東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

ひきこもり青年の歩き遍路

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「ひきこもり青年の歩き遍路」前回までのあらすじ
 私は、11番札所のそばの遍路宿で、深いわけがありそうな青年遍路と出会った。青年は、始めはあまり口を利かなかったが、次第に心を開いて自分の生い立ちかや遍路に来たわけを話し始めた。ひきこもりを治すために遍路に来たという言葉に、私は大きな衝撃を受けた。
 彼は高校時代いじめが原因で不登校となり、大学検定で高校を卒業し、大学に合格した。しかし、2か月ほど通学しただけで、将来への展望を見いだせずに長いきこもりに入った。彼は次第に自分が生まれてきた意味に疑問を抱くようになり、自分を生んだ母親に憎しみの感情を抱きはじめた。ある日、食事を運んできた母親に、大きな鏡を投げつけて怪我をさせた。
 
[本日の記事]
 私は、―― Y君は、ひきこもっていた時の自分自身のことを、今は客観的に見つめることができるようになっている―― と感じた。
 「Y君、今の君は自分のことをだいぶ冷静に見つめることができるようになったと思うよ。だからこれからの話は自分のことを無理に彼と言わなくてもいいですよ」と言うと、今までにない笑顔を見せた。この表情がさらに私に確信を与えてくれた。Y君は続けた。
 
 それ以来、母は部屋へはまったく入って来なくなりました。
それからは、生身の人間の顔を見ることがまったくなくなったのです。完全な篭城というより、自ら監禁状態になりました。
恩義ある母になんであんなひどいことを言ったり、したりしたのだろと、自分を責めぬく日々が続きました。
聞くことが出来る人間の肉声は、母が食事を部屋の外まで運んで来るときに掛ける「Hちゃん! 食事だよ」というお決まりの言葉だけでした。たまに「今日はお前の好きな、〇〇だよ」という声がするとたまらなくうれしかったのですが、逆にとても切なくなりました。それが四年間近く、ほとんど毎食続きました。時にその声は、僕に人間性を呼び起こしてくれる優しく懐かしい声でした。そんな時には、戸を開けて母の懐に飛び込みたいという衝動に駆られました。でも、できなかったんです。何故なんでしょうね? 逆に、全く機械的に聞こえる時もありました。僕の精神状態のせいだったと思います。
 
「抱きつきたい時には、すなおに抱きつとけばよかったのに…」というセリフが、思わず私の口から出た。その時、カウンセラー的な立場から人間同士の対等な立場になったように感じた。ちょっと楽な気分になった。
 
今思うと、母が僕のために心をこめて作ってくれた食事は、僕と母との「苦しみの分かち合い」だったと思います。母親の心で、おいしい料理を作ろうと一生懸命だったのでしょう。料理に心をこめて、愛情を伝えようとしたに違いありません。今それを思うと思わず涙が流れます。ほんとうにすまないことをしたと心から謝りたいと思います。
 
「そうだよ、必ず謝りなさいよ」とわたしは力が入った。しかしそれ以上突っ込まなかった。まだ十分信頼関係が出来ていないのだから、手探りしようと思いました。
 
結局、当たり場は母しかなかったのでしょうね。孤独に耐えかねて、母に強く関心を持ってもらいたくてやった行動だったんだ、と思います。でも、自分は当たり場があっただけでも恵まれていたと思います。母が、僕のやり場のない感情のはけ口になってくれていたんですから…。母に甘えていられたんだと思います。暴力を振るった後で「お母さん僕が生まれてごめんなさい!」と、心底そう思っていました。今思うと、なんて哀しいせつない言葉なんでしょうね。
 
「うわ~!そのセリフを聞いて感動しました」と言いながら、私はいくぶん手ごたえを感じた。                  (続 く)
 
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「Y君、こんなに苦しむんだったら生まれて来ないほうがよかったなんてとんでもないことだよ。生まれてこなかった方がよい人間なんて世界中に一人もいないんだよ」と、私が気色ばむと、彼はちょっと顔を曇らせたので、「そのことは後で話しましょう」と言って、Y君に話を続行させた。
 
