東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

爺ちゃんが孫に震災を語る歩き遍路

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 現在、千葉県に住む4人の孫たちとファックスをやり取りしながら、クイズ形式によって遊び感覚で防災教育を行っています..。一番大きい孫は中学2年生ですが、この孫とは小学4年生の春休みに東日本大震災犠牲者の鎮魂と復興の四国歩き遍路をしました。その折、歩きながら東日本大震災の様子や自分が震災を通して得られた教訓を話してあげました。
 そのことがすごく懐かしくなり、過去記事を読み直しました。よろしかったら皆様も読んでみてください。


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いざ 1番札所霊山寺を出発  (徳島新聞より)

孫と爺ちゃんの四国歩き遍路記事は題目をクリックしてご覧ください

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左右書きによる「復興」の文字(1番札所霊山寺)
        
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                            菜の花が満開の吉野川河川敷



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12番札所 焼山寺にて
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孫と爺ちゃんの四国歩き遍路前回までの記事記事は題目をクリックしてご覧
ください
 17、孫に大きな財産になった「焼山寺遍路ころがし」の超越〜焼山寺遍路ころがし3
 
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弘法大師の母孝養
  古めかしい山門から、樹木の多い繁る小道を歩きながら、このお寺の謂れと弘法大師の母親孝行について孫に話しました。
 
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―― お前はお母さんのことが好きだろう?
 うん。
 このお寺は弘法大師がお母さんに親孝行したお寺なんだよ。
 弘法大師がこのお寺に長く止 まっていたとき、お母さんの玉寄御前 が大師を訪ねてきたんだよ。ところが、このお寺には女の人が入ってはいけない決まりになっていたんだな。こういうのを女人禁制と言うんだ。
 そのため、お母さんは弘法大師さんに会うことができなかったんだ。
 それで 弘法大師は、女性も入ってよいように、7目間色々なお祈りをしたり修行をしたんだ。そしてお祈りを修めてからお母さんをお寺の内へ迎え入れて、親孝行されたといわれているんだよ。それか らお寺の名前を母養山・恩山寺と 名づけて、第18番霊場にしたんだと言われているんだよ。
 
 こんな話をしているうちに境内に着きました。
 「あっ 桜だ。じいちゃん 見なよ」と孫。
 「お前に言われなくたって ちゃんと見ているよ。偉そうに言うな!」と、
 孫のやる気のないわざとらしい遅い足取りにうんざりしていたじいちゃんは、ちょっと苛立って言いました。ちょっぴり反省。
 今年は寒い四国でしたが、ここでは桜の花がきれいでした。
 今回の遍路では初めての桜でした。
 
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  この近くまで来たら、大きな修行大師が、ちょっと後ろ向きで迎えてくれました。
 
 修行大師像
 孫はすぐに前に回って「おじいちゃん 見てよ! でっかくてかっこいい弘法大師だよ」と叫びます。お寺に着くと途端に元気になる孫です。
 
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                   巨大な修行大師像
 
 大師堂と御母公堂
 大師堂と肩寄せあうようにして御母公堂が建っています。
 「お母さんが髪を切って、その髪を収めたと言われているんだよ」
 「本当に今も髪が入ってるの?」 これは子供なら当然の疑問でしょう。
 こうしていろいろなことを語れるのは、孫連れ遍路の楽しみでもあります。
  
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 まず、本堂へ
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   恩山寺本堂
  
  水子地蔵 
 大師堂で礼拝してから帰り際に、水子地蔵の近くへ来ると、このたくさんのお地蔵さんは何?と興味を示しました。話し始めようとすると中年の女性がやってきて、我々に一礼した後、心を込めた様子で小さな地蔵様に水をかけ始めました。孫はこの様子に心引かれたようです。心を植え付ける絶好のチャンスだと思いました。女性に了解を得て写真を撮らせてもらった後、水子地蔵のことを説明をしてあげました。
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 「水子というのは、まだ赤ちゃんになる前に、色々な理由でお母さんのおなかから出てしまったり、死んで生まれて来た赤ちゃんのことを言うんだよ」
 「せっかく命をいただいたのにこの世に生まれてこれなかったなんて、本当にかわいそうなことだよな」
 「お地蔵さまはそんなかわいそうな水子たちを救ってくれる仏様なんだよ」
 「お前も私も元気で生まれてくることができたのだから幸せなんだよ。生んでくれたお母さんに感謝しなくっちゃな」「お前はわがままで人一倍手をかけさせているのだから、しっかりと親孝行しろよ」と、ついつい説教がましく語るじいちゃんでした。
 孫は何を感じたのでしょうか。
 
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 ひさしぶりに「孫と爺ちゃんの四国歩き遍路」をアップします。
 
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平成24年3月25日付 徳島新聞
 
孫と爺ちゃんの四国歩き遍路前回までの記事記事は題目をクリックしてご覧ください
 17、孫に大きな財産になった「焼山寺遍路ころがし」の超越〜焼山寺遍路ころがし3
 
 
足取り重く恩山寺へ
2キロごとに休憩
 孫は、市街地やや国道のように自然の少ないところはどうも苦手のようです。
 後ろを振り返る度に数十メートル後方です。
 「お〜い」大丈夫か?」と声をかけても、不機嫌そうに無言です。
 「疲れているようだから早めの昼にしようや」!」
 「なにがいい?」
 「うどん」
 大休憩を兼ねて早めの昼食をとることにしましたが、目指すうどん屋はありません。
 やむを得ず「かっぱ寿司」へ入り込みました。11時30分
 席に着くや否や孫はさっそく注文ボタンを押しました。
 じいちゃんは〈なんだ〜。さっそく注文か? まったく贅沢な奴だ…〉と、ちょっとむか〜。 思わず「遍路なんだから、高いネタは頼むなよ」
 以前、嫁さん側のおばあちゃんと行ったときに、高級ネタを平気で注文すると言って、ぼやいていたからでした。
 それは誤解でした。「さび抜き」の注文でした。
 いつもは10皿は食べる孫も、今日は4皿だけ。 
 食欲もだいぶ落ちているのかな? と、少し心配。
 12時30分出発
 
