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二〇一一年の思い出

         二〇一一年の思い出
                           ryu
 
 今年は震災がありました。三月一一日以降はよく津波の被害や原発について考えることが多かったです。千年に一度の津波も何十億年という地球の歴史から見れば起こるべくして起きているのかもしれません。地震、津波、火山噴火、嫌ですがそういたものを引き起こす大陸プレートの軋みで日本列島ができているので、私たちの宿命でもあるのでしょう。
 地球に仮住まいさせてもらっているのが私たちですから。ただ、家を流されて基礎のみ残った後を見ている女子高校生の写真は辛いものがあります。家を流されたが、外出していて助かった御夫婦が愛犬が流されたことを語っているのも辛い話でした。
 四月に特別支援学校に移動しました。六名の生徒の担任になれて幸せです。特別支援学級の時は、校内で理解者が少なく孤独でしたが、今回の学校は若い先生方がよく働き、優しいまじめな方が多いので楽しいです。
 日曜日は、礼拝。月曜日は博多駅の近くで歌の練習、火曜日はサックス、土曜日はお習字とピアノという生活が続いています。帰るのが妻より早いので家事はみなしています。洗濯、掃除、風呂、炊事、買い物、ペットの世話。している方が気が紛れます。後は、ツイッターという簡易ブログをして、茨城の犬を飼っている方や山の中に暮らしていて写真を撮る女性や山梨のおじさんとやり取りしています。
 いつも考えているのは、犬のララと猫のさくらのことばかりで、残業があると早く帰りたくなります。ララはおてんばです。八歳になりました。さくらは優しい猫です。四歳になりました。長生きしてほしいと願うのみです。
 実家の母は八三歳になりました。なんとか元気です。まだ、畑に出ています。兄は定年退職し、畑を手伝っています。
 僕も五三歳になり、定年まであと七年。実質あと六年になりました。年金の関係で二年延びるとかも聴いていますが、それでもあと八年です。よく退職後の人生設計を考えます。勉強し直したい気もします。英語か経済学を学びたいです。国文学と特別支援教育、心理学、教育学は嫌になるくらい勉強したのでもういいです。学び直した後は私立高校の講師になりたいなと思っていますが、そのころは退職者があふれて、僕等お呼びではないかもしれません。
 教会の通わせて貰って、毎週、牧師先生のお話を聴けることは大変有益です。地理や歴史の話が多く難しいのですがためになります。この教会に通わせていただいて二〇年になります。多くのことを学ばせていただいたことを感謝しています。
 教師はどうしても視野が狭くなりがちで独断決行の面が多分にあるのですが、この教会で人への優しさや社会性を学ばせていただいた気がします。
 もっと教会できちんと信仰を深めなくてはと思っています。
二〇一一年一〇月九日 説教要旨
  「最後まで耐え忍ぶ―― 震災・仏教・イエスの教え」
                    マタイ福音書24:4〜35  
 
