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梅太郎です 「死」とは何でしょうか?この一文字には暗いイメージがありますが果たしてそうでしょうか? 生まれてくることが幸せなら、年を取ることも、死ぬことも 喜びでありたいし、そうであるはずです。 生まれることが、本社から肉体という支社に出張することだとすれば、 死は出張を終え本社に帰ることだと言えます。死そのものが不幸ではないのです。 大事なことは本社に帰る時、仕事をやりきって「バンザーイ!」と言って帰るか 後悔を残して帰るかです。 現代社会にはできるだけ死を遠ざけて生きる風潮があります。 老いを遠ざけ、病を遠ざけ、死を遠ざけることが幸せのように錯覚しがちです。 しかし、老いによってこの肉体に与えられている時間が有限であることを知り、 病によって自らの生き方に警告が与えられていることに気付き、 死を意識することで生はさらに色濃いものとなります。 「生死一如」という言葉がありますが、私たちの生きる現代は死を遠ざけている分、 生が希薄なものになってはいないでしょうか? 死は出張先から本社に帰ること。 分裂や争いの絶えない現世の様々な課題の中で、 「全ては一体である」この魂の調和の世界を芸術する。 やりがいのあるこの仕事をやりきって、大手を振って帰りたいものです。 老いも病も、苦労も不幸と思えることさえもありのまま、ありがたく受け止める。 そうしてはじめて生と死が輝き始めるはずです。
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全ては今を精いっぱい生きるということでしょうか。
その点、動物たちは誰に教えられなくても、
現実をそのまま受け止め、日々一生懸命生きている。
ある意味、人間以上に浄化された魂の持主ですね。
2010/1/31(日) 午後 0:06
ピロロンさん。そうとも言えますが、動物はやはり動物です。主体性はありませんし慈しみを表現していく事も出来ません。赤ちゃんはピュアだけどそのままでは、人としての真価が発揮されないように、動物はピュアだけど人はそれ以上に慈しみ深く、輝いていきたいんです^^そのための磨きが現世様々用意されているんですね。
2010/1/31(日) 午後 4:00