彼は小学校のころ、自分が一人っ子のわけを母親に聞いたことがあったのです。彼はすごい難産の末生まれてきたそうです。逆子でなかなか生まれ出て来なくて、窒息死の恐れさえありました。おまけに母親が重症の胎盤剥離で生命も危ういというので、三人の医師と四人の看護師が総がかりで何とか出産にこぎつけたとのことでした。
母は命がけで自分を産んでくれたのだ――という思いを子供のころから持っていました。
だから彼は、どんなに苦しくとも、憎くなっても絶対に母親に当たってはいけないと思っていました。ひきこもっているとき、彼には不満をぶつけて当たるところがありませんでした。結局、いじいじ耐えるしかなかったのです。しかしついに耐え切れなくなってしまったのです。たった一度だけですが、母親に激しい行動に出てしまいました。
ある日、食事を持ってきた母親が「〇ちゃん、食事だよ」声を掛けたとたんいきなり、
「何でおれを生んだんだ。こんなおれを生むのに何で命なんかかけたんだ。迷惑なんだよ! おかげさまで俺はこんなに苦しんでるんじゃないか。責任取れ! お前の顔なんか見たくもない!」と言いながら、激しくにらみつけました。その時、視線の先に掛けてある、畳半分以上もある大きな鏡が目に飛び込んで来ました。なんとその中には、血走った目を吊り上げ、頬を引きつらせ、真っ青になった己の顔が如実に映し出されているではありませんか――。
 とたんに彼の中には自己嫌悪の激情が湧き上がりました。それが母親への複雑な感情と重なり合って一挙に爆発したのです。
「お前の生んだおれの顔も見たくない!」 
と言うや否や、鏡を母親の方へ投げつけました。それが彼女の首の付け根に当たったのです。「どすっ」というような鈍い音と同時に激しく血しぶきが飛びました。母親は首をハンカチで抑え、血の気を失った顔をしかめ、片ひざを床についてうずくまりました。彼はただならぬ事態に動揺して、何も出来ませんでした。ただ呆然と見下しているだけでした。彼女はやっとの思いで部屋を出て行きました。頭は真っ白で、そのあと彼がどんな行動をとっていたのか覚えていません。
 彼は我に返った時、じゅうたんにはおびただしい血痕が散乱し、放射状に激しくひびが入った鏡が無造作に投げ出されているのが目に入りました。部屋には虚しさだけが残りました。彼は強く空虚を感じました。
 
 恩義ある母になんであんなにひどい仕打ちをしてしまったのだろうと、彼は強く後悔しました。そして、自分は人間じゃない…などと、自分をありとあらゆる言葉で罵倒して自分を強く責めぬきました。そして泣きじゃくりましたた。それしか償いはないと思ったのです。「お母さん僕が生まれてごめんなさい!」と、心底そう思いました。
 
 私はいろいろなケースの家庭内暴力を見聞きしていたが、それでも大きなショックを受けた。
 通常は、もっと早い時期から家庭内暴力が始まってしばらく続くのだが、Y君の場合暴力行為がたった一度だけだったことはとても不思議に思えた。徹底的に不満やストレスをため込むタイプだと、私は感じ取った。それだけに彼の辛さは推して知るべしだった。  (続 く)
 
 

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Y君は自分のことを「」と言いはじめてから、自己を少しずつ客観的に見つめることができるようになって来たと、私は感じていた。Y君はひきこもっていた時のことを思い起こすように、淡々として話し始めた。先ほどまでの気負いも徐々に薄れたように思う。
 
彼は、高校の時の不登校と同じように、始めのうちは読書三昧の日々が続きました。嫌なことから解放されたとても楽しい時でした。格好の逃げ場になっていたのでしょうね、きっと。ただ、読んでいた本の内容は高校の時とは違っていました。自分探しに役立つものが多かったのです。彼は彼なりに、本の中から自分の能力を発揮できることが見つかるヒントをを掴もうとしました。今思うと、これは心からではなく、引きこもっているという罪悪感からいくらかでも逃れられるという行為だったと思います。
そして一生懸命に考え続けました。しかし、自分が納得できることは何一つ見いだせませんでした。思考がただ空転するばかりで、一向に前には進まなかったのです。
彼は、自分探しの苦しさすべてが彼の責任なのだ、学校や家の中で起きた悪いことはすべて彼自身のせいではないのか…なんて考えるようになって行きました。そして、次第に思考がマイナスへと狂っていったのです。
 
彼は、母親に話したってわかってもらえないし、かえって心配をかけるだけだと、頼りたい気持を打ち消していました。それに自分の弱さをさらけ出したくもなかったと思います。彼は一人で悲痛な叫びを上げていました。こうしてひきこもっていることは、苦しみというるつぼの中に逃げ込み、その中に自らを閉じ込めてただ無駄にあがいているだけではないのか…、と思うこともありました。
一方では、苦しくてもここが自分にとっては安住の地ではないだろうかと思う気持も頭をもたげて来たりして、相反する二つの思いが目まぐるしく交錯していました。
 
私はよけいな意見は言わずに、とにかく話を引き出すことに努めた。
 
社会を見れば、自分の利益のことばかり考えて平気で偽装ばかりして、演技めいた謝罪をする。世界中をみれば、戦争があちこちで起きて、毎日のように大勢の人が殺されていく…、自分と同じ世代の青年たちの中だって、誰でもいいから人を殺してみたかった、なんて言って平気で人殺しをする。嫌だ、いやだ、もうこんな世の中に生きていたくない。そう思う自分だってそれに対して何にも出来ない。自分自身の生き方さえわからないじゃないか。こんな自分なんか生きている価値もない――。こうして自分をどんどん追い込んでいきました。真っ暗な心の闇の底に沈んで行きました。拒んでも、拒んでも、次々と現れるつらい悲しい感情が彼を覆い尽くしていきました。
 
