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関白左大臣の息子(実は娘)権中納言の奥方、四の君はあいかわらず物思いに沈み、いっこうに晴れ晴れとした心持ちになれません。
夫の友である宮の宰相が、人知れず通ってくるようになって三・四ヶ月ほどが過ぎ、ご本人にはその兆しがおわかりになりませんでしたが、すでにお子さまを身ごもっていらっしゃいました。
湯浴みの際に気づいた侍女たちが、さっそく父君である右大臣にお知らせすると、
「ここのところ、なぜか四の君の気持ちがすぐれなかったのは、そのためであったのだな」
と右大臣は満面の笑みでお喜びになり、
「中納言ほどのお方であれば、他の者に目を向けてお通いになったとしても、誰もおとがめできぬというのに、あのように少しも脇目をふらずに生真面目なご様子は、めったにあるものではない。
世のたぐいまれな例えとして、人に話してもいいくらいだろうよ。
このようなお方によく似たお顔立ちの子が生まれたら、我が家にとって何という光となろうか」
とおっしゃって、「今までご祈祷もせずにいたとは、何ということか」と周りの者を急き立てられました。
四の君が身ごもられたことを知らされた中納言は、世間の目から見れば、お子さまが生まれるのをお喜びになっているようでした。
ところが、女である身の自分が妻に子をもうけられるわけがないので、父君である関白左大臣はきっと、四の君の密かな逢瀬の末であることにお気づきになっているであろうと思うと、心の中ではみっともなくてたまらないお気持ちでございました。
また、四の君に対しては、
「こうなってしまったからには、今までの自分たちが世間とは異なっていたことにも気がついただろうし、何より真の契りを交わした相手にこそ、愛情を抱いているであろう」
と思わずにはいられず、自然と足が遠のき、宮中やご実家の関白左大臣のお屋敷で、過ごされることが多くなりました。
さらに、最近の宮の宰相の雰囲気がたいそう変わって、ひどく思いつめた表情をしていらっしゃるので、
「前から、四の君に対しては並々ならぬ関心を持っていたから、相手はこの人ではないのか。
そうは言っても、いくら恋い慕う心がつのったとはいえ、世間の目をあざむいてまで、友の妻のところへ通えるものだろうか。
もしそうであれば、わたしのことをじっと見ていて、心の中でさまざまに思いをめぐらせているかもしれぬ。
何という、きまりの悪い、腹立たしいことであろう」
と考えましたが、果たして本当に、四の君の相手が宮の宰相であるかどうかはわかりませんでした。
「それにしても、結局のところ、このようなつらい俗世を生き永らえることになってしまったのは、ひとえに父君や母君が悲しむことを恐れて、なかなか僧侶になろうとしないで俗世間にいた、我が身のせいかもしれぬな」
と心は千々に乱れて、いっそのこと、世間の目が届かない山路へ分け入ってさまよってみたいと思う心が、次第につのってくるのでございました。
◇◆◇◆◇ つゞく ◇◆◇◆◇
とりかへばや物語 ◇巻一 第十一段◇ |
とりかへばや物語
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時の権勢者・権大納言の悩みは、女っぽい息子と男っぽい娘。
二人をもてあました父親は、思い切って息子を女性、娘を男性として成人式をあげさせる。
その後、息子は女性として帝の妹(春宮)に仕え、娘は男性として右大臣の娘と結婚することになった。
すべてはうまくいっているように見えたが、次第に…。
二人をもてあました父親は、思い切って息子を女性、娘を男性として成人式をあげさせる。
その後、息子は女性として帝の妹(春宮)に仕え、娘は男性として右大臣の娘と結婚することになった。
すべてはうまくいっているように見えたが、次第に…。
現代語訳:さくららん
作者不詳の平安時代後期に書かれた物語を、正確さを求めながらも私なりの解釈で補って、すらすらと読みやすい感じになるように現代語訳しています♪
【参考文献】