「仁和寺に、慈尊院の大藏卿隆曉法印といふ人、かくしつゝ、かずしらず死ぬることをかなしみて、ひじりをあまたかたらひつゝ、その死首の見ゆるごとに、額に阿字を書きて、縁をむすばしむるわざをなむせられける。その人數を知らむとて、四五兩月がほどかぞへたりければ、京の中、一條より南、九條より北、京極より西、朱雀より東、道のほとりにある頭、すべて四萬二千三百あまりなむありける」(方丈記・鴨長明))
 震災のあと、しばらくして東京の若い看護師さんが、宮城の沿岸部に支援に行く文章を読みました。空路仙台に入りますが、仙台あたりから記述が変わって行きます。被災地では、自衛隊員が、亡くなった方が見つかった場所に赤い旗を立てていたそうで、それが無数にあると書かれていました。
 仏教は、もともと古代国家によってもたらされた外来宗教です。その後、土俗宗教や神道に混交しつつ、民族主義的になったりして次第に大衆に浸透しています。
 日本仏教の特徴を言うならば、①仏教自体がインドに起きた古代宗教であるために、空想と土俗宗教と深遠な哲学の混淆である。②日本化する段階でかなり土俗化と思想の単純化が起きている。禅宗は論理を否定し、浄土宗は「念仏は非行、非善」といいます。③中国を経由する段階で、供養や葬送儀礼は、かなり儒教である。仏壇、お彼岸の墓参り、位牌、お盆など儒教のものです。④特に日本では、家の先祖の供養という面が強い。
 浄土真宗の教えは、誓願を立て浄土を起こした阿弥陀仏に一切を帰依し救いを求めるという極めて一神教的な救済宗教であるが、被災地の僧侶がしていることや話していることは、死者の供養であり、避難民の多くが守るものは、先祖の墓であり、持ち出したものは位牌である。「阿弥陀仏に一切を委ねなさい(南無阿弥陀仏)」と話している僧侶は、報道では見かけませんでした。
 仏教について言うなら、お釈迦様の教えは、修行し欲を絶ち、自然と一体化し無になり、苦しみから解放されるということです。死後、500年ほどして起きた大乗仏教は、大衆救済に重きが置かれています。修行できない人をどうするか。道端で飢えて亡くなっていく人、病気で苦しんでいる人をどうするかです。新約聖書の成立と大乗仏教の教えが同時期に、やや似た内容であるのは偶然ではなく時代的背景があると思います。親鸞の書物に往相とともに還相(げんそう)という言葉があるのは、悟りとともに救済の重視だと思います。阿弥陀への信仰の表出(念仏)によってのみ前世の宿業から断ち切られ安養の浄土に行くことができるといのが、親鸞の思想です。
 3月11日の津波の映像は衝撃的でした。後程、チャイコフスキーの交響曲6番、第4楽章「悲愴」を聴いて、津波の映像と「悲愴」の音楽が重なります。
 震災による津波で家を流され、家の基礎だけが残りそれを見つめている少女がいました。家族は八人、祖母を亡くしたと話していました。罹災直後の極度の緊張感と張り詰めた高揚感、そして次第に生活が仮の落ち着きを取り戻していく中で多くの被災者、ご遺族が、深い悲しみ、喪失感に捉えられているでしょう。共にいてあげることが大切だと思います。
死者を思いつつ生きていかねばなりません。
確かに、2万人もの方が亡くなる津波は千年に一度しか起きないでしょうが、なぜ私がという懐疑には多くの人が捉えられるはずです。なぜ、なぜ癌にかかるのか、離婚せざるを得なかったのか、失業したのか、障害児を授かったのか、なぜ私が、という自問に人生はあふれているのではないでしょうか。人生の真実を医師と僧侶は知っているという言葉は、だれも病と死は避けられないという意味だと思います。
 マタイ伝24章でイエス様はこう言っておられます。戦争、飢饉、地震が起きるが、偽預言者や憎悪、憎しみ、扇動に気を付け「最後まで耐え忍ぶものは救われます。」(24:13)どのような時に再臨が起きるかは私たちにはわかりません。わかるのは、私たちが、日々の日常を耐え忍び、平易な繰り返しに耐えつつ生きていかなければならないことです。
 津波の被害も甚大で沿岸部の町を壊滅的にしましたし、原発事故の損害も大きなものとなりました。しかし、再生は可能だと思います。5年、10年という時間をかければ、山間部、高台に町を作ることも原発の放射線の除染も多くの地域で可能でしょう。被害は大きなものでしたが、「第二の敗戦」とまではないと思います。しかし、2万の方の死は重い。この死の意味を考えなければならないと思います。
 今回の震災で、多くの若者、中年の方がボランティアや義捐金、援助活動を行っています。誠に感動的です。多くの演劇人や芸術家が復興を支援しようとしています。諸外国、特に台湾から多くの義捐金が寄せられました。私たちは心のつながりを作りつつあります。実はこのことこそ、現代の日本で最も欠けていたことでした。何しろ、病気とはいえ、毎年3万人もの方が自殺されているのですから。人生の意味とは何か、家族とは地域とは何かを今回教えられました。このことが最大の希望です。
 地震も津波も、台風も豪雨も地滑りも怖いものであるとつくづく今年は教えられましたが、もっと怖いのは欲望、猜疑心という人の心ではないでしょうか。
 1年前、地球の裏側で30人近い鉱夫が地底に取り残されたとき、その間、何をしていたでしょう。死への恐怖が遠のくと、次に来たのは激しい欲望と衝突でした。それを抑えたのは1日2回の礼拝でした。彼らは、リーダーはいましたが、人ではなく、神様に帰依することで心の平安を取り戻したのでした。
 パウロはこう言っています。「キリストは、多くの人の罪を負うために一度、ご自身の血を捧げられましたが、二度目は、罪を負うためではなく、彼を待ち望んでいる人々を救うために来られるのです。」(ヘブル書9:28)パウロは、兄弟愛をもち、旅人をもてなし、牢にいる人をも思いやり、結婚(生活)を尊び、金銭を愛する生活をしてはいけないと言っています。(ヘブル書13:1〜5) ともに信仰に歩んでいきましょう。

