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ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶を目指す国際キャンペーン「ICAN」の事務局長が安倍総理との面会を求めていましたが、日本政府が断ったことが明らかになりました。

 核兵器禁止条約の採択に貢献し去年、ノーベル平和賞を受賞した「ICAN」のベアトリス・フィン事務局長は12日から来日していて、15日は広島を訪れました。「ICAN」は日本政府に対し事務局長と安倍総理との面会を要請していましたが、菅官房長官は外務省が断ったことを明らかにしました。

 「外務省から日程の都合上、できないという旨を回答をしたと」(菅義偉 官房長官)
 その上で菅長官は「日程の都合上、難しいということでそれ以上でもそれ以下でもない」と述べました。一方、フィン事務局長は「世界の他の指導者との面会はかなっている」としたうえで次のように述べました。

 「安倍首相との面会ができず残念に思います」(ICAN ベアトリス・フィン事務局長)(1514:2)・・・・・:   
          ミー ツー;都鹿斎
 そこで今回のわがブログ記事をお目にかけましょう。
後期高齢者というバカげた名称を付与されてからの一日のメディア(高度情報社会)生活はこんなもんであるす。
朝;朝食7:30〜約30分、→朝刊(紙新聞:朝日)を約1H通読。
(感想;バカでかい広告は読みたくも・観たくもない、新聞は金持ち依存か?紙代返せ!)
11時30分(土・日は除く)から、TV5CH(ご当地、CBC)  15分視聴、 45分から6ch(ご当地、テレ朝)15分、
12時ジャストからNHKTV(最近は、アナウンサーがお出ましになると、チャンネル断! 民放と同じ情報ばかり、故に断。 すると気分爽快になる。電気代が節約できる。  腹を立てなくて済むのでスッキリする。すると、昼食のアナウンスが上さんから入るのでTVとはサヨナラ。 
午後の生活は、13時過ぎからPCとお遊びタイム、 電源オン起動後、産経ニュースを起点に情報点検、産経は庶民には腹の立つニュースが多いので止めたいが、初期設定の為続けている。 
  続いて、メールを点検、毎日3〜5通受信、お得意様からのメール点検とその処置を済ます。
次いで、ヤフーブログご常連様のブログをご拝読、 これが、・・・うにゃ、・・・・うにゃ。 正直、結構お時間が必要で、新しい文字起しはおろそか山である。  最近は、シラミ族など寄り付かなくなったので、気分は安泰だが、“憲法実現”論の夢をテーマとしているため、結構、自己チェックに脱落感がやってくる、加齢の関係と、政治の悪さの勢にしている。         
 だって、「幸福実現党」なんて政党が本気かどうか不明だが、活動する社会なんて、推して知るべきで、幸せいっぱいなら、こんな政党は生まれないし、「自由民主党」も存在しない(言外に自由民主が無いと言うに等しい)。
 昔から「名は体を顕す」と言う。メディアの毎日は、  ①交通事故とか❷殺人事件、③火災発生など官製情報しか提供して呉れないので面白くない。          情報機関・メディア・ジャーナリズムは官制機関の一部に繰り入れられている証拠だ。                先の戦争を可能にしたのは、NHKと新聞だと指摘する意見もある。 NHKは『大本営の一部』であったのでそんな指摘を受けても仕方がない。   しかも戦争末期には信州北アルプス山中に大本営と逃避を計画していた、今のNHKは、そんな過去を「誇り」にしている。      今年は🐕年あっちへいけー!
  最後にもう一点、現代メディア論。昭和一桁のメディア論はもう滅多に聞けないはづだ。  聞くところによると『紙による新聞』は昨年一年で激減したと彼らは勝手に言っている。     気分的には「ざまーみろ!」だ。何故なら、先にも書いたが、先の戦争に突入した責任は、NHKと新聞にある、と言われている程だ。丁度現在の状況と相似だ。   他国、特に近隣諸国の粗(アラ:魚類などのおろし身を取ったあとに残る頭・骨・えらを」言う:広辞苑。つまり弱点:欠点)ばかりを探り・宣伝し、その分わが国は健全だと言外に言いたげだ。
      【くそー!】だ。
そんな大和魂は昭和一桁でさえ教育されていない。「礼に始まり礼に終わる、だ。」(笑)、  この意味では、国家権力機関から正義を裁可する『法の支配者:裁判所』まで、正義とか信義とか倫理とかモラルはわが礼節を尊ぶ国民的レベルは何処へ行ってしまったのかである。
『おもてなし』が最近俎上に載るが、これも見え見えに腹の下が読める。ならばいっその事、「フェアー」で行こうとならなければならないが、どうだろう。
作家の百田尚樹さん(61)が12日に自身のツイッターに朝日新聞の読者を指して「売国新聞を支えている朝日の読者も日本の敵だ」と投稿し、朝日新聞広報部は15日までに「特定の新聞の読者を敵視するような差別的な発言に強く抗議します」などとするツイートを朝日新聞広報部名で行った。  百田さんは15日、これに再反論したそうだ。  専門家でなくても同感である。 いかし彼はマジで潰れてもらわないといけない!!」、怒りが収まらないのか、百田氏は続いて「これは首を賭けてもいい。もし、中国と日本が軍事衝突をすれば、朝日新聞は100パーセント、中国の肩を持つ。朝日新聞は日本の敵だが、そんな売国新聞を支えている朝日の読者も日本の敵だ」とも、報道している。
内戦状態が始まったようだ。こんなTVニュースにもあった。「誰でもいいから人を殺して自分も死んでしまいたかった、と」、統計的ではないがもう再三再四ニュースになっている。
 しかし、この最後の部分だけはどんな立派な作家であろうが、有名人であろうが軽々しく「敵」を名指しする輩は許せない。  調子に乗って記事にするメディアも同罪だ。
 後期高齢者と言うバカげた命名をする国家に対し、国民主権が存在し、反逆罪が評決されないうちに広言/公言しておく。       
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          おわり(小川芋銭・カッパ100図写し)


