東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

チュニジア

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ジャスミン革命
「アラブの春」の先駆けになったのは、ここチュニスである。
 ジャスミンがチュニジアを代表する花であることから、このような名前がネットを中心に命名された。
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                               写真 (23.1.28) アラブ穏健派諸国の黄昏 チュニジアの崩壊
 
 
出かける前、「チュニジアへ行く」と言ったら、
 みんなからは一様に、「そんなとこへ行って大丈夫なの?」と、一様に不安の言葉を投げかけられた。
 「俺一人で行くわけじゃないんだよ。今回はツアーなので旅行社は十分に安全を確認しているはずだよ」と、自信を持って平然と答えていた。
 もちろん安心してやってきた。
 逆に、何かそれらしきことはないのか? と興味津々だった。
 
 歴史好きの私にとっては、革命前のチュニジアは、紀元前のカルタゴハンニバルの印象が強かった。
 だから、一度は行ってみたい国」ではあったが、もっと興味を持っている国が多くて、後回しになっていた。
 
 ところが、2011年1月14日に、アラブ穏健派と言われていたチュニジアで政変が起こったのだから驚いた。
 直接の原因は失業中の若者が無許可で野菜を売っていたところ警察から停止させられ、これに抗議して焼身自殺を図ったのだが、それがインターネットで広まり抗議行動が暴徒化したからだと言う。
 
① チュニジアは2010年の経済成長率が3.8%だったと見られるなど、決して経済状況が悪いわけではなかった。しかし失業率は14%、若者層に限れば30%近いという高い水準であったため、これらの世代では経済成長の恩恵を受けられないことに不満がたまっていた。
 
②加えて、1987年に無血クーデターによって政権を獲得したベン=アリーはイスラム主義組織と労働者共産党に対し抑圧を行いながらある程度の経済成長は果たしたものの、一族による利権の独占といった腐敗が進むなど、23年にも及ぶ長期政権に不満がたまっていった。
 こうした背景が暴動に結びついたとみられている。
 
 それまで23年間独裁政権を維持してきたベンアリ大統領がサウジアラビアに亡命した。
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             エジプト・ムバラク大統領(左)を迎えたチュニジアベンアリ大統領(右)
 
 その後をベンアリ政権の閣僚と野党指導者が暫定政権を作ったが、民衆はベンアリ政権の残党が政府に残っているとしてしばらくはデモが続いた。
 二人の暫定大統領の後、現在はやはり暫定のムンセフ・マルズーキー氏が大統領を務めている。
 
 市民革命以後のチュニジア  
 ベンアリ政権崩壊後、自由にものが言えるようになったこともあり、チュニス市街は何事もなかったがごとく平穏な様子だった。
     
 
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 ジャスミン革命を通してチュニジア社会はどのように変わったのだろうかか。
 
 現地ガイドや旧市街で出会った人々などの声を聞いてみた。

 「昔はいたる所に警察が立っていて、政府の悪口を言えばすぐに捕まった。警察官が賄賂を要求してくることもしばしば。今は本当に自由な空気になった」と、現地ガイドは語っていた。
 首都チュニス市内で注意深く見ると、首相官邸など要所に軍事車両などが停められてはいるが、基本的に街は平穏を取り戻していた
 
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 以前は取り締まられていた言論も随分自由になったという
 政府の政策などに対して首相官邸の前でデモもおこなわれ、自らの立場を表明することもできるとのことだったが、我々が官邸前を歩いて通った時には、そうして気配は見られなかった。
 
 官邸前は有刺鉄線をばねのように巻いたもので物々しく囲まれていた。だが、守衛の兵隊たちはのんびりと話に花を咲かせていた。
 
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  平穏とい言いつつも、一部では一応警戒が続いているとのことだ。
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  暴動時、ベンアリ元大統領の息がかかっていたフランス系小売りチェーン店モノプリは、標的の一つにされ略奪が発生した。現在でも市内にある他のスーパーマーケットと比べて警備は厳しいとのことだ。一人旅ならばそこへ行ってみたいところだが、今回はツアーなので行けなかったが、車窓から数枚撮影できた。
 
