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入院前とりあえず予約で 写真だけ 張り付け
消灯後 スマホにて 文字うち
プリンさんの運転で
出発!!
運転 とても うまいから
あっという間に 到着!
憧れの 湯布院
早速 ランチ
るたさんセレクトの 素敵なお店
おいしかー!
お腹が 満たされた ところで
物欲を 満たしに 参ろう! ふところは
痩せるが…(笑)
あれれ?
るたさんと プリンさんの
身長差が…
実は 坂道に 立ってる
秋の空と 由布岳
木工品の お店
木の香りと ぬくもりに 包まれる
スヌーピーと プリンさん
建物を 見てまわるのも 楽しい
金鱗湖
宿から
由布岳を 眺めながら 温泉
合掌造りの お食事処
松明に 導かれ
美味しそー!
かんぱーい!
るたさん
やきやき
プリンさんとあくあ 食べる 寒くて
ふるえる…
部屋に 望遠鏡があって
月を とろうと
ひさし
とってた
機械音痴
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遊山翫水−旅−
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詳細
コメント(26)
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通潤橋の 放水が 終わり
通潤橋を 渡った
放水直後は 水が 空っぽ
四角い 穴が 三つ
わかるかな?
この穴が 水路
あちら側の 台地から
三本の 石の管を 通って
こちら側に 水を 送っている
この 四角い 水路の ゴミ掃除の ために
年に一度 放水されて いたのを
現在は 観光放水 しているんだって
放水のため 水が無く
逆流 しているけど
やがて ここが いっぱいになって
向こう側の 丸い水路を 通って
白糸台地の 田畑を 潤す
通潤橋の 下を 流れる川は
五老ヶ滝川という
その 五老ヶ滝
写真 左側の 通潤橋側から
流れ落ちる
この絶壁の 上の 台地から
通潤橋を 通って 水が 引かれてるんだ
滝壺を 見れる 吊り橋も あるそうだけど
今回は パス
次回は 絶対 行きましょうね!!
るたさん!!!
(また行く気かっ!
さて 山を どんどこ 下りて
次なる 橋へ…
嘉永3年(1850年) 矢部総庄屋・布田保之助(ふた やすのすけ)が
日向往還の橋として 架けさせた橋
石工は 宇一(ういち)と丈八(じょうはち)親子
種山石工の祖・藤原林七の 孫にあたるとされている
この親子が関係した眼鏡橋は 緑川流域に多く
通潤橋も この2人と弟の甚平が 中心となって築造
この丈八が 石工として その技術が認められ
橋本姓を 名乗ることが許された 橋本勘五郎(はしもと かんごろう)
明治になると 政府から依頼されて
東京の日本橋 浅草橋 江戸橋などの架橋に たずさわった HPより
この川の 石が おもしろくて
一気に 駆け降りた あくあ
藤原運転手も あきれてた らしい (笑)
実は この橋の 奥にも 小さな 橋があって
大小 二連の 橋だった らしいのに
ちゃんと 見て来なかった…
やっぱり また 行かなくっちゃ!!(笑)
川の 向こう側の 家の屋根には
何故か 人が…
次 行ってみよ〜
緑川水系の 支流である八勢川に 架かる 下鶴眼鏡橋
橋本勘五郎 弥熊父子が 明治15年(1882年)から 満4年の歳月をかけ 明治19年(1886年)に完成したもの
熊本 矢部 宮崎に通じる 主要道路の交通橋
今も自動車も 通る現役の橋
(現在は隣りに近代の橋ができている)
下鶴橋には 親柱の作りと 飾り石の彫刻にも特徴がみられる
逆蓮花の擬宝珠(ぎぼうしゅ)柱と その飾り石をかねた 押さえ石には
徳利と杯 満月と三日月が 彫りぬかれている 橋本勘五郎は あまり酒を 飲まなかったらしいが
弥熊は 無類の酒好きで
徳利と杯を 彫ったともいわれている
欄干の擬宝珠は 木橋の名残りを 残すもの
「丸型の手すり」に 勘五郎のすぐれた技術が 発揮されている
普通 石橋の手すりは 四角形か五角形だが
下鶴橋の手すりは 上面だけを蒲鉾(かまぼこ)のように
