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天岩戸神社には、かねてから行ってみたいと思っていました。。 一番偉いと言われてる神さまにどうしてもお願いしたいこともあっったんで・・・ 天照大神は、その名の通り、あらゆる生命にとって必要な太陽を象徴する神です。 太陽の女神としての大地母神的な性格と、武力・軍事力に象徴される男性的なパワーを兼ね備えて いらっしゃるそうです。 だから、男性の神さまを押しのけて、実力ナンバーワンの日本の最高神として言われている理由 なんですね。。。 天岩戸神話を今に伝えるこの神社は、天照大神がお隠れになった天岩屋戸を御神体とする西本宮と、 大神をお祀りする東本宮に分かれています。 近くには岩戸開きのご神議が開かれた「天安河原(あまのやすかわら)」もあります。 以前、出雲大社に行った時はスケールと深い森に圧倒され緊張しましたが、 この天岩戸神社は、どこかホッとする気持ちの良い場所・・・ 拝殿でお参りした後、背後を流れる岩戸川断崖の中腹に、天照大神がお隠れになった天岩戸の洞窟を 神官さんの説明付きで対岸から眺めることができました。 御神域ということで、こちらの撮影はタブー。 今では洞窟は何千年という中で風化し、台風などで木々が倒れ岩が落ち、 入口は崖崩れで埋まっている様子とのことです。 今では洞窟があったであろうという壁しか分かりませんでしたが^^; 天岩戸神社には拝殿があるだけで本殿はありません。 本殿は御神域「天岩屋戸」をご神体としているからだそうで、 このような形式の神社は日本でも大変珍しいそうです。 こちらでは、神官さんに案内してもらうことをお勧めします。 拝観所の外からは見ることのできない天岩戸をこのように拝観することができます。。 (所要時間20分程度。社務所に申し込みをしてください。無料です^^) それから、神社から歩いて10分足らずのところにある、 天安河原(あまのやすかわら)という所に行きました・・・ ここは天岩屋戸に隠れられた天照大神を巖から出てもらうため、 八百万の神さまが集まって外へ導くための相談したといわれる場所です。 なだらかな坂道を下って、、、遊歩道を過ぎると、この世とあの世を渡すような橋の先に、、、 うぁ〜〜〜あ ><。この光景は・・・怖い><。。 人々の念がこもってるよねぇ・・・と言わんばかりの、 願い事を込めて積み上げられた石の数々。。まるで賽の河原のようでした・・・><。
↑ ※参考画像
何か空気が違います・・・圧倒されそうな、、、胸がドキドキして押しつぶされそう。 「仰慕窟」(ぎょうぼがいわや)という間口30m・奥行き25mの大きな洞窟があり、 その中に鳥居と社が建てられています。 おっと、デジデジしなきゃと思ってカメラを出したけど、なぜかデジカメのレンズが出てない><。 何度パワーボタンを押しても、出てこない・・・ きっと、『ここは撮っちゃいけないんだよ』っていわれてる気がして、カメラをバッグにしまいました。 そして、自分の思いをしっかり念じながらお参りして、やはり石をいくつか積み上げました。 ここは何でも願い事が叶うと言われている社なんですよ・・・ どうか〜〜〜八百万の神さまが願いごとを聞き入れてくださいますように〜☆ ドライブのほとんどを桜子が運転したんですが、なぜか全く疲れませんでした。 実は、その夜も・・・一睡もできなかったんです^^;なんでだろ〜??? 不死身の身体、不眠でも大丈夫なように〜なんてお願いはしてないんだけど・・・^^;; そうそう、デジカメがなぜ作動しなかったかが、後で判明・・・ 天岩戸神社から天安河原に行く途中、バッグの中で電池が出てたみたいです ^^; カバーも空いてなかったんで、電池が入ってないなんて思いもしなくて==; 後でバッグをゴソゴソしていたら、電池を発見して・・・なぁ〜んだと思っちゃいました。 でも、やっぱり撮らない方がきっと良かったんだなと思いました^^ しかしやっぱり・・・桜子らしいって言えばそうなんですよねー ><。。 (おしまい)
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桜子ふうふのフルム〜ン☆