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 チュニジアはリビアやシリアなどで起きた運動と比べて、比較的早く収束したが、他のアラブ諸国で起きた混乱をどう考えているのだろうか。
 旧市街見学の自由時間に、カフェで水煙草を吸っている人たちに意見を聞いてみると、
 「チュニジア人は考え方がヨーロッパに近い。その点、民主化への移行もスムーズだし、リビアなどと違い泥沼な混乱はしないんだ」と胸を張っていたのが印象的だった。
 
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 様々なことが自由になった反面、行政システムのゆるみも出てきているとのことだ。例えば郊外の住宅地では、週に1度あるゴミ収集が半月以上過ぎたのに、まだ来ていないという。
 確かに、街も村もあちこちにごみが散乱していた。
 
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           住宅街も周辺はゴミだらけ
 
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           砂漠のあちこちにビニールのごみが散乱しています。
 
 服装も自由になり、ベンアリ政権時代には禁止されていた、チャードルやマグナエ(スカーフ)なども認められたので、他のイスラム国よりは少ないが結構見かけた。
 
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             商品を買ってにこっと笑いながらカメラOK? 

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 ドバイ空港で5時間過ごした後、チュニジアの首都チュニスへ出発。
 
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                            よろしくお願いします。
 
ドバイ再び
 再びドバイの街を眺めることができました。
 飛行機が飛びあがるとすぐに、世界一の高さを誇る「ブルジュ・ハリファ」(写真中央)をはじめとする 超高層ビル群が目に入ってきました。
 何度見ても絵になりますね。
 
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すぐにペルシャ湾へ出ます。さらばドバイの街
 
 街が遠ざかると、人口島―― パームアイランドがみえてきました。島は300ほど暑そうです。
 
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パームアイランド 
 
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                          完全に陸から独立したパーム・アイランド
 
 ペルシャ湾(アラビア湾)とイランへの想い
 夢中で撮影しているとていると、あっという間にペルシャ湾の上空に舞い上がりました。
 ペルシャ湾が限りなく蒼く広がっています。
 私達にはペルシャ湾が一般的ですが、アラブの人たちはアラビア湾と呼びます。
 遥か彼方はイランです。
 3年前には対岸のイランからこちらを眺めて〈いつかは行くぞ〉と心をときめかせていました。
 
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 ペルシャ湾は我が国の石油輸送にとっては重要な海ですが、
 中東で問題がが起きるとすぐに騒々しくなります。
 最近もイランの核開発への制裁措置が取られ、これに対抗してイランがホルムズ海峡湾を封鎖すると言い出して不穏な状況になっていいることはご存じのとおりです。
 イスラエルがこの春にもイランの核施設を空爆するとの予想もあります。
 
 私はイランを2度訪問(38日間)しましたが、国はさておき、国民はとても親日的で、陽気で親切な人たちです。
 国家は好きではありませんが、住んでいる人々には親しみを感じています。
 
 イランに関する記事は「イランの素顔まとめて紹介」これをクリックしてご覧ください。
 
 飛行機は、ペルシャ湾、アラビア半島、地中海を飛んでチュニジアの首都チュニスに向かいます。
 
 
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                    ペルシャ湾のところどころに浮かぶ」小さな島
 
 
 アラビア半島
 
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                         アラビア半島上空に達する 
 
  
 これはなんでしょう?
 
 サウジアラビアに入って間もなく、沙漠の中に円形のものが見えてきました。
 なんだと思われますか?
 