円く仕上げてある 円く仕上げるには 技術的に難しいだけでなく
金がかかると いわれ
薩摩藩主の 威光を示したとされる
鹿児島市の西田橋などにみられるが
熊本県下には数少なく 貴重なものと なっている HPより タクシーでの 石橋めぐり
お世話に なったのは
肥後タクシーさん
↓
藤原運転手は 物知りで
観光コース以外にも 色々 説明してくれ
話も はずみ
道中 とっても 楽しかった
こういう 橋めぐりを するのは
家族連れや
建築関係の方が 多く
女性の 二人連れ
しかも 若者ではない 二人(笑)は
とても 珍しいと おっしゃってた
るたさんと あくあが
大喜び しているので
藤原運転手も 大サービス(笑)
花が あるから
このアングルで…とか
撮影スポットを 教えてくれたり
二人の 写真を
たくさん 撮って くださって
この橋も
時間 大丈夫かな〜と
ちょっと 道に 迷いながら(笑)
案内くださった
多分 普段は コース外?
現存する石橋の中でも 県内で2番目に古い 石橋
門前川眼鏡橋 架橋は1808年(文化5年)
長さは7.4メートルで小ぶりだが
輪石が 二重になっていて
内側の輪石の石組みを 楔で止めているのが
緑川流域に架かる 他の石造アーチ橋には 見られない工法
石工は 理左右衛門と いわれる
県内最古の石橋「豊岡眼鏡橋」の架橋に 携わった石工
豊岡眼鏡橋も 同じように 輪石の石組みを
楔で止めた 工法が見られる
後に緑川流域に 数々の著名な石橋を残した
種山石工とは 違う流れを汲む石工 HPより
さすがに 古いだけ あって
随所に 隙間や ずれが 見られ
新しい石で 補修したところも…
こういうのも
藤原さんが 丁寧に 説明してくれ
面白かった
小さな 小川に 架かる石橋
今でも 生活に 欠かせない
楔の石が ところどころ
浮いているのも 年月を 感じる
さて 楽しかった 石橋めぐりは 終わり
熊本駅へ 車は 向かう
最後の 最後になって
藤原さんの お父さんも
石工だったと
おっしゃった
だから とても 詳しかったんだ〜
また 藤原さんの 案内で
熊本を 旅したい
肥後タクシー 藤原さん
楽しい一日を
ありがとうございました〜
熊本駅で
電車に 乗り…
(この赤いのは 阿蘇方面へ 向かう列車)
(写真 撮っただけ(笑))
プリン城へ〜
遅かったにゃん
生プリンちゃん
とっても おめめが 大きくて
かわいい〜
前日に りかさんから 頂いた
ずっしりとした(笑) お菓子
たぶん お店で さらさら…と
描かれたと 思われる
素敵よね〜
りかさん
とっても 美味しかったです
ありがとうございました
旅は まだ続く
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トンネルも 封鎖されず
無事 着いたのは…
咲き始めた 彼岸花も 一緒に お出迎え
通潤橋
江戸時代 ペリーの来航で騒がれる 安政元年(1854)
水不足に悩んでいた 白糸台地に住む民衆を救うため
矢部手永(てなが)惣庄屋(そうじょうや)布田保之助(ふたやすのすけ)の企画
石工丈八(じょうはち)達の技術
矢部郷住民の献金と 労力奉仕のもとに 完成したもの
日本最大級の 石造りアーチ水路橋
国の重要文化財
長さは75.6m 高さは20.2m HPより
水面に 映る姿も 美しいね
この橋の 造りは
ほかのと 異なり
石組みに 工夫が なされている
橋を 支える このライン
熊本城で 使われてる 武者返しと 同じなんだって
その前に 見た 霊台橋と 比べてたら よくわかるよね
その訳は こちら
興味のある方 どうぞ ↓
放水が 始まった
橋の上部に サイフォンの原理を 応用した
3本の石の 通水管が敷設され
今でも 周辺の田畑を 潤している
通水管に詰まった 堆積物を取り除くため 放水が行われていた
今では 観光放水として 行われることが多い HPより みんな 一斉に 橋へ 向かって 走る (笑)
あくあたちも 向かおうとすると
タクシードライバー 藤原さんの 同僚が
嬉しそうに
彼岸花と 通潤橋を 撮った 写真を 見せてくれて…
大女優 るたさんを モデルに パチリ
(ドライバーに 撮られる るたさん) 大部屋女優 あくあも
大女優と 一緒に…
あれれ?
