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僕は今、走っている。
なぜならどうしてもしなければならないことがあるからだ。
自分を投げ捨ててまでしなければならないことだ。
しかし、それには時間制限がある。
だから走っているのだ。
「なぜ山に登るのか」と聞かれた者が
「そこに山があるからだ」と答えるように、
「なぜ君は走るのか」と問われたら・・・・・
僕はこう答える。
「時間が無いからだぁぁぁ!!!」
これは時をさかのぼる事1時間前。
今、思えばあいつは僕の今の状況を予測していたのだろうか・・・・。
「おい!知ってるか?」
あいつはそう僕に話を持ちかけてきた。
中学生らしく、真面目に部活に向かう前のことである。
「なんだよ?」
あいつとは、同じサッカー部に所属している斉藤 隆(さいとう たかし)のことである。
僕、高宮 弘毅(たかみや こうき)とはいわゆる友達というやつだ。
隆の持ってくる情報はいつもどうでもいいものばかりだったが、今回もいつも通り、僕の興味をまったく惹かないものだった。
「ふっふっふっやっぱ言わないでおこーっかなー」
隆は意地悪くニヤつきながら言った。
「勿体つけないで言えよ!」
こいつはいつもそうやって勿体つける癖がある。
どうせどうでもいい話だと分かっているのだから聞かなくて良いとも思ったが、勿体つけられると聞きたくなる。
でも、あの時言わないでくれたなら・・・・今こんなことしてないのに。
「じゃあ教えてやるよ!ここだけの話だからな」
隆は顔を近づけて突然小声になった。
こいつはそういいつつ何人に同じ話をしているのだろう。
「うん」
突っ込もうかと思ったけれど、これ以上先延ばしにしたくないし素直に相槌を打った。
「実はな・・・・銀杏橋にある・・・ほらあの・・・なんて言ったかな・・・・」
なかなか思い出せないのか、隆は頭を掻いて眉間に皺をよせる。
銀杏橋とは、この辺では有名なイチョウの木が大量に生えている場所である。
「もしかして、楽々屋のことか?」
溜息混じりに僕が言う。ほらやっぱり興味を惹かない。
「おお!そうそうそれそれ」
人差し指を振って隆が言った。唾をとばすな。
「で?楽々屋がどうしたんだよ?」
「それがなー潰れたらしいぜ」
「ああ、そう」
「なんだよ、どうでもいい感じだな・・・・そんでそこやってた婆ちゃんいたろ?その婆ちゃんが遠くに引っ越すらしいんだよ。どうやら息子夫婦に引き取られるんだと」
「ふーん・・・・・・ってぇえ?!」
僕は隆の言葉にかなり驚いた。隆はそんな僕に驚いているみたいだけど。
別に潰れるという事に驚いている訳じゃない。
楽々屋とは、銀杏橋にあるこの辺では有名な駄菓子屋のことだ。
だけど銀杏橋には最近人があまり寄り付いていないし、駄菓子屋もいつ潰れてもおかしくない感じだったから。
僕が驚いているのはもう一つの方、婆ちゃんが引っ越すということだ。
「で?!」
「で?」
僕の取り乱し加減についていけないのか、隆が困惑気味に聞き返す。
「いつ引っ越すんだよ?」
「誰が?」
「婆ちゃんだよ婆ちゃん!!」
隆のボケっぷりに半ギレで僕は叫ぶ。
「ああー。今日の夕方らしいけど・・・・」
「・・・・!」
夕方って今だよ!僕は隆に背中を向け走り出す。
「おい!弘毅!部活は!?」
「休むって伝えといてくれ!」
走りながらそう叫ぶ。
「お、おい!」
隆が呼びとめる声が聞こえたけど、聞こえなかったことにした。
今の僕にそんな余裕は無い。
ことは一刻をあらそう。
っていうわけで、今のこの状況。
僕は銀杏橋の楽々屋に向かってわき目もふらず走り続ている。
いや、実をいうと歩きも混ぜつつ1時間。
もうすぐ着くはず・・・・タイムリミットはあとどれくらいだ?!