「ビギナーズクラシックス 日本の古典 とりかへばや物語」 角川文庫刊
「新編 日本古典文学全集 住吉物語・とりかへばや物語」 小学館刊
「ビギナーズクラシックス 日本の古典 とりかへばや物語」 角川文庫刊
「新編 日本古典文学全集 住吉物語・とりかへばや物語」 小学館刊
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友である関白左大臣の息子(実は娘)権中納言の奥方、四の君との一夜が忘れられない宮の宰相は、嘆き苦しみ焦らされる日々を送られ、ついには宮中でのお役目を休まれるまでになってしまいます。
そして、左衛門という四の君の乳母の娘である侍女に手紙を送り、人目もはばかることもないくらい激しく、四の君との逢瀬をうったえるようになりました。
宮の宰相の恋にやつれたご様子に、同情した左衛門はとうとう根負けして、中納言が夜間のお役目でいらっしゃらない折々に、後先も考えず宮の宰相をお屋敷へ手引きすることになってしまいました。
あの夜以来、四の君のほうも、体調を崩されて床にふせる毎日が続いていて、父君である右大臣も夫である中納言もなぜかわからず、みな心配されていました。
四の君は、宮の宰相が忍んで来られるたびに涙にくれ、
「たとえほんのわずかでも、宰相殿がおいでになっている気配が、誰かに気づかれようものなら、わたくしはどうして生きていけましょうか」
と思って、うちひしがれていらっしゃいました。
ところが、つかの間の逢瀬の折々に、宮の宰相が正気を失うくらいに嘆き悲しむほど、自分に恋い焦がれる様子をごらんになっていますと、今までに感じたことのない思いがじわじわと胸の中に広がってきて、さらに逢瀬が重なっていくにつれて、その気持ちから目を背けることができなくなっていました。
今までは、夫の中納言の、たいそう立派で優れていてはいるものの、どこかよそよそしく、世間からは愛情豊かに見えても、実は何事もなく、そつなくふるまっているだけという姿を、あたりまえのように思ってきました。
でも、宮の宰相の、思いを遂げられなければ死んでしまうというほど、激しく恋い焦がれる様子を見てしまうと、
「この人こそ、本当に愛情が深い人ではないのかしら」
と思われるようになりました。
そうは申しましても、やはり宮の宰相のおいでになっている気配を、誰かが漏れ聞いたらと思うと、恐ろしくて身がすくむ思いでございます。
しかも、世間の目をあざむいてまで忍んでやってくる宮の宰相の、熱いお気持ちもわかるようになって、四の君は我ながら、たいそうつらい状況に陥ってしまったものだと、嘆かずにはいられませんでした。
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ある夜のことでございます。
関白左大臣の息子(実は娘)の権中納言に会いに、友である宮の宰相がお屋敷に来られました。
先日聞いた、関白左大臣の娘(実は息子)である尚侍(督の君)の琴の音が忘れらず、面影が似ているはずの兄君(実は妹君)中納言のお顔を見て語らえば、つのるお気持ちが少しは慰められるかと、お思いになったからでございます。
ところが、あいにく中納言は夜間のお役目のために、宮中に出向かれていて、お屋敷にはいらっしゃいませんでした。
がっかりされた宮の宰相は、自分も宮中へ参ろうかと思ったそのとき、お屋敷の中から筝の音がほのかに聞こえてきました。
中納言の奥方、四の君が奏でる音でございました。
宮の宰相が音の鳴る方へそっと近づいてみると、簾は引き上げられていて、琴を爪弾いていらっしゃる四の君のお姿が見えます。
月明かりの中で、まるで身に着けた衣に埋もれそうなほど、華奢な体つきの四の君をごらんになって、
「いくら尚侍がお美しいといえども、このお方よりどれほど勝っていらっしゃるであろうか。かねてより、評判は聞いていたが、まさかこれほどまでとは」
と思い、まるで自分の魂が四の君の袖の中へ、すーっと入って行くような気がしました。
そして、すっかり心を奪われ、正気を失ってしまった宮の宰相は、
「中納言は留守であるし、今宵、あの方のもとへ参ろう」