橋が 映ってないけど… (笑)
大女優の カメラを
取り上げたまま
撮影に 夢中になる
付き人 (笑)
九州で どこか 行きたいとこ ない?って
るたさんに 聞かれて…
ふと 思い出した 通潤橋
確か 国語の 教科書に 載ってて
以前 プリンさんが
記事にされたの 見て
行ってみたいな〜って 思ってたけど
遠か… って
るたさんの ご主人様の 工場長
それでも 色々 調べて くださって
りかさんも 教えて くださって
観光タクシーで
石橋めぐり って あるけど どう?
即 返事
行く〜!!
放水は 予約で 一万円! (平日)
誰かが 予約したら
おこぼれに あずかれる!! (笑)
髪の 乱れも 何のその…の
大女優
るたんさん 毎日のように
放水予約 入らないかと 確認してくださって
入った! 3時半!!
それに 合わせて
タクシードライバー 藤原さん
ぴったりと コース 組んでくださった
放水は 約15分 ずぶ濡れに なりながら
はしゃぐ 大女優と 大部屋女優
水の勢いは 随分 衰えたけど
上から 見る 迫力も すごい!! 高いところ 大好き 女優軍(笑)
るたさん撮影 あとで この写真見た プリンさん
ひゃっ
目を 覆ってた
可愛い
見下ろすと 気持ちい〜 この 放水口の下に
要石が あるんだね
るたさん撮影
たぶん ひとつ前の 写真を 撮ってる姿
もちろん プリンさん
目を 覆った (笑) 水が出る 場所
木の栓で 蓋をするんだ おじさんが
木槌で 打ち込む
そのあと 抑えの つっかえ棒
放水終わり…
るたさん撮影
リュック 背負ってるから 控え目だけど
もっと 身を 乗り出したかった (笑)
続く
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旅の続き
熊本で るたさんと 一泊
ビジネスホテル なのに
大浴場 ならぬ
小浴場が ついていて
るたさんと 裸の つきあい
むふ〜
のはずが…
フロントから 渡された
女風呂専用の 鍵が 開かない
ひたすら ガチャガチャ
まるで 女風呂に 乱入しようと する
不審者のよう…(笑)
鍵を よーく見ると
るたさんの 部屋の鍵
開くわけ ないよね
翌日
カフェマシーンで
後から 出てくる コーヒーを 忘れて
ミルクが 入っただけで
取り出そうとした あくあ
慌てて カップ 戻したけど
泣いてる (笑)
ちょっと 時間が あったので
城彩苑へ…
ホテルの人の 案内では
出たら 見えると 言う 熊本城
でも 見えるは ビル ばかりなり
熊本の人は ビルが 透けて 見える?
朝ごはん 食べたばかり なのに
もう お昼ご飯
白玉屋新三郎
味噌仕立ての 白玉の 汁物
美味しい!
