東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

ひきこもり青年の歩き遍路

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立江寺は関所寺
 
関所寺というのは、「邪心をいだくものは、ここで必ず罰を受け、山門から先には進めない」といういわれを持つ寺です。
  このような寺は、十九番立江寺、二十七番神峯寺、六十番横峰寺、六十六番雲辺寺の四ヶ寺です。
 関所寺は、『心の関所』とも言えるもので、日頃の行いや心が試されるものです。その意味で自己反省を促されるお札所と言えるのではないでしょうか
 
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         「悪い奴は通さん!」とばかり立ちはだかる立江寺の仁王像
 
  私は、関所寺は単なる言い伝えと思いながらも、
 「関所寺」の山門に立つと、どの寺でも緊張します。
 どう見ても神様・仏様のおめがねにかなう行いをしているとは思えないからです。
 関所寺の仁王像を見上げると、“邪心を抱く者は一歩も寺へは入れない”という気魄が迫ってきます。よけいに緊張が走ります。
 十九番立江寺は最初の関所寺です。
 合掌しながら「よろしくお願いします」と言って門をくぐったのですが、何事もなく通れたので、思わず、〈無事進めてよかった〉と、ほっと胸をなで下ろしました。
 
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              最初の関所寺、十九番立江寺の山門
 
 通った後には、門に振り返って「無事通していただいて、ありがとうございました」とつぶやきながら合掌しました。
 その後の3つの関所寺でも、山門を通る前に〈自分は大丈夫だろうか〉と、遍路中の自分をちょっと意識しました
 もしもY君が通ることがあったら、きっとこの謂れを知らないので、普通の気持ちで通るに違いありません。意識して通らせてみたいな〜と、思うと、ちょっぴりおかしくなりました。
 
 立江寺には、次のような伝説が残されているそうです。
 お京という女が、浮気相手とともに夫を殺害し、遍路をしながら身を隠すようにしてこの寺までやってきた。
 ところが、罰が当たったのか、お京の黒髪が鉦(かね)の緒に巻き上げられてしまった。
 この寺の住職に悪行を懺悔すると、お京は頭皮と髪が鉦に残ったまま、解放されて命拾いした。
 ここまでやってきたものの、罪を犯した邪悪な者はこの寺を通過することができず、天罰が下ったということなのだろう。

 お京の黒髪は「黒髪堂」に残されていますが、すっかり色あせて、茶髪になっていました。みなさんも、立江寺へ行ったらご覧ください。
 

  イメージ 2                   お京の伝説の残る「黒髪堂」
 
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         黒髪堂には黒髪の巻き付いた鉦の緒が残されています。
 
立江寺の俳人と天井画
 礼拝をすべて終えて納経所を出ると、
「時間はあるのでしょう?」と、老齢の男性に声をかけられました。
「はい、今晩はこちらの宿坊にお世話になります」と答えると、
「それはちょうどよかった。いい物を見せてあげるから、ついて来なさい」と言って、
お寺の建物の中を案内してくれました。
 この方は、この寺の檀家総代の新堀正司さんという俳人(雅号は冬陽)でした。
帰宅後後も、資料をいただいたりして大変お世話になりましたが、残念ながらお亡くなりになりました。
 
 立江寺の内部のことは、NHKテレビで放映されていたので興味がありました。
 方丈の襖絵は、日本画家長尾弘子さんの作品で、美しい花々が岩絵の具で描かれており、楽しませていただきました。
 別部屋のふすまには、歴代の住職の書が書かれていました。
 
 
すばらしい天井画
 
 
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          東京芸術大の教員や学生が描き上げた見事な絵
 
 古い時代の絵に混じって、東京芸術大の教員や学生40名余りが描き上げた絵が数多くありました。
「自分の本当に描きたいテーマを、自由に描いてもらいました」と、ご住職は言います。
 それだけに、一枚一枚が自由闊達で、〈これを描いた人たちはさぞ楽しかっただろう〉と思われるものばかりでした。
 ローレライの人魚、ふくろう、赤カブ、花々などなど…、
 
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 現代感覚の絵が古い寺と意外にマッチするものだと、感心しながら鑑賞させてもらいました。
 描いた学生さんたちは、今では美術界の第一線で活躍しているそうです。
 