楽々屋に行くには最終関門、地獄の坂を上らなきゃいけない。
地獄の坂とは、全長50Mの急斜面の坂だ。
昔、自転車で下って泣いたことがある。
しかしこれを上れば、ここまで頑張ってきた楽々屋にたどり着く事が出来る!
婆ちゃん、お願い!まだ行かないで!
僕は最後の力を振り絞って、地獄の坂を駆け上る。
足が鉛のように重くなってくるが、泣き言なんていってられない。
きっとこれは神様が与えた試練に違いない。
サッカー部エースストライカーの脚力舐めんなよ!
平坦な所だったら8秒弱しかかからない50Mも坂道となるととても長く感じる。
しかし何事にも終わりは来る。やっとつま先と踵が同じ高さを踏んでいる。
上りきったのだ。
「はぁはぁ・・・・・」
息が切れて肩で呼吸をする。はたして間に合ったのか。
目の前にある駄菓子屋の裏側に回りこむ。
婆ちゃんは裏の家に一人で住んでいたのだ。なんでも昔は夫婦で駄菓子屋を経営していたらしい。
古い木造の家の扉には、張り紙が張ってあった。
「『引っ越しました』・・・・・・」
丁寧に墨で書かれたその文字は、パソコンなどに並べた画面上の文字よりもよっぽど無機質に思えた。
何故って、書いた本人がもうその場にいるわけがないからだ。
TIME OVER
時間切れ。
最悪のパターンだよ。ここまで走ってきたってのに。ちくしょう。
「くそっ」
泣きはしないけど俯いて毒づく。
もう少し速く走っていれば間に合ったかもしれない。
そうすれば、あの時の恩を・・・・返せたかもしれないのに・・・・・。
僕は小学生の頃、誰かと喧嘩するたんびにこの駄菓子屋に来ていた。
ここのお菓子を食べるとなんだか安心できた。
そしてたまに婆ちゃんの家の縁側に招いてもらったりもしていた。
ある日僕が小学校のいじめっ子と大喧嘩をしていつも通りここに駄菓子を食べにきた時。
婆ちゃんが出てきて駄菓子をくれた。
でも、僕はその時なんだか異様にむしゃくしゃして婆ちゃんにもらった大好きなはずの駄菓子を地面に投げつけてなんでか大泣きしながら帰った。その時の婆ちゃんの顔ははっきりとは確認していないけれど、傷ついた顔をしていた気がする。
それ以来、1度もたずねてない。
婆ちゃんに対する申し訳なささからだ。
それを今日、謝ろうと思ったのに。そしてお礼を言おうと思ったのに。
すべてが水の泡だ。最悪のバッドエンドだ。
「にゃお」
誰もいない縁側で座ってぼーっとしていた僕に茶色と白が混ざった三毛猫が擦り寄ってきた。
婆ちゃんが飼っていた猫だ。確か名前はミケ。安易な名前だがしっくりくる。
「何だお前も間に合わなかったのか?」
猫の喉元を触りながら話しかけると、ゴロゴロいっていた。
「あら?コウちゃん?」
僕をコウちゃんと呼ぶ人は少ない。
親戚のおばさんと・・・・・・婆ちゃんだ。
「婆ちゃん?」
「そうですよ。あらミケ、あなたがコウちゃんを見つけてくれたの?」
婆ちゃんは相変わらずゆっくりとした口調で話す。
「にゃー」
ミケはそれに返事をするかのように一声鳴くと、婆ちゃんに擦り寄った。
「婆ちゃん、引っ越したんじゃ・・・」
僕はまだ唖然としていてうまく反応できない。さっきまで焦っていたのが嘘のようだ。
「ミケを探しにきたんのよ。ミケが突然いなくなっちゃって。コウちゃんを見つけてくれたのね」
婆ちゃんは5年前と変わらない様子で僕に笑顔を向けた。
「婆ちゃん・・・・僕・・・・謝りたい事があって・・・・」
僕はその為に走ってきた、ここまで必死で。
「・・・・・・」
婆ちゃんは何も言わず微笑みながら聞いてくれていた。
