東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

爺ちゃんが孫に震災を語る歩き遍路

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厳しいアップダウンが続く焼山寺遍路ころがし
 
 
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 標高40mの藤井寺からスタートして、アップダウンを繰り返して750mの浄蓮庵(一本杉)まで登り、いったん400mまで下り、最後は最も急な坂を上ってやっと720mの12番焼山寺へたどり着きます
 小さなアップダウンを加えると総標高差は1100mを超えます。
 結構本格的な登山なのです。
 水平距離は12.9キロですが、高低差を考えると実際歩く距離は、約17キロになるといわれています。
 
 奥の院
 上り口付近から八十八ケ所本尊を祀った祠が途切れたところに、空海(弘法大師)が修行したといわれる八畳岩がありました。
 
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  「弘法大師がこの岩に座って修行したんだよ」と指さいましたが、孫はあまり関心を示しませんでした。
 
 この先にさらに祠があって、大日如来を祀ってありました。ここを奥の院としているのです。藤井寺10分くらい歩いた所です。
 
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 小休止 〜立っておにぎり
 約40分上ったところで、眺望が開けました。
 まだあまり時間がたっていないのですが、立ち止って景色を眺めました。
 眼下には昨日渡ってきた吉野川が見えます。
 
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 「ついでにもう一つの残りのおにぎりを食べてしまえよ。おじいちゃんがリュックから出してやるからさ」と言うと、立って食べるのを嫌がりました。
 「大災害の時なんかは、ゆっくりと座って食べている暇なんかないんだぞ。東日本大震災のときは、自衛隊さんたちは緊急なので、みんな立って食べていたぞ。いざとなったらのたくましさを身に着けておけば、生き残れるんだ。お前も訓練しろよ。このお遍路のリーダーはおじいちゃんなんだから、リーダーの指示に従えよ」と、じいちゃんもなかなか強硬です。
 
 出発から1時間半ちょっとで、端山休憩所というベンチが設置してあるところに到着しました。
 孫は、「あれから30分しか経っていないんだから、疲れていないよ」と言います。
 「山登りは、少しゆとりを持って休憩しないと、後でガクッと来るんだぞ。これからがきつくなるんだ」と言って、休ませました。
 「お前は、昨日マメができそうだと言っていたね。せっかく座ったんだから、靴下を脱いで足を乾かしなさい。蒸れを防ぐと、マメや靴擦れになりにくいんだ」と、教えました。
 孫にとっては、厳しくてちょっとうるさいおじいちゃんです。
 
 長戸庵
 そこから「長戸庵(ちょうどあん)」まで上り坂の遍路道を、二人別Bつに、ひたすら登りました。
 
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孫の後ろ姿が少したくましくなったように感じました
 
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前を歩いている孫が手を合わせていました
 
 9時20分、出発から約2時間でやっと長戸庵に着きまた。
 
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 ちなみに、弘法大師が「ひと息つくのにちょうどいい」と言ったことから長戸庵と名づけられた言われています。
 ここで、坊主頭の男性に出会いました。この人とは、その後焼山寺で再会しました。
 
 うわ〜!雪だ
 長戸庵の後は下り坂です。
 「せっかく上ったのにすぐ下るの? なんかもったいないな」と、
 6回の上り下りがあるのを知りながらも、孫は独りごとを言っています。
 庵を出発して間もなく、小雪が舞ってきました。
 次第に本格的になってきました。
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 風が出てきて顔に雪が吹きかかります。
 あたりは、次第に白くなってきました。
 
 「雪の焼山寺なんて、お前はすごい経験をしているな」
 「雪なんか降らない方がいいよ。寒いもの」
 「お前は、温かいところで育っているからな〜」 こんなことを話しながら、歩きます。
 
 孫は手が冷たいと言います。
 見ると、手が真っ赤になってあかぎれができていました。
 「手袋持って来たの?」と訊くと、「ううん」と首を横に振りました。
 すぐにリュックから私の軍手を出して、はめさせました。
 「山へ来るときには必ず軍手か手袋を持ってくるのが常識だよ」と教えると、
 懲りたらしく素直に「うん」とうなずきました。
 こうして一つずつ覚えていくんだな〜と、改めて実感するじいちゃんでした。
 
 柳水庵はやっぱり閉まっていました
 
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 アップダウンの激しい雪道を道を、滑らないように注意を払いながら進みます。
 出発から3時間ほどで「柳水庵(りゅうすいあん)」が見えてきました。
 以前は、優しい夫婦がいて、いつも親切にしてもらったが、年を取って宿は閉めてしまったこと話すと、「別な人が開いてくれたら、よかったのにな〜」と残念がりました。
 
