ひきこもり青年の歩き遍路
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焼山寺越えの翌日、植村旅館を出発して、鮎喰川沿いの道を十三番大日寺に向かった。
時々後ろを振り返ってみた。Y君が後方にひょっこりと姿を現しそうな気がした。
こちらは10キロも先から出発しているんだから、絶対にそんなことはありえない。
だが、私にとってY君の存在がことのほか大きいのだな〜と思う。
自由を満喫しながら歩き続けた。 メモには、こんなことが書き綴られていた。
太陽に向かって歩いてゆく。
開放感いっぱいだ。心が自由だ。 せせらぎがきらきら光りながら流れている。 山側には、満開の桜の花々。 川向こうの畑にはには、菜の花がいっぱい咲いている。 きれいに、きれいに咲いている。 ところどころに、川に渡されたこいのぼり。気持ちよさそうになびいている。 まるで、鯉の川上り。 見るものすべてが自分に優しい。
花も草も、脇を流れる川も、みんな私を歓迎してくれるようだ。 やっぱり歩きの旅はいい。 道端の小さな仁王像や無縁仏に、心を込めて手を合わす。 通行の人や車の人が、みな深々と頭を下げてくれる。 ありがたい、ありがたい。 ほんとうは、こちらから頭を下げさせてもらわなければならないのに…。 見るもの、出会う人、すべてがありがたい。いとおしい。
すれ違う車が大きくよけてくれる。自然に頭が下がってしまう。 道端の交通標語「狭い道 大きく拡げる ゆずり合い」が心に沁みる。 こんな至福の時間を与えてくれる四国の人に、自然に…、心から感謝がわいてくる。 今まで頑張ってきた自分へのご褒美に、神様が与えてくれた時間かもしれない。 よくこれまで我慢しながら化学の道をがんばってきたと思う。 今までの苦労のご褒美をやるから、これからは十分楽しむがいい もうこれからは誰からも自分からも束縛されない。 「自由にやるがいい」 神様と自分が、自分にそう叫んでいる。 神様に感謝しよう。自分にもちょっぴり感謝しよう。 おごらず、謙虚な気持ちをますます持ち続けていこう。
こんなにいい気分で歩けるなら、大日寺へ着かなくてもいい。 このままずっと歩いていたい。やっぱり歩きは最高だ。 今までの人生でこんな気持ちを味わったことがない。 その後のお遍路でもずっと、見るもの思うことがすべて新鮮だった。 これこそ自由と言わずして何と言おうか。
いままでは、物事を理詰めで考えていたが、 このことから開放されて感性を働かせることのできる喜び…。 理系から解き放たれた感動を味わいながら歩き続けていた。 ずうっと抑えられていた感性が、ふつふつと湧き上がってくるのを何度も感じた。 いろいろなことが次から次へと浮かんできて、〈まるで支離滅裂な人間だ〉とにさえ思う時もあった。
こうあらねばならないといったような、堅苦しい教師の立場からも解き放され、意気揚々と歩いた。 〈ほんとうに遍路に来てよかった〉と、つくづく感じた。 気持ちが体を後押ししてくれた。 生まれて以来、今度のお遍路ほど自由感、開放感を味わったことはない。 私にとって、三回目の歩き遍路陵は「自由と開放の旅」だった。 振り返ると、前日苦労して超えた焼山寺の山並がはるかに見えた。 第一ハードルを越えた安堵感と開放感を強く感じた。 これからが楽しみだ!
それにしてもY君はどうしているのかな?
