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[ひきこもり青年の歩き遍路前回までの記事]
お接待を受けたらどうしたらいいのですか?
私は事情を訊いて、できることならいろいろとアドバイスをしてやりたい。むしろ単刀直入に遍路へ来た理由を訊き出そうとも思ったが、ぶち壊しになってしまうことを恐れた。だから彼が迷っていることに気付かないそぶりで、
「君も、これからきっといろいろなお接待を受けると思いますよ。そのときに、心得ておいた方がいいのは、お接待は、基本的には断らないのが礼儀だということなんです」
「そうだと思いますが……、何か特別な理由があるんですか?」
「さっきも話したように、お接待を申し出る人は、弘法大師に対する功徳を積もうとしているんです。それを妨げてはいけないわけですね。それから、自分に代わって遍路修行してくれている人に対して、感謝の気持ちを表すという意味も持っています。まあ、建前上はそうなっているんですが、厳密にはそういう気持でお接待してくれている人は、そう多くはないじゃないかと思うね。私なんかは…、お遍路さんに対する純然たる親切心でやってくれているように感じられるんですねえ……」
「Sさんのお話で、大分お遍路のことがわかってきました。どうもありがとうございます」
Y君は、それまでよりも柔らかい表情で軽く頭を下げた。
私は続けた。
「お接待に関して……、我々遍路が忘れてはならないと思うことがあります。それは――遍路修行をしているのは自分ひとりではない――ということなんです。我々の後に続く遍路がたくさんいるわけです。ですから、四国の人々の善意の目を摘まないように心がけなければいけない…、ということなんです。これからも四国の人たちが、お遍路さんに温かくお接待してくれるように、心から感謝して、すなおにお接待を受けるようにするといいと思いますよ」
「はい、わかりました。そういえば、お接待を受けたとき、どうしたらいいんですか?」
「合掌して……手を合わせて、『南無大師遍照金剛』と三回唱えてから、『納札』を差し上げるのが、昔からの習わしになっているようですよ。でも、あまり厳密にやっている人は、そんなに多くないんじゃないかと思いますよ」
私は実際にしぐさをしながら、説明した。
そのあと、ほんの少し沈黙があった。
すると、Y君が貯めていたものを吐き出すように、
「訊いていいか、迷っていたんですが……、あなたはさっき、人生のリセットのためにお遍路に来ているといっていましたよね。とても明るい感じなんですが……。 お遍路はたいてい、悩みを持っている人とか、何か宗教的なものとか持っている人が来るところじゃないんですか? 話しながらずっと不思議に思っていたんです…」
と、話題を私のお遍路の動機に向けた。これで自分も彼の事情を訊きやすく成った…。私は内心しめしめと思った。 (続 く)
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ひきこもり青年の歩き遍路
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[ひきこもり青年の歩き遍路前回までの記事]
丁重なお接待
私はさらにお接待を話し続けた。
Y君はおそらくこれから歩き続けるかどうか迷っているに違いない。無理に説得するよりもお遍路の良さを話してあげて気持ちを向けさせた方がよいと思ったからだ。
そしてY君の反応をさらに見たいと思った。
「ところが、今話したようなことよりももっと丁重にもてなしてくれる場合もあるんですよ――自宅に呼んで、昼食などをご馳走してくれることもあるんです。
「そんなことまでしてくれるのですか。普通は考えられないですね」
「もっと親切な人は、善根宿と言って、一晩泊めて食事も食べさせてくれる場合もあるんです」
「ちょっと信じられませんね」
「そのほかにも、いろいろな形があるんですよ。個人の無料休憩所もあるし……、自分の家の道路沿いに簡単な家を建てて自由に休んでもらうんですよ。高知に近い 海南町 というところでは、おばあちゃんが自分の年金を貯めてお遍路さんの休憩所を建てて、そこで毎日お接待をしているんですよ。私もそこで休ませてもらったんです。その晩の宿がまだ見つかっていなかったので、そこから二軒ほど電話したら、断られたんですよ。それを脇で聞いていたおばあちゃんが、電話して探してくれました。本当に感謝感激でしたね。そのおばあさんは、お遍路さんのお世話をすることが生きがいだといっていたのが印象的だったねえ。こういう奇特な人は四国にはたくさんいるんですよ。特におばあちゃんたちが親切ですね。ほんとうにありがたいですよね」
我々は、こういう人たちに支えられながら、歩き遍路できるんだから、ほんとうに毎日、感謝、感謝の連続ですよ」
「……」
「宿で洗濯をしくれたり、お弁当などを無料で作ってくれたりするときもありますよ。これもりっぱなお接待ですよね。宿や商店の値引きという形のお接待もあるんです。それから、地元のボランティアの人たちがやっている『接待小屋』という休憩所もあるんです。牟岐のトンネルの手前の接待所は必ず通りますから、ぜひ寄ってみるといいですよ」
「ずいぶんいろいろあるんですね」
Y君はあごに手をやって、納得したようにまじまじと私を見た。
「それから……、まだありますよ。歩いていると『お遍路さん、乗っていきませんか?』なんて声をかけてくれて、車に乗せてくれたりすることもあるんです。これは、『車のお接待』というんです。この辺は寺と寺の距離が短いから、多分、まだ声をかけられたことはないですよね」
と、私は同調を求めるように言った。
「そうですね。まだないです」
「それと、お遍路さんが迷いそうだと思って、声をかけてくれたり、道案内してくれたりすることも多いんです。私なんかも時々、『お遍路さんそっちじゃないよ。こっちだよ』なんて声をかけてもらって、助かったことが何度もありましたよ」
少し間をおいて、
「気づかないけれど、他にもお接待はいっぱいありますよ。これは、君の宿題にしておきますから、自分で気づいてください。人の好意だとか親切だとか……、こういうのをお接待の心というんでしょうかね。それを気づこうと思いながらお遍路していると、いつもありがたいなあという気持が湧いて、幸せな気分でお遍路が出来ると思いますよ」
「もしも続けられたら……、そうしようと思います」 (続 く)
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[ひきこもり青年の歩き遍路前回までの記事]
お接待ってどういうことですか?