 柳水庵のそばに、水飲み場ありました。弘法大師が柳の杖で岩を突いた所から水が湧き出したという伝説があります。イメージ 8
 二人で水を飲み、ペットボトルにも詰めました。
 水飲み場のそばに「ふくろう注意」の看板がありました。
 8年前の遍路で、私は被っていた菅笠を直撃されました。笠がなかったら、頭か首を襲われたことでしょう。現実に、私が襲撃された2日後、東京から来た若い女性が首をやられて重傷になったと、新聞報道されていました。 .
  この話を孫にして、「気をつけろよ!」と、注意しました。
 
 柳水庵は、もちろん閉まっていましたが、近くに休憩小屋がありましたので、長い休憩を取りました。
 
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柳水庵は予想通り閉まっていました
 
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柳水庵付近の休憩所
 
 これからがむしろ大変なので、30分ほど休んで、二人ともたくさん食べました。
  「大変だったけどよく頑張ったな」と褒めてやると、
 「歩くしかないから、これからも頑張るよ」と、殊勝なことを言いました。
 この子は、逃げ道があると楽な方へ走ろうとしますが、完全に退路を断たれると頑張ろうとする―― ということを、じいちゃんは実感しました。
 これは、この子を育てる上での大きなポイントになるだろうと、確信しました。
 
 
 孫と爺ちゃんの四国歩き遍路前回までの記事記事はクリックしてご覧ください
 
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最難関焼山寺遍路ころがし
遍路ころがしと言うのは、険しい坂道が続く山の遍路道のことを言うんだよ
 このことは、四国へ出発する前からすでに教えていました。
 ですから、孫自身もそのことは強く意識しているのです。
 
 
 上り口付近に、「健脚 5時間、普通 6時間、遅足 8時間」 という小さな立札がありました。 「さあて、どれくらいかかるかな〜」と、それとなく語りかけましたが、返答はありませんでした。
 7時10分登山開始です。
 
 そばには無縁墓があり、若いお遍路さんが熱心に手を合わせていました。
 私はその姿に打たれるもの感じました。
 
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 すぐにうっそうとした山道に入りました。
 道端に八十八ヶ所巡りの祠が並んでいます。
 指さして、「こういうのを祠と言って、神社やお寺をすごく小さくしたようなものなんだ」と教えました。
 お寺の番号と名前をいくつか読んでやると、、
 「なんで八十八のお寺の”ほこら”が一カ所に集まっているの?」 と訊きます。
 「そうだな〜。体が悪かったり、時間がなかったりして、八十八ヶ所のお寺を回れない人がここへ来て拝むんだよ。こういうお社があるお寺は、ここ以外にもあるんだよ」 
 こういうことに関心を持ってくれたことは、じいちゃんにはうれしいことでした。
 この子もまんざらでもなやな〜。
 
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 孫を先に歩かせ、自分と向き合わせる
 祠を過ぎると、いよいよ急な坂道に入りました。
 
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 「おじいちゃんは、写真を撮ったりメモしたりして立ち止まるから、先に歩いて行っていいよ」と言いうと、「うん」と、返事をしました。
 ただ、後から聞くと初めてのことなので〈なんで?〉と思ったそうです。
 
 小さい頃この子は、とても気が小さい子で、トンボや蝶が飛んで来ても怖がって逃げる子でした。
 知らないうちに少したくましくなったんあだな〜と、じいちゃんはうれしくなりました。
 ふと思いました。
 そういえば、この子が5才頃から次々に妹と弟が生まれて、否応なしにお兄ちゃんを自覚せざるを得なくなり、ちょっと強くなったのかな〜?
 立場が人を変えるってやつでしょうか…?
 