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 ブログの書き換えをサボるとお客様から見捨てられる運命にある。
 世は、銭金、地位、名声、ご先祖様のため等など粉骨砕身、老若男女の見境なく努力をしないと生きていけない楽天天国ジャパン、
 鏡開きの佳き日を頂き書き換えすることを決意した。
 そこで貯め置きの資料:トルーマン(終戦時のアメリカ大統領)の有名な言葉が眼に入ったので衝動的に書き出した。

 昭和20年(1945年)815日が日本敗戦の日(昭和天皇ポツダム宣言受諾、堪えがたきを耐え忍びがたきを忍び・・・、と切々とラジオ放送を通じて訴えた、われ14才の夏のこと)である。

 今2018年1945年73年前、戦勝国の大統領として世界に公言した有名な言葉であるそうだ。

  (画像参照)
 トルーマン曰く

@猿(日本人)を『虚実の自由』という名の檻で、我々が飼うのだ。 方法は、彼らに多少の贅沢さと利便さを与えるだけで良い。  そして、スポーツ、スクリーン、セックス(3S)を解放させる。 これで、真実から目を背けさせることができる。 猿は、我々の家畜だからだ。     家畜が主人である我々のために貢献するのは、当然のことである。  そのために、我々の財産でもある家畜の肉体は長寿にさせなければならない。  (化学物資などで)病気にさせて、しかも生かし続けるのだ。     これによって、 我々は収穫を得続けるだろう。これは、             戦勝国の権限でもある。@

 

 どうかね? 立派な、まことのことばだ! 怒りとか、絶望とか、民族とか、お国柄とか、  ホミニス・ディグニターチとか、さまざまなことばが通過するが、これが「戦争と平和」の中身なのだ。 300万人の同胞が戦争犠牲者だったとどれだけ叫ばれたら「そうだったのですね。」と、わが同胞は納得するのだろうか?

