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42こころ洗われる
厳しいアップダウンが続く焼山寺遍路ころがし
Y君が乗り切った12番焼山寺の遍路ころがしの高低差は下の図のようになります。足に自信のある私もかなり苦しんだ山道です。Y君にとってはとてつもなくつらい道だったことだろう。
やめようと思ってから長戸庵までどれくらいかかりました?
そうですね、30分くらいだと思います。出発してから2時間弱でした。
そう答えるY君の目に何かちらっと輝くものを感じた。
いや〜大変だったですね〜。普通は50分から1時間あれば着く距離なんです…。
あそこがたいていの人の初めての休憩場所なんです。倍かかったということは、本人にとっては、普通の人の2倍苦しかったはずですよ。頑張りましたね〜。何せ4年近くもまったく運動していなかったのですからねぇ。
ありがとうございます。あの時の苦しさがわかってくれてうれしいです。僕の場合4回目の休憩ですからね。僕が腰を下ろして2,3分したころ女の人がやって来ました。彼女に話しかけられて、10分ほど話をしました。女性と話をするのは4年ぶりでしたので、ドキドキしました。
こう切り出した時の彼の表情には恥じらいが感じられた。
彼女は、失恋して遍路に来たのだそうです。「優しい人になろうと思います」という言葉が印象的でした。僕には彼女はとても優しい人に思えました。
彼は彼女のことをあまり多く語ろうとはしませんでしたが、何かとても大切なものを心の中に秘めているように感じられました。だから私は詮索しませんでした。
このような体験は彼の背中を押してくれたのではないかと思うし、これからも若い女性とのこうした出会いがあってほしいと思いました。私にも若いころ、多かれ少なかれこのようなホットな出会いはあったからです。―― もちろん今もないわけではありませんが。(´∀`)
僕は12番焼山寺の宿坊に泊まる予定だと言うと、彼女は、さらに10キロほど行った植村旅館に泊るのだと言っていました。そして「先を急ぐのでお先します」と言って急いで出発していきました。
「本当は一緒に歩きたかったのではないんですか?」
と、ちょっと意地悪っぽく私が笑うと、彼の顔は見る見る真っ赤になりました。
「そんな時には納札を交換しておくと、連絡先がわかるんですよ」
と言うと、「そうでしたね」とはにかんだ。
こういう風に純真だからひきこもったのかな? とくすりと笑いたくなったが、さらりと話題を変えた。
「それじゃ私と同じ宿ですね」
「多分その女の人は少し丸顔で短い髪ではありませんか? そして、モスグリーンの地味な合羽のズボンを穿いていませんでしたか?」
「そうです」
「それじゃ間違いなく食事の時にお話しした人です。奇遇ですね。しかしこういうことって少なくないんですよ」
「ここから柳水庵までも何度も上り下りがありますね。やっと休憩所に到着したら、お父さんと小学生くらいの女の子がいました。丁度、出発間際でした。女の子は小学3年生とのことでした。こんなに小さいのにえらいな〜と思いました。とても刺激になりました」。 (続 く)
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ひきこもり青年の歩き遍路
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「たしかにデジカメで撮れば簡単だけど、じっくり書いたり、味わいながら読んだりしていると自然に心の中にじわ〜っとしみこんでくるものですよ」
「ところで君が印象に残っている心が洗われるっていうのはどういう意味なのかなあ?」
「なんとなくは分かるのですが…、ま〜、心がきれいになるということでしょうか」
「言葉の意味だけは大体わかってっているようだけれど、実感はしていないようですね。」
「けがれた部分が洗い落とされ、心がきれいになることなんだけれど、そのような感じをうけることも言うんですよ」
「けがれというのはどういうものなのでしょうね? これもなんとなくわかるのですが…」
「突然言われるとちょっと困るんだけど、心の場合は、清潔さや純粋さなんかを失うこと、だと思いますよ。精神的にみにくいことやよくないことといってもよいかもしれませんね」