  「木の枝に『へんろ道』とか、いろいろな札がかかっているから、よく見れば大丈夫だよ」
 ここは一本道で、道に迷うことはほとんどありません。
 それに、私は孫を信じていました。
 
   少し離れて歩かせて、自分の世界の中で、自分自身と向き合わせてみたかったのです
  この子は6人家族、4人兄弟姉妹の一番上で、常に大勢の中で生活しています。
 勉強でさえも、大勢の中でやっているほどです。
 自分一人になることはほとんどありません。
 じいちゃんは、遍路こそ、自分と向き合って考えるには格好の場だと考えていました。
 それは、私自身、そして多くの遍路経験者が実感しているところです。
 孫も、今は実感できなくても、いつかは感じてくれると信じています。
 
 それともう一つの目的は、
 最難関のこの焼山寺で、じいちゃんと離れて、一人でも歩けたぞ、という自信を持ってもらいたかったのです。
 いよいよ、孫の一人遍路、そして最難関への挑戦が始まります。
 
 
孫と爺ちゃんの四国歩き遍路前回までの記事(記事はクリックしてご覧ください
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2004年4月 藤井寺 藤がきれいな花を咲かせていました。
 
 朝晩家へ電話をかけたがる孫
 毎晩夕食後、息子宅へ電話して孫の様子を知らせることにしていました。
 孫は最初の日から、歩いているとき、何度も家族の話をしながら、家に帰りたいと泣いていました。
 通常男の子は、間もなく5年生ともなれば、こんなにまで家を恋しがらないと思うのです。
 ですから、半分は、つらいお遍路から解放されたいために泣いているのではないかという思いが、私にはありました
 ですが、とにかく”家恋しさ”を解消させないとお遍路に身が入らないので、初日も2日目の今日も家族と気のすむまで話をさせました。
  ところが、寝る近くになって、明日の「焼山寺越え」は大変なので、家族のみんなから、朝にも応援してほしいと泣いて訴えます。そして、”これからの遍路も大変なので、朝に応援してもらえば元気が出るから”とも言うのです。 
 どんなに家族と自分の絆が強いかを、切々と訴えるのです。
 しかも、これを延々と30分もやるのです。
 
 遍路で「親離れ」をもくろむじいちゃんとしては、不本意ですが、
 厳しいばかりじゃ逆効果かな? と、3日という条件付きでやむなく要求を呑みました。
 このことを、母親に連絡すると、あまりはずまない声で了解しました。
 もしかするともっと厳しい対応を望んでいたのかもしれないし、逆に、しょっちゅう泣くことを聞いてかわいそうな気持ちだったのかもしれません。
 朝はこちらから電話し、夜は向こうからかけてもらうことにしました。
 
 何せ、ふだん接触が少ないので、さじ加減がよくわからないのです。
 飴とむちの使い分け、押したり引いたりの兼ね合いが難しい子であることは確かです。ちょっとでも甘い顔をすると、とことん付け込んでくるのが、いかにも現代っ子らしいですね〜。
 じいちゃんもほとほと疲れます。
 親からの評価は至って低いのです。
 だからこ、今回の遍路に大賛成だったのです。
 
 2日間の中で、思わぬ良い点が見つかったことは収穫でした。
 家族思いで、信用して責任を持たせると責任感を発揮するし、思ったよりは考えて行動する面もあることを発見できました。 
 
[2日目]
 2日目は、昨日巡拝できなかった11番藤井寺を打って、難関12番焼山寺へ向かいます。
 
 朝ご飯は、いつも通りほとんど食べませんでした。
 こんなところはとてもわがままで強情なのです。
 ここで叱っていると、食事中の皆さんに不快な思いをさせるので、がまん、我慢。
 早立ちしなければならないので、自分で塩おにぎりを握らせました。
 「食べなかったのできっと大変だぞ。でもそれは、お前が悪いのだから…、とにかく登るぞ」と言いながら出発しました。
 食べないとどれだけ大変な思いをするか、今後のために体験させようと思いました。
 
 藤井寺へ1番乗り
 旅館吉野を6時30分ごろ出発しました。
 孫はやっぱり元気なく、杖を突く音も弱弱しく、とぼとぼと付いてきます。
 11番藤井寺へは、7時よりかなり前に到着しました。
 
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 8年前、4月6日に来たときには、藤の花がとてもきれいでした。
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 今年はまだ寒いので、咲いていませんでした。
 
 誰も灯していいない灯明台にローソクを灯したり、きれいにならされた灰に線香を真っ先に立てるのはとてもよい気持ちでした。
 孫は私の手からから無理やり着火マンを奪い取って、二人分の火を点けました。
 この積極性が、正当なことにも発揮すればいいのに……、思わず苦笑いするじいちゃんでした。
 
 いざ焼山寺遍路ころがしへ
 お寺のベンチで、孫におにぎりを食べさせ、12番焼山寺へ向けて出発です。
 いくらか元気が出たようです。
 上り口には白い花がきれいに咲いています。
 
