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地上の星
建築の業界ではほぼ知らない人がいないと思われる 有名な「宮大工」 西岡常一(つねかず)棟梁
代々法隆寺の修繕 解体を担ってきた奈良県西里に生まれる
鬼と呼ばれた西岡棟梁は 腕が鈍るということで
一般家庭の大工仕事は一切せず 自宅の修理すら他の大工に任せるほど
当然は生計は苦しく 鍋を作ったり奥さんが長靴を売ってしのぐほど
本物の宮大工
♢ ♢ ♢
奈良には法隆寺や薬師寺など
1300年前の木造建築が厳然と今に残っています
今から約40年前に薬師寺のメインテンプル金堂の復元計画が始動
奈良の薬師寺はかつて大伽藍を誇ってましたが
戦乱により焼失 戦前までは東塔という三重塔と
豊臣秀吉が建てた仮金堂がひっそり建つ小さい寺でした
その金堂を1300年前の姿に復元するということで
すでに西塔の復元を手掛けた西岡棟梁に白羽の矢が
むしろ西岡棟梁にしかできない仕事でした
絵も設計図も無い状態から 発掘により大きさや規模や形状を割り出し
ミリ単位まで書きこまれた設計図も完成
しかし起工式を終えても腕の立つ大工は集まりません
寺社建築は非常に高度な技術を要する為に 人材不足が最大の問題でした
金堂復元の知らせを聞き 全国から50人の腕自慢の若い大工が集まりましたが
西岡棟梁は道具の手入れ具合を見る 道具試験を実施
それで 大工の腕を見極めました
自信満々の大工達は いきなり鼻っ柱をへし折られます
カンナにスケールをあて寸分の隙間がないのがカンナだと教える 西岡棟梁
そして 宮大工の経験の無い30人の若者が やっとのことで試験にパス
600トンに及ぶ樹齢1000年を超す檜の大木の加工から開始
数十万に及ぶパーツ作りはミリ単位まで正確さを要する精緻な作業
しかし 西岡棟梁は怒りもせず 教えもしません
木と対話しながら仕事をしろ との一言を伝えるのみ
ある人が教えて欲しいと懇願しても 「自分で考えなはれ」と一蹴
若者たちは「何が木と対話するだ きれいごとで仕事ができるか
西岡のはげちゃびんが何を言うとるか」と反抗する者もいました
ある日 カンナがうまく引けずに 高価な檜を痛めてばかりいる人を見て
西岡がカンナを引いて手本を示し そして一言「これがカンナクズや」
その人が20年ほど一緒に仕事をして 唯一教えてもらったのは
この時だけだったと語ります
向こうが透けて見えるカンナクズ
100分の1ミリ以下
西岡の技術のすごさは認めるが 何も教えてくれないことに不満につのり
自分達は踊らされているだけだとも思い始めまた
ある日 自ら野武士と称する一人の大工が仲間を殴った
♢ ♢ ♢
その時 西岡棟梁が現れ 一人一人に自ら玉露を振舞いました
皆の気持ちが落ち着いた所で 西岡がとつとつと語り始めます
「建て物は良い木ばかりでは建たない
北側で育った アテというどうしようもない木がある
しかし 日当たりの悪い場所に使うと
何百年も我慢する 良い木になる」と
殴った若者は「自分達のようなアテのような人間でも
西岡のおやじは 使いにくい人間を使ってくれているんだな」と感動した
木にも様々な癖があるように 人間にも様々な人がいる
それがうまく組み合わさってこそ 初めて立派な仕事ができる
皆 西岡に魅了され 心一つにしようと誓いあった
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春光さん、おひさです^^/
私もアテ、のような存在かもしれませんが、アテはアテで、何かすごいんですね!^^
地道にがんばりまっせ^^q
2010/10/31(日) 午後 3:35 [ - ]
waiタン おしさしぶりっす^^
また そんな卑下してからに (^^
アテもアテですんで 使い道はありまっせ
どこかで あてごうてや
ちなみに大阪では 私の意味で「わて」とか「あて」というおばちゃんがいます^^;
2010/10/31(日) 午後 5:00