「私は遍路中に、歩いていてととても清々しい気分になったことが何回かあるんですよ。こういうのも心が洗われたと言うんでしょうね」
君もしばらく歩き続けているうちにきっとこのような経験をすると思いますよ。 (続 く)
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Y君の遍路ころがしへの挑戦
Y君は話し始めると止まらない。
Y君がどんな様子で焼山寺を越えたのかとても興味があった。うんうんと言いながら思わず聞き入っていた。
登り口に差し掛かると、ところどころに「空海の道」や「空海ウォーク」と書いた三角の布が木の枝に掛けられてました。
今までの道が足慣らしだとすれば、いよいよ修業の道だ、と身が引き締まりました―― こんなことを言える資格がありますかね〜、僕に。山道は、高い杉の木立に覆われ、いかにも修業の地という雰囲気を感じました。
歩きは始めてから15分も経たないうちにもう息が切れてしまいました。とにかく僕のようなデブにはきつかったです。早くも嫌気がさしてきました。Sさんにうまくだまされた気分でした。
坂の上り始めはすぐに息が切れてくるものですよ。スタートする前にちょっと体操したほうがいいですよ。特にすぐに山道に入るときはね。
丁度,川が見えるところで腰を下ろしていると、後ろから来た若い女の人が「どうぞ」と言って、みかんを半分くれました。しかしこんなところで休んでいられないといった感じで、ちょっと立ち止まっただけで、「頑張ってください」と言って、さっさと行ってしまいました。ちょっと見放された気持ちでした。いったいこれからどうなるのだろう…。不安になりました。
僕は次々と追い抜かれました。1時間半ほど歩いた時、〈もうやめたい!〉と思って立ち止まりました。
すると目の前に『がんばって、さあ前進』という札と『一歩一歩を大切に』と書いた札が木の枝にぶら下がっていました。心を見透かされた様な気がしました。〈これはまずい〉と思いました。
私にもそんなことが何度もありますよ。
あそこで、あの2枚の札をみなかったら、Sさんの「人生が変わる」という言葉を忘れて、きっと戻ったと思います。そうすると、こうしてSさんとまたお会いすることがなかったんですね。
そういうのをお遍路では「ご縁」と言うんですよ。2枚のお札に感謝すべきですね。
それからは札を読みながら歩きました。
木札に励まされてあえぎながら歩いたという感じでした。『本当の自分とは何か』『心を洗い、心をみがく遍路道』『お大師様の通られた道』なんていう宗教的な訓えの言葉も意外に力づけてくれました。
「心を洗う」という言葉が、特に印象に残っています。
「私は今回は、札に書いてある言葉を全部旅のメモ帳に写したんですよ。これです」と言って彼に見せた。
すると彼は、「大変なのでカメラで写せばよかったんじゃないですか?」と、いかにも見下すように言ったので、腹が立った。
「おいおい、冗談じゃないよ。カメラで撮ったってあまり価値がないよ」
「なぜですか?」Y君は少し不満顔
「今、『心を洗う』という言葉が一番印象に残っていると言ったばかりじゃないですか。私に言わせれば、さっぱりわかっていませんね」
「これから、遍路ころがしを歩くときには、必ず読むといいですね。そうすれば私が言った意味が分かりますから」「君は人生を変えたいんでしょう?」 (続 く)
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Y君は、よほどうれしかったのだろう。挨拶もなしに自分のことを話し始めた。いかにも彼らしい。いちずな思い込みと無邪気さが人間関係や社会への対応につまずいた理由なのだろうと、可笑しくなった。
「あれから、また三日歩けました。焼山寺の山越えもできたし、何とかここまで来れました。最後まで歩けるという自信はまだ十分にはないんですが、少しは自信らしいものが出てきました。やっぱり、Sさんに焼山寺越えはきついって言ってもらってよかったです」
といったような、一気呵成の話しぶりだ。
「よかった、とにかくよかった!君が歩き続けてほんとうによかった」