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高千穂といえば、神話と伝説の街です・・・ 以前から天照大神の祭ってある、天岩戸神社に行ってみたくて、やっとその念願が叶いました。。 有名な天岩戸伝説ですが、私も小学校の時に読んだ日本神話でこのお話を知りました。 これは天照大神の像です。 天照大神(アマテラスオオミカミ)は、太陽神とも呼ばれて包容力と慈愛に満ちた神さま・・・ しかしその弟である須佐之男命(スサノオ)は様々な騒ぎを引き起こす「荒ぶる神」と恐れられ、 高天原でも多くの騒ぎを起こす困った神でした。 それにとうとう我慢がならなくなった天照大神は、天岩戸に閉じこもって出て来なくなりました。 太陽神である天照大神が隠れてしまったため、天と地は闇の世界となります。 困り果てた八百万の神さまたちは集まってどうすればよいのかを相談しました。 知恵の神オモイカネがアマテラスを岩屋から引き出す作戦を立てました。 「まず、アマテラスに夜が明けたと思わせるために、ニワトリを集めていっせいに鳴かせましょう。 それから、天鈿女命(アメノウズメノミコト)は岩屋の前で面白可笑しく踊って、 ほかの神々はそれを囃し立てるのです。 外の様子を不思議に思ったアマテラスが、岩屋の戸を少しでも開けた時に、 手力男命(タヂカラオノミコト)はアマテラスを外に引っぱり出しましょう!」 さっそく、ニワトリが集められ、アメノウズメは踊る支度を整えました。 力の神さまタヂカラオはこっそりと岩屋の戸のわきに隠れました。 いよいよアマテラスを天の岩屋から呼び戻す作戦が始まりました・・・ これが天鈿女命さま・・・何だかユニークな神さまですね ^^; 女神アメノウズメがしずしずと現われ、岩屋の前に置かれた伏せた桶の上で、 ニワトリの声に合わせて踊り始めました。 トントト・・・トントト・・・トトトン・・・! 手拍子、足拍子おもしろく、足を踏み鳴らしながら、腰をフリフリゆらゆら、 何かに取り憑かれたように踊ったものだから、着物はずれる、お乳は見える、へそも見えるで、 見ていた神さまたちは大笑い。(日本初のストリップショ〜☆) 「ワーッハッハッハ! アメノウズメの姿はどうじゃ!へそが見えるぞ! おっぱいも見えるぞ!ワーッハッハ!」 「私が隠れてしまってまっ暗になったはず・・・ みんな心細いはずなのに、あの騒ぎは何じゃ!」 外の騒ぎを不思議に思ったアマテラスは、岩屋の戸を少しだけ開いて、外の様子を伺いました。 すかさず、アメノウズメがアマテラスに 「あなたさまよりも、もっと立派な神さまがここにおられます」と言うと、 アメノコヤネとフトダマがアマテラスの前にさっと鏡を差し出しました。 そこには、キラキラと光り輝く美しい神さま(アマテラス)が映っていたものだから、 アマテラスはいよいよ不思議に思い、その神さまをもっとよく見ようと身を乗り出して 鏡をのぞきこんだ、その時です・・・ 「さあ! 今だ!」 岩屋の戸のわきに隠れていたタヂカラオがアマテラスの手を引っ張り、岩屋から連れ出しました。 あっという間に、高天原には再び日の光があふれ、山も川も輝き始めました。 天の岩屋からアマテラスオオカミを、愉快な手段で引き出した「岩戸開き」の神話ですね ^^ (つづく)
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昨日、旦那さまと桜子のお休みが重なったので、 お天気もいいことから、ドライブに行こうと・・・人吉に向かったのですが・・・ 途中、旦那さまの会社の後輩が腰を痛めて入院したのを思い出し、、、 お見舞いしてから向かおうということになりました。 病院では牽引された後輩が痛々しげ ><。 かつて桜子もギックリ腰を何度もやって、ひどく痛めたので、 10年間くらいは仰向けに眠れなかったことがあります。 その方の辛さも、様子からかなりのものだと推測できるのでした。 すっかり治った私にどうやって治したのかと聞かれたので、 ある骨盤体操を何日かしたら、嘘のように元に戻って、普通に眠ることができるようになったと・・・ 痛みが取れてからしてみてねと、その骨盤体操を教えて・・・病院を後にしました。 病院は人吉とは方角の違う阿蘇方面だったので、 今日はこのまま阿蘇に行こう〜っと言うことに。。 途中、阿蘇のどこにするって話しながら、、、高千穂峡に行かないか?と旦那さま。 