 
 京都の東寺のものを模写したという大曼荼羅もみごとでした。
 
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 立江寺のご住職は、「寺は信仰の場であると同時に、文化の伝承の場であり続けたい」と話していました。
 わたしは 20歳の学生時代に、杖一本でスタートしましたが、途中で気持ちが変わり、そのことをこの立江寺の当時の住職さんにお話すると、
 「息子が使ったものでよかったら」と言って、白衣をはじめ遍路用品をいただきました。とても思い出深いお寺です。
 案内してくれて住職さんにこの話をすると、
 「その息子というはきっと私のことです。わたしの白衣を着てくださった方とお会いできるとは…、本当に奇遇ですね〜」と言って、二人で固く握手を交わしました。
 まさに、奇遇ですね。
 そして、ご住職にY君のこともお話しました。私がY君と会いたいと思って予定を変えたことが、さらに、このような幸運な奇遇を呼んだのだと確信しました。ますます再会出来るような気持ちになりました。
 
 立江寺はボタンの綺麗なことでも有名です。
 
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弘法大師の母孝養
 古めかしい山門から樹木の生い茂る小道を歩きながら、弘法大師の母親孝行について想いました。この話はとても有名なので紹介します。
 
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 もしもY君と一緒だったら、このような会話をしたことでしょう。
 
 「君はお母さんのことが好きですか?」
 「はい。 しかし、なぜ突然こんなことを訊くのですか…」と、Y君は怪訝そうです。
 「このお寺は弘法大師がお母さんに親孝行したお寺なんですよ」
 「弘法大師がこのお寺に長くとどまっていた時、お母さんの玉寄御前 が大師を訪ねて来たんですね。ところが、このお寺は女人禁制だったのです。 そのため、お母さんは弘法大師さんに会うことができなかったんです」
 「それでどうしたのですか?」
「それで 弘法大師は、女人禁制を解くために、7目間色々なお祈りをしたり修行をしたとのことです。そしてお祈りを修めてからお母さんをお寺の内へ迎え入れて、親孝行されたそうです。それか らお寺の名前を母養山・恩山寺と 名づけて、第18番霊場にしたんだと言われているんですよ」
 
 こんな空想的なことを考えながら歩いているうちに境内に着きました。
  境内の桜は満開が過ぎたようでした。
 
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  この近くまで来たら、大きな修行大師が、ちょっと後ろ向きで迎えてくれました。
 修行大師像
 前に回ってみると、大きくて姿形のよい、かっこいい弘法大師でした。
 
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                   巨大な修行大師像
 
大師堂と御母公堂
 大師堂と肩寄せあうようにして御母公堂が建っています。
 母の玉依御前が髪を切って、その髪を収めたと言われています。
 本当に今も髪が入ってるのだろうか?と、子供のような疑問を持ちました。
 
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 まず、本堂へ
 
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                      恩山寺本堂
 
  水子地蔵〜娘と赤ちゃんを二人とも亡くした女性 
 
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イメージ 6 大師堂で礼拝してから、帰り際に水子地蔵にお参りしていると、中年の女性がやってきて、私に一礼した後、心を込めた様子で小さな地蔵様に水をかけ始めました。この様子にいたく心引かれました。深いわけがあるのだろうと思いながら眺めていると、女性の方から話しかけてきて、自から事情を話してくれました。娘さんが難産で生死が危うかったので、やむを得ず母体の安全を図ったとのことでした。それにもかかわらず、結果的には数日後娘さんもお亡くなりになったそうです
 二人の死に直面した時のこの女性の悲しさ苦しさは、いかばかりだったのでしょうか…。想像に余りあるものでした。
 きっと苦しい胸の内を私に聞いてほしかったのでしょう。私も苦しくなりました。でも私は、女性と別れた時、この女性のため少しは良いことをしたような気持ちでした。
この話を聞いたとき、Y君のお母さんが命がけでY君を生んだときのことと重なりました。この話を、ぜひY君にも聞かせたかったと、強く思いました。自分は同じ状況の中で、何とか生きて生まれたし、お母さんも生きることができたことに、きっと感謝したことでしょう。
 
 

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 5日目 朝、6時半に宿を出発して十八番恩山寺へ向かいました。
 約17キロの道のりです。
 しばらく徳島市内の道を歩きます。少し足取りが重く感じます。
 5日目なので、疲れが貯まってきているなと感じました。無理は禁物です。
 井戸寺からまだ4キロくらいしか歩いていませんが、裏道にある小さな公園で小休憩しながら、スケジュールの練り直しをしました。
 
 予定変更…Y君に会いたい!
 通常は、私のように遠方から来ている人は、この地点は6日目なのです。私の日程は、ハードスケジュール過ぎるので、軌道修正しようと思いました。
 疲労よりも何よりも、ゆったりペースにして行程を1日遅らせれば、二十番鶴林寺の登り口の宿でY君に会えるかもしれないと思ったのです。―― Y君が遍路を続けていればの話ですが―― 。鶴林寺は「遍路ころがし」の一つで、高い山上にあるので、、たいていの人は登り口の宿で1泊します。ところが、登り口付近には「金子や」という宿1軒しかないのです。その宿で必ず会えるはずだと判断しました。
 その時直感的に、「私とY君は運命の糸で結ばれている」と確信したのです。
 そこで、今日の宿泊は、金子やから立江寺の宿坊かその付近の宿に変更することにしました。首尾よく立江寺の宿坊に予約が取れました。「金子や」には「明日お願いします」と言って変更してもらいました。
 
