東日本大震災 未来への祈りと伝承〜「みちのく巡礼」

みちのく巡礼は、東日本大震災の祈りの場創設と記憶・教訓の伝承、防災精神の啓発、復興に寄与する活動を行っています。

みちのく巡礼〜東日本大震災慰霊

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東日本大震災で亡くなられて方々への国の追悼式典での天皇陛下の心のこもったお言葉に深い感謝と強い感動を覚えました。
ここ5年間両陛下は全国の多くの被災地を訪れ、しっかりと顔と顔を合わせ、被災者の手をしっかりと握り、心にしっかりと寄り添っていらっしゃいました。
その思いが心にも体にもしっかりとしみこみ、それがお言葉からにじみ出ていました。
ありがとうございます。天皇・皇后両陛下。

その後で、ふと思い出したことがあります。震災当時の首相の菅さんが、福島県の放射能被災地を訪れた時の事。あまりにも心がない様子を見た男性が「もう帰るのですか!?」と、あきれた怒りの言葉を投げかけました。それとはあまりにもかけ離れた崇高さを覚えました。菅首相の場合、男性は時間が短いことに腹を立てたのではなく、心が全くこもっていない態度に腹が立ったのだと思います。どんなに短くとも、心がこもった態度や表情であれば、こんな多忙の中、わざわざ自分たちのところに来てくれたことに、感謝したことでしょう。


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 一週間後は東日本大震災5年目です。  合掌

 みちのく巡礼の原点は「天への感謝」にあると強く信じています。
 私は東日本大震災の時、震源地に最も近い島・金華山で大地震と大津波に遭遇して3度も命拾いをしました。その時、自分は何か大きな力によって生かされたにちがいないと天に感謝しました。それと同時に、四国歩き遍路でお接待を受けた時よく耳にした「ひとの役に立ちなさいと、生かされています」という言葉が浮かびました。まさに、感謝の心とお接待の心とが結び付いたのです。そして、この「生かされた命」"何か"震災のために役立てよう思いました。


イメージ 1 そしてそれから震災3日後、鮎川で避難所生活をしていた時、その何かに偶然出会いました。夕暮れ、浜辺に出てみると、がれきのあふれる砂浜で小さな女の子と母親が、一輪の野の花を二人で持って丁寧にていねいに手向け、ひたすら祈り始めました。その姿を見た時、はばからず号泣してしまいました。祈りの場があったらなあと心から思いました。まさにこの時、被災者のために祈りの場を創ろうと思い立ったです。

イメージ 2その後も、身内を亡くして悲嘆にくれる人々と何度も出会い、思いを強くしてゆきました。そのたびに、自分を生かしてくれた天に感謝しました。
「このような人達の心を救うために自分は生かされた」のだと信じてこれからも頑張っていきたいと意を強くしております。.




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 一般社団法人みちのく巡礼では東日本大震災震災を「千年語り継ぐ」をキャッチフレーズに、活動を継続しています。
 共に活動していただける方や、協力や支援していただける方を募集しています。
 会員の皆様のつながりを生かして、災害時に情報交換と協力体制を図ることができるネットワークづくりも目指しています。

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会費はゆうちょ銀行の下記の口座(振替口座)でお受けしています。

 口座記号番号:02210-0-114386 

口座名称:一般社団法人みちのく巡礼

お申し込みは、独自の形式でもお受けしておりますが、
申込用紙および振替用紙をご希望の方は、FAXあるいはメールにて
一般社団法人みちのく巡礼事務局まで、ご連絡ください。


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みちのく巡礼公式ホームページ:http://michinoku-junrei.info/


 


 私にはいつも強く思っていることがあります。
それは「人間は大自然に謙虚であれということです。

 東日本大震災を振り返ってみます。

 震災から七日後、私は凄惨な津波被害を目の当たりにしながら、つらい思いをこらえつつ郷里の道を歩いていた。震災当日、私は震源地に最も近い島・金華山で大地震に遭遇し、建物崩壊、崖崩れ、巨大津波の襲撃を受けながらも三度命拾いした。幸運にも翌日救出され、牡鹿半島の鮎川で五日間の避難所生活を送った後、自衛隊の救援物資輸送車で石巻まで送り届けてもらった。

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船の待合室で地震に遭遇                がけ崩れ最中に高台へ避難


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南北から押し寄せた津波が衝突して巨大化して高台を襲う  鮎川の町一面がれきに覆われていた


そこから仙台の我が家まで60数キロを二日掛かりで歩き通した。
石巻から10数キロ歩いて郷里東松島市に入り、津波被害が大きい海寄りの地域へ向かうと、大きな漁船が大量のがれきの上に乗り上げているのが目に入って来た。海から1キロ以上離れているこの地点まで流されて来るのだから、津波は本当に恐ろしいと心から思った。ここは子どものころの楽しい遊び場だ。だが、懐かしむどころではない。むなしさいっぱいでこの光景に見入っているうちに、これまで金華山、鮎川、女川、石巻、東松島で目の当たりにしてきた、忌まわしい光景が次から次へと思い浮かんで来きて急激に感情が高まってくる。〈あまりにもむごたらしい。もうこんな光景は二度と見たくない。いやだ。いやだ〉と心の底から叫んだ。その瞬間、今まで抑え込んでいた感情が叫びに押し出されるように急激に噴き出した。私は人っ子ひとりいない昔の遊び場で、がれきにも自分にもはばからず思いきり泣いた。懐かしさが打ち砕かれた悔しさだったのだろうか。幼な馴染みの顔も浮かんで来て安否が案じられた。自分が震災後涙もろくなったのはこの時以来かもしない。
 泣くだけ泣くと実に吹っ切れた気持ちになった。我を取り戻して再びこの光景を見やった時、(人間の築き上げた文明社会も、大自然の前には為す術なくやられてしまった。何だこのざまは〉と心から感じた。
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 私は四国の山や海や田園の中を歩きながら遍路し、長い間シルクロードの大自然を旅しているうちに、「自分は自然に生かされている。自然は偉大だ」と思えるようになった。「所詮人間なんて自然に比べればちっぽけな存在だ」と、いつも実感させられていました。 
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       タクラマカン砂漠の朝日

