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阪神淡路大震災から1年が過ぎたころ、神戸などを指して
「被災地」とはほとんど言われなくなってましたが
東北3県では今でも町ごと1年前と変わらない地域もあり、
やっと復興のスタートに立ったという所も少なくないようです。
政局に走る政府与党とは違い、そこに住む方々は悲しみを超えて前進への福光を放っておられます。
▼「自分ができることを見せれば、他の住民も後に続いてくれますから」
そう語って町の復興を最前列で引っ張る御歳79歳の佐藤直志さん。
仮設住宅に住まず、
陸前高田市気仙町今泉地区の高台にある
崩れかけた自宅隣の納屋に1人で生活されています。納屋に住むひとつの理由は、大津波の犠牲になった息子さんのそばにいるためで
昨年の3月11日、当時47歳の長男・昇一さんは消防団員として
公民館にいる高齢者や体の不自由な人を二次避難させるためにと
公民館まで降りていき、高台に避難誘導中に大津波にさらわれました。
「これも運命で、職務でよくやったな、と褒めてやるほかない」
位牌を指して「本来はわしがこっちで、息子がここで祈ってなきゃならんのに」(YTV)
と語る直志さん。
昨年の4月には、沈んでばかりではいないで、復興に向けて顔をあげようと
慰霊祭と桜祭の発起人となって開催。
発災以来、初めて顔を合わせる住民も多く、津波残存物=瓦礫がそのまま残る中での桜祭でしたが、
今年の4月22日にも全国からの直志さんの人柄に惹かれてやってきた
ボランティアや住民など200人が集まり開催されました。
「春を迎えて今年もお花見ができるなんて、本当にこれが息子と一緒だったらと思うんです」
さらに
「懐かしい顔が来ていただいて、復興に向かって(ご自身が)一歩一歩進んでいるから
後の人がどのようだか分からないけど、自分たちが家を建てれば、その時やっぱり後に続く人が出てくることも期待しています」
そう語った直志さんは
落ち着いて昇一さんを弔うために、誰よりも早く元の場所に自宅を再建する決意をしました。
ほぼ全域が被災したこの地区をどう復興させるのか、
陸前高田市は高台移転や海抜8mほどに土地をかさ上げする方向で検討を続けていて
今年度中に計画をまとめる方針。
佐藤直志さんの自宅は海抜11mで計画次第では移転を迫られる可能性もありますが
「誰かがやられねば進まない」と建築許可を取り、地盤改良から再建工事を始めました。
夏までの完成を目指しています。
「自分たちで話し合い、自分たちで方向性を決め役所にお願いして、そうすることによって復興が
早まるものと思います」
「震災前の町に戻ることを願いながら一歩は進まなくても、半歩でもいいからそれに向かって頑張る。
頑張って頑張ったって、あと何年だかな、お迎えが来れば断るわけにはいかないからな」
(1日の大阪のニュースから)
更地ばかりの町に1人立った長老は、ふるさとのために命の限りがんばり続けていかれる。
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要談 「震災関連 神戸・東北」
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こんにちは
人の振る舞いとして完ぺきです。
不借身命の心はこの志だと思います。
2012/5/12(土) 午後 0:52 [ ミー ]
ミー姉さん こんにちは。
実際に自分の見にあてはめて想像すると
本当にすごい方だと思います。
なんと恵まれた生活をしているのかとも思い知らされます。
家族が元気でいる、それだけで幸福ですね。
2012/5/12(土) 午後 6:25