と決意しました。
さらに夜が更けて、侍女たちが次々と脇へ下がってやすんだり、また他の者も庭に下りて花の陰で戯れたりするようになり、四の君のそばには誰もいなくなりました。
四の君は琴の上に身をあずけ、ものさびしそうに月を眺めながら、
と一人つぶやかれました。
「このお方は、父君や母君から他にたくさんいらっしゃるご姉妹よりもずっと可愛がられているそうだし、夫である中納言はあんなにも立派で優れているにもかかわらず、このお方以外にお通いになるような人がいないほどの生真面目さではないか。
このお方のお心に、さまざまなことを思い起こさせるのは、いったい何であろうか」
と思いながら聞いていた宮の宰相は、いよいよ気持ちが抑えられなくなって、ついに妻戸を押し開けて入り、ためらうことなく四の君のもとへと向かいました。
そのあまりの堂々とした態度に、侍女たちは「中納言殿がいらっしゃったのだわ」と思い込んで、驚きもしませんでした。
四の君のそばまでやってきた宮の宰相は、
とささやきました。
その気配が、夫の中納言とはまったく違うことに気づいた四の君は、思いもよらないことに呆然として、袖口でお顔をお隠しになりますが、宮の宰相はかまわず抱きしめて、寝室である帳台の中へ連れて行ってしまわれました。
四の君は、中納言がそうでございましたから、殿方というものはただ穏やかに、こちらが恐縮するくらい立派なご様子で、語り合うことより他はしないものだとばかり思っていました。
ところが、宮の宰相のたいそう強引で、あさましいふるまいに衝撃を受け、今は命が果ててしまいそうなほど泣き伏せっていらっしゃいます。
宮の宰相は、四の君のそのようなお姿が、この上なくはかなげでいたいけに見えて、せっかくこのような仲になったのにもかかわらず、自分がなかなか気軽に会えるような立場にないので、つらくやりきれない思いにさいなまれながらも、
「やはり、中納言は不思議な人であるな。
他のどこへも通わずたいへん生真面目なのは、この方への愛情がたぐいまれなものであるからだとばかり思っていたが、中納言は普通ではとても考えられない聖人のような心を持っているのか。
奥方であるこの方に対してもそうであったとは、めったにあることではないだろう」
とさまざまなことをお考えになったのでございます。
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関白左大臣は、娘(実は息子)である尚侍(督の君)がいらっしゃる宣耀殿へ出向かれました。
すると、そこには、息子(実は娘)である権中納言がおいでになっていました。
母君が違うので幼い頃はいっしょに遊ぶことはありませんでしたが、今のような性を偽って過ごされる生活になって、二人ともだんだんと息苦しさが感じられてくる中で、いつしか心を許して互いの気持ちを語りあうようになっていたのでございます。
日が暮れて、月がたいそう明るい夜でございました。
「督の君の琴の音は、どれほどのものになったであろうか。中納言の笛の音に合わせて、聞いてみたいものだ」
と関白左大臣がおっしゃって、督の君には筝(そう)をお勧めになり、中納言には横笛をお渡しになりました。
中納言の澄みきっていて風情に満ちた笛の音は、まるではるか遠くの雲間を突き抜けて、響き渡っていくようでございます。
関白左大臣は感きわまって、その目からは涙が止めどなくあふれています。
中納言の笛の音に合わせて、爪弾かれる督の君の琴の音も、劣らずすばらしいものでございました。
その頃、中納言の友である宮の宰相が、宣耀殿のあたりを歩いていらっしゃいました。
聞こえてきた美しい音が、思わずその足を立ち止まらせました。
「笛の音も、琴の音も、何てすばらしいのだろう。この世のものとは思えないくらいの、この兄妹の素養だ。
妹君の容貌も物腰も、兄君に似て、きっとこの音のように美しいのであろう」
と思いながらお聞きになっていると、自然と涙がこみあげてきて、どうしても抑えることができませんでした。
思わず、「真野のあまり」という唄を吟じながら、 宣耀殿の庭にかかる太鼓橋の方へ歩み寄って行きます。
