー。話が弾みました。
イラン西部トルコ国境近くで遠足の小学生と
とにかくカメラが珍しいらしくて、わーっと寄り集まってきます。
我先にと前に出てくるので制止するのが大変でした。先生は遠慮していましたが、さそうと後ろに入りました。
ある日、5キロのかご盛りで桃を売っている果物屋さんで、「2個売ってくださいと」と頼んでみたが通じません。すると、どこからともなくイラン人が近づいて来て、「どうしたの?」と英語で訊いてきました。事情を話すと、「いいじゃないか。彼は日本から来ているんだぞ。ひとかごも買えないだろ? 半キログラムで売ってあげなよ!」というようなことを言いながら、果物屋とかけ合ってくれました。おまけにお金まで払ってくれたのです。本当に親切ですね。 テヘラン 指絵で私の顔を描いてプレゼントしてくれた画家もいました。
この画家に、「イラン人はみんな親切ですね」と感謝すると、「日本人もいい人です」と返ってきた。 この会わたしはどこでも同じでした。
あちこちで、「おしん」を観ている、と話題になりました。 イラン人が日本人に愛想がいいのは、親近感を抱いているからだと思うが、それだけでなく、「おしん」が日本文化を伝える文化大使の役割をしているのかも知れませんね。エネルギッシュなイラン人が、「おしん」に見る日本人像に、どこか共鳴しているように思えました。また、鉄腕アトムなど日本のアニメがテレビで放映されていて、子供たちに大人気とのとのことでした。イランの大人も子供もテレビを通して日本のことをけっこう知っているようでした。
それにしても、「おしん」は、超ロングセラーですね。 以前日本で働いていた人々
以前に日本で働いていた人が、日本語で話してかけてくることもあるほぼ全員昔、日本に○○年間住んでいました。日本はとってもよい国です」と言って懐かしがります
。南部の街ヤズドのタクシー運転手ボダバルシュさんは、私と久々に日本語で会話できたことをとても喜んで、「お金は要りません。あなたと話せて、嬉しかったから…」と言って、断固としてお金を受け取りませんでした。そして仕事を中断して自宅へ連れて行ってくれた。おまけに、泊めてくれました。2度にわたるイラン滞在38日中に15度もとめてもらいました。
ヤズド ボダバルシュさん一家
在日経験イラン人が、親切にしてくれた日本人に対して感謝して、好印象持っていることが非常にうれしかったです。
逆に、多くの日本人がイランにあまりよいイメージを抱いていないので、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
一般社団法人みちのく巡礼ホームページ (クリック)
|