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 とてもいい雰囲気だろう、と孫に声をかけると、何も言わずこくりとうなずきました。
 やはり不安感があるのでしょうか。
 
孫と爺ちゃんの四国歩き遍路前回までの記事(記事はクリックしてご覧ください
 
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吉野川
 
藤井寺はあきらめる
 
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               疲れた表情で遍路小屋で休む孫
 
 もう4時半を過ぎました。
 ここ鴨島から今日の最後のお寺藤井寺までは、まだ3キロ近くあります。 
 孫の足取りが30分ほど前からかなり重くなってきました。
 疲れるとぶつぶつと愚痴が出てきます。まあ泣かないだけましか…。
 ちょっと同情的な言葉をかけると、却って泣き出すので、取り合わずに歩みを進めました。
 藤井寺への巡拝はあきらめなければならなくなりました。
 
 待っていてくれたマスターに感激
 さあ、がんばって急ごう!」と孫に声を掛けて、いざ!と気持ちを引き締めた瞬間、 後ろから、「おーい」と叫ぶ男性の声が聞こえました。
 振り返ると、「お茶でも飲んでいきませんか」というお接待のお誘いでした。
 喫茶店「ゆるび」のマスターでした。
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 新聞で見て、「今日の夕方には多分店の前を通るだろうと思って、通りに目を配っていたんですよ」と言う。
 ありがとう! の気持ちで一杯でした。 またもや胸が熱くなりました。
 こんな感動が忘れられなくて、また四国へ来たくなるのです。
 
 「これからでは11番さんは無理でしょう。ゆっくりしていってください」と言って、店に案内してくれました。
 
 店へ入って傘を取った途端、あっと驚きました。
 補聴器が両耳ともないのです。
 「あ〜あ、おじいちゃん補聴器をなくしちゃったよ」と、孫に言いました。
 「え〜っ!」と、孫も驚いたようでした。
 「きっと風で飛んで行っちゃったんだな」
 「だって、40万円もするんでしょ。また、おばあちゃんに怒られるよ」
 実は、昨年1月のイタリア旅行で片方の補聴器を失くしたばかりなのです。
 「無くなったものをくよくよしても始まらないさ!」 そう言って幕引きをしました。
 マスターと奥さんも気の毒がってくれましたが、
 「私は至って楽観的で割り切りがいい方でして、年を取ったら余計にそうなりました」と言って笑ったので、その場の雰囲気が和らいだようでした。
 
 旅館吉野に電話して遅くなる旨を伝えて、すこし休憩することにしました。
 「宿では遅くなると心配するから必ず電話をかけるんだよ」と、孫に教え込みました。
 
 この店は、ご夫婦二人でやっていて、マスターは私と同じ年齢でした。
 この孫と同じ年齢の孫さんがいるということで、話も弾みました。
 最近も、気仙沼から岩手県を旅行してきたとのことで、被災地に関心を寄せていました。
 これには、重ね重ね感動させられました。
 全国には被災地に心を寄せてくれる人々がたくさんいるのだな〜と思うと、うれしくなりました。
 私はマスター夫妻の思いに感動し、孫は、ロールケーキとコーヒーに満足顔でした。
 1冊だけ持って行った拙著『諸君! お遍路はいいぞ』を、とても気に入ってくれて、ぜひ買いたいと言ってくれたのですが、帰宅後進呈しますと言うと、
 お接待ですのでぜひ受け取ってくださいと言って、2千円を無理に握らせました。
 
 30分ほど歓談して、感謝と感動の気持ちでお別れしました。
 
 旅館吉野〜洗濯は孫の分担
 旅館吉野へ着いたのは、6時近くでした。
 
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              疲れて写真にそっぽを向く孫
 
 宿のおかみさんは、優しくねぎらってくれました。
 この宿は、評判のよい宿なのです。
 〈今日から洗濯をしよう〉と、孫を連れて洗濯機のある部屋へ行くと、あいにく2台とも使用中でした。
 「僕は洗濯機の使い方がわかるよ」と言うので、「それじゃ任せたよ」 と言いました。 「やっと空いたよ」と言いながら部屋へ戻ってきた孫は、自分の洗濯物ものだけ持ってさっさと行こうとします。
 「おいおい! 自分のものだけっていうことはないだろう!?」
 「任せたよ、ということは、二人分やるってことなんだよ」と言うと、不満そうでした。
 「お遍路は、自分のことは自分でやるトレーニングなんだよ。一人分やるも二人分やるも同じだろ? お世話になっているおじいちゃんに対する恩返しでもあるんだよ」
と話してやると、少し納得したようでした。
 この日以来、洗濯は孫の分担になりました。
 