日本の仏教に付いて

 日本の仏教に付いて
 
 日本の仏教の特徴を考えると、まず第一に、仏教それ自体がインド古代宗教で、かなり混迷と空想の産物であると言える。素晴らしい哲学と空疎な民間信仰の混在がインド仏教の特徴である。六道輪廻などもこうした空想と混迷の産物だ。
 二つ目は、中国を通過する時点で特に日本に入って、まず、神道との混淆が顕著である。四国のお遍路、千日行、山岳信仰など古仏教は神道に近いものがある。
 三つ目は、中世以降特に近世にはいって家の宗教として儒教の影響が強いと思える。位牌、お彼岸での墓参り、仏壇、みな儒教のものである。お盆は道教の中元からきている。親鸞は、死んだ亡骸は川に流し魚に食わせろといったが、真宗の僧侶の最大の仕事はお葬式と先祖供養である。
 四つ目は論理の単純化である。禅宗などは論理を否定している。浄土宗は、論理を単純化している。
 五つ目は、インドの言語を中国で漢語に訳され、そのまま音読するので、大衆には意味がたどりにくいという問題がある。ルターの様な方が現れなかった。
             マスコミの報道の在り方について
 かつて、保守政党は自民党しかなく、野党は社会党だった。冷戦構造の時代で、社共が政権とれるわけでもなく、自民党政治が延々と続いた。
 仕方なかったが、戦争に対する無責任は閣僚の発言や世襲議員、官僚からの転職、利権団体からおされた議員など選挙には強いが民意から遠い存在だった。
 人権とか基地反対、増税反対とかいっても所詮、自民党は強い存在だった。80年代までそうだったと思う。
 たまに溜飲を下げるのは、汚職で検察が自民党議員を逮捕したりするときで、まるで悪を退治する善の代表くらいに思っていた。立花隆の著作もそういうことの見方を増幅させた。
 2年前に東京地検特捜部が西松事件で小沢事務所を強制捜査した時も、茶色のフロックコートを着て颯爽と歩く特捜部に迫力を感じた。
 何か分からないが、小沢が不正な献金を受け取っているという印象だった。
 政権交代が起きて、もうあれは過去の出来事かと思っていたら、陸山会事件で秘書3名が逮捕された。僕は、小沢が悪いんだろう、と思い、早く民主党は、小沢から離れればいいのにと思っていた。
 あまり小沢にいい印象を持っていなかった。
 鈴木都知事を高齢という理由で下ろさせたり、細川内閣で社会党と衝突したり、自由党の時は小渕さんと決裂したり、菅や鳩山のクリーンイメージに対し小沢はなんか暗いという印象しかなかった。
 そのころ、小沢に近い議員が、あれはおかしい、小沢幹事長は悪くないと、真顔でいっているのを聴いて(今考えると森ゆうこだった)「あれっ」と少し思った。
 不起訴になったと聞いても、大物だから検察が遠慮したのかなとしか思っていなかった。
 それが、ツイッターをたまたま始めたら、郷原という弁護士が、陸山会事件は検察の暴走だ、ということを書いたり話しているのを知り驚いた。
 西松事件、陸山会事件、きわめて微細な政治資金規正法違反ということも初めて知った。ネットや本で調べてみると、郷原氏の言うことは筋が通ると思った。
 しかし、実力者の小沢氏への攻撃で、民主党は参議院選挙に敗れた。あれは、菅直人の消費税発言でなく、検察マスコミの小沢攻撃で敗れたのだと思う。
 小沢は9月の代表選挙に出たが、その際のマスコミの小沢への攻撃は,NHK、朝日、読売、毎日、みなすごかった。マスコミに影響されサポーター票で小沢は敗れた。
 政権を取った菅直人は露骨に小沢排除を始めた。マスコミは応援した。
 財政再建、親米、構造改革に路線は変わった。
 マスコミは、ずっと検察のリークを流して小沢は黒に近い灰色だという情報を流し国民を洗脳してきたが、ツイッターと少数派のジャーナリストと弁護士によってその虚偽が明らかにされつつある。
 一つには、大阪地検特捜部の村木裁判での無罪判決と前田検事の証拠改竄で検察への不信が広がったこともある。
 もう一つは、検察の小沢への捜査は間違いであり、裁判でもほぼ無罪だということが、国民の多くはまだ知らないが、国会議員や司法関係者、ジャーナリストの多くは知っている情報になってしまったことだ。
 西松事件は、架空の政治団体による迂回献金が問題だったが、その団体は実在した。陸山会事件は、政治資金報告書の土地の取得や支払い、その登記の時期のずれでしかなかった。巨額の闇献金は証拠がなく立証は無理だ。
 この期に及んでも、毎日や朝日の記者は「小沢は悪で黒だ、議員辞職せよ」と言っている。
 今まで言っていたことが間違いだったミスリードだったことを認めようとしない、反権力の姿勢を取りながらも本質的に官僚的体制的な大新聞の報道姿勢を表している。
 マスコミは、小泉構造改革を賛美してきた。その結果がこれである。所得の低下、非正規雇用の拡大、貧困層の増大、若者の失業と低所得。
 現在の菅政権が続いてもおんなじである。
 普天間の基地の件でも国外移設で何の問題もない。それがアメリカの意向ばかり報道する。財政赤字は問題だが、不景気時の増税の経済に与える影響は考えようとしない。
 自分たちは、恵まれたカルテルの中にいて平均給与が一千万円近いから不景気がピンと来ていない。
 毎日の岸井など「小沢が悪いことをしているに決まっているから、さっさと処分しろ」とまでいっている。
 ならば、岸井などは情報を集め論理的に小沢の不正献金や賄賂を見出して反小沢キャンペーンを堂々と張ればいいではないか。予断と偏見で人を攻撃するのは差別でしかない。裁判について情報を流そうとはしない。自社の主張に不利だからである。
 新聞社が自社の政治思想を持つのは構わないが、特定の候補を応援したり、特定の議員を誹謗中傷するのは許されない。
 こういうばかばかしいマスコミに政治を左右される状況を壊さなければ本当の民主主義は来ないと思う。
 検察改革とともに大切なことだと思う。
 