 阿波おどり会館
 イメージ 1それから4キロ行ったところに阿波おどり会館がありました。見学を兼ねて再び休憩しました。
  阿波踊り会館から国道55号泉バイパスへ向かう途中のお店屋さんで呼び止められて、ジュースとアイスクリームのお接待を受けました。
 今日は約21キロしか歩かないので、ゆっくり立ち話をしました。おかげでとても元気になりました。
 55号線に入って間もなく小松島市に入りました。井戸寺から約13キロです。
 単調で車の排気ガスが多い道なので、「国道ならぬ酷道」ですね(笑)。
 
 大休憩を兼ねて早めの昼食をとることにしましたが、目指すうどん屋はありません。やむを得ず「回転寿司」へ入り込みました。11時でした。
 11寺40分出発 。 
 
 小松島市に入ると間もなく勝浦川橋を渡りました。恩山寺まであと4キロです。
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       勝浦川橋より                 弘法大師お杖の水
 
小松島警察署近くで国道から左に折れて遍路道へ入り、「弘法大師お杖の水」へ立ち寄りました。
 伝 説を紹介します。
 ある真夏の暑い日、長い旅の最中と見える僧侶が、この地を通りかかりました。のどがひどく乾いた僧侶は近くの農家に立寄り、水を飲ませて欲しいと主人に頼みましたが、この貧しそうな僧侶に対して、「このあたりの井戸水は塩が混じっていて飲めんよ」と意地悪く断りました。しかたなく僧侶は疲れた足どりで南に去って行きました。この貧しげな僧侶こそが、四国修行中の弘法大師(空海)でした。

 僧侶が立ち去った後で、この農家の主人が水を飲もうとして井戸水を口にしたところ、さっきまでおいしかった水が塩辛くてとても飲めるものではありませんでした。主人はあわてて、僧侶の後を追ったがもうすでに僧侶の姿は見当りませんでした。以後、この地の水は飲めなくなってしまったということです。

 それから数年後、再び弘法大師がこの地を訪れました。長い街道の途中で旅する人が水を飲みたくても、塩辛くてとても飲めません。この地の人も大変困っている様子を見た弘法大師は、あわれに思い、手にしていた杖で地面をトーンと突くと、真水が噴水のようにあふれだして来ました。めでたし、めでたし。\(^o^)/

 これ以後、旅人をはじめ、この地の人々も水に困ることなく助かったといいます。そして、この井戸を「弘法大師お杖の水」と呼ぶようになり、弘法大師に深く感謝するとともに、この井戸を大切に利用し、今日にいたっているとのことです。
(^-^) 
 
 
 
 小松島市中郷あたりで、小さな事務所風の建物からおじさんに声をかけられ、200円お接待を受けました。こうした励ましは追い風になります。
 
 十七番井戸寺と一九番立江寺と書いてある道標を右に曲がると間もなく恩山寺です。
 以前お世話になった民宿千葉の前を通り、400mほどの坂道を上ると、いかにも壊れそうなほど古めかしい山門に到着しました。若しもここが東北地方ならば、東日本大震災の時、間違いなく倒れていたでしょうね。
 
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 赤い母養用橋を左に見ながら遍路道を行きます。
 遍路道の方がかなり近いです。
 
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 12時30分ごろ18番恩山寺境内へ到着しました。
 
 
[ひきこもり青年の人生を変えた歩き遍路 前回までの記事]
 
  
 
 
 

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[前回までのあらすじ]
 私は、11番札所近くの遍路宿で、深いわけがありそうな青年遍路と出会った。青年は、始めはあまり口を利かなかったが、次第に心を開いて自分の生い立ちかや遍路に来たわけを話し始めた。「ひきこもりを治すために遍路に来た」という言葉に、私は大きな衝撃を受けた。彼は高校時代いじめが原因で不登校となり、大検で高校を卒業し、大学に合格した。しかし2か月ほど通学しただけで、将来への展望を見いだせずに長いきこもりに入った。彼は次第に自分が生まれてきた意味に疑問を抱くようになり、自分を生んだ母親に憎しみの感情を抱きはじめた。ある日、食事を運んできた母親に暴力をふるって怪我をさせた。その後も引きこもりを続けて2度自殺未遂を起こした。4年ほど経った頃、父親からだまされたと思って3日間歩いてみろと言われて四国にやってきたという。私と会ったのは3日目だった。私と話して心が吹っ切れただろうか、前向きになれたのだろうか? その後遍路を続けているのだろうか? 私は、とても気がかりだった。
 