 やっぱり食事はあまり食べない
 今晩の夕食も、残念ながら満足に食べませんでした。
 明日は最難関の「焼山寺の遍路ころがし」なので、ちょっと心配です。
 「もの嫌いせずに何でも食べれるようにならないと、集団生活の時に自分自身困るし、みんなに迷惑をかける時もあるんだよ。旅行へ行っても楽しくないだろう!?」と諭しても、やっぱりだめです。
 これは、遍路中のこれからの課題でもありますし、家庭での食事の課題だなと、強く感じました。 おとうさん、おかあさん頑張って〜。
   
 東日本大震災の鎮魂と復興の二人旅2日目が終わりました。
 
 
 
孫と爺ちゃんの四国歩き遍路前回までの記事(記事はクリックしてご覧ください
 
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 郵便局は休み
 切幡寺から市場町の集落を歩いて行くと、折よく八幡郵便局がありました。ところが閉まっていました。
 手帳を見ると今日は日曜日だったのです。
 曜日無用―― 遍路の世界は、曜日はほぼ無用の世界なのです。
 
 「おじいちゃんお金は大丈夫?」と孫は心配顔です。
 「大丈夫さ。3万円くらいあるから、2日分の宿代はあるよ。明後日は徳島に入るから必ず郵便局があるよ」と言うと、安心したようでした。
 ほどなくお遍路さん休憩所ありましたので、15分ほど地元の人と懇談しながら休しました。
 
 吉野川周辺の田園地帯を行く
 集落を過ぎると田園風景が広がりました。見事な菜の花畑です。
 潜水橋を渡ります。
 
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 「これからあの山のふもとまで行くんだよ。明日はあの山を何時間も歩くんだ」と言っても、孫は特別反応を示しませんでした。
 はたしてどんな気持ちっだたのでしょうか。今になってとても興味があります。
 
 橋を渡ると広々とした田園地帯です。
 厳密に言えばここは吉野川の中州です。今日はことさらすごい風です。
 孫は寒い寒いとちょっとべそかき気味に付いてきます。
 私は両耳の小さな補聴器が外れそうになるのが、とても気がかりになっていました。
 孫の傘のひもが緩んだので結んでやっていると、後から来た若い女性遍路が結んでくれました。
 孫はじいちゃんよりもおねえさんに面倒を見てもらってうれしそうでした。
 彼女は足早に去って行きました。
 あゆみの遅いこちらは、ちょっと焦りを覚えました。
 
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  ちょっと歩くと、後ろから車の男性が来て、「写真を撮らせてください」と言うので、撮っていただきました。 
  男性は尾形さんという方で、今は持ち合わせがないからと言って、250円お接待してくれました。
  
 
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                  吉野川の善入寺島にて  二人とも疲れ顔ですね  (尾形徳春氏撮影)
 
 吉野川に架かる長い川島橋を渡ると、宿まで約4キロです。
 
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 川島に入り、県道240号線を歩いていると、先ほどの尾形氏が通りで待っていて、声をかけてくれました。そして新たに千円をお接待してくれました。
 尾形さんは、私の感謝に対して、「わたしの家は近くなので偶然お会い出来ましたね」と言ってくれましたが、彼がわざわざ待っていてくれたことはすぐにわかりました。
 おそらく家に戻ってお金を持ってきて、しかも1時間位は待っていたのでしょう。
 会った瞬間ジーンとなり、うれし涙がたまっていました。
 この時、人間の根源が残っている土地を、この孫と再び回りたいと、強く感じました。
 それを感じることができれば、孫は一生幸せな人生を送れるだろうと、わたしは本能的に感じました。
 
 今度の遍路は、じいちゃんに連れてこられた遍路だと思って終わるかもしれませんが、絶対いつかわかるはずだ、と確信ています。
 孫さえ承知すれば、夏休みにまた孫と二人で遍路したいと思っています。
 真夏の高知を出発するのは、今以上ずっととひどいことは百も承知ですが、
 私は孫のために体を張りたいと心から思います。
  東日本大震災だけでも2度も死んだ人間なので、孫のために死ぬのは、まったく意に返していません。
 ちょっと気負い過ぎましたが、真夏の遍路を2度経験した私ですので、もう一度孫を鍛えたいと思います。 
 
 孫へのコメントいただければ嬉しいです。
  
 

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