すると、中納言がお気づきになり、さっと笛から琵琶に持ち替えて、♪押し開きて〜来ませ〜 と続きを唄いながら、琵琶をかき鳴らされました。
宮の宰相は、♪帷(とばり)帳ならぬこそ〜わびしけれ〜 と応じて、督の君との出会いがかなうかもしれないと、心をときめかせました。
ところが、関白左大臣の姿が見え、あまり関心を抱かれたご様子ではいらっしゃいませんでした。
宮の宰相は、期待が外れてがっかりして、すっかり興ざめしてしまいました。
その後、宮中に出入りするのを許された公達や、さらに位の高い公卿などがお出ましになって、関白左大臣と対面され、余興になりました。
でも、宮の宰相はさっき聞いた、督の君の琴の音ばかりが耳に残って、
「あのような、世にまたといないほど、すばらしい中納言を目にしていらっしゃるのだ。わたしのことなど、お聞きになったとしても、どうして耳にとめられようか。」
と思われて、たいそう妬ましくてくやしくて、中納言が琵琶を譲ろうとされても、そっけなくお断りになるのでございます。
とは申しましても、侍女たちは「中納言殿ほどではないにしても、宮の宰相殿は世間の人たちよりはずっと優れていらっしゃるし、たいそう心が魅かれて素敵でいらっしゃるわ」と、見ていたのでございます。
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先帝である院(上皇)のたってのお望みで、女春宮(皇太子)をお世話するお役目として、関白左大臣の娘(実は息子)である姫君が尚侍(督の君)に任ぜられました。
これまでに何度となく、帝の女御(側室)として姫君に宮中へ入るよう促されていたのにもかかわらず、かたくなにご遠慮申し上げていた関白左大臣でしたが、この院のお望みにはとうとう抗いきれず、「これもまた、前世からの宿命であろう」と思い定めて、殿方である姫君を女春宮のところへ出仕させることを決意されたのでございます。
女春宮は、兄宮の帝にお子さまがないために春宮になったものの、頼りにする後ろ盾もなく、身のまわりのこまごまとしたことを託す乳母までもがいないため、不憫に思われた父宮である院から、格別に可愛がられていらっしゃり、たいそう世間に疎くお育ちになっていました。
女春宮は梨壺(昭陽舎)にいらっしゃるので、督(かん)の君にはその近くに建つ宣耀殿にお部屋が与えられました。
ところが、夜になっても、督の君は自分の部屋には戻らず、梨壺に残ったまま、御帳台の中で女春宮といっしょにおやすみになります。
女春宮はすぐそばで眠っていらっしゃいますので、ついお手に触れてしまうことがございました。
そのお手はたいそうすべすべしていて、品良くふっくらしていらっしゃいます。
督の君は、あれほど気後れして物怖じされるご気性であるにもかかわらず、女春宮があまりにもあどけなく無防備でいらっしゃるので、そのお姿があまりにもお可愛らしくて、とうとう気持ちを抑えきれなくなってしまいました。
夜ごとのお勤めの際に、督の君はどのような大それたことをなさったのでございましょうか。
女春宮はたいそう呆気にとられて、思いがけないことが起こったとお思いになりました。
でも、督の君の表情にも態度にも、少しもやましいところがなく、この上なく優しくて魅力的な人柄でございましたので、
「そのようなこともあるのでしょう」
と思われるようになり、日々をいっしょに過ごすお相手として、ただひたすら督の君を求められるようになりました。
そのような女春宮のご様子に、督の君は心を打たれ、この上なくいとおしさがあふれてくるのでございました。
督の君は、昼の間なども、そのまま梨壺にいらっしゃって、和歌を詠んだり、絵を描いたり、琴を弾いたりなどと、朝目覚めてから夜眠るまで、女春宮のそばでお仕えになりました。
どんなことにも、気後れして怖気づいて、閉じこもっていた頃のいろいろが、すっかり晴れるような心持ちでございました。
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