待ち合わせしてた
エスコート役に
電話すると
目の前で 携帯
お相手は
肥後タクシーの 運転手さん
このあと
二人の 我がまま女王に
振り回される ことになる (笑)
まず 案内 してくれたのが
東陽石匠館
石造りアーチ橋で 有名な石工集団 「種山石工」を紹介する 資料館
館内には 実物大の石橋模型と 支保構
日本の石橋の歴史や技術 世界のアーチを紹介
アーチ形に 石を積む 模型があって
実際に 組めて 楽しかった
<制作>熊本国府高等学校パソコン同好会さん 引用
↓ バッチリ? お勉強した ところで
実地研修
最初の橋は 二俣橋
津留川と 釈迦院川の合流点
二俣に 双子のように よく似た目鑑橋が 直角に架けられている 中山手永惣庄屋・小山喜十郎が 指揮をして架けられたもの
二俣渡が 文政12年(1829年)
二俣福良渡が 文政13年(1830年)に
つくられた 石橋の造り方
↓
<制作>熊本国府高等学校パソコン同好会さん 引用
ここは 水も 綺麗で
水遊びされてる 家族も いたよ
肝心の 双子の 様子を
撮り忘れた (笑)
橋の右側に 少しだけ 双子の片割れ 見えるの わかるかな…
実際は こんな感じ↓
ハートの 影が できるので
恋人たちに 人気が あるらしい
タクシーの 運転手
藤原さんは
物知りで 話上手で
ドライブ中も とっても楽しい
次の 橋は
駐車場が 無いので 二人だけで 見学…
運転手 藤原さんが
転ばないように!
マムシに注意!と
上から 声を かけてくる…
ええ?
マムシ
るたさん撮影
田んぼの 横を 下っていくと…
道が 田んぼから 流れ出た 水で
小川のように なってて…
苔むしてるし
滑りそうに なるし
蚊が 襲って くるし…
急な坂の 古い 石畳の道を 降りると
うっそうとした 木々の中に
風情ある 橋が…
すぐ 上には 国道が 走ってるのに
ここは 別世界
文政11年(1828年)8月
備前国(岡山県)の石工である茂吉と 勘五郎が
共同で手がけた 現在に残る唯一のもの
架けられた時期は 熊本県全体でも 初期に属する HPより
サンダルだった るたさん
途中で 断念… るたさん撮影 るたさん撮影
橋を 見に行く あくあは
跳ねてる って
るたさんが 笑う
確かに るたさん撮影の
この写真 見たら
自分でも そう 思う (笑)
この角度で 見たら わかるかな?
アーチを 作ってる 輪石と
それを 支える 壁石
橋の下を 清流が流れ
その横には 滝も〜
苔が 味わい深く 絶景!
この橋は 新旧の2層に なっている
石の組み方が 橋の上と 下で違う
文政11年に かけられた橋は 下層部で
上層部は その後に 重ねられたもの
重ねた時期は 不明 HPより
元ある橋の 緻密さと
上層部の 対比が 面白いよね
運転手 藤原さんの 楽しいお話を 聞きながら
次の ブリッジへ
霊台橋
単一アーチの橋で 明治以前の橋としては 日本一
石組みが 素晴らしい
総庄屋篠原善兵衛が 出資し
「種山石工三兄弟」が 総出で
弘化4年(1847年)に この橋を造りあげた HPより
とにかく 立派
橋を 支える 土台の 大きさも
この川の 氾濫の凄さを 物語っている…
この 建物から 眺める橋が 素晴らしい らしい
カレーの 美味しい お店なんだって
今度は ここで 食べたい!!
また 行く気なのか… (笑) この橋が どれだけ 堅固なのか…
別角度からの 写真
興味のある方は どうぞ
↓ この橋に いた時
ヘリコプターが…
運転手さんが
あれは ドクターヘリ だって
ヘリの 行方を 気にしている
そのあと 消防車
それも 普通のではなく
災害救助などの 特殊なの
あくあたちの 次の 目的地は
トンネルの向こう
封鎖されたら 大変!!と
それまで 紳士だった 運転手さんが
飛ばす〜!!
結局
トンネルも 難なく 通れたけど
藤原運転手の
機転ある 行動に
プロとしての 素晴らしさを 見た
お次は…
はしゃぐよ〜 |
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阿蘇に 征伐された(笑) 我ら
軍師に 指令を 受けた プリン大将は
さとうま大将をも
車に 押し込めた
これが 功を奏し
定刻前に 無事到着
さとうま大将の ナビは さすがだ!