 大昔の人びとは、朝起きれば太陽に向かって祈りをささげ、自然にひれ伏し、自然の恵みに心から感謝していた。自然の偉大さがよくわかっていたのだしょう。それがいつの間にか、自然に生かされていることを忘れ、自然は利用するものだといった傲慢さが芽生えて平気で破壊さえするようになってしまいました。実に恐ろしいことです。

被災地の凄惨な光景を前にしていると、「自然は偉大だ。どうがんばっても人間は大自然の前には、はなはだ小さい存在だ」と、改めて強く感じるのです。そんな時「人間は大自然の前に謙虚であれ」と心から思います
 
 震災から約10か月後、岩手県大槌町を訪れたとき鉄壁を誇った高さ15mの防潮堤が惨めなほどに打ち壊されてしまった光景を目の当たりにしたとき、改めてあの時の津波の恐ろしさを思いました。大槌町の人々は大防潮堤を過信したり、防潮堤で海が見えなかったために遅れてしまって、10人に一人が亡くなりました。自然に打ち勝って声明を守ろうとしたことが却って仇になってしまったとこの時も思いました。


 東日本大震災以来、「減災」という言葉を多く耳にするようになりました。
 自然災害は人間の力では完全に防ぐことは不可能であります。せめて命を守り、被害を少なくしようというものです。これぞ広い意味での防災の精神だろうと思います。


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今日は東日本大震災4年11か月目です。
犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。  合掌

実はみちのく巡礼の背景になったのは,、阪神・淡路大震災と四国歩き遍路です。

みちのく巡礼の背景になった阪神・淡路大震災


 東日本大震災への祈りの場を創る発想は「阪神・淡路大震災後の四国歩き遍路です。犠牲者の鎮魂を願う多くの遺族に出会いました。ある男性は奥さん、息子夫婦、孫2人の計5人を亡くし、5周目の慰霊遍路でした。「一人一周としてこの5周目が心のけじめをつける最後の遍路です。初めは慰霊の気持ちが強かったのですが、今は私自身を癒すために巡っていると言った方がよいと思います」と語りました。たくさんの出会いを通して、四国八十八ヶ所は供養や心を癒す場としての役割が非常に大きいことを実感しました。

孫と一緒に鎮魂と復興を祈る四国遍路


震災1年後、私は当時小学4年の孫と一緒に東日本大震災犠牲者の鎮魂と復興を祈る四国歩き遍路をしました。犠牲になった方々を悼むことで心がとても癒されました。孫も〈自分と同じくらいの歳の子供が亡くなったことはとても悲しい。この子たちのために祈ってあげたい〉と語りました。この言葉を聞いた時、強く説得して連れてきた甲斐があったと熱いものがこみ上げました。孫は祈ることの大切さと素晴らしさを学んだと思います。

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 1番札所霊山寺をいざ出発  徳島新聞



四国の人びとからは「四国にもいつ大地震や津波が来るかわかりません。全国各地にだってこれからどんな災害が起こるかわかりません。そういう意味でも東日本大震災で亡くなった方々を慰霊する場をぜひ作ってあげてください。四国霊場が阪神淡路大震災の祈りの場を果たしたように、東日本大震災に対する祈りの場が将来いろいろな自然災害の祈りの場の役割を果たせると思います」と強い励ましを受けました。

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      一番札所霊山寺の住職さんに書いていただいた左右書き

 
 東日本大震災災2年後、高野山金剛峯寺の奥の院に「東日本大震災物故者慰霊碑」が建立されましたのでお参りしました。
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 被災地からこんな遠方に立派な慰霊塔が立ち、多くの方々が真剣に祈っている。 この姿を見てすごく感動し、東北のお寺にも巡礼の道を必ず創りあげると決意を強めました。その後、さっそく一人で活動を開始しました。

身内を亡くされて悲嘆にくれる人々に祈りの場を」の一心で、私一人で始まったみちのく巡礼の活動も、共に活動する仲間を得て、多くの皆さまのご支援をいただきながら、手弁当で頑張ってまいりました。
途中4か月以上脳梗塞で入院しましたが、私の入院中も仲間たちがしっかりと活動を継続してくれました。震災で亡くなった方々や被災された方々へ寄せる思いと、支援してくれた多く方々への感謝、そして何も求めず無心で取り組んで来たからこそ、苦しいことも多い中、充実した活動を続けて来れたのだと思います。活動開始から5年近く、法人化して2年、お陰様で祈りの場創設に賛同いただいた寺院も30ケ寺以上になり、被災地巡礼ツアー、防災講演会、会報発行などで、微力ながら役に立たてたのではないでしょうか。     


 昨年より加盟寺院の御住職様の語りによる震災を伝えるDVDを制作しています。宮城県の12ヶ寺が完成し、全国の都道府県立図書館にも寄贈させて頂きます。今後も継続いたします。こうした活動が昨年8月に河北新報で大きく紹介されました。本年5月にみちのく巡礼宮城コースでまず巡礼開始いたします。303月には、岩手・福島も含めた全コース巡礼開始予定です。




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