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大飯原発再稼働はとにかく情報がないままで進められており
今から4年かけて安全確保するから再稼働させてほしい
と言うてるのは、子どもが
「明日から勉強して成績をあげるから今日プレステ買って」と言うてるようなもん。
「免震重要棟・めんしんじゅうようとう」
▼2007年7月16日新潟県中越沖地震発生、柏崎市と刈羽村は最大震度6強を観測しました。
そこにあるのは東京電力柏崎刈羽原発、その原発が損傷を受け、3号機で火災が発生
地震の影響で初期消火が不能
消防への専用電話も使えず、鎮火までに2時間もかかった。
微量の放射能が漏れたという報告はあったものの、大事には至らなかったのです
が
この日が原発の安全神話が崩れた日となりました。
それは、地震が起こり、通報もできなければ、消火活動も遅れたが、これまでは
そういう事態に至らないと想定していました。
▼その理由は、最大震度を記録した場所ですから
地震で建物がゆがみ、緊急時対策室のドアが開かなくなった。
このため一時駐車場にホワイトボードを並べ、臨時対策本部を設置したという驚くべき事態でした。
なにが安全?ということで
これを教訓に
災害発生時に活動拠点となり、通信、電源などの重要設備を集めた
「免震重要棟」を建設することになりました。相当大きな揺れでも守られる施設です。
▼東電柏崎刈羽原発では2010年1月から免震重要棟の運用を開始
★そして東電福島第一、第二原発は大地震と津波が発生する8か月前の2010年7月から運用開始
事故発生後原子炉が破壊されて以後、所長以下東電社員やメーカーが立てこもり
その後の作業を続けました。
福島第一原発が、現段階で止まっている重要なポイントと指摘する専門家もいますが
免震重要棟がなければ、現地での対策がもっと後手にまわった可能性も。
東電福島第一原発の事故を踏まえ、原子力安全・保安院の専門家会議は先月末
30項目の対策をまとめたが、その作業に参加した専門家もこう指摘します。
『免震棟がなかったら、現状把握も指揮系統も何も機能しなかったでしょう。
現場からいったん撤退しなければならず、
その後の対策の遅れから被害は現状よりかなり広範囲に及んだはずです。』
▼今現在 免震重要棟がある原発は・・・
東京電力 柏崎刈羽原発
福島第一・第二原発
中部電力 浜岡原発
の三か所だけ!
関西も西日本には一つも無し、当然関電大飯原発も。
一応関電は2015年度末完成めざして作るとは言うてます。
これは上記の専門家会議がまとめた30項目の安全対策をさらに関電独自で91項目に細分化し
そのうち54項目は実施済みとして、残りを2015年までに完了するとしたもの。
完成までは、会議室を代用 放射線対策や収容人数に疑問の声が出ています。
これらをして、関係閣僚会議が安全基準を「おおむね満たしている」と判断しました。
大飯原発は免震棟の完成を4年後としていますが(当初は5年後だったのを1年前倒し)
現在ある三つの原発の免震棟は完成まで3年でしたが、最初の1年は免震棟がいるなという議論に
1年、あとの2年は地質調査も入れた建設期間。
なぜ4年もかかるのかは不明なまま。
1年2年と言えばそれまで再稼働は待って、という世論をかわすために
4年後やから先に再稼働させてちょうだい・・・という魂胆も見えない訳でもないです・・・
また免震重要棟の必要性も含めて、安全対策の中身の妥当性を判断する法律がなく、規制できない
と、安全・保安院の役人は法律をほしがります。
▼その4年後をメドに造るとして、それまでは中央制御室横の会議室を事故対応拠点とする
としていますが、専門家に言わせれば
免震重要棟の代わりになるものを用意する
のと
中央制御室横の会議室を使う
のは
全然意味が違います
会議室が代わりになるのかどうかの細かい情報すら公開されておらず
議論すらできない状況。
家から出かける時に、いずれ誰かが鍵をするから、鍵をかけなくても大丈夫
と言って出かけることなんかしませんよね。
福島第一原発はたまたま8か月前に免震重要棟が運用できていたので
事故後、非常に重要な役割を果たしていることを認識していきたいです。
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政談 「原子力・放射能
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