 前回までの記事の一覧は、記事の最後にあります。
 
 [本日の記事]
 観音寺を3時出発。次は、2.8キロ先の17番の井戸寺です。
 3時35分ごろ到着しました。
 
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井戸寺の礼拝
 十七番井戸寺の山門は、間口が広く、鮮やかな朱色で、とても堂々としています。
 まるで武家屋敷のようです。
 この門は、江戸時代、約200年くらい前に阿波藩の殿様が別邸の門を寄進したのだそうです。長屋門づくりと言われています。
 山門の正面に本堂が見えます。
 
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 本堂の右手に大師堂があります。
 遅い時間なので、私以外のお遍路さんは2人でした。
 淡々粛々とお参りを済ませて、楽しみと不安の混じる気持ちで「面影の井戸」へ向かいました。
 
 面影の井戸 
 井戸をのぞいて姿が映れば無病息災ですが、映らない場合は3年以内に不幸があると言われています。
 20歳の時に初めて覗いたときにはけっこうと緊張したことを覚えています。映った時にはホッとしました。若しもY君だったらどんな気持ちで覗くのでしょうか。
 私の場合、2度目の時には、ことさら不安な気持ちで覗いていたようでした。
 なにせ、その時には将来に不安を持っての遍路旅だったからです。
 
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                     面影の井戸
 
 3度目の今回は、人生リセットの明るい遍路なのですが、それでもなんとなく緊張しました。この井戸は、「自分の心を写している」のだと思って覗くからなのでしょう。
「どんな人でも心に一点の曇りがないなんてことはない」からなのでしょう。
 
4時15分位に納経を終えてその日の宿、おんやど松本へ入りました。
 5日目も無事終了です。
 Y君が遍路を続けていることを切に願っている私でした。
 
 
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[ひきこもり青年の人生を変えた歩き遍路 前回までの記事]
 
 
  
  

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 2時30分ごろに16番観音寺に到着しました。やれやれです。
 今日はあと井戸寺だけなので、大分こぎつけたなという気分です。
            
\¤\᡼\¸ 11
 
  
 この寺の山門は、和様重層の堂々とした門です。
 山門の両側に石の柱がたくさん立っています。
 石の柱が塀の代わりになってます。
 この柱は、お寺に寄付した人の名前と金額が書いてあ理ます。」
 大正時代のものがあるし、平成14年というのもありました。
 
 観音寺は狭い道路を挟んで商店街に面したこじんまりとした親しみやすいお寺です。古い街並みに溶け込んでいる感じです。
 地元の人も何人かお参りしていたり、子供たちが遊んでいました。 
 
  本堂はすっかりと新しくなっていました。
 
\¤\᡼\¸ 1
   新しくなった観音寺の本堂
 
 
\¤\᡼\¸ 12
                      大師堂
 
   
 夜泣き地蔵と仏足跡と炎に包まれた女人の絵
 夜泣き地蔵
 納経が終わってから、大師堂のそばにある「夜泣き地蔵」に手を合わせました。
 夜泣きにご利益があるそうです。
 
    \¤\᡼\¸ 2
                       大師堂の脇にある「夜泣き地蔵」
 
 
仏足跡\¤\᡼\¸ 8
 
 本堂前には、真新しい仏足跡があります。 これは、ご存じのようにお釈迦さまの左足の跡です
 普通は『仏足』と書かれていますが、ここの寺では『仏足』と書いてありました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 炎に包まれた女人の絵
\¤\᡼\¸ 9本堂に向かって、右上に絵が見えました。
薄暗くてはっきり見えませんが、炎に包まれた女の人を描いた絵です。
この絵にはちょっと怖い話があります
 
―― その昔、淡路島から訪れた6人連れがこの寺で雨宿りをし、雨に濡れた白衣を焚き火で乾かしていた。ところが、一人の女性の白衣に火が燃え移って大やけどを負った。  実はこの女性は姑との仲が悪く、姑を柱に縛り付けて、燃えた薪で叩いて虐めていたという。しかし、この日のやけどを弘法大師の戒めだと悟り、深く反省をして、の絵を奉納したといわれている。
 
現実社会では、因果応報とは矛盾したことがまかり通っていることも少なくないのは残念ですが、必ず何らかの形で報いを受けると思っています。
 
3時出発。次は、2.8キロ先の17番の井戸寺です。
そういえば、Y君のお父さんはこの近くのうろこ楼へ宿泊申し込をしていたことを思い出しました。私は井戸寺のすぐ前のおんやど松本屋なので、仮にY君が遍路をつづけているとしても、残念ながら同宿にはなりません。
 
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