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[ひきこもり青年の人生を変えた歩き遍路 前回までの記事]
1ひきこもり青年との出会い. 2.こころ開き始めた青年 3.お接待ってどういうことですか? 4.丁重なお接待もあるんですよ 5.お接待を受けたらどうしたらいいのですか? 6.人生リセットの歩き遍路 7.新人生の夢を熱く語る
13母への暴力 14母への謝罪の想い 15ついに自殺を図ったY君
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4日目の宿植村旅館で夕食を取った後、今日の私自身の焼山寺越えの様子と、昨夜のY君との出会いを急いで書き出した。
三日目の朝、いよいよ3度目の最難関への挑戦だ。
不安よりも〈自分ならば必ず乗り切れる〉という自信(過信?)と意欲のほうが先に立っていた。 幸いに昨夜激しく降っていた雨もすっかり上がった。 5時55分宿を出発して、十一番藤井寺から標高九百三十八メートルの山腹に建つ焼山寺へ向かう。 藤井寺から焼山寺へ向かう道の上り口付近には八十八ヶ所のお社とご本尊の像が並んで居る。 これをすべて礼拝すると八十八ヶ所を巡ったと同じご利益があると言われている。 本格的上り口に差し掛かると、ところどころに「空海の道」や「空海ウォーク」と書いた三角の布が木の枝に掛けられている。
弘法大師を意識させてくれる道でもある「空海ウォーク」の三角の布 今までの道が足慣らしだとすれば、いよいよ修業の道だ。
山道は、高い杉の木立に覆われ、いかにも修業の地という雰囲気をかもし出してくれる。 厳しくて音を上げたくなる所にさしかかると、「がんばって、さあ前進」、「一歩一歩を大切に」などという、励ましの言葉が書かれた札や布が掛けてある。 「南無大師遍照金剛」、「お大師様の通られた道」「遍路して彼岸を目指す有難き」などの宗教的な言葉や訓えも多い 立ち止まって、これをすべてノートにメモした。
ペースに乗ってきたところで立ち止まるので、よけいにつらい。 だが、これらのことばに励まされ、導かれるようにして、あえぎながら歩いていく。 焼山寺の遍路ころがしも半分以上過ぎたところに、急な石の階段が突然現れた。
そこを上りきったところにみごとな杉の巨木があり、その前に大きな大師像がでんと立っている。 そこは、「一本杉庵」と呼ばれている。 大師像は、下から見ると我々の前に立ちはだかって、怖い顔で 私を見据えているように感じた。 まるで、心の中まで見透かされているようだった。 そういえば、少し気力が薄れて中だるみ気味だった。 ところが、近づいていてみると、「お前が来るのを待っていたぞ」と話しかけてくれそうな、 静かな雰囲気に変わった。 そしてゆるぎない信頼感を与えてくれた。 思わず、「これからの道中をお守りください」と、つぶやきながら合掌した。 巨杉の前に立ち遍路を大きな心で迎えてくれる大師像
最もつらいところに差し掛かった時、ふと、
箱根駅伝の5区山登りの伝説の区間記録を持つ、立教大学OBの浜崎真造さんの言葉を思い出した。 彼は、途中ブレーキを起こしたが、そのときはペースを落として回復を待った。 そして、区間記録を2分30秒も塗り替えた。 彼はその時の心境を、―― 苦しいときは神に祈るような気持ちでしたね。 そのときもがかなかったのがよかったんでしょうね。 走っている時は、こんなところを二度と走りたくないと思ったが、 終わってみれば、よくこういういいコースを走らせていただいたと、 感謝以外のなにものでもないその点は感慨深いですね――と、後にテレビで話していた。 これをよく覚えていた 〈この気持ちを味わいたかったら、がんばれ!〉と自分を鼓舞した。
――私はこれまでの人生で、何かつらいことがあるたび、 高校時代の陸上競技での苦しい練習を思い起こして、心の支えにしてきた。 この焼山寺越えは、苦しくなったり、楽になったりを何度も繰り返す。 〈やっぱり遍路は、人生と同じだなあ!〉なんて感じながら歩き続ける。 一方では、〈たかが三日目なのに、いかにも悟ったようなことを、考えたりもするものだ〉と、 覚めた目で見ているもう一人の自分もいる。 Y君もこんな心境になるのだろうか。ぜひ味わってほしい。 歩きながらいろいろと自分に励ましの言葉をかけた。 それを五七五調でつぶやくと、気がまぎれて、歩みが少し快調になった。 「出る荒い息 出ぬ元気」 「荒息と汗が吹き出る焼山寺」 「もう少しと、自分に言い聞かせてがんばった」 「急な坂、もう少ないぞ、がんばろう」 「同行二人 上りきったら下り待つ」 「なんだ坂こんな坂 みんな通ったへんろ道」 「同行二人 お大師様も上ったこの急な坂」 などなど…。 そうこうするうちにいつしか焼山寺にたどり着いた。
遍路ころがしは、遍路の覚悟を試される道なのだ――。
杖杉庵から玉ヶ峠へ向かう山道で、迷ってしまったため植村旅館へは5時半ころ到着した。
Y君のことが気になったが、あえて彼から携帯電話の番号を聞かなかったのはよかったと思った。
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1ひきこもり青年との出会い. 2.こころ開き始めた青年 3.お接待ってどういうことですか? 4.丁重なお接待もあるんですよ 5.お接待を受けたらどうしたらいいのですか? 6.人生リセットの歩き遍路 7.新人生の夢を熱く語る
13母への暴力 14母への謝罪の想い 15ついに自殺を図ったY君
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Y君は遍路ころがしを越えたのだろうか?