  

  沖縄で、横田で、岩国で、横須賀で、三沢で、今日も「そのために」「朝鮮半島の春を撃ち消すために」。

 だが、だが、・・・・慌てることはない、慌てる乞食は貰いが少ない、と言う。          九条の念仏を笑う族が居ようが居まいが、 朝鮮半島には確かな春の訪れの地割れの響きすら私には聴こえる。
 はーるを愛する人は、こころ優し人・・・、
あー、青春の日に仲間数人と事務室の片隅で涙ながらに唄った、唄、いま朝鮮半島に本当の春が
近づいている。

 2年越しに知多半島九条の会、ブログを見届けて下さった「春を愛する」凡ての皆様に感謝申し上げます。
 拙い解説漫画付のものは、愛しきわが愛娘仲間連中の合作チラシを転載しました。
  引き続き「都鹿斎・備忘録:ikegaeru78:生き蛙」を、折々にお訪ね下さい。
         
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2018年の幕開け・ハレルヤ・ハレルヤ!!
諸人に平和と安寧が与えられんことを。
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知多半島九条の会作成「ぼくが安倍九条改憲に反対するワケ」漫画解説をご覧あれ!

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え〜もっとよく考えよう

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政治の役目は、戦争する事じゃニャー・・・・・・

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九条改憲だけジャーにゃー



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憲法を守るのが本職のあべ連が
憲法を蛙ナンテー・・・のー!のー!のー!

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終わり



  9条改憲文案年内見送り
   論点整理 2案併記 自民推進本部
          12・21(木) 朝刊記事ゟ
                
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 【北朝鮮情勢】
北朝鮮が韓国提案の南北会談受け入れ 9日に板門店で約2年ぶり
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南北会談開催に北朝鮮が同意したと明らかにする韓国統一省報道官=5日、ソウル(聯合=共同)
 【ソウル=名村隆寛】韓国統一省によると、北朝鮮は5日、韓国が提案していた9日の板門店での南北当局者の会談に同意した。
 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が1日の「新年の辞」で平昌(ピョンチャン)五輪への代表団派遣の用意と南北対話の可能性を表明したことを受け、韓国政府は2日、南北会談の開催を提案していた。
 韓国と北朝鮮は中断状態であった板門店の直通電話回線を3日に再開。   北朝鮮は韓国側の提案に即答しなかった。4日にトランプ米大統領と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が電話会談し、北朝鮮が挑発しなければ、       2月9日からの韓国での平昌五輪期間中に米韓合同軍事演習を行わないことで合意した。                                 北朝鮮側の提案受け入れは、米韓演習の延期を見定めた上のものとみられる。

 南北会談は2015年12月の南北次官級会談以来、約2年ぶりで、文在寅政権では初の開催となる。         
 池蛙(ikegaeru78:生き返る)論評 1・5(金) 

  こいつはから縁起が好いや🐕
 朝鮮半島に春の訪れは願ってもないことだ! 
     喝采! 喝采! 大喝采
 
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  「9条で戦争起きず、は信仰」 希望・長島昭久         氏が疑問視
          2017.12.16 18:45 産経デジタル

      


 希望の党の長島昭久政調会長は16日、東京都内で講演し、憲法改正を巡り、9条があるから日本の平和が守られたという意見があることを疑問視した。

 「平和は大事で私も尊重するが、『9条があるから今まで日本は戦争に巻き込まれずに済んだ』という考え方は少し偏っている。                 「信仰の世界みたいだ」と述べた。
 北朝鮮による核・ミサイル開発など厳しさを増す安全保障環境に触れ「現実をしっかり見据えないと、一足飛びに『武器よ、さらば』というわけにはいかない。それが国際社会の冷厳な現実だ」と強調した。
  • 生年月日:1962217 (55)
  • 出身地:横浜市

長島 昭久は、日本の政治家。希望の党の衆議院議員、希望の党政策調査会長、子供の貧困対策推進議員連盟、日本スケート連盟副会長。朝鮮通信使交流議員の会。Wikipedia

 
 此奴トラ―が国民のハートに「戦争必死」の刷り込みをしているのだなー。 
てめーは信仰の自由さえ知らないのか、あほー。
 『鰯の頭も信心から』、とわれわれの先祖は信心を大切にした。
 だが、希望の党でなく絶望の党の政治家だとて九条が戦争を阻止したと言うのはちょっと食えない、と公衆の前で公然と発言し、この発言を『その通りだ』とヨイショ記事にした産経デジコムも同罪だが、憲法すら知らないと公言したことは何とお粗末な事よ。