「おー、久しぶりだから行ってみましょ!」と高森方面へブーン♪ どこか途中で美味しい食事でもしたかったけど、お昼は過ぎてるし、ゆっくり取っていたら 高千穂まで着かないと思ったので、サンドイッチを買って、食べながらのドライブ。。 まだ山の色は緑も濃く、夏の終わりのセミ達がミーンミーン・・・でしたが、 阿蘇路はこれから、一日一日秋色に変わっていくでしょう。。。 前に高千穂峡に行ったのは、、、まだ、下の子が1歳間近・・・桜子もうら若き20代の頃でした^^ もうそろそろ断乳しなきゃという時期で、家族4人でボートに乗った記憶があります。 この日、朝からどうも熱っぽい桜子・・・それでも、お出掛け好きなんで高千穂峡まで行ったのですが、 どうも左のおっぱいがヘン!痛いぞぉ><。だんだん痛みがひどくなって来て〜 もしかした、乳腺炎起こしてるかもと思い、ドライブの後は速攻で婦人科へ・・・ 案の定そうで、痛いおっぱいをギューギュー、詰まったお乳をひたすら搾り出したのです。 出さないともっと悪くなって手術になるので、こちらも必死に流し台でホルスタイン気分で 毎日シャーシャーしたのを思い出しました^^;; まあ、高千穂峡はそんな大昔に一度・・・行ったきりでした。 最近気になるところもこのエリアにあるので、とりあえず高千穂に行ってみることに。。。 高千穂は宮崎県の北端部、九州山地の中に位置しており、町域の西北部から北部にかけては 熊本県に接し、北部から北東部にかけては祖母山を挟んで大分県と接しています。 熊本市から南東へ約80kmくらいですね・・・ 高千穂峡は、その昔阿蘇火山活動の噴出した溶岩流が、五ヶ瀬川に沿って帯状に流れ出し、 急激に冷却されたために柱状節理のすばらしい懸崖となった渓谷です。。 高千穂峡は昔よりもお水が濁ってるような気がしたのですが、 やはり水晶のような深い緑色をしていました。 ボートに乗ってみる?っていう旦那さまに・・・ 「いいわ・・・乗らなくて・・・」==;(すみません、せっかくのお誘いを・・・) 病弱な旦那さまは力が出ないから、たぶん、逞しい桜子が漕がなくちゃならなくなるんで ご遠慮をさせていただきましたぁ〜〜〜〜〜><。 でも、上から眺めるだけでも水の流れる様は美しく、 滝の下ではボートの人たちが、滝に入らぬよう端っこに避けては、ぶつかる様子を見てはハラハラ・・・ 付近の遊歩道は起伏が激しく、結構な運動になったような気がします^^; だいたい、ここに来る予定じゃなかったから、ヒールのサンダル履いてて、 なんと歩きにくかったことか〜 ><。 ドライブに行く時はスニーカーかペタンコシューズ入れておかないとダメですね。。。 (つづく)
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たまにはフルム〜ンのことを書きとめておかないと、 記憶が遥か彼方に行ってしまいそうです。。^^; 残念ながら、このルイス・C.ティファニー庭園美術館今年の3月31日に 閉館になってしまいました・・・ 春に出雲に旅することになり、ここには是非に行きたいって思ってましたが、 まさか閉館間際だったとは、行くまで知りませんでした。 閉館理由はこれなんですが・・・ 松江市と美術館側の考え方の相違が深い溝を作ってしまったようですね。 展示物が素晴らしかっただけに、大変惜しまれる美術館となってしまいました。 念願のティファニー庭園美術館に着き、入り口ゲートをくぐると、噴水のあるヨーロッパの中庭を思わせるアプローチ。 黒のアイアンのアーチが素敵でした・・・ 美術館と言うよりミュージアムといった方がいい感じですね。。 中に入ると前方は全面ガラス張りで、ガラス越しに見事な宍道湖が・・・ ただただそこには、絵のような宍道湖がだだだ〜〜〜〜っと広がっていました。。 ティファニーといえば、女性なら誰もがアクセサリーを思い出すところですが、 こちらの美術館は、その宝石店のチャールズ・ルイス・ティファニー 氏の長男、 ルイス・カムフォート氏の作品を集めたものでした。 彼は跡継ぎ息子なのに、親に背いて宝飾店経営には加わらず、 画家を志しガラス工芸に身を投じた、一族の異端児なんです。 とにかく広い美術館で、展示室が1階に4ゾーン、2階には10ゾーン。 