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2011年3月11日から505日目
大川小学校ではまだ児童4名が不明
また東北4県、関東2県合わせて2900余名の方が
今も行方不明であることも、知っておきたいと思います。
石巻市の大川小教諭の遺体発見 教職員で唯一不明東日本大震災で多くの児童・教師が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校で、教職員で唯一行方不明になっていた男性教諭の遺体が同市内で見つかっていたことが26日、関係者への取材で分かった。7月にDNA鑑定で身元が確認された。 大川小学校の検証についての石巻市のあり方について、
ご遺族をはじめとして、 耐えて耐えてきた怒りが、爆発しそう。 事故直後の、ただ一人、現場で生き残った教諭への聴き取り資料が、 やっと一ヶ月前に出てきた。 しかも、ジャーナリストたちと、ご遺族の調査の結果として。 石巻市側からでてきたのではありません。 そこには、教育委員会の発表(新北上大橋へ移動途中に津波に巻き込まれた)とは、 違い、ずっと校庭で待たされて、校庭で津波に飲み込まれた、 という聴き取りメモが残されていた。 ご遺族は、石巻市、市教委に対立しているのではありません。 一緒に、どのように子どもたちは亡くなったのかの真実を、 つき止めたいというのです。 この投げかけられたボールを、 今のところ市側は、「第三者委員会予算2000万円をコンサルタント会社に丸投げ」という形でしか返していない。 メンツとか、体面とか、もうええやん。 |
要談「大川小学校」
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その場に居なかった部外者が、こういう切羽詰った想定外の場で、どうすべきだったのか等とは、とても言えないですが
大川小の惨劇について、たった一つ言えることは
大津波被害がずっと想定される地域でありながら、しかも低地に建設されていながら、
「非常時想定がなされず、避難訓練もされていなかったのでは」ということ。
これは、やはり、小学校の先生方をうんぬんするのではなく、石巻市首長の資質不足、石巻市各機関全体の取り組みが無かったことに起因すると思えてならないですね。。。
2012/7/27(金) 午前 10:27
Likaママ
今回、自分が訪ねた石巻の地域から大川小学校までは車で片道4〜50分と距離があり、断念しましたが
立地や訓練に関してはその通りだとおもいます。
門脇小学校に行きましたが、門脇小も海岸からほど近く、高台の真下に建設されていました。
テレビで見てはいても、まさかこの場所に小学校・・・と素朴に思いました。
東日本大震災では、訓練されてきた幼稚園・小中高と
それがなかった学校と明暗がはっきりしました。
学校に限らずですが。
我々も防災減災を考える時に、ハードウエアだけに目を向けず
こうしたことを教訓にしていきたいです。
2012/7/27(金) 午前 11:10