ここまで聞いていると、こちらも目頭が熱くなったが、それをY君にさとっれると彼に客観性を失わせると思うので、さりげない表情で、「うん、うん」とうなずくだけにしていた。
 
〈こんなに苦しむんだったら、生まれて来ないほうがよかった〉という思いが知らず知らずに強まっていきました。彼は自分を生んだ母親に憎みさえ感じ始めました。そして次第に、自分が生まれてきた意味をはっきりさせようと思うようになりました。究極的には彼自身の問題や課題がここにあると心底そう思うようになったのです。
(続 く)
 
 
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この光景は、自分の三度目の遍路中に見た夕景だが、どこかY君の当時の心境や、二度目に苦悩しながら歩いた自分自身の遍路を象徴するように思えた。
 
 

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ひきこもり青年の歩き遍路
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 この子供たちは、春休みを利用して滋賀県からやって来たそうです。
 Y君も2日目に9番法輪寺で出会ったそうです。いやいやながら遍路している自分に引け目を感じたそうです。
 
 
 
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客観的に自分を見つめる
 
「これからの話では、自分を僕でなく呼んでごらん
「自分を他人だと思って話してごらん」。
「『僕』や『私』では自分をほめたり、批判したりはしにくいでしょう?」
とアドバイスしました。
 彼は「ちょっと変な感じですね」と言いながらも、さっそく実行してくれました。
 自分の経験上この方法は、自己を客観的見つめることができてよいと思います。
 
 
―― 学校をやめてから彼は、部屋にひきこもって、読書家の父親が若い頃読んだ本を片っ端から読み漁りました。学校にいるよりもず〜っと楽しかったし幸せでした。これをもっと続けていたらどうなったのだろうな〜と思いますね。
しかし、四月からは、心配した両親や教師の勧めで大検の通信教育を開始しました。彼は、始めは押しつけだと思ったのですが、マイペースで勉強できて学校より楽しかったようです。二年後N市の私立大学に合格しました。
―― それはよかった。本当によかったですね。  
―― 彼にとっての大学進学は、行けるからとか、みんなが行くからとか、やりがいが見つからないからとか、そんな理由ではなかったのです。彼には「高校中退」という履歴がある。将来社会に出たときにはそのハンディーは思ったよりもずっと重くなるだろうと感じたからです。
―― うん、確かに君の言うとおりだね。
―― そんな荷物を背負いながら、これといって才能も後ろ盾もない彼にとって、大学進学はある意味で、一度ドロップアウトした社会に対する存在証明の企てでした。入学当初は〈将来は絶対天下をとってやる!〉くらいの思いつめた気持で気負っていました。しかし、どうやったら社会に対して自分の存在が示せるのかわからりませんでした。再び悩みました。なんと二ヶ月足らずでアパートを引き払って、そのまま家に戻って長いひきこもりに入ったのです。だらしないやつですね、彼は。
 
―― いよいよつらい状態が始まったんですね。
―― 高校の時には、担任教師などがたまには顔を出すこともあったのですがが、大学生になったので誰も訪れることもありませんでした。一階まで下りて行くこともなくなってしまいました。今度は完全なひきこもりでした。
 母親が三度の食事を欠かさず持って来きました。そのとき顔を合わせるだけでした。彼はそれに対していつも無言でした。
 
―― ひきこもってから10日後だったと思います。父親が話しに入って来ました。結局は一般論を言って、大学へ戻るよう勧めるだけでした。それに承服できない彼は、
「あんたは、自分はやりたいことをやれなかったので、僕に好きなことをやればいいと子供の頃から言ってきた。確かにあんたの言うことはかっこいいし、当たってるかもしれない。だけど、何をやったらいいのか見つからない僕にとっては、かえって針のむしろなんだよ! いい気なもんだ、人の気も知らないで……」と、はじめて父親に口答えした。父親は初めての抗いにドキッとしたようです。言葉につまったが、思わず「おまえは親に甘えているどうしようもない奴や! やりたいことがないから、挫折の経験もない…」と、捨て台詞のような言葉を吐いて出て行きました。その後彼は、四年近く父親の顔を見ることはありませんでした。    (続 く)
 
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私がY君と出会った日、違った時間帯に二人ともこの菜の花畑を歩いていました。Y君はこの菜の花をどんな気持ちで眺めたのだろうと思いながら、この写真をアップしましたました。
 
 
  
 

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