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キジル石窟洞への道は上りになる。クチャが標高1000m、キジル石窟洞は1300である。
珍しいな〜中国にヒトコブらくだが…
途中ヒトコブらくだを見た。サハラ砂漠や中近東ではよく見かけたが、フタコブの多いこの地では珍しい。10頭ほどのラクダが通称ラクダ草を食んでいた。
ガイドに「中国にはヒトコブラクダはいないんじゃないですか?」と質問すると、通常はこの辺りには珍しいという。カザフスタンがフタコブとヒトコブの境界で、西はヒトコブ、東はフタコブとのこと。
その中に混じって全身が白い子ラクダいた。母親のオッパイを求めているように見えた。
西の天然ガスを東へ輸送
遠くに天然ガスの採掘場がみえる。
「西気東輸」のスローガンの下、西の天然ガスを東へ送る方針が打ち出され、
2004年、400億元を投じて新疆から上海までのパイプラインが完成した。
ムザルト河とキジル千仏洞入口 途中でアクス方向に走る公路と分かれて、拝城県という道路に入る。そこをさらに左折すると、千佛洞への道だが、さすがここは舗装されておらず、砂漠の中の轍だけの道になった。
そして、クチャから70キロほど走ったところで、突然、道が下り坂になり、遥か下の方に川が流れ、緑の木々が見えるところに出た。ここがキジル千佛洞の入り口、キジル村のオアシスだ。下に見えるのはムザルト河、オアシスの向こうの赤い山波はチャール・タグである。チャールは不毛、タグは山。ついでにキジルは赤いである。だから、トルファンにある火焔山はキジル・タグという。 河の手前がキジル村で、川の向こう(写真右側)にキジル千仏洞である。
キジル村に近づくと向こうにはのこぎり状のチョルタークがそびえている。
いよいよキジル千仏洞到着
キジル千仏洞は、ムザルト河北岸の絶壁に開かれた石窟寺 院で、中国では最も歴史が古い。かつては古代シルクロードの真珠と称されていたとのことです。
石窟の前には、山の水が流れ込む池があり、ヨシに似た草むらが広がっています。石山やがれきばかり見てきた目にはとてもやさしい光景です。
では、、次回をお楽しみに |
シルクロードの旅2004
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[17日目]9月11日(その1)
ホテルをゆっくりめの9:40出発。
天を突くようなポプラ並木を通り過ぎると、所どころに石油関連施設が見えてくる。
クチャは近年、石油や天然ガスの発掘が進んでいる。
ヤルダン地形と塩水渓谷
クチャから北上し、塩水渓谷を通って、まずキジル千仏洞に向かう。
街を出ると、荷台からあふれて今にも落ちそうなほど麦わらを山積みにした小型トラックが道路の真ん中をゆうゆうと走っている。この辺は交通量が少ないので、農道のような感覚である。クラクションを何度も鳴らしても一向に端によける気配がない。こちらの運転手は頭に来ているようだ。ガンガン鳴らすと5分後くらいにやっと端に寄った。いかにもシルクロードと言ったところだ。この程度のユッタリズムは、シルクロードでは日常茶飯事の光景なのである。
ヤルダン地形と塩水渓谷
道の両側にはやがてゴビ灘が広がりヤルダン地形が現れた。河西回廊で見たものよりもずうっと変化に富んでいて迫力も違う。「ヤルダン」というのは砂漠の中にある側面が急な崖のようになっている細長い列状の丘をいう。 一定の風向をもつ風の侵蝕によって生じたものである。
写真スポットに適当なところで、バスを止めてもらった。こうした自由が効くのが少人数の旅のメリットだ。
クチャのピラミッド
トルファンの火焔山は名高い難所だが、この一帯にも魔物の鳴き声がするという岩山が連なっている。太古には海であったため堆積層が露出し、塩がこびりついていた。
まるでのこぎりの歯のようなキジル・ターグ
山々の断崖に、褶曲した地層や断層が露出していて、地球の生成や地殻変動のものすごさを間近に見る思いがした。
塩水渓谷
ここから7分ほどで塩水渓谷へ到着。クチャから20数キロである。
1500年近く前に玄奘三蔵がこの道歩いたとのことだ。〈今見ている光景は当時と変わらないのかもしれない〉と思うと、とても感慨深い。それにしてもこのような悪路の連続で、当時の旅のすさまじさが目に浮かぶようだ。
川の近くまで下りて手を浸す。小さな流れはあるが、白い塩が砂にこびりついている。なめると塩辛かった。
川沿いに険しく刻み込まれた峡谷が左右から押し寄せている。灰色にあるいは赤く層をなして連なっている。
何か光っているものがあった。手に取ってみると雲母だった。
渓谷を過ぎると周辺は開け、遠く北を望めば天山はすでに雪化粧をしている。
この天山山脈は、これから何日間も我々の目を楽しませてくれた。
キジル石窟に近い山深い村で出会った娘さんたちです。とても純朴で笑顔が素敵でした。
ふたりとも磨けばピカッと光りそうですね〜 (´∀`)
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16日目の宿泊は庫車飯店
駐車場には、高級なランドクルーザーがずらりと並んでいました。 共産党幹部の車だそうです。庶民の乗り物はロバ車です。かなりの格差を感じますね。
ロビー付近のバーにはかわいい小姐が…
お客にはなりませんでしたが愛想よくカメラに収まってくれました。ウイグルは美人が多いですね。 朝のクチャ〜回教徒の葬送
