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9月1日は 防災の日
関東大震災を祈念して制定されたんだ
台風の襲来が多いと言われる二百十日にあたるんだ
きっと「災害への備えを怠らないように」との戒めが込められているんだよね
制定されたのは たくさんの人がなくなった伊勢湾台風の翌年の昭和三十五年
なんと防災の日がわたしの誕生日
知らぬ間にやってきた70歳
子供のころには70歳といえば すご〜いじいちゃんだと思っていた 実際なってみると自分ではそんな感じがまったくしない まだお年寄りのお世話をする立場だと思っている それにまだたくさんやることがあるしな〜
80歳になったらどう感じるかな〜?
90歳まで現役でいたいナ
それからが余生だと思っている
「東北巡礼創設実行委員会」設立
東日本大震災大震災から2年半が経とうとしておりますが、復興が思うように進まない中、震災は人々の記憶の中から消え去ろうとしております。震災の出来事や教訓を後世に伝えていくことが私たちに与えられた使命ではないかと思います。
7月初旬、「東北巡礼創設実行委員会」という組織を立ち上げ、東北6県に東日本大震災等の自然災害犠牲者の慰霊と、祈る方々が心安らぐ場を創設する活動を開始しました。祈るという行為と碑などに刻まれた言葉を通して震災を永遠に伝えていこうということが目的です。
設立への強い想いはこちらです。
凛とした背中
私の背中はいま どこか変化しているにちがいない
古希を迎え 人生の集大成として
とてつもなく大きいことに取り組みにはじめた
東北六県に 四国遍路のような巡礼の道を創ることだ
私は東日本大震災の時
震源地に最も近い島・金華山で大地震に遭遇した
建物の崩壊の危機 がけ崩れ最中の津波避難 さらには巨大津波の高台襲撃を受けながらも
命拾いをした
天からか 大自然からか それはわからない
何か大きな存在によって生かされたような気がした
「人のために役立て!」と ドンと背中を押された思いがした
だから被災地に足しげく出向いた
被災地の人々は手を合わせる場所がほしいと言う
亡くなった身内や知人を悼み
自分自身も癒される祈りの場があるといいなと語る
被災地以外の人びとも、
犠牲になられた方々に祈りをささげに行きたいという
そんな願いに応えたいと思った
私は20歳 33歳 60歳で三度四国歩き遍路を結願した
震災一年後には 小学四年の孫と二人で四国八十八ヶ所を歩いて
東日本大震災犠牲者鎮魂の旅をした
そんな経験から 東北にも四国のような巡礼地がほしいと思った
これを創ることこそが自分に課せられた使命だと強く思った
震災の記憶と教訓 大切な命を守る心構えを
後世に伝えなければならないと強く思った
今までの人生は、
これをやり遂げるための基礎造りだったように思える
この歳になって自分の背中に
今までとは一味違った
凛とした人生模様が描き加えられたような気がする
(「関節夫のココトバTV」からの投稿依頼に応えて書いた詩的散文 第40夜・記念特別番組〜背中〜より)
詳細は後日アップしたいと思います。 |

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