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  これは円形農場です。、
 これらの円形農場では、いくつかの広大な帯水層から地下水をくみ上げて、スプリンクラーを回転させながら灌漑して小麦などを生育しています。
 このため、サウジアラビアは1980年代半ばに小麦の輸出が可能な状態になりました。
 しかし、汲み上げられる地下水は、この地域が今よりずっと湿潤だった1万年以上前に降った雨水が、地下の帯水層に閉じこめられた化石水であり、現在ではほとんど補給されることがないので、今のペースで水を使い続ければ、地下水資源は2040年までに枯渇すると予測されています。
 
 ネフド砂漠が続きます。
 
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    この砂漠も、砂と砂丘ばかりでなくところどころに岩が見えました。
 
 アラビア高原の雪山
 雲間からはるか遠方に雲の上から雪山らしきものがちらほらと見え隠れしてきました。
 一瞬、まさかアラビア半島に?…と思いました。
 しかし、5年前の1月にに登ったエジプトのシナイ山にも立派に雪があったのですから、
 ここで雪山にお目にかかるのは不思議ではありません。
 ―― ガイドブックで確認すると、アラビア高原でした。
 
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はるか雲のかなたにうっすらと見えるアラビア高原の雪山
 
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                  アラビア高原の雪山
 
 地中海
アラビア半島を抜けて地中海に出ると再び眼下にはスカイブルーの海が広がります。
絶景です。
 
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 飛行機からは、順にキプロス島、クレタ島、シチリア島が見えてきました。
 
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最初に見えてきたキプロス島
 
 チュニジアが近くなりくなり最後に見えてきたのがシチリア島です。
 ―― 2度イタリアに行きましたが、渡らずじまいになっている島なのです。、
 イタリア本島から眺めたエトナ山を反対側からちょっと悔しい気持ちで眺めました。
 
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                         シチリア島とエトナ山
 
チュニス到着
 エチリア等を後にして1時間ほどでチュニスが見えてきました。
 
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  日本の支援(円借款)で建設されたチュニス湖にかかる「ラデス・ラグレット橋」
 
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飛行機から観たチュニス市街
 
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チュニス・カルタゴ国際空港到着
 
 空港ロビーは、ドバイを見てきた後のせいか簡素な雰囲気だった。
 
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両替所
 
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空港の建物
 
 さっそくバスで市内見物に出発した。
 民主化運動の騒然とした雰囲気がどこまで解消されているのか?期待と不安が入り混じります。
 
 
 
 バザールやスークなどの市場では、たくさんの民族や文明に出会う楽しみがありますが、空港でもいろいろな人種や民族にお目にかかります。
 
 ドバイ空港は、アジアとヨーロッパとアフリカを結ぶ中継点になっているだけに、
 多くの民族や宗教の人が寄り集まってきて、さしずめ「民族の十字路」と言った感じです。
 いろいろな装束の人たちを見ているのも楽しいものです。
 乗客の旅の目的も様々で、出稼ぎの行き帰りの人が多いこともドバイ空港の特徴でしょう。
 
 アラブ系の人々
 
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高級時計を物色しているアラブ人
 
 何気ないふりをして観察していたら、二人は3個選んで買いました。彼らがいなくなってから覗くと、数百万円のものばかり並ぶコーナーでした。
 さすが金持ちはちがいますね〜。
 
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インドネシアから出稼ぎに行く女性たち
 
 日本にもよく来ていますが、インドネシアの娘さんたちが介護士や家政婦としてヨーロッパやサウジアラビア・クエートなどの中東へ出かけています。
 
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看護士を目指して オランダへ向かう女性
 
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 家政婦としてサウジアラビアへ出向く女性たち
 
 通路に砂漠の砂のじゅうたん
 ゲート前の通路は砂漠模様のふかふかの絨毯が敷き詰められています。
 ドバイのバブルがはじける前には、この上を石油大富豪や世界の大金持ちたちが闊歩していたことでしょう。
 今や、イスラム系の庶民階級?の旅行者たちが、ここに座っておしゃべりしたり、眠ったりしています。
 イスラム諸国では、日本の畳と同じように、じゅうたん生活をしているので落ち着くのでしょう。
 さすがイスラムの国だけあって、男女は別々のところに集まっています。
 私は、帰りは夜だったので、彼らに見習ってちょっと寝かせてもらいまた。
 ここの絨毯はすごいフカフカなので気持ちよく眠れました。
 