 俺たちは胸を張って言える。過去60年以上に亘って、“日米安保反対! ベトナム戦争は止めろ!   沖縄を返せ、辺野古は要らない!と闘ってきた。
その指針に憲法9条が有ったからこそだ。
  九条以上にヒロシマ・ナガサキ・ビキニと300万以上の同胞が2000万を超すアジア人が戦争で好まない死を余儀なくされたのだ。
 
 ストレートの戦争にさえ巻き込まれなかったのだがベトナム戦争には韓国軍は派兵している。その上、戦死者・慰安婦事件の哀しい犠牲を体験した。
 昨日今日、代議士になったからと言って安っぽい判断をまき散らすな。
 もっとも、てめー等を餌にしているメディアがいるのでワシも助かると言うものだが、社会に絶望を蔓延させ、しかも吾らの税金で貴様らの生活を維持する言われは全くないことを指摘したいのだ。

 腹がたったし、憲法九条が邪魔だと言う愚かな同胞も居ないわけではないので、急遽発言した。
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                         鳥獣人物戯画より 完

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      広島で被爆したサーロー節子さんの講演(全文)
 皆さま、この賞をベアトリスとともに、ICAN運動にかかわる類いまれなる全ての人たちを代表して受け取ることは、大変な光栄です。皆さん一人一人が、核兵器の時代を終わらせることは可能であるし、私たちはそれを成し遂げるのだという大いなる希望を与えてくれます。
 
 私は、広島と長崎の原爆投下から生き延びた被爆者の一人としてお話をします。私たち被爆者は、70年以上にわたり、核兵器の完全廃絶のために努力をしてきました。
 私たちは、世界中でこの恐ろしい兵器の生産と実験のために被害を受けてきた人々と連帯しています。長く忘れられてきた、ムルロア、インエケル、セミパラチンスク、マラリンガ、ビキニなどの人々と。その土地と海を放射線により汚染され、その体を実験に供され、その文化を永遠に混乱させられた人々と。
 私たちは、被害者であることに甘んじていられません。私たちは、世界が大爆発して終わることも、緩慢に毒に侵されていくことも受け入れません。私たちは、大国と呼ばれる国々が私たちを核の夕暮れからさらに核の深夜へと無謀にも導いていこうとする中で、恐れの中でただ無為に座していることを拒みます。私たちは立ち上がったのです。私たちは、私たちが生きる物語を語り始めました。核兵器と人類は共存できない、と。
                                               今日、私は皆さんに、この会場において、広島と長崎で非業の死を遂げた全ての人々の存在を感じていただきたいと思います。          皆さんに、私たちの上に、そして私たちのまわりに、25万人の魂の大きな固まりを感じ取っていただきたいと思います。その一人ひとりには名前がありました。一人ひとりが、誰かに愛されていました。彼らの死を無駄にしてはなりません。
 米国が最初の核兵器を私の暮らす広島の街に落としたとき、私は13歳でした。私はその朝のことを覚えています。8時15分、私は目をくらます青白い閃光(せんこう)を見ました。私は、宙に浮く感じがしたのを覚えています。
 静寂と暗闇の中で意識が戻ったとき、私は、自分が壊れた建物の下で身動きがとれなくなっていることに気がつきました。私は死に直面していることがわかりました。                                 私の同級生たちが「お母さん、助けて。神様、助けてください」と、かすれる声で叫んでいるのが聞こえ始めました。
 そのとき突然、私の左肩を触る手があることに気がつきました。その人は「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 蹴り続けろ! あなたを助けてあげるから。あの隙間から光が入ってくるのが見えるだろう? そこに向かって、なるべく早く、はって行きなさい」と言うのです。         私がそこからはい出てみると、崩壊した建物は燃えていました。その建物の中にいた私の同級生のほとんどは、生きたまま焼き殺されていきました。私の周囲全体にはひどい、想像を超えた廃虚がありました。
 幽霊のような姿の人たちが、足を引きずりながら行列をなして歩いていきました。恐ろしいまでに傷ついた人々は、血を流し、やけどを負い、黒こげになり、膨れあがっていました。 体の一部を失った人たち。 肉や皮が体から垂れ下がっている人たち。 飛び出た眼球を手に持っている人たち。  おなかが裂けて開き、腸が飛び出て垂れ下がっている人たち。 人体の焼ける悪臭が、そこら中に蔓延(まんえん)していました。
 このように、一発の爆弾で私が愛した街は完全に破壊されました。    住民のほとんどは一般市民でしたが、彼らは燃えて灰と化し、蒸発し、黒こげの炭となりました。その中には、私の家族や、351人の同級生もいました。
 その後、数週間、数カ月、数年にわたり、何千人もの人たちが、放射線の遅発的な影響によって、次々と不可解な形で亡くなっていきました。   今日なお、放射線は被爆者たちの命を奪っています。
 広島について思い出すとき、私の頭に最初に浮かぶのは4歳のおい、英治です。 彼の小さな体は、何者か判別もできない溶けた肉の塊に変わってしまいました。 彼はかすれた声で水を求め続けていましたが、  息を引き取り、苦しみから解放されました。
 私にとって彼は、世界で今まさに核兵器によって脅されているすべての罪のない子どもたちを代表しています。 毎日、毎秒、核兵器は、私たちの愛するすべての人を、私たちの親しむすべての物を、危機にさらしています。  私たちは、この異常さをこれ以上、許していてはなりません。
 私たち被爆者は、苦しみと、生き残るための、そして灰の中から生き返るための真の闘いを通じて、この世に終わりをもたらす核兵器について世界に警告しなければならないと確信しました。                 くり返し、私たちは証言をしてきました。
 それにもかかわらず、広島と長崎の残虐行為を戦争犯罪と認めない人たちがいます。彼らは、これは「正義の戦争」を終わらせた「よい爆弾」だったというプロパガンダを受け入れています。この神話こそが、今日まで続く悲惨な核軍備競争を導いているのです。
 