いつもどおり朝の散歩にでかけました。薄暗いポプラ並木の道を歩いていくと、あちこちから人々が次第に集まって出てきて、同じ方向へ歩いていきます。一人の男性に聞いてみましたが、ウイグル語なのでわかりません。私もちょっと離れてついていきました。
次第に路地にはいっていきます。ポプラと日干し煉瓦に挟まれた狭い道を進みました
すると奥まったところにこの辺の中では立派な家がありました。みんなこの家の中に入って行きます。
好奇心のあるわたしはちょっとのぞいてみました。
たくさんの人が入ったにしては、中は不気味なほど静かです。
ただ女性たちは家の中には入らず、周辺で話しながら待っている様子です。
やがて、棺を担いだ男たちが大勢出てきました。この時点で葬儀だということがはっきりとわかりました。
女性たちは棺に向かって深々と頭を下げてただ見送るだけでした。
普段は陽気でにぎやかなウイグル人ですが、葬送のときは打って変わって誰一人おしゃべりをする人はいませんでした。私は、急いで先を歩いて大通りで葬列を見送りました。
後で現地ガイドに聞いたところ、この地方の回教徒の場合、女性は葬儀には一切参列できないし、墓参も出来ないとのことでした。夫や子供のお墓がどこにあるのかさえわからないのだそうです。これには驚きました。イスラム教ではいろいろな面で男女の差別が大きいのだと、改めて感じさせられました。
ぶらぶら歩いていると、明るくなってきました。人待ち顔の女性に話しかけると、笑顔で応対してくれました。職場までオート三輪に乗せていってもらうとのことでした。若い人は中国語が話せます。
空のロバ車が何台もやって来ます。朝市の帰りなのでしょう。
二人の男が立っているところでオート三輪が止まりました。これも待ち合わせなのでしょう。なんだかゆったりと時が流れます。そろそろホテルに戻って朝食です。
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砂漠のラクダ旅行を終えてクチャに到着です。
クチャの金曜バザール 早速向かったのが,クチャの金曜バザールです。
18時20分ですが、まだまだ明るいです。
9月初旬では 20時くらいになるとやっと薄暗くなります。
イスラム圏では金曜日が休日なので最もにぎわいます。
近隣の人々がロバ車でやってきます。
ロバと荷車の番をしながら亭主の帰りを待っているのかな?
市場はすごいにぎわい
ロープは手尺売りです。 おおらかですね〜
何でしょう?
稼いだお金はこの通り
稼いだお金をストッキングにしまいます。この女性だけではありません。一つのデモンストレーションなんでしょうね〜。「たくさん稼いだぞ〜」という見せびらかし以外に、良い品を安く売っているから儲かっているんだというPRもあるそうです。客がこれを指さしてからかいながら陽気に笑います。
撮って、撮って! と、我先に駆け寄ってきます。
下がって 下がって! 画面からはみ出すよ〜と、盛んに制止しますが、そんなことはお構いなくグングン近づいてきます。
大人も写真好きです。
にこにこと愛想よく近づいたり、手招きします。
手を振って呼び寄せます。そして、ハイポーズ!
おいおいこちらも頼むぞ〜と手招き
あちこちから声がかかって、とにかく大変。
国際親善なのでバチバチ撮っちゃいました。
物欲しそうに、男がぬ〜っと近づいてきました。は〜い いいですよ〜。
そこへ女の子が割り込み。おやおや顔が半分になりましたね。
おじいさん せっかく呼んでおいて、そちら向きはないでしょ!? そうか、アイスクリームを食べている自然の姿を撮ってほしかったのかな?
別な方にカメラを向けていたら。にこやかに近づいてきました。
あわててシャッターを押したら子供ちゃんの顔が切れちゃったですね。
ごめんなさ〜い
アイスクリーム作り 写真撮ったら大盛りアイスを進呈されました(´∀`)
次の3つはなんでしょう?
①
②
③
正解は最後に 色とりどり とてもカラフルです。 赤ちゃんもお母さんもかわいいですね
シルクロードではどこでもバザールは活気にあふれていて元気をもらいます。
[正解]①主食のナン ②シルクロードの名産いちじく ③これがもても難問ですね。石鹸。持ちやすいように円錐形になっています。 |
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砂漠公路を北上してから、ラクダで砂漠を横切ってクチャへ向かいました。
ラクダでの1日半の旅です。
ドキドキワクワクです。
このような砂埃ではカメラが一発でダメになります。砂漠の撮影は、カメラ全体をラップで包んで行いました。
昼食の主食はやはりナンです。
タクラマカンとは、「入ったら出られないを意味する」という説が多いですが、
まさにはるか向こうまで砂丘が続きます。
ラクダ曳きが先頭の悪だの轡を引けば、後続のラクダはそれに従って付いて来ます。
月の砂漠をイメージしながらシャッターを押しました。心が届いたかでしょうか?
夕暮れになると風紋がくっきりと陰影を浮かび上がらせる。 砂漠の写真の中では、これぞ自信作です。
砂漠の旅は、日中の暑さを避けて夜に歩くことが多かったそうです。
これから遺影の砂漠を歩くかと思うとときめきを感じました。
「シルクロード2004ダイジェスト」では、2004年のシルクロードバス旅行を写真中心にダイジェスト版で紹介しています。
詳しい様子は、このシリーズ完了後にアップいたします。
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