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大阪に戻ってから、毎日のように被災地の写真を色んな人に見てもらってますが
「写真をみるまで、どれだけ復興が進んだか、という写真と思った」
「どう?かなり復興は進んでいる?」
「まだこんな状況?!」
という声が大半です。大阪では被災地の今はほとんど報道されなくなりました。
フェイスブックに「大阪人はもっと情にあついと思ったが、首都圏よりも、無関心がきつい」
との声も寄せられるほどでした。
大阪にも継続的に支援を続ける人や、心を寄せる人は多くいますが
被災地の話をするほどに風化は進んでいると肌で感じます。
次の記事で陸前高田市区役所・市民会館などの写真を紹介しますが
その前に、あの日、そこで何があったかを、テレビ報道の画面から撮影したものを紹介させていただきます。
NHKの報道から 2011年3月11日15時25分
陸前高田市内に流れこむ巨大津波 左上に松原が見えています
海側から内陸に向ってみた航空写真
市役所から市民会館側を撮った写真
巨大津波が近くまで迫ってるのが分かります
マニュアルでは市民会館が津波避難場所になっていました。
市役所から市民会館に逃げる途中で、津波が来るの声に、市役所に引き返して助かった方も。
右端に市民会館の一部が見えています。
ビルの三階の高さの巨大津波が、町を飲み込むように・・・一瞬のできごと 市役所の屋上から やや左にMAIYAの緑の看板が見えています。
市民会館に避難し、大津波に流されてMAIYAの柱などにつかまって数人の方が助かりましたが、
市民会館には約200人以上が避難したと言われています。
市役所の屋上まで迫って来た時
市民会館はほぼ浸水 市役所の屋上にいた人が、市民会館に「何人いる?」と呼びかけたら、
返って来た返事は「11〜12人」
市役所の屋上がざわつきました。 「200人近くいたんじゃないか・・・」 市役所の屋上が見えているだけで、市民会館は見えません。午後3時43分
上空からの映像、確認できる建物がほとんどありません。
左下に区役所の屋上が見えます。 3月11日午後3時43分 この後、3波 4波 5波と 東日本大震災では午後7時ころまで津波が何度も襲いました。 市役所の屋上からMAIYAを見た写真 市民会館からここまで流されて、建物につかまることができて、助かった方もおられました。 これらの写真を撮影された方は ご自身も危険にさらされた市民の方。 市民会館から見た、市役所。
3階のホールに200人近い方が避難されたと。 市内の11か所の避難所の10か所が水没しました。 陸前高田市では2555人の方が御遺体で発見され 今も230名近くの方が行方不明です。 |
要談「陸前高田市」
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