 さあ今度は少し元気になるのかな?
 しかし、30分くらい行くとすぐにペースダウン。
 疲れれがたまっているんだろうな〜と心配
 今日の宿まで到着できるかも心配になってきた。
 だが、宿のことはどうにかなるさ―― そこは海外一人旅で何度も修羅場をくぐってきたじいちゃんのことだから楽観的にとらえていました。
 
 小松島市に入ると間もなく勝浦川を渡る。
  あと4キロだ。励まし甲斐がある。
 左側を歩いていると、小松島市中郷あたりで、小さな事務所風の建物からおじさんに声をかけられ、200円ずつお接待を受けた。こうした励ましは孫には追い風になる。
 十七番井戸寺と一九番立江寺と書いてある道標を右に曲がると間もなく恩山寺だ。
 以前お世話になった民宿千葉の前を通り、400mほどの坂道を上ると、いかにも壊れそうなほど古めかしい山門に到着した。
 やれやれとりあえずここまで来たか。
 先の取り越し苦労をしても始まらない。
 
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 赤い母養用橋を左に見ながら遍路道をゆく。
 遍路道の方がかなり近い。
 
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 どうにか2時30分ごろ18番恩山寺境内へ到着。 
 
 
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 井戸寺の礼
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 十七番井戸寺の山門は、間口が広く、鮮やかな朱色で、とても堂々としています。
 孫は目ざとく指摘しました。「今まで見たことないね。まるで武家屋敷のようだね」
 「この門は、江戸時代、約200年くらい前に阿波藩の殿様が別邸の門を寄進したんだそうだ。長屋門づくりというんだよ」と、じいちゃんは説明しました。
 
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 山門の正面に本堂が見えます。
 
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 本堂の右手に大師堂があります。
 まだ朝が早いので、我々以外のお遍路さんは2人でした。
 淡々粛々とお参りを済ませて、16キロ先の恩山寺に向かいます。
 
 面影の井戸と拾った一円玉
 山門を出て数百メートル歩いたところで、二人はちょっとした失敗に気づきました。
 「おじいちゃん 井戸をのぞかなかったね」
 「あ〜 そうだったな〜。ごめん、ごめん! おじいちゃんはもう3回も覗いているので、ついつい忘れていたよ」
 「20歳の時に初めて覗いたときにはけっこうと緊張したな。映った時にはホッとしたよ。だけど、次の時にはたいてい映ると思っていたので、なんとなく覗いていたよ。気休めを言うようだけど、お前がのぞいたらきっと映ったよ。安心しな」
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                面影の井戸(2004年、3巡目撮影)
 
 次はじいちゃんが孫に聞きました。
 「ところであの一円玉はどうした?」 
 この質問に孫は一瞬ハッとしたようでした。 「あっ! ない」  
 これにはじいちゃんもちょっと驚きました。
 「えっ! お賽銭箱に入れたんじゃないのか?」
 「ポケットに入れると忘れると思って、左の手に握っていたんだ。おじいちゃんの井戸の話を聞いているうちに、手から落ちちゃったんだね。きっと…」
 「そうか、せっかく良いことをしようとしたのに残念だったな」
 
 疲労がたまった孫〜翌日の計画変更
 きょうはしばらく徳島市内の道を歩きます。
 孫の歩みがなんだか遅くなってきました。振り返る度に10メートルくらい後方です。
 これまで午前中は大人に近いスピードなのですが…、5日目ともなると疲れがたまってきているなと感じました。
 井戸寺からまだ4キロくらいしか歩いていませんが、裏道へ入って、小さな公園で大休憩となりました。 
 今日はどうにかするとしても、明日はもっと歩けなくなるだろうと判断しました。
 22番平等寺付近の宿から21番太龍寺を下り終えた所に宿を変更することにしました。
 
 阿波おどり会館〜仙台市に対する義援金募集
 それから4キロ行ったところに阿波おどり会館があったので、見学を兼ねて再び休憩。
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 中に入って驚きとともにうれしくなりました。 
 「徳島市では、東北地方太平洋沖地震における被災地支援のため、観光姉妹都市である仙台市に対する義援金を募っています。皆さまのご協力をお願いします。」
 という、ポスターや、看板がありました。
 素直に感謝の気持ちがわきました。
 
 阿波踊り会館から国道55号泉バイパスへ向かう途中のお店屋さんで呼び止められてジュースとアイスクリームのお接待を受けました。
 孫は、立ち話をすると途端に元気になります。
 55号線に入って間もなくと小松島市に入りました。井戸寺から約13キロです。
 単調な道なので孫は、後方をいやいや歩いて来ます。
 今日は、21番鶴林寺の上り口よりもさらに奥の「ふれあいの里 さかもと」まで行かなければならないので、じいちゃんはちょっと気がもめます。
 
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 今日は、宿入りが遅くなりそうですね。
 
 最近従来の「傑作」から「「イイね!」」に変わりましたね。
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