「僕、昔・・・・喧嘩して・・・・婆ちゃんがくれた、お菓子を投げつけて・・・・折角婆ちゃんがくれたものだったのに・・・・それをずっと謝りたくて・・・・・ごめん!婆ちゃん」
「・・・・・私は、コウちゃんが来てくれないことの方が悲しかったんのよ。もしかして、あのお菓子が嫌だったんじゃないかとか考えてしまってね」
婆ちゃんは少し悲しそうな顔をして言った。僕はそれを聞いて、涙がこぼれそうなのがばれないように、俯いて言った。
「・・・ごめんね・・・・!婆ちゃん。会いに行かなくてごめん」
「そんなこと・・・・ほら顔を上げて。コウちゃんは会いに来てくれたじゃないの。こんなに頑張って」
今まで全然気が付かなかったけど、よくみると僕は大量に汗をかいていた。
なんだかそれが無性に面白くって僕は笑ってしまった。
婆ちゃんも一緒に笑う。
昔に戻ったようだ。喧嘩するたんびにお菓子を食べながらこの縁側で婆ちゃんに話を聞いてもらっていた。そうするとムカついていた僕の心も穏やかになって自然に笑顔になっていた。
「婆ちゃん」
「なあに?」
「ありがとう」
僕は自分でそういってから気付いた。
僕は婆ちゃんに謝る為に走っていたんじゃないってことに。
僕はお礼をいいたかったのだ。一言、『ありがとう』って。
「ふふ。こちらこそ楽しい時間をありがとうね」
婆ちゃんはそう、一言言うと、息子が待っているからって言って去っていった。もちろんミケも一緒だ。
僕は銀杏橋のイチョウ並木の間をゆっくりと歩いていた。
昔を思い出すように。
僕は少し寂しかったけれど、ずうっと心に住み着いていた何かが取れた気がした。
それはきっと、婆ちゃんへのお礼の言葉。
「ありがとう。婆ちゃん、元気でね」
僕は一言そう呟いてイチョウ並木を歩き続ける。
この思いは生きていくうちにどんどん遠いものになっていくのかもしれない。
でも僕はこのイチョウ並木を見るたんびに思い出すのだろう。
『あらコウちゃんまた喧嘩したの?』
『うん・・・・』
『ほら、泣かないで。ほら、コレ。コウちゃんの大好きなお菓子』
『だってね・・・・聞いてよ婆ちゃん・・・!』
『はいはい』
『にゃあ』
『あらあら。ミケも聞きたいみたいですよ』
『ミケも聞いてよ!』
『にゃ』
『ほら、言ってごらん?』
大切な、僕の思い出。
なんだか懐かしい、けれど切ないような気持ちにさせるような、イチョウのような僕の思い出。
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いい話ですネェ。私には書けないものですよ。参加ありがとうございます。
2006/10/19(木) 午後 9:31
いい話ですね〜泣きそうです(;_;) 思い出の場所が無くなる寂しさとか、昔に戻って謝りたい人のこととか…この話を読んで、自分自身も色々なことを思い出しました☆
2006/10/19(木) 午後 9:36
ばっどさん>いえいえ、こちらこそなんかよく分からないモノを(><;)
2006/10/19(木) 午後 10:40
雄也さん>ありがとうございます♪そう言ってもらえるととっても嬉しいです!!思い出は大事にしたいですよねー・・・・。大切な思い出程、忘れていたりするもんです。
2006/10/19(木) 午後 10:44
初めまして。ばっとさんのトラックバックから参りました。泣きそうになりました。間に合わなかったと思いきや、お婆ちゃんがミケを探して戻ってくるとは。素敵な結末でした。
2007/1/2(火) 午前 8:30 [ - ]