Y君が遍路に来たわけを訊きたいのはやまやまだが、とりあえずお接待について話を進めた。
「一口にお接待と言っても、いろいろなお接待があるんですよ」
「君がパンと缶コーヒーをもらったみたいに、飲み物や、お菓子、果物なんかの食べ物をいただくことが多いですね。それから、タオルや手ぬぐい……、ティッシュペーパーなんかをいただく時もありますよ。僕の場合は、一日目の宿でお賽銭入れをもらいました。お金をいただくこともけっこう多いですよ……昔、貧しい人や修行目的の人が、托鉢をしながら巡礼をしたころからの名残りなんでしょうね」
「金額はいくらぐらいなんですか? そんなには多くないですよね」
「そうですね。以前は100円が多かったのですが、この頃は2、3百円くらいかな。僕は今度で三度目のお遍路なんだけど、初めて千円いただいたときには、びっくりしましたねえ。100円、200円ならありがたく頂くんですが……、多額なんで思わず断ろうと思ったぐらいでしたよ。そうしたらね、その六十過ぎの女性が『私は六回巡って皆さんからとてもよくしてもらいましたので、ほんのお返しのつもりです。ぜひお接待させてください』と言うんです。それで、ありがたくいただいたんですがね……、なかなか使えなくてね。しばらく財布に入れて他の金と分けて大切にしまっておいたんです」
「結局それはどうしたんですか?」
「さぁ~、ちょっとわからないです」
「相手の方への感謝の気持をこめた使い方をなさればいいと思いますよ」とアドバイスしてくれたんです。それで、とっさに思いついたことなんですが…、この寺に寄進するのがいいと思ったんです。『それでは、気持をこめてこのお寺に寄進させていただきます。このような有益なご助言をいただきましたし……、それと個人的なことですが、この寺縁 ( ゆかり )の『崇 ( す )徳 ( とく )院』と私の息子『崇 ( たか )徳 ( のり )』の名前が同じということも何かのご縁かと思いますので』と言ったんです。そうしたら、このお坊さん、なかなか粋な人でね、『そういうことであれば、ありがたく頂戴いたします』と言って、その千円札を押し頂いたんですが、また、その後がいいんですよ! ご住職さんいわく、『その代わり、あなたの殊勝なお心に対して、ここの納経料はお接待させていただきます』と言って、私が納経料として納めた千円札を返してくれたんです。そのときには、思わず〈なかなか味な計らいをしてくれるものだ〉と感服しましたね。『やっと肩の荷が下りました』といって礼を言いましたよ」
「ずいぶんいろいろ経験されていますね……、僕はまだ3日目なんですが、四国の人たちはずいぶんお遍路さんに親切だと感じますね。子どもたちまで挨拶してくれるのには驚きました」
「これからはもっともっと、感じますよ。きっと……」
これに対して、Ý君は一瞬目を伏せた。
彼はこれからの遍路を続けるかどうか迷っていることはこのしぐさからも察しがついた。
何とかしてあげたいという思いがわいた。
(続く)
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お互いに名乗り合ったことで、和んだ空気が流れた。
「人生の区切りの意味で、定年になって早速やってきたんですよ。ほんとうは定年の翌日にすぐ出発したかったんですが、やはり何か手続きなんかが残っていると困りますので…」
とわたしがやんわり切り出すと、
「僕は、一応大学生です」
と応じた。
わたしは、「一応」という言葉にもちろん意味を感じたが、おいおい聞けばよいと悠長な気持ちで、あえて訊かなかった。
自己紹介し合ったせいか雰囲気がかなり和んできて、お互いにお遍路に来てからの様子を詳しく語り合えるようになった。
そうはは言っても、内面に触れあうところまではもちろんいかなかった。
でも仕方ないかと思った。
ところが思わぬことに、まもなく二人とも食べ終えそうになった頃、Y君が、
「あなたの部屋へ行ってもいいですか?」
と訊いた。わたしとっては渡りに船だった。せっかく親しくなれたのだから、Y君を自分の部屋へ誘ってもっといろいろと話してみたいと思っていたからだ。
「どうぞ、どうぞ」と二つ返事で快諾した。
部屋へ行ってから小一時間語り合った頃、唐突にY君が、
「ところで、お接待ってどういうことですか? なんとなくわかりかけてきたんですが……」
と尋ねた。わたしは、「お接待」も知らないということは、Y君は突然お遍路にやって来たのだ、とすぐに察しがついた。
「二日目に、六番から七番へ来る途中で、おばさんが缶コーヒーを持って、お遍路さーん!お遍路さーん、お接待! と言って、家から追いかけて来ました。その時初めて『お接待』という言葉を聞いたんです」
