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東日本大震災犠牲者慰霊のためのタオライアーりの響きを初めて聴いたのは、震災2年半後でした。この日の慰霊には、みちのく巡礼の活動の協力者であるNAOさんがタオライアーを持って初めて参加しました。
仙台空港、名取市閖上の日和山で祈った後、仙台の荒浜海岸にある慰霊碑へ到着しました。以前は、地元有志によって建てられた木製の慰霊搭が一本立っていただけでしたが、その近くに黒御影石製の石碑や観音様が建立され、慰霊塔もその傍にiされていました。
仙台空港 津波到達の高さを示す標示
名取市閖上の日和山
仙台市荒浜 祈り観音、慰霊碑、慰霊塔 母の悼み
この慰霊塔にお祈りした後、わが子を亡くしたという若いお母さんに出会いました。彼女は、
「仏壇の前で自分の子を悼むだけでなく、犠牲になった他のお子さんたちにも祈りをささげてあげたかったのです。そして、私と同じようにお子さんを亡くしたお母さんたちを想いました。哀しい気持ちを共有でたような気がして心が少し和みました。けれど、この慰霊塔は海のすぐ前にあるので、子供が自分の目の前で津波にのまれた時のことがはっきりと思い浮かんで来るのです。だから、つらくなるし、怖いのです。私は向こうにある浄土寺の慰霊碑の前の方がとても心が休まるのです。よかったらあなたも行って見てください。」
と,仮設のお寺を指さしました。回想するようにとつとつと話すこのお母さんの語りが、痛いほど胸に迫って来ました
タオライアーの祈り
わたしたちは、内陸側へ300mほど入ったっ所にある浄土寺を訪れました。このお寺は津波で流出してしまい、仮設のプレハブのお寺でした。
わたしは、いつも通り慰霊碑の前で合掌して読経しました。
NA0さんは坐ってタオライアーを弾き始めました
慰霊の場で初めて聴く祈りの響き―― 癒しの音色でした。東日本大震災で亡くなった方をタオライアーで慰霊するのは、この時のNAOさんが初めてに違いありません。
はじめ高音部からやわらかい音色が響いてきました。心にも体身体にもにじわ〜っと、自然に入り込んできました。わたしが想像していたのとほぼ同じイメージでした。この音色を聴きながら、津波で亡くなった方々の魂も安らぎをおぼえるだろうな〜と感じました。低音部からの音は津波の音を私に思い起こさせました。津波に巻き込まれながら、苦しみもがいている人々の顔が浮かびました。そしてその人に御霊(みたま)に、“安らかにお眠りください”と声をかけました。そうすることで自分自身も安らいでゆくのを感じました。その時も、自分が奏でる姿をなんとなくイメージしていました。でもその時はまだ、ライアーは、ドイツの楽器というイメージがあり、自分にとって少し遠い存在でした。その後、タオライアーの慰霊の響きを聴く機会が何度かあり、次第に身近に感じるようになってきましたので、我々のみちのく巡礼のメンバーが山形県米沢市を訪れた時にNA0さんに来ていただいて演奏してもらい、タオライアーをメンバーにも紹介しました。
この度は、タオライアーオーナーになりましたので、早速6月11日の月命日にはタオライアーを持って荒浜の浄土寺を訪れました。
初のタオライアー慰霊を行おうとして弾き始めたとたん、手が止まりました。何分にも発演奏です。心を落ち着けて慰霊に心を傾けることが出来ないとすぐに感じました。これでは却って犠牲者の方々に失礼になると思いました。もっとタオライアーに魂を込めるようになってから慰霊しようと思いました。そして、いつも通り心を込めて読経しました。
慰霊の後、いつも通り慰霊碑の碑文を読みました。この碑文の内容を想像するだけでなく自分自身の震災の日のことが鮮明に思い出されました。このような碑文は、東日本大震災の記憶や教訓を残すためにはぜひ必要だと、改めて強く感じました。
みちのく巡礼八十八ヶ所が完成したら、自作のタオライアー「イノライアー」をお供にして東日本大震災などの自然災害犠牲者の方がたの慰霊を行いたいと思います。
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みちのく巡礼祈りの場紹介
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思い出深い野蒜の長音寺での流出した墓地の片づけ
わたしは震災後間もなくの時期からあちこちの被災地へボランティアに出向いていました。
始めのうちは、各被災地のがれきの処理や、例えば野蒜の長音寺などの流された墓地の片づけが主でした。
3月17日、歩いて自宅へ戻る途中に野蒜の長音寺前を通りかかった時、下の写真のような有様でした。後日聞くと、住職様が津波でお亡くなりになったとのことでした。このようなわけで、後日片付けのボランティアに来たのです。
流出した長音寺の墓地
肉体労働は70歳に近い私にははかなりきついものでした。
あれから3年後の5月18日に訪れた長音寺は、さすがにすっかり整備されていました。それを見て当時の苦しさが思い浮かんで、懐かしくなりました。そして、3回忌法要のちょっと前に建てられた慰霊の標柱に向かって感慨深く読経させていただきました。
震災3年目の3月11日に建立されたお地蔵さん