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      女性たちは、じゅうたんに座っておしゃべりに花を咲かせています。
 
 
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 男たちはおしゃべりにつかれると、寝てしまいました。 私もここで一眠り。  
 
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イスの脇にもじゅうたんが敷かれているところがありました。
 
 黒いチャードルのイスラム女性たち
 
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3度目の正直でどうにかゲットできました。
 
 イスラム諸国では、何度も撮らせてもらいましたがドバイ空港では3人目で初めてOKをもらいました。
 彼女は手招きしてくれました。
 国籍をたずねると、わずかにのぞく目でお茶目に笑って、「ノー コメント」と答えました。
 こちらもo(^−^)o
 
 
 
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お母さんは赤ちゃんのおむつを替えているところです。
 
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           何を想っているのでしょうか? どこか興味を惹かれました。
 
 
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     快く撮影を OKしてくれたヨルダン美人
 
 以前はドバイのホテルで働いていたそうですが、現在はヨルダンの首都アンマンのホテルで働いているそうです。どうりで人馴れしているわけだ〜。
 
 私の空港での楽しみの一つは、コミュニケーションです。

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やっとドバイへ到着
 成田から12時間近く掛かってドバイ国際空港に到着した。
 家を出てからなんと20時間ほど……、とにかく長かったな〜…、というのが実感だった。
 いやいやこれだけでは終わらない。
 ドバイで5時間ほど待って、さらにチュニスまで4時間ほどのフライトが控えている。
 
 機内から空港ターミナルが見える。
 横長の単純構造なので、迷うことが少なそうだ。
 なんだかミノムシに似ていると思いませんか?
    
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右側がエミレーツ航空専用の第3ターミナル
      
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ここはエミレーツ航空の拠点なので同社の航空機がずらりと並んでいる。
 
 
 空港第3ターミナルへ
 飛行機を降りた我々は、エアブリッジを抜けて空港ターミナルに入場し、
 ここで一旦セキュリティチェックを受ける。
 ものすごい人だ。私のすぐ前に体格の良いスポーツ選手の集団が並んでいたので声をかけると、スーダンのサッカーナショナルチームだった。
 日本選手の名前を5,6人挙げたが、長友選手一人しかわからなかった。
 
 
 
 セキュリティーチェックを終えて広いコンコースをまっすぐに進む。
 第3ターミナルのコンコースは吹き抜けで、開放感があった。
 
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  コンコースを少し歩くとエスカレーターに到達し、階下を見ると、ロビーにはショッピングゾーンが広がっている。
 
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階下に広がる広大でゴージャスななショッピングゾーン
 
 広大で華麗なショッピングゾーン
 ロビーは―― 広くて、ゴージャス、芸術的、そして煌びやか
 ある程度予想はしていたが、さすがドバイの玄関口だ―― と驚かされた。
 ドバイ空港は 世界各国の都市からの乗り入れがあり、24時間稼動している。
 とても大きく、設備も整っている。
 
 航空料金も安めにし、荷物の重量制限を緩和したりなど、いろいろなサービスをしてドバイへ足を運ばせようとしていることが実感として伝わってくる。
 乗り継ぎ時間が4時間以上の場合、無料の食事券が配られるのもサービスの一環だ。
 
 免税ショッピングセンターは9000平方メートルという広大な面積だ。
 売り場面積だけでも人々の注目を集めるに値する。
 販売額は年間10億ドルに達し、世界空港免税店の5%を占めるというから驚きだ。
 