「もう食事が始まっているんだから、早く風呂に入って、食事にしましようようよ。宿に迷惑になりますからね。食事が終わったら私の部屋へいらっしゃい」と言うと、彼は「お先します」と言って、ちょこんと頭を下げて浴室から出て行った。これからの遍路でいろいろな人と出会って社会性を学んでほしいな〜。
私も急いで体を洗って風呂を切り上げ、部屋へ戻ってから食事の大広間へ向かった。広間はおおぜいの団体遍路さんで埋まっていた。Y君を見つけたが、となりの席はすでにふさがっていた。彼はとなりのおばさん遍路から話しかけられて、まだ面倒そうだったが、どうにか会話をしているようなので安心した。こうして少しずつ人間慣れしていくことだろう。
先に食事を終えたY君は、私をみつけて近寄ってきた。私の部屋の名前を教えると、「僕の隣ですね」と言う。やはり予想したように、私の隣の部屋だった。あの、ぎしぎしっという音は私のカン通り、おデブちゃんのY君の足音だったのだ。
Y君は私の部屋へ入るや否や話し始めた。まるで小学生だな~と、思わず苦笑いが出た。子どもが学校から帰ってからすぐ、その日の出来事を夢中になって母親に報告するときのようだった。
「僕は、もう二度とSさんとは会えないだろうと思っていたんです。お風呂で声をかけられたときにはほんとにびっくりしました。思わず涙が出そうでした」
「いやいや、完全に出ていたよ!」
わたしの冗談めかしの笑顔が、彼の心をいっそう解きほぐしたようだ。さらにエンジンがかかる。 「Sさんが、焼山寺を上り終えてこれ以上続けられないと思ったら帰ってもいいんじゃないの。そこまでやれれば立派なものだよ! 四年間ひきこもっていた君が普通の人がやらない焼山寺越えを成し遂げたということになるんだもの…と言ってくれたおかげで、僕は迷いながらも、少し安心したんです。
僕はあの夜、床へ着いてからこんな事を考えていました。
―― 明日は最難関へ挑戦しなければならない。僕はまともな山登りなんかしたことがない。はたして僕に上れるのだろうか。不安ばかりが先立った。幸か不幸か夜中に雨が激しく降った。内心このまま降り続けばいいなとも思った。このまま戻っても、雨で登れなかった、という言い訳が立つし、三日というノルマは果たしたし…。いろいろ考えて、僕の気持は複雑に揺れていた。Sさんの言った「越えれば人生が変る」という言葉が、妙に僕の心を後押しした。結局、「もしも、晴れたら登ろう」と、自分に言い聞かせた。
翌日は雨もすっかり上がった。《人生を変えるために頑張れよ》と、無理に自分を励まして、6時30分に宿を出発した。標高938メートルの山腹に建つ焼山寺へ向かって、挑戦の山越えが開始された。
(続 く)
いっぱいの不安とちょっぴりの期待で焼山寺へ向かって上り始めた |
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38はやる心を引き締めて宿へ向かう。
まず主人は、風呂へ案内してくれた。
今日は団体さんが泊まっているらしくて、忙しそうだ。
Y君が泊まっているのかどうかことを訊きたいが遠慮した。
風呂は古いが、大きくて5〜6人は入れそうだ。
時間が遅いので誰も入っていない。ゆったりと入れそうだ。
主人の後に付いて受付へ行くと、明るい感じの女将さんが出てきた。
部屋の名前を聞き、2階に上る。
部屋はふすまで仕切られた続きの間だ。当時は、部屋には鍵はなかった。
それだけ安全だったのだ。
隣の部屋からは、畳を踏みしめるぎゅっぎゅっという足音が聞こえてくる。 音から判断してどうも男性のようだ。なんだかY君かもしれないと思った。 何の根拠もない。第六感だ。
その人は、すぐに部屋から出て行った。
ほっとすると、仏足石から星の岩屋へ向かう山道で滑って打ち付けた尾てい骨に痛みを感じた。着替えてそそくさと風呂へ向かった。
衣類を脱いでいると、誰かが浴槽に入っている水の音がした。直感的にY君だと確信した。 浴室に入った途端Y君だということがすぐわかった。
私はドキドキしながら「Y君!」と呼びかけた。
彼は驚いて振り向いた。
「Sさん! まさか〜」と叫ぶ目からは、思わず涙が溢れていた。
Y君は前よりずっと明るくなり、少したくましくなったように見えた。
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