話を震災後間もなくに戻すと、 津波で家をを流された石巻の姉が自宅近くの小学校の避難所にいましたが、心身の疲労と埃のためか?せき込むようになったので、仙台に住む姉の友人が、自分の夫の所有する家に来なさいと声をかけてくれました。それで、わたしが迎えに行きました。ところがどこの教室にいるのかが、中々分かりませんでした。
あちこちの紙にまとまりなく住所氏名が書いてあるため、容易には見つからないのです。
整理して表にまとめれば見やすいのですが、担当の人もそんな時間がありません。それで、自分がやってあげればよいと、思いついたのです。申し出ると喜ばれました。それからは、パソコン持参であちこちの避難所へ行って、名簿作りやちょっとした連絡文書作成などもお手伝いしました。
高齢者のボランティアはたいていは支援金や寄付集めです。しかし実際に現場に行って見ると、思わぬボランティアが見つかることがわかりました。しかし、こうしたことは地元の人間だからやれたのだとは思います。
しかし、被災地に近い人たちの今後のヒントになるのではないかと思います。
高齢者は高齢者の心のケアに合っている
高齢者は高齢者の心のケアに合っていると思います。
高齢者同士だから分かり合える点が多いし、カウンセリングマインドを持っている人が多いと思います。
話しを聞いてあげるだけでもりっぱなボランティアです。
わたしは最近はもっぱら仮設住宅でお話を聞いてあげています。
親しい者同士でなくても聴いてあげよう、愚痴を聞いてあげようという姿勢さえあれば大丈夫だと思いますよ。
心の闇が深くなってきているお年寄りが増えてきました。
あなたの出番だと思います。
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一般社団法人「みちのく巡礼」 は、
東日本大震災犠牲者慰霊の場づくり
災害の記憶と教訓を伝える
災害時に自らの「命を守る精神と術」を身に着ける教育
を目的にした活動を続けています
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震災の翌日の12日、幸運にも金華山から救出されて、鮎川の避難所で5日間お世話になりました。
避難所生活2日目に鮎川浜へ出たときのことです。―― 母親と幼い女の子が何もない誰もいない浜で、1本の花を二人でていねいに持って、砂の上に心を込めてそっと手向け、ひたすら祈り始めました。津波による人の死を実感したのはその時が初めてでした。すごいショックでした。あの時流した大粒の涙は忘れることができません。この時、“祈りの場があればもっと心が救われるのになあ”と、素直に思いました。
仙台市荒浜の慰霊塔の前で出会った、わが子を亡くした若いお母さんは「仏壇の前で自分の子を悼むだけでなく、犠牲になった他のお子さんたちにも祈りをささげてあげたかったのです。そして、私と同じようにお子さんを亡くしたお母さんたちを想いました。なんだか哀しい気持ちを共有でたような気がして心が少し和みました。けれど、この慰霊塔は海のすぐ前にあるので、子供が自分の目の前で津波にのまれた時のことがはっきりと思い浮かんで来るのです。だからとてもつらいし、怖いのです。私は向うにある浄土寺の慰霊碑の前の方がとても心が休まるのです。 よかったらあなたも行 ってみてください」と、数百メートルほど内陸にある仮設のお寺を指さしました。回想するようにとつとつと話すこのお母さんの語りが、痛いほど胸に迫って来ました。
仙台市荒浜の慰霊観音と慰霊之塔
わたしは被災地を訪れるたび、身内や知人を亡くした人々が身近な場所に祈りの場を望んでいることを強く感じました。震災後3年以上たった今も、仮設住宅などを訪れるたびにその強い思いがひしひしと伝わってきます。
東北6県の宗派の異なる寺院に慰霊の場を88ヶ所も創るのは、並大抵のことではありません。しかし、精神的な支えになっている印象的な光景があります。
それは大震災後間もない時期にボランティアに出向いていた時のことです。宗教者の方々が、お坊さんであれ、神主さんであれ、牧師さんであれ…、宗教、宗派を超えて力を合わせ、一丸となって支援活動をなさっている姿でした。これには、感動などというありきたりな表現では表せないほど超越的なものを感じました。現在、宗派の異なる寺院に東日本大震災犠牲者慰霊を核とした祈りの場創設のご協力をお願い出来ているのは、この時の団結の姿が原点になっております。幸い、各寺院の住職様方は宗派にあまりこだわりをお持ちでないようですので、安心して活動を進めさせていただいております。
とにかく祈りの場を創って差し上げたいという強い一心で頑張っています。
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宮城県石巻市山下町 禅昌寺
東日本大震災犠牲者鎮魂ガラス墓
東日本大震災で亡くなった人たちの鎮魂と震災からの復興を願い、
「竜王プロジェクト」がチェーンソーを使って木材制作した龍の彫刻
宮城県山元町坂元 徳本寺・千年の塔
宮城県岩沼市押分 恵洪寺
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