見上げるばかりのステンドグラスの数々、多数のランプ、陶磁器、家具、ジュエリーまで ルイス・C・ティファニーの作品群やルネ・ラリック、ガレなどの作品はかなり見応えがありました。 ジャポニズムの作品も多く、陶器や浮世絵などの『日本美術が西洋に与えた影響』が一見して理解できるような展示の仕方をしてあって、とても興味深かったです。。 私はガレ、ラリックというと・・・ランプや花瓶、食器くらいしか知らなかったのですが、パリス・サロンと称せられた部屋には、彼らのデザインした装飾いっぱいの家具が飾られていました。 装飾と実用の融合(?)と説明のあった、前方両サイドを蘭をデザインしたランプで飾られた机もあり、なんとも贅沢なものだろうと眺めていました。 そのパリス・サロンから次の部屋に行くと・・・目に入るのは息を呑むようなステンドグラスの窓。。 ステンドグラスの窓の後ろからは自然光がさしてくるように設計されています。 それにしても堂々たるステンドグラス・・・富豪の令嬢ヘレン・グールドの為に作られたという「鹿の窓」、、、これには本当に圧倒されました。 ルイス・C.ティファニーはこれらステンドグラスの窓を作るために 「ファブリルガラス」なるものを開発しました。 それらの展示も見ましたが、ルイス・C.ティファニーのステンドグラスはガラスそのものが素晴らしく、チラチラと輝くような木漏れ日、川を流れる水の色、本当にため息が出るほど見事です。 奥行きはガラスを4層にして出しているそうです。。 有名なティファニーランプは、ルイス・C.ティファニーがステンドグラスの窓の為に開発したファブリルガラスの残り片を利用して、工房において作られるようになったようです。 ステンドグラスの窓もランプも、ジャポニスムの影響を受け日本風なモチーフも目立ちます。 そして宝石に価値をおくのではなく、そのデザイン性に価値をおかれたというネックレスやピアス、イヤリング。 複雑で装飾性の高い工芸的なものはなかなか見る機会がありませんでしたので、 とても感動した美術館でした。。。 今・・・閉館した後の、、、このコレクションはどうなってるのでしょうか・・・ どこかまた素敵な場所で、たくさんの人に見られる日がありますように。。。
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出雲大社にお参りした後は・・・ やはり割子そばをいただきたいですよね。。 お目当ては、江戸末期天明年間の創業で220年を誇る老舗、 「荒木屋」さんだったのですが・・・ この日はあいにくの定休日 ><。 桜子ふうふは・・・ほとんどと言って良いくらい、 食べたいお店にふられます ==; だから、この時もがっかりしたものの、 またかぁ〜っていうくらいで、笑ってやり過ごすしかありませんでした。。 でも、お蕎麦はどうしても食べたいので、 大社近くの「八雲蕎麦」に入りました。 旦那さまが普通の3段。 桜子がたっぷり5段。 はい、、、旦那さまが小食なのか・・・ 桜子が大食いなのかは分かりませんが、 いつも桜子の方がたくさん食べる、健康優良児です ^^;; 割子そばは、3段の丸い漆器に盛られたそばに 好みの量の薬味とそばつゆをかけていただきます。。 割子は江戸時代に松江の連(れん)と呼ばれる身分を越えた趣味人の集まりが、 屋外にそばを持って行くお弁当箱(道中弁当などに使った白木の使い捨て容器が 原型)として考えたのが始まりだそうです。 形も、四角や長方形、菱形、長丸などいろいろあったようです。 明治40年ごろ、連の一人であった松江警察署長の発議で、 衛生的見地?(四角いと角が洗いにくいとか)からヒノキをロクロで挽いて 底の厚みのある丸形の漆器に変わったとされています。。。 桜子は、日本酒が好きなのでお蕎麦屋さんで飲むのも 好きなんです。。 酒肴は板わさ、出汁巻き玉子、天ぷら・・・それに、焼き味噌があれば、 何杯でもいけちゃいますぅ。。。 あああ・・・今、頭の中を 嬉しそうに肴を前にグビグビと、日本酒をいただく幸せそうな桜子が 浮かんでいます ^^;; そのあとに、蕎麦を一枚・・・ あああ、至福のときですね〜☆ ビアガーデンより、やっぱりこっちにそそられる、日本人桜子です。 冷酒でいっぱい、いきたいわぁ〜(*^¬^*)
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