新たなる 援軍
軍師 りかん兵衛こと りかさん
一番 左端は 誰?
知らない人…
目指すは
熊本城
エイエイオー
ここ 登れ〜!
それは 無理…
見事すぎる 石垣
こちらでも 攻める
石垣の上に のっかってる 敵の姿
あっぱれ
敵の 一挙一動に
(動きは せぬが… (笑))
恐れを なしつつ
攻め込む 6人組
逆光だったので ちょっと 設定変えて…
熊本城
あな 恐ろしや…
完全に 打ちのめされた…
階段多い (笑)
熊本城の シルエット
絶景かな
軍師りかん兵衛殿
さすが 陰の軍師と 呼ばれるだけ あって
ブログでの 写真映りを
心得ておられる
誰だか わからぬ
んん?
スラリと 長い おみ足が…
頭隠して…だね
前言撤回
それに ひきかえ
プリン大将殿
見事 体を隠し
笑顔丸出し
本丸御殿 内部も 攻める
最大の部屋 「鶴之間」(60畳)
奥に 向かって
「梅之間」「櫻之間」「桐之間」「若松之間」と続く
それぞれの部屋境は 襖で仕切られ
左手には 縁側が 配置されている
豪華絢爛
「昭君の間(しょうくんのま)」 本丸御殿の中で 最も格式の高い 部屋
ワープしていた るた総大将
ねこたつ騎馬大将と
無事合流
小天守閣 大天守閣 宇土櫓
加藤神社
清正公を お祀りする
思い 思い(テンデバラバラ)に 歩く
皆の衆 (笑)
軍師の お宅で
作戦会議
指南役 セブちゃん
「誘惑に 負けすぎですヨ」
接待役 くーちゃん
「5人も 一度に接待… 大忙しなり」
御勤め ご苦労さま
くのいち
ジョセちゃん
さすが!の 雲隠れ
お顔 拝見できず…
軍師先導で
次の 合戦場へ…
作戦会議の 甲斐なく
プチ迷子?
到着しても
お店の 入口ではなく
厨房へ 入ろうとする あくあ
迷走が 続く
我らの 敵が
どれに あたるか わからなかったが…
手強いのが 読み取れる ブロガー根性の 無い 3人組の分
写真 撮り忘れて 食べ始める (笑)
お隣 3人組の分は ほれ この通り
お行儀が よろしい
こちらは もちろん お隣の…
身を 乗り出して 撮影させて もらった (笑)
他にも ご馳走攻めに あったけど
胃の中の 写真は 病院でしか 撮れぬ (笑)
アイスも…
こんなに 食べて 気が付いた…
学習能力 全くなし
もちろん この お店でも
こてんぱんに やられて 退散…
ねこたつさん さとうまさん とは
ここで お別れ
ねこたつさん
二日間 楽しい旅を ありがとうございました
次回は どこを 攻めましょうか?
また よろしくお願いしま〜す
さとうまさん
はじめましてなのに
阿蘇の魅力 たっぷり 教えてくださり
楽しかったです
是非また 遊びに行きますね〜
あんた方(がた)何処(どこ)さ 肥後(ひご)さ
肥後何処さ 熊本さ
熊本何処さ せんばさ
せんば山には 狸(たぬき)が おってさ それを猟師(りょうし)が 鉄砲(てっぽ)で 打ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉で チョッと かぶせ 倒幕のため 薩長連合軍が 川越の仙波山に 駐屯
子どもたちが 兵士に 「あんたがたはどこから来たのさ」 「肥後から」 「肥後ってどこさ」 「熊本のことさ」 と問答した 童歌 子供の頃 ボール ついて
「さ」の ところで 足を あげて
ボールをくぐらせ
最後の 「かぶせ」 で
前から 股を くぐらせて
スカートの 中に 入れて ボールを 隠すように
後ろ手で 押さえたような…
久し振りに 思い出した 子供の頃の 遊び
つづく
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