東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

ひきこもり青年の歩き遍路

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 Y君!  君はここまで来る間にたくさんの人励まされたり、親切にしてもらったりしたと思うんだけれど、逆に嫌な思いをしたことだってあると思うんだよね。何かなかった?
 はい、ありました。ありました。
 遍路二日目のことです。僕は四番大日寺からもと来た道を少し戻るようにして五番地蔵寺に向かって歩いていました。
 
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            4番大日寺山門
 
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           4番大日寺から5番地蔵寺へ
 
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              5番地蔵寺 山門
 
よく晴れていてとてもいい気持でした。みなさんが親切にしてくれるし、遍路もまんざらでもないなと、少し思い始めていました。そして、ちょっぴり自由な気分を味わいながら歩いていました。
 うん、家の中で引きこもっているよりはずっと良かったでしょう?
 
そう思いながら歩いていくと、遠くから自転車を引いた中年のおじさんがやって来たのです。
僕は、〈なぜ乗らないのだろう?〉と、少し不思議に思いました。近づいたとき「こんにちは」と初めて自分から声をかけてみたんです。すごく勇気が必要でした。だけど、おじさんは顔をそむけるようにして、無言ですれ違って行ってしまいました。
 すごくショックでした。僕が初めて自分から声をかけたのに…。やっぱり
路なんかに来るんじゃなかったと思いました。
  私は、やはりY君は甘いな〜と思ったが、何も言わずうなずきながら聞くことにし
た。
 せっかく、遍路も悪くないな~とちょっぴり思いはじめた時に何だか水を差
れたような気がしました。いい気分がいっぺんに吹き飛んでしまいまし
た。 昨日から、道行く人がみな好意的に挨拶してくれたのに、あのおじさ
んはちょっと変わってるなと思いました。あなたもそう思いませんか?
 わたしはその質問に、待ってましたとばかりに応じた。
 「それは君の自分中心なものの考え方だと思いますね」とズバリと言っ
た。その表情を見て彼は少したじろいだように見えた。
 
遍路に対して誰もが好意的とは限らない」―― この当然とも言える現実を
知らせなければならないと思った。
 私にも君のような経験がたくさんあるよ。
 具体的な話をする前に、まず、われわれ遍路が意識しなければならないこ
とを話しますよ。
 今の時代の歩き遍路は、昔の遍路とは全く違うわけです。昔は重い事情を抱
えた人や不治の病の人か、苦しい修行か供養の人が主に遍路していたわけで
す。そのことは君も知っての通りです。
 現代の歩き遍路は――仮にいろいろな事情を抱えているにしろ――それが出来
る人は、金銭的にも、時間的にも、健康的にも恵まれているし、家族の理解
だってあると言っていいでしょう。
 したくても出来ない人も少なくないのです。むしろそういう人の方が多い
んじゃないかな。そこを意識して、謙虚な姿勢で四国を巡らせて頂かなけれ
ばならないと思いますよ。
 なるほど、そう言われればそうかもしれませんね。僕にとってはあまり気
乗りがしないことでも、他の人にとって見ると贅沢な存在だと映るかもしれ
ませんね。
 君は理解が早いですね。歩き遍路は、わたしも含めてかなり恵まれぜい
たくな行為だと思っています。
 お遍路に来ると、我々ふつう人がとたんに、「お遍路さん」と敬意と親し
みを持って呼ばれるわけです。土地の人びとは「お遍路さん」に対しては、
てもやさしく接してくれます。それは君も十分経験したでしょう!?
 Y君は、こくんと頭を下げた。
「お接待」という、すばらしい伝統がいまなお息づいているからに他あり
ません。とてもありがたいことですよね。
 わたしにも苦い思い出があります。初めて遍路した20歳の学生の時で
す。今から50年ほど前のことです。思えば、今の君よりも若かったんです
ね。
 生まれて初めて杖を持って民宿から1番札所へ歩き出した途端、60過ぎのお
ばあちゃん―― 20歳当時の私にはそう見えたんですよ―― に深々と頭を下げ
られた時にはびっくりしました。1番札所から歩き出すと、畑仕事をしている
おじいちゃんとおばあちゃんが、遠くから丁寧に頭を下げてくれるんです
。もっとびっくりしましたね。こういうことが頻繁だったのです。
 きっと知らないうちにお遍路さん」という特権意識を持ったと思いま
す。ところが、3日目に、その意識がものの見事に打ち壊されたんです。吉野
川の河川敷の畑地帯を歩いていた時のことです。こちらから「こんにちは」
と声をかけると、一瞬こちらに顔を向けて、不機嫌そうに「すねかじりの学
生の身分で遍路かね!?」と言って、すぐに顔をそむけたんだよね。わたし
は、心の中では、アルバイトで貯めたお金で来ているのに思ったけど、いつ
も四国では優しくしてもらっているので、そのことを言えなかったんだよ
ね。君と同じで、すごくショックだったよ。
 だけど、そのあとに、君とわたしとで決定的な違いがあるんだょね。どう
いうところだと思う? 
 ?…  Y君は少し考えていたようだが、応答はなかった。
 君はおじさんを変わった人だと思ったよね。わたしはそうは思わなかった
よ。逆に自分を責める気持ちになっていたことですよ。私は初めて思い知ら
れたような気分になったのです。お遍路さんの特権意識に乗っかって天狗
なっていた自分にはっと気づいたんですよ。
 このことに早く気付かせてもらうよい機会になったと、後になってそのお
じさんに逆に感謝しましたね。何か不都合なことがあった時、多かれ少なか
れ必ず自分に問題がある、ではなくて「自分に問題があ」と考えれば、
とても気分的に楽だし、すなおに反省出来ますよ。相手を恨むこともないし
ね。 これは、長い人生の中で得た私の財産ですね。これだとストレス
少ないですね。                  (続 く)
 

