エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

放談「文化・歴史」

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「8.15あの日から私は・・・」

1945年の8月15日 私は台北(台湾)にいました

父が歯科医院を開業しており四人姉妹の末っ子だった私は

生まれて7ヶ月の乳飲み子でした

そして 終戦(敗戦)後家族そろって日本に引き揚げてきたのです

母によると 引き揚げ船の中で私は泣いてばかりだったそうです

栄養失調になり 医者は「この子は助からない」と言っており

母は「いっそ捨てていこうか」と考えたこともあったそうです

それでも家族全員が無事に帰国できたことが どれほど幸運だったかを知るのは それから ずっと後のこでした


大学を卒業後 弁護士となった私は今から25年以上前に

女性達の手による太平洋戦争の証言集の編集出版に携わる機会を得ました

戦争で財産を失い 最愛の家族を亡くした女性の方々が

「本当は思い出したくもない できることなら忘れてしまいたい 忌まわしい体験だから

しかし 再び戦争を繰り返さないため この体験を語り継ぐのが私の使命です」

と言って 涙ながらに語ってくださった証言の数々でした

特に 小さな引き揚げ船が サメの大群に襲われ 船を転覆させないため 

サメの餌として 弱った病人や子供が生きたまま次々と海へ投げ入れられた

地獄の光景を目にしたとの想像を絶する証言内容には 

そのあまりの戦慄と恐怖に 身も心も凍りつく思いでした

そうなのです 生後7ヶ月の私が無事帰国できたのは 本当に幸運だったのです

戦争はそこまで人間の心を狂わせてしまうのです

戦争は それほど邪悪で巨大な「悲惨」そのものなのです

そして この証言集の編集に携われたことが

その後の平和への取り組みの「原点」になりました

今も 地球上から戦火が消えうせたわけではありません

現在進行形で戦争の犠牲者として苦しむ女性や子供達が多く存在します

私達日本人も「戦争は決して過去のものではない」という視点を忘れてはなりません

「行動する平和主義」を掲げる公明党の代表代行として

これまで カンボジア パキスタン イラン などを訪問し難民キャンプの子供達や

女性と話をさせていただきましたが その際 子供達が瞳を輝かせて

「私は将来 学校の先生になるの」 「僕は医者になって患者を救うだ」と語る姿に

思わず目頭が熱くなったものです

この子達の未来を永遠たらしめるためにも

私達世代は この地球上に「真の平和」を構築する責任があります


そうした意味で きょう8月15日は日本の「終戦記念日」ですが

私はそれだけに終わらせることなく

「世界の終戦記念日」を創造しゆく誓いを深める日にすべきだと考えています

64年前に日本の戦争が終わった日という意味だけでなく

「世界中のすべての戦争を必ず終わらせてみせる」という決意を

世界中の人々が固め合う日とすべきではないでしょうか

きょう  この日からは・・・・

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閉じる コメント(2)

おはようございます。朝からお邪魔します[壁|_-)チラッ
今日は終戦記念日ですね。
別の言い方をすると、敗北記念日とも言えるのではないでしょうか?
もう、戦争はないほうがいいですね。申し遅れましたK[カー]と申します!!

2009/8/15(土) 午前 11:43 [ K [ カー ] ]

顔アイコン

なら、自民党とは、早く手を切るべきだ。

2009/8/15(土) 午後 9:50 [ 政治監視委員=国民 ]


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