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奄美の西郷南洲謫居跡

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http://www.youtube.com/watch?v=GNebZWOGERE
↑動画です。

ちょっと
アカデミックに・・・・

学生君達と奄美大島の合宿に同行して

16年

やっと 観光できた。



龍郷町にある西郷南洲謫居跡。

西郷のことを南洲とつける これは 「号」

奄美に流されたとき

愛加那と結ばれ二人の子供をもうけた。

愛加那の写真が

ここ西郷南洲謫居跡に飾ってある。

やっと 行けた 良かった。


    ☆ダイバーズ in 鹿児島 HP★
    http://daibazuinkagoshima.fc2web.com/

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あいかな。1837年〜1902年。龍愛子(愛加那は通称)。奄美大島龍郷町生まれ。
1859年、奄美に潜居していた西郷隆盛の島妻となる。

西郷隆盛は、奄美大島において美玉新行の空家を借り、自炊した。間もなく重野安繹の慰問を受け、以後、大久保利通・税所篤・吉井友実・有村俊斎・堀仲左衛門らからの書簡や慰問品が何度も送られ、西郷も返書を出して情報入手に努めた。
11月、龍家(もと田畑家)の一族、佐栄志の娘・とま(のち愛加那と改める)を島妻とした。
当初、扶持米は6石であったが、万延元年には12石に加増された。
島の子供3人の教育を依頼され、間切横目・藤長から親切を受け、島妻を娶るにつれ、徐々に島での生活に馴染み、万延元年(1860年)11月2日には菊次郎が誕生した。
1869年に菊次郎が(当時8歳)、1876年には菊草が(当時14歳)鹿児島の西郷本家に引き取られる。愛加那本人は島妻制度により島に一人残ることとなる。

息子菊次郎は台湾にて宜蘭庁長などを務めたが、台湾への行き帰りには何度か奄美の愛加那の元を訪れることがあったという。

2017/9/17(日) 午前 9:20 [ 奄美は人も自然も食物も良かった ]

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