11番藤井寺の本堂に立ち寄って、もう一度灯明と線香をあげ、合掌してから山道へ入った。
3度目の焼山寺遍路ころがしである。
幸いに昨夜の雨はすっかり土の奥に吸い込まれたらしく、山道はぬかるみにならずにすんだ。
私は焼山寺の山中で苦しくなるたびに、気にすまいと思いながらも、Y君のことがやはり気になった。
はたして彼は、この山にチャレンジしているのだろうか?
今回の焼山寺越えでは、木の枝に下げられれている教訓や励ましの言葉をすべて書き写すことにした。作家へのスタートの旅、取材の旅という意味合いがある。
カメラでパチパチでは、心が入らない。少し時間はかかるが休憩にもなるだろうという思いもあった。
今、Y君がもしも私の後ろを登っているとしたら、この教えや励ましの札を見てどのように感じているのだろうか?
根をあげたくなる場所に差し掛かると、
タイミングよく「がんばりましょう」と、赤文字で書かれたプレート'が目に飛び込んで来る。 彼もぐっと気が引き締っているかもしれない。 「一歩一歩を大切に」 「元気を出して前進」
「最後まで頑張って下さい」 「よくお詣りできました」
「ありのままに」 「自分の敵は自分自身」 「生かされている今 がんばって!」 こんな励ましや教えをY君に置き換えながら読んでいるうちに、思わず涙があふれてきた。ぜひ読んでほしいと心から思った。
「神仏おがむ前に親おがめ 親に優る神仏なし」
これなんかは彼に全くあてはまるなあ。
しかし彼は登っていないかもしれないな〜と思うと、無理にでも誘わなかったことを少し後悔した。せめて携帯電話の番号を聞いておけばよかったかな、とも思った。
しかし、決断は自分自身でさせると決めたのだからと、きっぱりと打ち消した。
しかも、遍路での出会いは、たいてい一期一会なのだから…。
遍路は自分自身のためにやるのであって、他人のためにやるのではない――
私は、きっぱりと割り切ることにした。 (続 く)
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すがすがしい明け方の目覚め
午前4時前再び目を覚ました。
だが、雨のこともY君のこともまったく気にならなかった。
〈明日のことも他人のことも気にしても仕方ないから、もう寝よう。まあ、「果報は寝て待て」というではないか〉などと、わけもわからない事を呟いて、いとも達観している。自分でも不思議なほど、すがすがしい気分だった。完全に自分モードに切り替わっていた。
退職前には、夜に目が覚めると、翌日の通勤時刻や仕事の事が気になった。何せ、バス、地下鉄、JRを利用して片道通勤時間が2時間半だった。寝過ごしが気になって、急に肩がこったりして、その後は寝付かれないこともあった。
もうそんなことを考える必要がない。それに比べたら、「雨の中の遍路ころがしも、Y君のことも」気にするほどのことはない。
〈仕事から解放されることは、こんなによいことなのか。自分に区切りをつけるのには、お遍路はやっぱり良かった〉と、つくづく思った。
〈たった三日目で、こんな大きな開放感を味わうことが出きるなんて……〉。
その喜びで興奮していた。今まで持っていたこだわりはすっかり消えている。〈これから四十日余りで、自分はどのように変わっていくのだろうか。楽しみだ……〉そんなことを考えているうちに、いつのまにかまた眠りに入っていた。 の朝出会い一応今
翌日、目覚ましで目が覚めると、薄い雲間から太陽がわずかに顔を出していた。Y君のためにもよかったと安堵した。
その日Y君の方は、父親が焼山寺の宿坊を予約してあるとのことだが、私はさらに十キロ以上先の植村旅館に宿を取ったので、朝食代わりにおにぎりを作ってもらい、6時前に出発した。
早発ちの理由はもう一つあった。
私と顔を合わせると、ついつい甘えや依頼心が出るからだ。
歩くにしろ、このまま帰宅するにしろ、とにかく自分一人で決断させて、自分の決定に責任を持たせたかった。
しかも、遍路での出会いは、たいてい一期一会なのだし、
遍路は自分自身のためにやるのであって、他人のためにやるのではない――
すぱっと割り切ることにした。 (続 く)
6時前ふじや旅館出発 (現在はやっていません) いつも応援のクリックありがとうございます。
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