 9カ国は、都市全体を燃やし尽くし、地球上の生命を破壊し、この美しい世界を将来世代が暮らしていけないものにすると脅し続けています。   核兵器の開発は、国家の偉大さが高まることを表すものではなく、国家が暗黒のふちへと堕落することを表しています。                     核兵器は必要悪ではなく、絶対悪です。
 
 今年7月7日、世界の圧倒的多数の国々が核兵器禁止条約を投票により採択したとき、私は喜びで感極まりました。かつて人類の最悪のときを目の当たりにした私は、この日、人類の最良のときを目の当たりにしました。  私たち被爆者は、72年にわたり、核兵器の禁止を待ち望んできました。これを、核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。
 責任ある指導者であるなら、必ずや、この条約に署名するでしょう。  そして歴史は、これを拒む者たちを厳しく裁くでしょう。  彼らの抽象的な理論は、それが実は大量虐殺に他ならないという現実をもはや隠し通すことができません。 「核抑止」なるものは、軍縮を抑止するものでしかないことはもはや明らかです。  私たちはもはや、恐怖のキノコ雲の下で生きることはしないのです。
 核武装国の政府の皆さんに、そして、「核の傘」なるものの下で共犯者となっている国々の政府の皆さんに申し上げたい。
 
 私たちの証言を聞き、私たちの警告を心に留めなさい。そして、あなたたちの行動こそ重要であることを知りなさい。あなたたちは皆、人類を危機にさらしている暴力システムに欠かせない一部分なのです。        私たちは皆、悪の凡庸さに気づかなければなりません。
 
 世界のすべての国の大統領や首相たちに懇願します。           核兵器禁止条約に参加し、核による絶滅の脅威を永遠に除去してください。
 私は13歳の少女だったときに、くすぶるがれきの中に捕らえられながら、前に進み続け、光に向かって動き続けました。そして生き残りました。  今、私たちの光は核兵器禁止条約です。この会場にいるすべての皆さんと、これを聞いている世界中のすべての皆さんに対して、        広島の廃虚の中で私が聞いた言葉をくり返したいと思います。      
 「あきらめるな! (がれきを)押し続けろ! 動き続けろ! 光が見えるだろう? そこに向かってはって行け」
   今夜、私たちがオスロの街をたいまつをともして行進するにあたり、核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。                どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、前に進み続け、この光を分かち合い続けます。                            この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです。 終わり
 (朝日デジタルより引用、一部文章に着色したのは、ブログ主です)
   すべての人にご一読されんことを期待します。
              

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