洗礼について

                 洗礼について
 洗礼を受けて18年になる。
 2月の寒い日曜日だった。旧会堂の礼拝堂の裏に水槽に水をためて入った。
 全くの全身の洗礼だった。
 教会には、その一年半前から通っていた。20年前か。
 生徒指導のことでなんか悩んでアドバイスを受けたくて教会に電話したら、自宅のアパートのすぐ近くだったので行った。
 4時間くらい話しこんだ。牧師先生と。保護司をしていたせいか、話しは深く教養ある方だと思った。
 旧会堂は、田舎の小さな公民館という趣だった。
 東向きに立ち、紫陽花の垣根があった。
 牧師先生の話を聴きに通っていた。讃美歌は地味な気がした。
 田舎の病院に入院している父の介護で土曜日の夜は病院に泊っていた。だから日曜日は眠かった。そのころは、部活でバレー部を持っていたから練習でいけないこともあった。
 田舎の病院で父の介護をしている時、糖尿病が脳に入って夜中に亡くなられた方がいて、死を身近に見て、なんか入信したいと思うようになった。
 妻と知り合い、結婚しようと決めたのはそのころだった。
 牧師は、人柄は優しかったが、信仰には厳しかった。
 聖書の教養が深く、論じ出すと言葉がよく出てきたが、普段は知識を誇る方ではなかった。
 この18年で最大の教会の事件は、牧師夫人が60歳にもならずに、10年前、肺がんで急に亡くなったことであろう。
 手話、奏楽、歌、奉仕をよくされ信仰の厚い方だった。
 娘の婚約者とも息子の婚約者とも病床であえたのはよかった。
 元気なら、現在70歳か。まだまだ若い年齢だ。
 牧師先生には僕はいろいろと世話になった。人生最大の師であり恩人だ。

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