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童謡「赤とんぼ」について ーー15でねえやはどこにいったのか?
今、ちょっと見たら、 童謡「赤とんぼ」 三木露風作詞・山田耕筰作曲 夕焼小焼の、赤とんぼ 負われて見たのは、いつの日か 山の畑の、桑の実を 小籠に摘んだは、まぼろしか 十五で姐やは、嫁に行き お里のたよりも、絶えはてた 夕焼小焼の、赤とんぼ とまっているよ、竿の先 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き お里のたよりも、絶えはてた これは、三木露風先生の、孫弟子から聞いた話で、 三木先生ご自身の意図を最も表している可能性が高い話です。 昔、日本の農漁村では、 「間引き(堕胎、胎児を殺す)」や
「口減らし」(自分の子どもを奉公に出す、といえば聞こえがいいですが、人身売買です)が、
普通に行われていました。 あの、漢字学の世界的権威の白川静さんも、そうです。 もちろん、売られていった先が、きちんとした商家ならばいいのですが。 特に女性の場合は、年齢的に言いますと、 6歳ぐらいから、15歳までは、「子守り奉公」。 つまり、裕福な過程の、低賃金ベビーシッターです。 今、世界各地でもベビーシッターの奴隷労働が問題になってますが、 日本でも戦前はそれが当たり前でした。 もちろん、優しい家ならば、まだマシですが、 やはり、生まれた家から離れて、一人、知らないところで暮らすのはつらいです。 この「赤とんぼ」の「ねえや」は、まさにそうです。 年老いた、お手伝いさんは、「ばあや」と言いますね。 あれと同じで、「ねえや」は血のつながった「お姉さん」ではありません。 この誤解が、ネット上すごく多い。 さて、問題の「15で」です。 「子守り奉公」は、基本的に15歳まで。 15歳からは、どうなるかというと、 「女中奉公」になります。 お手伝いさんとして、「子守り奉公」先にそのまま残るか、 口入屋 (周旋所、ここがしばしば悪徳暴力人身売買の温床となったので、 戦後、公の紹介所以外は、原則職業の斡旋はしてはならないことになりました。 だから、派遣労働は、労働法では禁止・規制されてるんですが、 小泉ー竹中改革のときに、それが普通になりました) 口入屋を介して、別のところに売られていくのです。 これが15歳から18歳。 18歳以降がどうなるか、 それが「妾奉公」つまり、誰かの今で言う愛人として売られていくのです。 もしくは、「お女郎奉公」、つまり、不特定多数のセックスの相手をする売春宿に、 売られていくのです。 「赤とんぼ」で、幼い私をおぶってくれた、私の家に「子守り奉公」に来ていた、 あの優しい「ねえや」は、 別の家に、女中として売られていった。 でも、そのことが子どもに知られると悲しがるだろうなと、 お父さん・お母さんは、「ねえやは、幸せなお嫁さんになった」と、 ウソをついたわけです。 その「ねえや」の実家から、あいさつとして来ていた年賀状とかも来なくなり、 その「ねえや」は、私の記憶の中にあるだけの存在となったのです。 悲しい日本の歴史です。 三木露風さんは、日本が「世界に冠たる大日本帝国」とか言ってるときに、 東北を初めとする農漁村が、どれほど貧しく苦しかったかを、 こんな優しいメロディに載せて、 詠んだのです。 |
雅談
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