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二〇一一年一〇月九日 説教要旨
  「最後まで耐え忍ぶ―― 震災・仏教・イエスの教え」
                    マタイ福音書24:4〜35  
 
「仁和寺に、慈尊院の大藏卿隆曉法印といふ人、かくしつゝ、かずしらず死ぬることをかなしみて、ひじりをあまたかたらひつゝ、その死首の見ゆるごとに、額に阿字を書きて、縁をむすばしむるわざをなむせられける。その人數を知らむとて、四五兩月がほどかぞへたりければ、京の中、一條より南、九條より北、京極より西、朱雀より東、道のほとりにある頭、すべて四萬二千三百あまりなむありける」(方丈記・鴨長明))
 震災のあと、しばらくして東京の若い看護師さんが、宮城の沿岸部に支援に行く文章を読みました。空路仙台に入りますが、仙台あたりから記述が変わって行きます。被災地では、自衛隊員が、亡くなった方が見つかった場所に赤い旗を立てていたそうで、それが無数にあると書かれていました。
 仏教は、もともと古代国家によってもたらされた外来宗教です。その後、土俗宗教や神道に混交しつつ、民族主義的になったりして次第に大衆に浸透しています。
 日本仏教の特徴を言うならば、①仏教自体がインドに起きた古代宗教であるために、空想と土俗宗教と深遠な哲学の混淆である。②日本化する段階でかなり土俗化と思想の単純化が起きている。禅宗は論理を否定し、浄土宗は「念仏は非行、非善」といいます。③中国を経由する段階で、供養や葬送儀礼は、かなり儒教である。仏壇、お彼岸の墓参り、位牌、お盆など儒教のものです。④特に日本では、家の先祖の供養という面が強い。
 浄土真宗の教えは、誓願を立て浄土を起こした阿弥陀仏に一切を帰依し救いを求めるという極めて一神教的な救済宗教であるが、被災地の僧侶がしていることや話していることは、死者の供養であり、避難民の多くが守るものは、先祖の墓であり、持ち出したものは位牌である。「阿弥陀仏に一切を委ねなさい(南無阿弥陀仏)」と話している僧侶は、報道では見かけませんでした。
 仏教について言うなら、お釈迦様の教えは、修行し欲を絶ち、自然と一体化し無になり、苦しみから解放されるということです。死後、500年ほどして起きた大乗仏教は、大衆救済に重きが置かれています。修行できない人をどうするか。道端で飢えて亡くなっていく人、病気で苦しんでいる人をどうするかです。新約聖書の成立と大乗仏教の教えが同時期に、やや似た内容であるのは偶然ではなく時代的背景があると思います。親鸞の書物に往相とともに還相(げんそう)という言葉があるのは、悟りとともに救済の重視だと思います。阿弥陀への信仰の表出(念仏)によってのみ前世の宿業から断ち切られ安養の浄土に行くことができるといのが、親鸞の思想です。
 3月11日の津波の映像は衝撃的でした。後程、チャイコフスキーの交響曲6番、第4楽章「悲愴」を聴いて、津波の映像と「悲愴」の音楽が重なります。
 震災による津波で家を流され、家の基礎だけが残りそれを見つめている少女がいました。家族は八人、祖母を亡くしたと話していました。罹災直後の極度の緊張感と張り詰めた高揚感、そして次第に生活が仮の落ち着きを取り戻していく中で多くの被災者、ご遺族が、深い悲しみ、喪失感に捉えられているでしょう。共にいてあげることが大切だと思います。
死者を思いつつ生きていかねばなりません。
確かに、2万人もの方が亡くなる津波は千年に一度しか起きないでしょうが、なぜ私がという懐疑には多くの人が捉えられるはずです。なぜ、なぜ癌にかかるのか、離婚せざるを得なかったのか、失業したのか、障害児を授かったのか、なぜ私が、という自問に人生はあふれているのではないでしょうか。人生の真実を医師と僧侶は知っているという言葉は、だれも病と死は避けられないという意味だと思います。
 マタイ伝24章でイエス様はこう言っておられます。戦争、飢饉、地震が起きるが、偽預言者や憎悪、憎しみ、扇動に気を付け「最後まで耐え忍ぶものは救われます。」(24:13)どのような時に再臨が起きるかは私たちにはわかりません。わかるのは、私たちが、日々の日常を耐え忍び、平易な繰り返しに耐えつつ生きていかなければならないことです。
 津波の被害も甚大で沿岸部の町を壊滅的にしましたし、原発事故の損害も大きなものとなりました。しかし、再生は可能だと思います。5年、10年という時間をかければ、山間部、高台に町を作ることも原発の放射線の除染も多くの地域で可能でしょう。被害は大きなものでしたが、「第二の敗戦」とまではないと思います。しかし、2万の方の死は重い。この死の意味を考えなければならないと思います。
 今回の震災で、多くの若者、中年の方がボランティアや義捐金、援助活動を行っています。誠に感動的です。多くの演劇人や芸術家が復興を支援しようとしています。諸外国、特に台湾から多くの義捐金が寄せられました。私たちは心のつながりを作りつつあります。実はこのことこそ、現代の日本で最も欠けていたことでした。何しろ、病気とはいえ、毎年3万人もの方が自殺されているのですから。人生の意味とは何か、家族とは地域とは何かを今回教えられました。このことが最大の希望です。
 地震も津波も、台風も豪雨も地滑りも怖いものであるとつくづく今年は教えられましたが、もっと怖いのは欲望、猜疑心という人の心ではないでしょうか。
 1年前、地球の裏側で30人近い鉱夫が地底に取り残されたとき、その間、何をしていたでしょう。死への恐怖が遠のくと、次に来たのは激しい欲望と衝突でした。それを抑えたのは1日2回の礼拝でした。彼らは、リーダーはいましたが、人ではなく、神様に帰依することで心の平安を取り戻したのでした。
 パウロはこう言っています。「キリストは、多くの人の罪を負うために一度、ご自身の血を捧げられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々を救うために来られるのです。」(ヘブル書9:28)パウロは、兄弟愛をもち、旅人をもてなし、牢にいる人をも思いやり、結婚(生活)を尊び、金銭を愛する生活をしてはいけないと言っています。(ヘブル書13:1〜5) ともに信仰に歩んでいきましょう。

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