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 わたしは3度死に直結する体験をしているんです。それがね、どれも水が関係しているんですよね。
それでも今、僕の眼の前で生きているんだから、「水運が強い?」というわけですか!?ぜひ聞かせてください。
Y君の求めに応じて、私は次のような体験談を話した。
最初は四歳の時。
造り酒屋の屋根の上に深さ3メートルほどの給水用大樽が設置されていた。子供心にその樽の中を一度覗いてみたいと思っていた。丁度おあつらい向きに、屋根まで上る梯子が立てかけてあり、おまけに樽にも梯子が掛かっていた。たぶん、樽の中を掃除するためだったのだろう。これ幸いに、その家の息子「坊ちゃん」と二人で、空になっていた樽の中へ入り込んだ。ところが、入ったのはいいが、外へ這い上がることができない。仕方なしにその中で遊んでいた。すると突然水が入り込んできた。二人で大声で叫び続けたが、誰も気付いてくれない。水が増えて来て、溺れかけた時、たまたま外へ出てきた杜氏が叫び声に気付いて「樽の中で坊ちゃんとSちゃんが騒いでる。早く水を止めろ!」と、急いで給水をやめさせた。二人の大声と偶然が命を救ってくれたのだろう。
 
二度目は七歳の時。
深さ4メートルほどのコンクリート製肥溜横に、直径30センチ、長さ1メートルほどの土管が並べて立っていた。そこに上って弟たちと木苺を採っていると、弟がバランスを崩して落ちそうになった。つかまえようとしたら、逆に自分の土管が倒れて肥溜めに転落してしまった。まだ泳げなかった私はしこたま汚物を飲み込んで、肥溜めの底へと沈んで行った。耳元でひゅーひゅーという音が聞こえた。底に足がついた途端無意識のうちにキックした。すると体が自然に上へ浮かんで肥溜めのヘリが見えた。思わず手を伸ばすと、左手の指がわずかに掛かった。しかし指の力がなく、再び沈んで行った。死ぬかもしれないとなんとなく思った。水におぼれた時には一度は浮かぶが二度とは浮かばないと、以前、大人から聞いていたからだ。その時、自分でも不思議なほど冷静だった。再び底まで沈んだが、死んでなるものかと、今度は底にしゃがみ込むようにして両足で思い切り底を蹴った。浮き上がりながら今度こそつかまりたいと強く思った。上で「つかまれ」という大人の声が聞こえた。必死に手を伸ばした途端、大きな手が両手でしっかり自分の小さな右手を捕まえていた。
 
