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2012年8月5日 高槻市生涯学習センター 於
1からの続き
▼東北地方に対する国の見方
ご存知のように福島県は東北地方です。でも、福島県の原発は東京電力です。
私ども岩手県は東北電力の電気です。福島県までは東京電力です。
では、なんで福島県に東京電力の原発があるのか、なぜ東京に無いのか
それは「リスク」なんです。やっぱり危険性があるということは、
はじめから分かっているのです、まちがいない話です。
危険だから人の少ない所に、田舎の町に作るということは常識なんです。
私どもは田舎に住んでいるということ、ある意味誇りに思っていますし、
ある意味残念だなと今回思っています。
1年五ヶ月経って、なんの復興という段階に入れていない。
被災をした、市役所、市民会館、体育館
そういった大きな建物は残っています。残っていると言っても使えない状態です。
これから取り壊して、やっと更地にできるという段階ですが
もし、あの東日本大震災のような惨事が、東京や大阪やあるいは名古屋で起こったとしたら
1年五ヶ月も経って、まだ建物の解体の処分もできない、
瓦礫の処理も全然終わってないということが、考えられないじゃないですか。
もしそういうことがあったら、日本はもう終わっていると思います。
ですから、東北の被災をした所は、仙台市を除けば、
みんな田舎で人口が少なくて財政基盤が弱くて、産業基盤が弱くて
高齢化率が高くて、あそこを多少ほっといても、日本全体には影響ないだろう
という風に国が思っているんだろう、としか考えられないんですね。
そういうことを思った時に、同じ日本人でしょと言いたい。
特に東北の人たちというのは、本当に純粋で黙々と働いて、贅沢も言わずに
こんなこと自慢になりませんが、所得も非常に低い地域です。
でも、そういった中で、自分たちが作る野菜やお米であったり、養殖をした牡蠣やほたてなどにプライドを持って、日本中の皆さんに、美味しい食材を届けるのが自分達の役割だと、
東北は日本の食糧の供給基地だという思いで、日々働いてきた人たちでありまして、
そう考えた時に国の方々は何を考えているんですか?
同じ日本人じゃないですか!という思いがしてならないのです。
▼危機管理に対する反省と問題
陸前高田市は大変大きな被害を受けたのですが、
これは市長として反省し申し訳ない気持ちでいっぱいなのですが
なぜこれだけ大きな被害になってしまったのか、
今冷静に考え、一番大きな要因を申しますと
私どもの地域には、国が発表していた「宮城県沖地震」が来ると言われていました。
30年以内に99%の確率で宮城県沖地震が起き、津波が来るだろうと言われてまして
発表から年月も経って、私たちの地域でもそれぞれ、訓練を重ね、自主防災組織を各地域に作ってもらって
高齢者の人々を避難させるにはリヤカーが必要となれば、市から補助金を出して購入にあてたり
非常食をそれぞれの家庭に配って、リュックに入れていざという時は逃げてください
といった色んなことをしてきました。
しかし残念ながら1800人もの方が犠牲になってしまいました。
それは、今回の地震は宮城県沖地震ではなかったわけです。
宮城県沖地震はシミュレーションも出ていて、旧市役所まで届く津波の高さは
50cmから1mと発表されていました。
それに基づいて、すべての家庭に津波ハザードマップを配って、
各地域にこれくらいの津波が来ますよとお知らせをしていました。
私たちもそれを鵜呑みにしていました。
指定をしていた避難所というのは、二階建て以上の強固な建物、体育館や三階建ての市民会館であったり
少なくとも二階に逃げれば、人が亡くなることは無いだろうと、たかをくくっていたところがあったと思います。
しかし現実に来た津波というのは、海辺の一番低い所で13.8m、高いところで18m。
私も水が見えてから、市役所に駆け上がりました。
屋上まで行って、下を見降ろそうしたら、もう眼下50cmの所まで水が上がってきていました。
瞬く間に、屋上まで水が入ってきました。
先月 7月9日に訪れた時の旧区役所
▼有事での公務員のあり方 ルールづくりの重要性
市役所の職員の68名が正の職員だけでも犠牲になりました。
消防団、嘱託の方を入れますと110名の方が犠牲になりました。
私は、今回被災をして、公務員の仕事はどこまでが仕事なんだろう、
消防団の仕事はどこまでが消防団の仕事なんだろうと考えました。
この線引きが無いということが大きな問題だという風に思いました。
市役所の斜め後ろにスーパーがありました。このスーパーでは従業員もお客様も全員無事でした。
あるパネルディスカッションに参加した時に、そのスーパーの社長さんもいらっしゃって
その方がこう仰いました。
「私たちのところは、誰ひとりとして犠牲者を出さなかった。
市役所には沢山の犠牲者がでた。これは日ごろの心持だ」と言われてしまい、
本当に悔しい思いをしました。
公務員がもし真っ先に逃げることができたら、みんな逃げたと思います。みんな逃げたかったと思います。
公務員といえども家族があります、夢があります。