 産油国のプライドを満足させながらオイルマネーをふんだんにつぎ込ませ、それを利用して儲けを狙っている欧米諸国の目論見が目に見えるようだった。
 
 
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      ドバイ名物 宝くじ景品の車
       
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 ドバイの超高級7つ星ホテルバージュ・アル・アラブの素敵な置物も売られていた。
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  時計もローレックス  さすがお金持ち!      
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  サービスの食事券で入ったマクドナルド
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  空港内に男女別々の簡易的なモスクもあった。
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                             空港内のモスク
 
 
 ゆったりとした待合室
 
 待合室は、割合静かでゆったりとした雰囲気があり、席の数もたくさんあって、割とくつろぐとができた。
 
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ゴージャスな待合室
 
 
 ところどころに足を延ばせるイスがあり、ゆったりと寝ている人も結構いた。
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 この空港には、いろいろな人種や民族が集まっているので、その人たちとの出会いや触れ合いもあり、楽しかった。
 次回で紹介します。
 
 

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飛行機からのすばらしい眺め
 
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  飛行機は往復ともドバイ経由のエミレーツ航空でした。
 エミレーツ航空はアラブ首長国連邦のドバイを本拠とする航空会社です。
 成田とドバイ間には日本人の客室乗務員も6名ほど搭乗していて安心でした。
 客室乗務員は美人揃いでとても感じの良い応対でしたよ。
 
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朝日に染まる幻想的な雲海
 飛行機は、韓国、中国、ネパール上空を飛び、やがてインドを横断してアラビア海に達した。
 夜の出発だったので初めは景色が見えなかったが、夜明けとともに朝日に染まった幻想的な雲海が姿を見せ始めた。この光景を見るといつも厳粛な気持ちになり、思わず手を合わせてしまう。 
 
 
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なんだか神々の世界にいるような幻想だ 
 
 
 アラビア海 
 アラビア海上空に来ると、雲間からスカイブルーの海が見えてきた。思えば、アラビア海を見るのは初めてだと気付いた。西へは何度も来ているが、いずれもユーラシア大陸か北極海の上空を飛んでいた。
 
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雲間から見えるアラビア海
 
   時々南洋の海で見かけるような光景が目に入ってくる。
 
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アラビア半島が見えてきました。
 
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アラビア海のコバルトブルーの海に浮かぶ小島
 
 
飛行機から見たドバイ
 以前イランを旅したとき、ペルシャ湾の町から望遠鏡で対岸のドバイの方を見てあこがれていた。
 飛行機からドバイが見え始めた時には、どきどきワクワクした。
 
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はるか前方に見えてきたドバイ
 
 ドバイがグングンと近づいてくる。
 以前テレビで見た光景が現実に迫ってくる。
 この光景を逃すまいと、神経を研ぎ澄ませて、シャッターを押し続ける。
  
  まず見えてきたのが、パインツリーだ。
  ドバイにはパインツリーと言われる人工の島がいくつかある。   
        
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            見えてきた、見えてきたパインツリーが!
 
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 ドバイの7つ星ホテル「バージュ・アル・アラブ」 が見えてきた。
 1泊40万円以上はするというから眺めただけでも上出来と思いましょう。
 
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 続いて、881m以上世界一の高さを持つ「ブルジュ・ドバイ」が見えてきた。
 まるで未来都市のように、いろいろなデザインを持つビルが立ち並んでいる。
 
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       中央に見えるのは世界一高い超高層ビル「ブルジュ・ドバイ」 
 
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さらばドバイ
 名残惜しいドバイの夜景
 
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イメージ 21  成田へ向かう帰りの飛行機より
 
 
  バブルがはじけて、建設計画が途中で中止されたとはいえ、未だに度肝を抜かれるような超豪華な都市だった。
 次に来るときには、せめて半日でもよいから時間をかけたいですね。
 
ドバイの絶景
 
絵ハガキの写真もお楽しみください。
 
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傑作ポチありがとうございます。(^−^)

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