三度目は、二十五歳の時である。
利根川支流の吾妻川の河原にある大きな水たまりに浸かって体を冷やしていたところ、突然激流が押し寄せて来た。後で聞くと、一キロほど上流の発電所からの放水だった。その瞬間は軽く考えていた。だが、急いで岸へ向かおうとしたが全く意思通りにならない。水深は高々腰ほどだが、流れが急だし、石がぬるぬるして滑るので、まったく踏ん張りが利かない。自分の気持ちに逆らって、まるで駆け足をしているかのように、下流へ向かって体が運ばれていった。五百メートルほど下流にも発電所がある。初めのうちは、そのうちいつかは岸にたどり着けるだろうと思っていた。ところが、あれよあれよという間に発電所に近づいていった。あと二百メートルほどに迫った時、取水口が見えた。その口がぐんぐん大きくなってゆく。口の直径は5メートルほどある。吸い込まれたら一巻の終わりだと思った。そのとたん、突然死の恐怖が走った。必死に現実から逃れようとあがいたが無駄だった。あと50メートルくらいまで近づいたとき、両岸がコンクリートの壁に取り囲まれ、急に水底が深くなった。発電所の取水水路に入り込んだのだ。泳ぎには自信があったが何せ流れが速いし逃げ場がない。いよいよ取水口に近づいたとき、〈あ~、あそこに吸い込まれて死ぬんだなー〉と、不思議なほど穏やかな気持ちになった。急に恐怖から解放された気がした。死という現実を自然に受け入れたのだろう。ところが、取水口目前になって、急に水路の右側が倍以上に広がり、流れが緩やかになった。いったん死を受け入れた私だが、とっさに流れと逆方向の右側の壁に向かって泳いだ。運よく壁にはステンレス製の手すり階段がついていた。こうして、自力生還したのであった。
 
わたしは先ほどのY君のように、一瀉千里に喋りまくった。その間Y君は一言も言葉をはさまなかった。というより、はさめなかったのだろう。思えば、死と向き合ったこの3度の体験をまとめて話したことはなかったと思う。死に直面した話を聞いて、彼はどのように感じたのだろうか。(続 く)
 
 
[前回の記事]
 
 
 こんなに感動したのは初めてでした。自分の中で眠っていた感動する心が強く呼び覚まされたような気がしました
 
 ここまで一挙に話して、Y君は「ふうー」っと一息入れた。
 本当に良かったね。きっと君の一生はこれをきっかけで変わってゆくこと間違いないですよ――。
 ところで焼山寺越えを終わっての感想はどうですか?
 ズバリ言うとやっぱり厳しかったですね。もう死ぬ思いでした。山を登っている時には、二度とこんなことはしたくない。Sさんにだまされたと思いました。憎らしくなりました
 そう話すY君の顔は笑いいっぱいだった。
 だけど、ぶら下がっている札の励ましの言葉だとか、追い抜いて行くお遍路さんに励まされながらどうにか歩き切りました。あなたがきちんと厳しいことを話してくれたし、乗り切ったら自信になると話してくれたから上り切れたと思うんです。確かにあなたの言うとおりでした。
 人生を迷う一人の青年の役に立てたと思うと、心から嬉しくなった。しかし、今スタート台に立ったばかりだ。これからが本番だ。頑張ってほしいという気持ちだった。
 
焼山寺を下り終えた翌日、十三番大日寺へ向かう途中の道は幸福感に満ちていました。〈ほんとうに自分は生きていてよかった〉と、つくづく感じましたね。周りの草花や木々が実に生き生きして見えました。いとおしささえも感じました。
 
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太陽も僕を祝福しているようです。希望の光がさしているように感じましたた。あれこそ幸せというやつですね。
すべての呪縛から解放されたような快感を十分に味わっていました。
大日寺付近の家の庭に爛漫の桜が咲いていました。
 