でも、自分が公務員だという責任感から逃げることもできないし、逃げ遅れた市民の人たちを助けに行って、亡くなった仲間も大勢います。
それを「日ごろの心持だ」という一言で済まされてしますということは、とても許されることではありませんでした。
ただ、そこのルールというものは、ある程度決めておかなければいけないんだろう、という反省もございます。
平時の時に、他の自治体でもそういうことを、是非ご検討いただきたいと思います。
特に消防団の方は、日ごろ生業をお持ちの方が、半纏を着た途端に特別公務員という扱いになるわけですから
本来は一般の方々なのですから、その方々の生命・安全・安心というものを、守っていくことが大事だと思います。
▼「津波てんでんこ」どう捉えるか
また、情報の出し方ということに、非常に困惑をし、人としての気持ちのところと
現実のギャップに戸惑いを感じています。
私どもの地域では、これまで何度となく津波を経験しています。
先人の言い伝えとして「津波てんでんこ」という言葉があります。
津波の時は、それぞれが逃げなさい、親も兄弟も無視をしていい、それぞれが逃げろ。
これが先人の言い伝えです。
今振り返ってみますと、たしかにそういう行動をとれば、被害ももっともっと小さくて済んだんだろうなと思います。
私ども行政が、あるいは日本人が、お隣に住んでいるおじいちゃん、おばあちゃん、
血のつながりは無いけれど、毎日おはようございますと声をかている、
その人たちを「てんでんこ」だから見捨てて逃げろ、
ということを行政は言うわけにはいかないのです。
また日本人の優しさということを考えると、そういう風に割り切るということは難しいんだろうと思います。
一方で現実として、私の仲間も沢山亡くなりましたが、
おじいちゃん、おばあちゃんなどをおんぶをし
逃げないと言っている人たちを説得をしているうちに、津波に巻き込まれて犠牲になった人も、現実には沢山います。
何が正しいのか未だに分かりませんが、一人一人が日ごろから、津波に限らず様々な有事に対して
きちんとしたことを考えておく必要があると思います。
2012年 7月9日に訪れた
陸前高田市 旧消防署 MAIYA
▼子供たちの笑顔と希望のために
これから陸前高田市をどうしていくか。
一番大きな問題の一つに子ども達のことがあります。
陸前高田市は、現在2万人ほどの小さい市ですが、小学生と中学生合わせて1600人ほどです。
そのうちの29人の子どもが、両親を津波で亡くしています。
それから150人を超える子どもが、方親を亡くしています。
1600人中600人くらいが仮設住宅から登校をしています。
あの日震度6ほどの大きな地震がきて、校庭に並ばされて、先生達に落ち着きなさいと言われている時に、来るはずのない津波が学校の校庭にきて、みんな走って逃げた。
気が付いてみれば、親を亡くし、同級生を亡くし・・・
小学生の間にこんなに悲しいことを、三つも四つも一度に起こりうることなど、あり得ないと思います。
心のケアという言葉がありますが、専門家の方にお願いすることも必要ですが
こんなに傷ついた子ども達の心を元に戻せるのだろうか。
今は笑っていても、いつかまた、何かの形で傷つくのではないか。
そういう心配をしております。
ですから、我々行政が、できるだけ子どもが笑顔になれるような、企画や行動をしていかなければならないと思っていまして
子どもが笑顔になると、お父さんお母さんも笑顔になりますし、
おじいちゃん、おばあちゃんも笑顔になりますから、
子どもたちが通常の笑顔を取り戻せるように
私どもとしても、がんばっていかなければならないと思っているところです。
つづく
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要談「陸前高田市」
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はじめまして。
気仙沼出身の岩手県民で、夫の実家も被災しました。
政府の被災地の復興に対する遅れに不信感を抱いていましたが、
こちらの高田の市長の話にとても共感させられました。
貴重な情報をありがとうございます。
私のブログで紹介させていただいてもいいでしょうか?
転載≪可≫になっていなかったので、許可をいただいてから…と思いまして。
よろしくお願いします。
2012/8/30(木) 午後 10:19 [ 麻巣 ]
ますピーさん
はじめまして。
御親族が被災なさったのですね。
昨年と先月に陸前高田や気仙沼にも行かせていただきました。
どちらも昨年の今頃からほとんど進んでいませんね。
気仙沼は基礎もそのままです。
高田の戸羽市長の講演は、今年二回拝聴しましたが
とにかく国のルールなど、千年に一回と災害と言いながら
ルールは平時のままのようです。
私は大阪市民です、ささやかな活動しかできていませんが
忘れずに、寄り添っていきますので。
戸羽市長の講演に関しては、同志社大学のものと、この高槻市のものがありまが、すべて転載可能に切り替えますので
これと思ったものがあれば、ご自由に転載なさってください。
こうした声を広げて、世論が高まっていかないと
あのバカ政治家どもと、官僚は動きません。
コメントありがとうございました。
2012/8/31(金) 午前 1:24