「お接待を知らないでお遍路している人は珍しいですね。特に歩き遍路している人にとっては、とっても意味が深いことなんですよ。ぜひおぼえておいた方がいいですよ」
「僕はこれからもっと続けるかどうかわからないので、簡単でいいですよ」と言う。自分で質問しておいてそれはないだろう。ちょっと身勝手だなと思ったがさりげなく、
「その辺のところは君が話したければあとできくとして、途中でやめるのならむしろ聞いておいた方がいいと思うよ」と言いながら話し始めた。
「ちょっと堅い話になるんだけど……、まず、お接待の意味というか、精神というか、そういうものから話しますね」
「四国では、というより遍路の世界ではと言った方がいいのかな…、お遍路さんは弘法大師の化身と考えられているんですよ。弘法大師は空海ともいわれているですが…、知ってますよね」
「はい、有名なので知っています。歴史や国語などでも習いましたので……」
とY君は、これくらいは知っていますよと言いたいそうにちょっと不満な表情を浮かべた。
「昔から、弘法大師の化身といわれている道中のお遍路さんに施しをすると、自分も功徳にあずかると考えられているんです。逆に、お遍路さんの側からすれば、お接待してくれた人に成り代わって修業することにもなるわけです。弘法大師は、実際には八百三十五年に亡くなったんだけれども、今でも生きていて四国を巡礼していると信じている人もいるんです」
Y君の目は少しずつ輝いてきた。簡単に…と言った割には、うなずきながら熱心に耳を傾ける。その様子を見てわたしは、彼がけっこうお遍路に関心があると読み取った。そして、少し詳しく話してやろうと思った。
それと同時にますますY君のいきさつを知りたくなった。 (続く)
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ひきこもり」を治すために遍路に来ました
お遍路中に聞いた言葉の中で、最もインパクトが強かったのは、「『ひきこもり』を治すために来ました」という、二十三歳の青年が発した一言だった。その青年との最初の出会いは、3度目の遍路の時、十一番藤井寺のそばの「ふじや旅館」の浴室だった。
11番藤井寺の山門
藤井寺の藤棚
わたしと青年とは偶然に隣り合わせで体を洗っていた。青年には一瞬見せる表情にどこか影が感じられた。見るからに太っていて、歩き遍路は大変だろうなと思うほどだった。若いし、これだけの体重でお遍路するからには、何か深いわけがあるのだろう……。
わたしはそれをどうしても知りたいという衝動に駆られた。だが、昔からお遍路の動機を尋ねるのはタブーのようになっている。それになんとなく話しかけづらい雰囲気も感じた。
「今日はどちらからスタートしたのですか?」と、当たり障りなく話しかけてみた。それに対して青年は、「十番です」と、ぽつりと答えただけだった。だが、その表情には、話しかけられるのを待っていたかのような雰囲気があった――少なくともわたしにはそう感じられて少しほっとした。
「そうですか、私は八番の熊谷寺からです。遠くから来たので、一日目は二番までで終わらせて、一番の近くへ泊まったんです。二日目も無理せずに七番の十楽寺に泊まりました」
わたしは出来るだけ笑顔で返した。だが、青年は訊いたことにはポツリ、ポツリと返事はするが、会話はあまり盛り上がらなかった。まだ打ち解けるところまではいかないまま、二人とも浴室を出ることになってしまった。通常、お遍路同士はすぐに打ち溶け合って十年来の知人のように親しくなるのだが……、その青年は少し違っていた。まあ、これも最近の若者の特徴だろうと、わたしは自分を納得させた。実は、わたしは第二の人生では執筆生活に足を踏み入れようとしていた。その第一作として、若い時から関心を寄せていたお遍路を題材にしたものを書きたいと思っていた。それだけに、意味ありげな青年ともう少し話してみたかった。せっかくのチャンスを逃した気分で残念だった。
夕食の膳に着いて、ビールを飲みながら寛いでいると、先ほどの青年がかすかに笑みを浮かべながら、ちょこんと頭を下げて隣の席に座った。わたしは予期せぬことに一瞬戸惑いを感じた。だが、何はともあれ、一度逃したチャンスが向こうから再び転がり込んで来てくれた感じがして、得した気分になった。
「仙台からやってきたSといいます。よろしくお願いします」
と声をかけると、青年は
「Yといいます。僕は名古屋です。よろしくお願いします」
と、お風呂場の時とは違い幾分リラックスした表情で応じた。笑顔にこだわりが感じられなかった。
次回に続く
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