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そうそう、私も見ましたよ。
あれはすごかったですね。やっぱりあなたも注目したんですね。自然に「すごい」という言葉が出ました。
「それで!?」
周辺の桜はほとんどが散りかけているのに、この桜だけは「最後の姿を見てほしい」と精一杯の力を振り絞って耐えているように見えたんです。まるで僕に観てもらうのを待っていたように思えました。
この青年は自分中心のものの見方だが、感性がすごいと思った。
〈この桜は今日のうちに潔くみごとに散りつくすだろう〉と直感的に思ったんです。
実は私もそう感じたんですよ。君とわたしは似たところがあるな。前世では親子だったのかもしれないな〜。
僕にはすごくかわいがっていた犬がいたんです。富士山の「富士」と言いました。その犬が中学三年のとき死んだんです。その桜と富士の死が重なったのです。富士は死ぬ前日から餌もまったく食べなくなって、目をとじて体を横たえているだけでした。学校へ行っても気になってしかたがありませんでした。学校から急いで帰って様子を見に行くと、一瞬首をモコッともたげたんですよ。僕を見た途端、安心したように息を引き取ったんです。きっと僕を待っていてくれたんですよね。すごく悲しくて、ウォン、ウォン声を上げて泣きました。富士がもっと生きていていれば高校生の時に不登校にならなかったかもしれませんね。
「君の言う通りかもしれないね」
この爛漫の桜は僕の心に「命の愛おしさ」というか大切さを感じさせてくれました。
私もそう思うなぁ
死ななくてよかった。死んだら、僕が帰るまで待っていてくれた富士に申し訳ないと、今はつくづく思います。
絶対そうですよ。
 
 僕はもう二度とSさんとは会えないだろうと思っていたのです。それが偶然にもここでで再会したんですよね。その時には思わず涙が出そうでした。
 いやいや、まさに泣いていたよ。
 よくよく僕とあなたはお風呂で縁が深いんですね。
 私は「水運が強い」んですよ。きっと。
 え〜、それってなんですか!? よかったら教えてください!
                                      (続 く)
 

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[前回の記事]
 
 
 
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一本杉からしばらくは下りが続きますよね。せっかく苦労イメージ 1して上ったのにもったいないと思いながら下っていました。下の方に梅の花がいっぱい咲いている集落が見えて来ました。地図で見ると神山町左右内(そうち)の集落です。前方に焼山寺山の勇姿がそびえ立っています。景色としてみると「勇壮」なのですが、これから上ることを思うとむしろ恨めしかったです。きれいな梅の花を横目にみながら車道をしばらく歩きました。民家の横から沢沿イメージ 2いの道を歩き、橋を渡ると、ふたたび急な上りが待っていました。覚悟はできてはいたのですがやはり嫌でした。
あの道はただひたすらきつい登りが続きますね。
同じ上りでも苦しくなったり、楽になったりを何度も繰り返しました。
上り坂は苦しいが、登り切るまでは苦しさからは逃れられない。心で逃げてもこの急な山道からは逃れられない、登り切るしかない――こう自分に言い聞かせて頑張りました。
 
途中で一緒に休んだおじさんが、遍路は、人生と同じだよ」と言っていましたが確かにそのとおりだなあ、と思いながら歩き続けました。
それは私もいつも実感していますね。
 
「急な坂、もう少ないぞ、がんばろう」「同行二人 上りきったら下り待つ」「なんだ坂こんな坂 みんな通った遍路道」なんて五七五調の自作の言葉を口にしながら歩くとリズムに乗って少し楽になりました。
 
こう話した時のY君は、ほんとうに一皮むけたな~と、感心するより驚いた。彼は本当は素晴らしい素質を持っていたんだ。それを本人も周囲も気づいていなかっただけなんだ―― そう強く感じた。
 
なんと八時間以上も掛かって焼山寺にたどり着きました。感動するかと思ったら、意外に淡々とした気持ちでした。参道を歩いていくと、参拝を終えたバス遍路のおばちゃんたちが僕を見て、なんだか尊敬のまなざしを向けてくれていると感じました。こんなことって生まれて初めてのことです。とても誇らしく思いました。
きっと、こうして自信が付いて来るんだよね。
 
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中には「失礼だけど、その体でよくお山を歩いてきましたね〜」と声をかけてくれるおばちゃんもいました。ふだんは体のことを言われると馬鹿にされていると思っていたのですが、その時ばかりは逆に誇りに思いました。
 
境内までの階段を上るときは、すごく疲れていたはずなのに、とても気合が入っていました。
 
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境内に着いたら疲れがいっぺんに吹き飛びました。マラソン選手がオリンピックで金メダルのゴールテープを切った時もこんな気持ちなんだろうと思いました。おまけに、すばらしい雄大な景色が目の前に広がっていました。思わず「やったぜ!」と叫んでいました。ここまで到着した自分が何だかたくましくなったようでした。
―― これからは、苦しいときも、《焼山寺を越えたんだから…》という自信が、心の支えになるに違いない。「悲しみが心から離れていき、新しく旅立つことが出来るイメージが生まれてくるのでは……」そんな予感がしてきたのです。遍路を継続しようという気持がほぼ固まったこの瞬間でした。
思わず会いに行こう、未来の自分に!》と大声で叫びました。
こんな気持ちって、とことん苦しんで初めて味わえるんですね。
私はいつも思うんですよ。四国歩き遍路ってすごくうまくできてるなぁって。「喜怒哀楽」、「苦しみと楽」がまことにタイミングよく織り交ぜてあるんですよね。やはり「人生即遍路」ですね。
 (続 く)
 
    

 
   

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[前回の記事]
 
Y君は、柳水庵の休憩所を出発して一本杉へ向かうことになる。 
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柳水庵を出るとすぐに下りになりました。しかし、後はずっと上りでした。
出発してから6時間近く歩いた時に、もうやめようとまた弱気になりました。その時突然、目の前に急な石段が現れたんです。
 
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 見上げると、杉の大木の前に大きな像がでんと立っていたのです。きっと弘法大師像だろうと、さすがの僕にも分かりました。標柱には「一本杉…」と書いてあります。その大師像を見上ると僕の前に立ちはだかって怖い顔でにらみつけているように見えました。なんだか心の中まで見透かされているようで怖くなりました。「情けないぞ、もうやめるのか!」と喝を入れられているような気がしました。
 
 ところが近づいていてみると「お前が来るのを待っていたぞ」と話しかけてくれそうな静かな雰囲気に変わったのです。すごく不思議でした。
 
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 それを見ているととても心が落ちついてきて、穏やかな気持になりました。それと、ものすごく頼れる存在で、安心感というかそういうものを感じたのです。こんな気持ちになったのは生まれて初めてでした。無意識のうちに「これからの道中をお守りください」とつぶやきながら手を合わせていたんです。僕が自然に拝むなんて……。お遍路に来る前までは、お寺でも神社でもまともに拝んだことはないんです。これまでの札所でだってけっこういい加減でした。ここでだいぶ気持が変わりましたね。
 同じ休むならここで休ませてもらおうと思って、あたりを見回すと、小さなお寺のような建物がありました。浄蓮院というらしいですね。
 
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しばらくベンチに腰を下ろしていました。遍路に来るまでのことがいろいろ浮かんできました。ふじや旅館でSさんから「今までの自分を客観的に見つめるために、自分のことを『彼』と言ってごらん」と言われたことを思い出しました。そうしたら、自分のことをいくらか厳しい目で見ることができるようになったような気がしました。
 
 「う〜ん、すばらしい」 
 私は心からうなり声を上げていたと思います。ふじや旅館で会った時の彼とはすっかり変わっていました。あの時には、Y君は自分のことをまるっきり甘い目で見ていました。青年期にはたった3日間でこんなに変わるのか―― 全く驚きでした。心を病んでいる人にはぜひ遍路に来てほしいと心から思いました。
 
 地図を見ると、かなり下って最後の急坂を登れば待望の焼山寺です。
 一本杉を出発する時は、〈最後のピークを過ぎたんだから、がんばって行こう〉と気合を入れなおしました。なんだか僕もちょっぴりお遍路さんらしくなったかなと思いました。
(続 く)
 
 

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